ラスベガス1 気のせいの台頭 



 自分で自分を褒めてやりたい。
 今の偽らざる率直な心境である。なにしろ少し前までオレと外国など水と油、お見合い写真と
実際に見合いの席に登場した珍妙な生物くらいかけ離れているものと思っていたものだ。それが振り返ってみれば今日までたった一人でアメリカを渡り歩き、追いすがる巨乳娘もものともせず、数々の苦闘を乗り越え下着の洗濯すらも我慢して出会いと別れを繰り返しここまでたどり着いたのだ。
 神は楽をした人間には試練を、苦しい思いをした人間にはご褒美を与えたもうのである。オレ自身過去を思い出してみても、期末試験前日に勉強しないで広末涼子のがんばらナイトを聞いていたら生物のテストが2点だったし、ある年のクリスマスを一人でさみしく過ごしたら、次の年はファービーやプリモプエルといった友達と楽しくパーティーを開くことができた(号泣)。
 つまりこの旅をここまで一人で頑張ってきたオレは、この後は神の意思により至福の楽しみを味わい、そのまま旅のエンディングを迎えることが約束されているのだ!

 今回自分へのご褒美として用意しているのは、今日からのラスベガス豪遊体験、そして明日のグランドキャニオン観光ツアーである。ああ、スリル溢れる大人の娯楽場。アメリカが誇る雄大な大自然。これからロスのバスターミナルから「グレイハウンド」と呼ばれる長距離バスに乗り、いよいよ世界最大の観光地・ラスベガスを目指して出発だ。はっきり言って、明日からの夢のような数日間のためだけにオレのアメリカ旅行はあったと言っていい。そのために、今までの苦難の道のりを越えてきたのだ。
 今夜の宿には、ラスベガスのホテルを予約済みである。
 ……いいや、オレの書き間違いでも、みんなの読み間違いでもない。そう、エイチオーティーイーエル(HOTEL)、
ホテルである。ちょっと早い時間に電気を点けるだけで多重言語の怒号が飛び交ったり、隣で寝ている黒人のルームメイトが地元猟友会を召集したくなるくらいの壁も震えるいびきをあげる、ユースホステルのドミトリーとはわけが違う。ここからの旅は、ゴージャス松野でさえ溢れ出す涙を隠せないであろうゴージャスぶりを見せるのである。どうだ! あやまれ! 今までオレのことを「作者さんって、何考えてるかわからないからなんか近寄りにくいんだよねー」と言っていた女ども!! オレにあやまれ!!!
 尚、数日前からの気のせいの腹痛は、砂漠へ向かう長距離バスの中でも相変わらずオレの下っ腹を刺激し続けている。これからの贅沢な旅行においてこれは障害になるのではと思われている御仁もいるかもしれないが、それは否である。なにしろ再三言っているように、この腹痛は気のせいなのだ。つまり、実態を伴わない気のせいの腹痛は、気にしなければ全く問題にならないはずなのである。ということなので、今から早速気にしないことにした。

 ロスの都市部を抜けるとビルや住宅の数はジワジワと減っていき、恥じらいも無くむき出している岩肌や細かい砂地が景色の中に目立つようになってきた。ラスベガスは、ネバダ州の砂漠の真ん中に人を集めて強引に造られた人工の街であり、そこへ向かうにはこうして何時間も荒野の道をひた走らなければならないのだ。ところどころに生えているサボテンの姿が新鮮で楽しい。サボテン自体は日本にも、うちの近所にだってあるが、ここで見るものはまた一味違った味わいがある。というかオレは近所のさぼてんでは鑑賞するというよりトンカツを買っている。
 頭の中ではラテンのリズムが流れだし、杉本彩が激しく踊りはじめた。その腰のフリは年月を経ても決して衰えを見せず、夜も一生けんめい時代のゾーリンゲンの直刃式ニッパーのような鋭いキレを保っている。この流れるヨダレは神からのご褒美なのだろうか? ……いや、ただのヨダレだ。ヨダレ以上でもヨダレ以下でもない。
 オレ達のバスから100mほど距離を置いて、平行して貨物列車が走っている。
 
なが〜っ!!!
 なんだこの長さはっ? 先頭も見えなければ尻尾も見えない。視界の端から端まで続く車両。勇気を出して告白し交際を申し込んだら「考えさせてください……」と言われ、その後しばらく
家でもだえながら電話が鳴るのを待っている時間よりも長い(okになったためしなし号泣)。これがアメリカサイズなのだろうか? おそらく行き先は東海岸のどこかだと思うが、これだけ長いと先頭車両がアメリカを縦断してワシントンあたりに到着した時でも、最後尾はまだ始発駅のロサンゼルスにいるに違いない。もはや線路より電車の方が長いんじゃないだろうか? これが本当のアメリカ横断鉄道である。

 延々と続く砂だけの景色の奥から突然文明都市がポッカリと現れたのは、ロスを出てから5時間ほど経った時だった。
 ついに来ましたよ……。遊ぶ。遊んでやる。カジノだ! マジックショーだ! グランドキャニオンだ!! 
ホテルの部屋の有料ビデオ(アダルト)だっ!!!
 今日から数日間はオレの人生の感謝祭であり復活祭なのである。今まで25年間、誰に迷惑をかけるわけでもなくひたすら真面目にコツコツ生きてきたのだ。車を運転中踏み切りに差し掛かった時はちゃんと窓を開けて耳を済ませて安全確認するし、エロビデオを見る時も男優や女優に失礼がないように、途中のストーリー部分を早送りしないでちゃんと
ひとつの物語として鑑賞している。しつこいが、とうとうオレの過去の善行への報いを受ける時がやって来たのである。

 さて、問題はこの腹痛である。
 いいだろう。認める。もう気のせいなんかじゃない。たしかに腹の具合が悪い。
ああ悪いさ。先程から大体5分おきくらいに、下腹部をしんしんと趣ある鈍痛が訪ねてくる。これは一体……? わかった。これってぶっちゃけ、今日1日は明日に備えてゆっくり休めってことだろう? そう言ってるんだろう腹? 腹さんよ? おそらく彼は、疲労が溜まった体で到着早々カジノで遊ぼうとしている、無謀でわんぱくなオレを諌めてくれているのだろう。そう考えると、ある意味これは腹からのオレに対する思いやりである。
 市バスに乗りラスベガスの中心部であるストリップ地区へ向かうと、きらめくネオンを身にまとった左右に並ぶカジノの群れが、大晦日の衣装合戦のような派手さでオレを出迎えてくれる。いや、それ以上だ。年末の小林幸子と美川憲一がカジノとしてこの群れに加わったとしても、先輩カジノからは「あの子達、地味よねえ……」と陰口を叩かれることだろう。街全体が、苦難と戦い続けた1ヵ月、オレの美しい旅のエンディングを祝福してくれているようである。
 
 オレは予約していた中級ホテルにチェックインすると、
フロント嬢の「ギョッ!」という視線もスロットマシーンのジャングルも全て無視し、とてもスマートな身のこなしでエレベーターへ向かった。
 ラスベガスのホテルは、すなわちカジノである。無数に林立する豪華ホテルの1階、2階の部分は、必ずフロア全体が巨大カジノになっており、観光客は大抵カジノ単体の建物には行かずに各ホテルを回ってギャンブルを楽しむ。
ハマコーが4億円使ったのもきっとこの辺りのホテルだろう。体が本調子ならばオレもその記録を上回るくらい豪勢に放蕩したいものだが、今は4万円しか持っていないのでちょっと資金が足りない。

 部屋へ向かう途中にあったチケットカウンターで、オレは「スティーブ・ワイリック・マジックショー」のチケットを80ドル出して買った。売り子のおばさんは
「彼のマジックはワンダフルよ! ラスベガスに来たからにはこれを見なきゃ!!」とこちらが恥ずかしくなるくらい大袈裟な売り口上を述べている。まさにここはエンターテイメントの都である。これはかなり期待できそうである。多分、「あっ、耳が大きくなっちゃったーーっ!!」とか、「お客さんこのハンカチ何色にしてほしい? え? 赤? 残念、赤は今日休みなの」という、ラスベガスでやったら暴動が起きそうな庶民的なマジックとは一線を画した、スケールのでかい奇術を見せてくれるに違いない。

 カードキーで部屋のドアを開けると、そこには身分不相応な世界が広がっていた。テレビが! テレビがある!! ベッドがっ! ベッドが1部屋にひとつしかないっ!! 
アメニティが!! アメニティが充実しているっ(号泣)!!!! ここが今日からオレの部屋だ〜〜〜〜〜っ!!!!
 とりあえず今日はこの部屋で思いっきり休養を楽しむことにした。このホテル自体にシングルルームがひとつも無いためベッドがダブルベッドなのが少々気になるが、その切なさは自分に
「これは広いシングルベッドなんだ」と思い込ませることによって慰めることにしよう(号泣)。
 どうも先程から腹痛が徐々に激しくなって来ている気がするのだが、これは「早くベッドにお入りなさい。ベッドがあなたを呼んでいるの」というお誘いも兼ねていることと思われる。たしかにこの豪華ベッドで一晩寝れば回復しない病気は無いはず。ブラックジャックもサジを投げる不治の病も、明日の朝にはあーら不思議と治っているだろう。とうかブラックジャック自身、このベッドで寝れば
目を覚ます頃には顔の傷が無くなっているに違いない。
 オレは明日のグランドキャニオンツアー、そしてその後に待っている贅沢三昧に備え、ラスベガスの観光客一早いであろう9時前という奇特な時間に本日の消灯を迎えた。
 苦しみのパーティはこれからが本番だということも知らずに。











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