アメリカへ



 アメリカほど日本人に、特にオレにとって馴染みの深い国はなかろう。
 アーノルド坊や、エマニエル坊や。
坊やの名前だけでもすぐに2人も頭に浮かぶ。他の国、中国の坊ややイタリアの坊やなんて一人も知らん。それどころか、日本人の坊やの名前すら全く思い浮かばない。これだけでもいかに自分がアメリカに慣れ親しんでいるかがわかる。ちなみにこの前、アーノルド坊やがカリフォルニア州知事選に出馬したというニュースを見た。アメリカでは坊やでも知事になれるのだろうか?なかなか坊やに寛容な国である。
 そんなアメリカに
見た目坊やのオレが行くのだから、何も不安などあろうはずがない。ちなみになぜアメリカに一人旅など行こうと思ったのか、それは岸朝子の料理記者暦と同じくらい話すと長くなってしまう。

 成田発シカゴ経由ニューヨーク行き。不安の無いまま乗り込んだはずの機内、ファーストクラスの次の次に良い席でくつろぐはずだったが、オレは
普通に飛行機が怖かった。だって物理的に考えて、こんな鉄のかたまりが空を飛ぶなんておかしいじゃないか!!と言いたいところだが、実際飛んでるにもかかわらず「物理的に考えておかしい」と言っている時点で自分が物理がわかっていないことがバレバレなので、「物理学上は飛ぶようになってるんだから問題ないはずさ・・・」と自分に言い聞かせるようにする。
 機内はガラガラである。まさにアメリカを代表する名前を冠したアメリカン航空のニューヨーク行きにもかかわらず、この乗客の少なさは一体なんであろうか。もしかして、他の人間もオレと同じように飛行機を怖がっているのではなかろうか。もしかして、落ちるのが怖くて飛行機を敬遠しているのではなかろうか?意外と臆病な人間が多いものだ。
 よく考えて欲しい。物理的に考えて、飛行機は通常落ちることは考えられないものなのだ。それでも極まれに墜落することもあるが、交通事故に比べても遥かに少ない確率である。そんな何十万分の一の確率なのに、みんな何をびくびくしているのだろうか。まあ
たしかに、1ヶ月ちょっと前にこれと同じアメリカン航空機がニューヨークとワシントンでビルに突っ込んだりペンタゴンに墜落したりしているが。
 ・・・。
 しまった。
 テロリストに落とされる可能性を忘れてた。奇遇なことに、このアメリカン航空機もニューヨーク行きである。鉄のかたまり話で盛り上がってる場合じゃなかった。明らかに恐がり方を間違えた。しかしもうオレは飛行機に乗ってしまっている。これは急行なので途中下車は不可能だ。あとは、ニューヨークでビルに突っ込まないように祈るばかりである。
 物理的に考えてとりあえず飛ぶことには納得がいったのだが、目の前の窓の外で実際に太陽とシスコムーン(当時)のように
ぐわんぐわん揺れる翼を見ると、恐怖心は次第に煽られるばかりである。そう、飛行機に乗ったことのある人ならわかっていると思うが、飛行機の翼は空中で上下に物凄く揺れる。これは恐い。
 そしてマイナス思考のオレの想像の中では、実際はぐわんぐわん揺れているだけの翼もぐわんぐわん・・・
バキッ!と何度も折れている。少なくともオレの20数年の人生経験の中では、これだけの揺れ方をする物体はいずれ折れる。・・・、いや、そうはいっても、きっと普段なら何百人もの命を乗せて運ぶ飛行機のこと、折れた時用にちゃんと予備の翼も積み込んであるだろう。だから、安全面についてはアメリカン航空を信用しようではないか。ほんのひと月前に武器を持ったテロリストをあっさりと機内に入れてしまったアメリカン航空を(泣)。

 とかなんとか言っている間に、前方から食事を運んでくる白人のスチュワーデスがせまってきた。アメリカ人とファーストコンタクトである。だが何も心配することはない。テレビでもよく見かけるシーンだ。こういう時に聞かれることは、「ビーフorチキン?」と相場は決まっている。そしたらオレは単純に、「ビーフプリーズ。」といえばよいのである。
 頭の中で「ビーフorチキン?」と「ビーフプリーズ」のタイミングについて
表情付きで何度もシュミレーションを繰り返した頃、ついにオレの番になった。



「ハーイ!」


「ハーイ!」


「ペラペラ△△※※□□〇〇××・・・ペラペラ?」



・・・。

わからん(号泣)。
あんた一体何語を話してるんだ?ビーフオアチキンのビの字もなかったぞ??っていうか、食材の前後に余計な文章をつけないでいいから。頼むからオレと話す時は生後8ヶ月の赤子だと思って接してくれ。
 「2つの食べ物のうち1つを選ぶ」という
幼児教育でも出てこなそうな簡単な問題をこなせずに、事故に遭った横山弁護士のようにポカンと口をあけてスッチーを潤んだ瞳で見つめ続ける。



「・・・。ペラペラ□□〇〇××ペラペラ??」


「な、なに?ぺ、ぺらぺら?」


ペラペラ□〇××ペラペラ??」


「あう・・・あ、アイ、アイ、アイアム・・・」


「オー・・・。ディス?オアディス??」


「オーオーオー!!でぃ、でぃすプリーズ!!」



うーむ。結局最後は80%ボディランゲージになってしまった。なんでメニューを選ぶくらいの簡単な英語が聞き取れないんだ?いや、もとい、なんでメニューを選ぶくらいの簡単な英語を
オレが聞き取れるように喋らないんだ?
 その後も、オレはスッチーの英語力不足のおかげで、ドリンクすら満足に頼むことができなかった。清水の舞台から飛び降りるつもりで、今までの
人生最大の勇気をふりしぼり「エクスキューズみー!!」とスチュワーデスを呼び止めることは出来たのだが、水が欲しかったのでツウぶって「う、うぉ、ウォーラープリーズ。」と言ってみると、帰ってきた言葉は、「・・・?コーク??」だった。


「ー」しかあってねーじゃねーかこの野郎!!!!

 ひどい。アメリカ人のくせに
なんというヒアリング能力の低さだ。本当に彼女達は今までこれでスチュワーデスがつとまってきたのだろうか?一度英会話学校にでも通った方がいいんじゃないか?
 結局、英語力の無いスッチーのおかげでオレはもう機内サービスはあきらめ、書を読むことにした。各種映画なども見れたのだが、俳優のセリフが
1センテンスたりともわからなかったので、ちょっとした吐き気すらもよおしてきた。オレには字幕なしの洋画などサイレント映画と同じだ。
 さて、今回持ってきた本は、地球の歩き方東海岸編、西海岸編、アメリカユースホステルガイド、さっき買った旅行英会話の本だ。英会話の本には、ひったくりにあった時には
「ぽりぃ〜〜す!(police)と叫べと書いてある。「ぽりぃ〜〜す!」「ぽりぃ〜〜す!」。一応練習してみる。しかしこんなのとっさに出てくるだろうか。それにひったくりにあった直後には、オレがどう叫ぼうと犯人はただ全力で逃げていくだけなので、あまり叫ぶ内容にこだわっても意味は無いと思うのだが。

 飛行機に乗っているうちに一回夜になり、また朝になった。10何時間も乗っているのに、ニューヨークに着くのは東京を出発してから3時間後だという。これはお得だ。時差というのを体感するのは初めてだが、これは結構使えるのではないだろうか。


「もう〜。昨日どうしたのよ!私2時間も一人で待ってたんだから!!」


「え?オレだってずっとキミを待ってたんだぜ?」


「ウソ!そんなわけないよ!」


「本当だって。わざわざ夜中に起きてタクシーで行ったんだから。」


「夜中に?なんでそんな時間なの?午後1時にポチ公前って言ったじゃない!!」


「えっ!?ごめん、オレ
てっきりニューヨーク時間の午後1時かと思って・・・海外生活が長かったからね。」


「もう〜っ!!かっこいい!!」



使える。これなら待ち合わせ場所に行かなかった言い訳にもなるし、同時にニューヨーク通なことが伝わってオレの
イメージもアップする。よし。これからはこれで行こう。
 上九一色村に出来た
ガリバー王国のように人気の少ない機内は、座席も一人で独占でき、かなり快適な状態だった。しかしそんなルンルン気分もニューヨーク上空に入りシートベルト着用のサインが出る頃には、父ちゃんに殴られるあばれはっちゃくのようにあっさりと吹っ飛んでいた。なにしろこれから一世一代の大イベント、着陸である。まず第一に、今操縦席に座っているのがビン・ラディンの手のものでないことを祈らなければならない。もしそうだったら多分普通に着陸はしてくれないような気がする。
 窓の外に迫り来るアメリカの道路には、チョロQのような大きさの車が走っているのが見える。ほとんどの車が
外車だ。やはり先進国、金持ちが多いようだ。などと考えている間に、飛行機はそのハイウェイに向かってまっ逆さま。やめろっ!!!道路に着陸する気かっ!!無理だっ!落ちる!!!
 しかし地面すれすれに降りたところでハイウェイは途切れ、
突然空港の滑走路が現れた。そしてガゴンという衝撃と共に、着陸。
 た、助かった!!!!しかしあぶない。危なすぎる。
もし今ちょうど良く滑走路が現れなかったらあのまま墜落してたぞ!?このパイロット大丈夫か??
 シートベルトは機体が完全に停止するまできっちり締め、ヒアリング能力があまり無いスチュワーデスに挨拶をし、オレは他の乗客の後をぴったりついて飛行機から出た。坊やに優しい国、アメリカに入国してしまうのである。













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