帰国



 5時に起き、荷物をまとめて最後のチェックアウト。薄暗いロスのダウンタウンを地下鉄まで歩く。
 それにしても、ようやく日本に帰ることができるのである。アメリカは最も近い先進国であり、ある意味アメリカ旅行なんてものは近所に散歩に出かけるようなものなのかもしれない。だが、そんじょそこらのオカマには負けないくらいビビリなオレは、出発前には「悪いやつに襲われたらどうしよう……」とか、「体を壊したらどうしよう……」などと大変に大袈裟な心配をしていた。もちろん今日になって考えてみれば、それらの考えは杞憂に過ぎなかった。この1ヶ月危険な目には全くあわなかったし、風邪のひとつもひくことがなかった。せいぜい盲腸で倒れて救急救命室で手術を受けたくらいである。

 地下鉄は途中から地上に出て、ロスの整った街並を見ながらオレはそこそこの感慨にふけった。なぜだか全ての思い出が、この下腹部の痛みに集約されているような気がした。
 ロサンゼルス国際空港から、サンノゼ経由の帰国便に乗る。……さらばじゃアメリカ!! 世話になったな。……そして、この恨みはらさでおくべきか〜(呪)。

 遂に離陸、これでオレの足はアメリカ大陸を離れた。
 さて、ここでオレはまだまだ油断することはできない。狭いエコノミー席、その窮屈さにやられて腹のテープが取れないように、またもや
下腹部はだけ作戦の発動である。ポイントとしては、いかに他の客やスチュワーデスに見つからないようにするかということである。グレイハウンドの時は隣の席はドイツ人で、オレがベルトを外しチャックを全開にしても全く気にせず普通に接してくれた。だが今オレが乗っているのは成田行きの旅客機。つまり、乗客、そしてスチュワーデスのほとんどが、他人の行動が気になる民族世界No.1で有名な、我らが日本人なのである。ツアー帰りのおばさん3人組などに見つかろうもんなら、すかさず客室乗務員に通報され、機内に変態がいるため緊急着陸なんてことにもなりかねん。
 しかしだからといって、まだ術後4日目である。今ベルトをきっちり絞めて腹を思いっきりしぼったら、傷口から小腸くんや大腸くんが「ハロー!」と飛び出てくるかもしれないのだ。みっともないのはわかっているし他の乗客に迷惑をかけるかもしれないが、こればかりは譲るわけにはいかない。そのかわりもしもの時には協力は惜しまない。何か緊急事態が起こり、スチュワーデスに
「お客様の中で、どなたか変態の方はいらっしゃいませんか?」と聞かれた暁には堂々と名乗り出て、助けになってあげるつもりだ。

 まあそれでも非常時でなければカミングアウトは避けた方が良いだろうから、オレは露出した下腹部に毛布をかけ、とりあえず周りの目をやり過ごすことにした。やれやれ。これで当分は大丈夫だろうが、あくまで用心深く動かなければならない。


「お客様、お食事ですが、チキンとサーモンのどちらがよろしいでしょうか?」


「あ、じゃあサーモンをお願いします」


「かしこまりました。サーモンですね……」


「はい、受け取りますよ」


「どうもすみません」


「いえいえ。よいしょっと」



 
ハラリ



「あ、お客様、毛布が落ちてしまいましたよ」



「はは、大丈夫です」


「ではごゆっくりどうぞ。……あら?」


「え?」


「……」


「……」


「きやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」



「うへへへへへへ!!」



 ……。

 なんてことになったら着陸と同時に
緊急逮捕まちがいなしである。
 そうならないためにも、あくまでも慎重に、オレの潔白を証明するために毛布を守り、まだ残る痛みとも戦いながら帰国までを過ごさなければならない。結局、余計なことにあれこれ気を使っていたために、「自分が選ぶ、機内スチュワーデスビューティコンテスト」を開催することも出来なかった。……。くそ!! 何度も延期したのに最終的にビューティコンテストは無期延期だ!!! すまん、あんなに楽しみにしてくれていたのに(オレだけだが)……。

 やがて座席目の前の地図は日本上空を指し、あれよあれよという間にあっさりとオレ達は成田空港へ着陸した。しばらくぶりに踏みしめる日本。11月の風が妙にダイレクトに肌に伝わってくる。所詮ほんの1ヶ月ぶりではあるが、それでも我が故郷である日本、そこで吹く風はとても懐かしく、その香りはオレの疲れた体や傷の痛みを……ん? おっと。
チャック全開だった。そうか、これのせいで風に敏感になっていたのか……。慌ててチャックを閉じたら、全然風もダイレクトに伝わって来なくなった。
 うーん、しまった。人間としてひと回り成長して帰ってくるつもりだったのに、どうやらオレは
変質者になって帰ってきてしまったようだ(涙)。……まあいいや。細かいことを気にするのはやめよう。


 ターンテーブルから荷物を受け取ったオレは、他の帰国者に大分遅れをとりながらヨタヨタと税関へ向かった。まだ傷が痛むため、非常にぎこちない歩き方になってしまっている。ああ、格好悪いなあ。こんな醜態をさらしてしまって、すいません税関の職員さん。



「こんにちは。どちらへ行かれていたんですか?」


「(いつもお仕事ご苦労さまです! という表情で)ロサンゼルスからです」


「そうですか。その袋はおみやげですか?」


「(日本が国際犯罪都市になるのを水際で食い止めているあなたたちを心から尊敬します! という表情で)ああ、これは着替えとかです。(やれやれ感をにじませて)実はちょっと入院していたもので……」


「そうなんですか。はい、ではお大事に」


「(慣れた口調で)どうも〜」



 オレは税関の職員さんに軽く挨拶をすると、扉を抜けて空港ロビーへ向かった。これで、晴れて帰国完了である。





 ……。







 
ふはははは!!!

 ひっかかったな税関の職員!!!! あまりにもオレが慣れた態度だったため、そしてあまりにもオレが無邪気な顔をしていたため見事に通してしまったな!!

 ふふふ。オレがヨタヨタとぎこちない歩き方になっていたのは、まだ傷が痛むためなんかやない。
 そうや。

 背中に無修正のエロ本を隠していたからなんや!!! 
盲腸の手術後だから歩くのは遅くて当然という、人間の先入観を利用した巧みなトリックなんや!!!! オレが盲腸になったのは、このためなんや!!!!

 しかし毎度毎度言い訳がましいようだが、オレがここまでしてエロ本の密輸を行ったのはあくまでもエロ的な理由がほとんどではあるが、隠れた部分は学術的、知的理由であり、言うなれば江戸後期の医学生が
杉田玄白の解体新書を貪り読むようなものなのである。まあそれはうそだ。
 そういえば先程土産の話が出たので、ついでに空港内のショップに立ち寄りマカダミアナッツを3箱ほど買い込む。海外土産といえばマカダミアナッツである。これを1つずつ配ればそれで義務は果たすことになる。こんなものはどうせあげる方も
「あら、ありがと〜」と言う方も、単なる社交辞令なのである。土産なんかに苦労して悩むだけ時間の無駄というものだ。

 しかし、そこから我が住まいであるアパートまでは日本のスピードの速さをこれでもかと言うほど思い知らされた。歩いている人間が、とにかく速いのである。オレは日本で考えればまだ入院している身である。退院は異様に早くても歩くスピードは尋常でなく遅い。
エロ本はもう背中から取り出しているにもかかわらずだ。そうか。日本では、この街のスピードに対応するため、だから盲腸でも完全に対応できる体力が戻るまで、1週間も退院できないのだろう。



 ということで、オレの初めての一人旅、アメリカ旅行は終わった。

 楽しくもあり、さびしくもあり、そして痛くもあった。だが、その中で、オレの思いはどこか変わることができたのではないだろうか。

 帰国後もっとも変わったのは、英語に関する意識である。NY到着の日、一歩ネイティブの世界に飛び込んだあの瞬間、学生時代相当な時間をかけて学んだはずのオレの英語力は、まるで
アイドルの1日警察署長のように、全く機能していなかった。数ヶ月前のオレだったら、「恋の時給は2ドル44セント」に出ていた頃のジェニファーコネリーに「つき合ってください……(もちろん英語で)」と言われでもしない限り、自分から英語を勉強しようという気になど絶対にならなかっただろう。それがどうだろう、なんと帰国してからのオレは、英検やTOEIC対策の参考書やヒアリング教材を、自らの意思で買い集めているではないか。まだ実際に勉強を始めているわけではないが、教材を買ったのだからやるに決まっている。いや、きっと、いや、多分、やるだろう。日常的に英語への親近感も湧いており、今や「難しい」を「ナンシー」と読んでしまうほどである。やはり、体験というのは、どんな教師の言葉よりも強く人の心を動かしてしまうのである。
 オレが本気で勉強を始めたらあとは早いぞ。きっと近い将来、「ラストサムライ」のセリフの半分以上は字幕なしでもわかるようになるに違いない。

 翌年のはじめ、オレは保険会社に電話をかけた。あの盲腸騒動についての請求手続きなどが残っていたためである。しかしそこで恐ろしい事実を知ることになった。
 あの一連の盲腸騒ぎ、検査、入院、そして手術。代金は当然保険会社が立て替えてくれていたのだが、その費用は、合計で2万ドルにも及んだということなのだ。2万ドル……日本円にして、
約250万円である。

 
しょえ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!
 お、恐ろしい……。もしも保険に入っていなかったら一体どうなっていたんだろう……。金を持っていなければ手術は拒まれたのだろうか。仮に手術は行われたとしてもオレには250万円の借金が残り、親には勘当、茶道は破門、
妄想の中の恋人は逃げ出しムクには吠えられるであろう。今後また海外に出かけることがあったら、絶対に旅行保険だけには入ろう、心からそう決意したのである。

 ただ、一人旅というもの、そして外国というものを知ってしまった今、オレはまた旅に出たいとは思わない。なぜなら、言葉が通じ治安の良い、世界一暮らし易い日本のありがたさを改めて思い知らされたからである。もう無茶はせず日々淡々と、この国で落ち着いた生活を送っていこうではないか。
 ひとつだけ最後に述べるならば、あの緊急入院の日、朝早くから深夜まで、(もちろん仕事とはいえ)まさにオレにつきっきりで医者や看護婦との橋渡しになってくれた通訳のゆきこさん、そしてそのマウンテンビューホスピタルのドクターやナースの方々、サンキューベリーマッチ!!

 いつの日か、ラスベガスにリベンジを。






アメリカ旅行記:完




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