ラスベガス2 オレは腹が痛い



 うひゃひゃひゃひゃ……。なんだこの腹痛は。なんかもう笑っちゃうほど痛いね(笑)。
 いいや、笑っている場合ではないぞ。このまま明日になったらとてもグランドキャニオン観光ツアーなど参加できない。こんな体調ではバスに乗ったら一番前の列、先生の隣の席に座らされてしまう。普段女の子の目を意識してワルぶっているオレにとって、それは屈辱的なカッコ悪さである。女子生徒にも、
「この人いつもワイルドな性格を装っていたけど、実は体弱かったんだね……お気の毒に……」などと白い目で見られてしまうだろう。ふざけるなっ!! 明日から一番大事な時期だというのに、おまえのその状態はなんだ!!! 腹めっ!! この親不孝ものがっ!!!
 いやいや、怒っている場合でもないぞ。そして泣いている場合でもない。こんなところで喜怒哀楽を表情豊かに現しても腹痛が治まるわけではない。第一オレは喜怒哀楽のの意味がよくわからない(喜とカブってないか?)。
 とりあえず、寝るんだっ! 寝てしまえばもう明日になるんだ!! 波の間隔は数分おき。一度激しい痛みが襲い、それがスーっと引いてから次の波がやって来るその前に素早く眠りにつけば、そこで今夜の腹痛は終了するはずだ。よし、痛みが引いて行く。今だっ!!


 ……。zzzzzz……。


 イタ。いでででででで〜〜〜〜っ!!!
 無理だっ!! そんな高等テクニックは無理!! オレがそんなに寝つきがいい人間だったら、今頃アメリカなんかにいないで日本で妻子と共に幸せな家庭を築いて平凡にサラリーマンでもやってるんだよっ!!!!
 冷静になってよーく考えてみよう。何か悪いものでも食べたっけ? 毒入りまんじゅうとかホウ酸だんごとか……。いや、心当たりないなあ……。それに、最初に気のせいの腹痛が始まってからもうかれこれ3日は経っている。にもかかわらず今の今まで下痢になっていないということは、やはり食あたりは考えられないのではないだろうか? だが、原因はどうあれ、今日になって急激に発達してきた痛みは、今でも波の回数を重ねるごとに
ラガー刑事になってからの渡辺徹の体重のように増幅しており、消える気配は微塵もない。

 オレは苦しみながらもこれまで25年間鍛え磨いてきた我が誇り高き頭脳を持って、痛みを抑える作戦を立てることにした。そして、ひとつの科学的見地から、ある作戦を思いついた。それは、名づけて「痛みを気にしない作戦」である!! 「またそれかよ……」と思ったあなた。今回は今までのような単純なものではない。スタローンも映画の中で「痛みはコントロールできる」と言っていたように、痛みのメカニズムを知り自分の感覚を精神によって操ることができれば、腹痛などすぐに消えて行くのである。すなわち、今までより気合を入れて痛みを気にしないようにするのだ!!! え〜い、痛みなどというものは末梢神経から大脳皮質に伝わるただの信号にすぎんのだ!! ストップ・ザ・信号!!! オレの体は痛みなど感じぬのだっ!!!!

 ……はっはっは。


 ……。

 
いたたたたたたたたたたっ!!!!! 痛いぞっっ!!!!
 ダメだっ! 痛いもんは痛い!! 
そう簡単に痛みのコントロールなんてできないから麻酔ってもんがあるんだよ!!! そんなこともわからんのかっ!!! この穀潰しが!!!! 
 よ、よーし。こうなったら、次の作戦、「外人おとぼけ戦法」だ。外人で不慣れなことをアピールすれば、多少のことは許されるのだ! いくぞっ!!
 ハ、ハライタサーン? ワタシ日本人デース。アメリカにキタのはハジメテデース! ダカラ、アメリカのハライタのことよくワカリマセーン。ナニ? ハライタってナニ? ボクワカンナーイヨ!!

 ……。
 
ぎえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ(涙)。イタいよ〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
 全っ然効果ない。当たり前だ! 
病気に国境なんて無いんだよっ!!! 同じ人間だろうが! 50年前ならまだしも、この国際社会でそんな言い訳が通用するかよ!!!! この人非人がっ!!!
 考えろ。オレの誇り高き頭脳よ。おまえのその能力を駆使して、次なる作戦を考えるのだ!!!
 シャキーン!! 「興奮でごまかし作戦」!! これだ。これしかない! 「痛い」という思考はそもそも脳の働きの一部。ということは、もっと別の思考で脳の活動を占有してしまえば、痛みの感覚が立ち入る隙はなくなるはず!! オレは、すぐさま作戦を実行に移すために、部屋を出てエレベーターに乗り、1階の売店へ向かった。狙うはアメリカのエロ本である!
 こそこそと他の客の視線を避けながら、金髪のギャルが表紙でくねっているペントハウスというエロ本を持って行くと、レジの白髪のおばちゃんの視線は
「やれやれ。若い日本人がはるばるラスベガスまで来て夜中にエロ本かい。あたしの死んだダンナはねえ、あんたくらいの年には毎日ベトナムで生きるか死ぬかっていう地獄を味わっていたんだよ。それなのに、今はこんな若造が親のスネかじって観光旅行かい……。世の中どうかしちゃったのかね……」という非難の色を帯びていた。違う。違うんだおばちゃん!! これは興奮によって腹痛を少しでも和らげようとする作戦なんだ! やらしい気持ちなんて全く無いんだよ! 信じてくれっ!!!

 というわけで鎮痛用エロ本を購入し部屋に駆け戻ったオレは、目にも止まらぬ速さで袋を開封し、痛みの緩和に適当だと思われるページを探した。……こ、これは。うぷぷぷ……。すごい。目論み通り大脳を刺激し痛みを軽減してくれることが期待できる写真の数々に、更に興奮を高める格調ある文章が添えられている。よし……和訳だ!!
 ……雪が深く降る夜、暖をとる方法はたった一つしかなかった。マークは、自分自身が興奮で非常に熱くなっているのを感じた。リンダはあまり英語が堪能ではなかったが、彼と彼女のとろうとする行動には、もはや言葉など必要でなかった。リンダはマークに笑いかけると、彼に手伝わせ服を脱いだ。柔らかく丸みを帯びたヒップと長い足があらわになり、マークはリンダの手を導き自分のものへと……ハァ……ハァ……
 ……。
 ぐぬぬぬぬ……。
 
きょえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!! 痛いです(号泣)。ダメです。治りません。これが効かないって……相当なもんですよ。
 あああああ……。ぐげ、ごご……。腹の激痛は必ず数分ごとに行ったり来たりを繰り返し、一瞬痛みがひいた時には「もしかして今のが
最後の腹痛なんじゃ? 今度こそ本当に治ったんじゃない??」と毎回淡い希望を抱いてみるのだが、波の余韻が引ききらないうちに約束通り次の激痛がやってくる。
 しかも、下痢になってないのが余計やばいような気がする……。下痢にならないということは、何か悪い物がオレの腸の中にいるとして、そいつがいつまでたっても外に出て行かず暴れまわっているということだ。それがまた半端な暴れっぷりじゃない。
台湾の国会の乱闘くらいの大暴れなのである。ううう……。くく……。
 
 日付が替わった。時計は12時5分を指している。
 畜生ーーーーーーーっ!! チクショ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!! オレは備え付けの電話の受話器を取った。長いダイヤル音の後、いかにも安眠を邪魔されてご機嫌ナナメといった感じの寝ぼけた男性が応答する。


「はい、○○ツアーですけど(日本語)……」


「あ、あの、すみません……。明日グランドキャニオンツアーを申し込んでいる作者と申しますけど……。ちょっと体調を崩しちゃって、どうしても参加できそうにないんです……」


「え、そうなんですか? わかりました……えっとじゃあとりあえず後日また連絡くれれば飛び入りで参加できるようにしますんで。お大事にしてくださいね」


「すいません……」


 ああ。グランドキャニオン……。おのれアメリカーーーっ!! これがテロの直後に悠長に観光旅行に来たいたいけな少年に対する仕打ちかーっ!! 他にもっとバチを与えるべき対象はいるだろうがっ!! おかしいぞおまえらっ! 
大体にわとりがクックドゥードゥルドゥーと鳴いてたまるかよっ!! コケコッコーだろうがっ!!! っつつつつつつつつつあああああああああ〜〜〜〜〜〜〜っ……。
 もはや腹痛の波が来ると思考が遮断され、何も考えることができない。ただ口から空気をシューシュー吐き、脂汗を流しながら痛みの去るのを待つだけだ。
 再び激痛の波が去った瞬間、オレは新しい番号をダイヤルした。


「はい。○○保険海外サービスですが」


「すみません……あの、今ラスベガスにいるんですが……ちょっとハ、ハラが痛くて……」


「具合が悪いんですね? 大丈夫ですか?」


「だ、だいじょばないです……」


「えっと、今そちらは夜中ですよね? 朝まで我慢できそうですか??」


「そうですね……、ざっくばらんに申し上げて
無理です


「わかりました。じゃあドクターに連絡を取ってみます。そのままお待ちください」


「よろしくお願いします……」


 オレが電話をかけたのは、海外旅行保険の保険証書に表示されていた緊急連絡先番号であった。まさにここが保険の使い時である。普通海外に行く時は万が一のために旅行保険に加入するものだが、
一発目の旅行で万が一の状況になってしまうオレという人間の素敵な運命が私は憎い。
 ほどなく、部屋の電話の呼び出し音が鳴った。


「も、もしもし……」


「Hello? Are you Sakusha?」


「い、イエス」


「アイム、ドクターぺらぺら。アーユーオーケー?」


「ど、ドクター?」


 受話器の向こうはどこかのドクターらしい。早速保険の人が連絡をとってくれたのだろう。素早い対応には恐れ入る。さすが旅行保険最大手AIU。


「ぺらぺらぺら、ペラペラ□□〇〇××ペラペラ、ペラペラペラ?」







 ……。









 
わかんないんだよっ!!!!!

 この非常時に頭なんて働くかっ!!! 失敗を恐れずにポジティブイングリッシュにチャレンジしてる場合じゃないんだよ!! それとも電話でオレの陣痛を治してくれるのかよ!!! 
史上最強の催眠術師マーチン・セント・ジェームスかおまえはっ!! 目が覚めたらオーケストラの指揮者になってやるぞ!!!!


「ペラペラペラペラ? アイ、ペラペラペラユアホテル?」


「は、はい! そう!! 来てっ!! イエス、マイホテル! プリーズっ!!!」


「オーケー。ペラペラペラ。ガチャン、ツーツーツー」


 伝わったぞ。人間必死になればなんとかなるもんだ。ああ、しかし「学生時代もっとちゃんと英語勉強しとけばよかった……」と将来これほどまでに切実に思うことになろうとは学生時代は夢にも思わなかった……。ユニバーサルスタジオのデロリアンで昔に舞い戻って、学生時代のオレに忠告してやりたい。まあ学生のオレはどんなに説得しても「将来のことより今だよ、今。オレは今勉強をやりたくないんだから」と生意気に言い張るだろうが。
まじでぶん殴ってやりたい。
 30分後。
 コンコン


「ヘーイ、アーユーオーケー?」


「さ、サンキューサンキュー!!」


 何がサンキューだかわからないが、とりあえず「来てくれてありがとう」ということを伝えたかったオレはダンディなドクターに愛想を振りまきながら、彼をいざなってダブルベッドへ、そして
必死に痛いポーズをした。


「ペイン?」


「イエス! ペインペイン!!!」


「ホワットカインドぺらぺらペイン? ペラペラ? オアペラペラ?」


 むむう……。どうやら「どんなかんじの痛みか?」と聞かれているようだ。日本風に言うと「しくしく痛む」とか「刺すような痛み」とか「締め付けるような痛み」といったところを表現すればいいのだろうか。英語でどう伝えればいいんだ?
 ……。




 
痛いもんは痛いんだよっっ!! 痛さにどうもこうもねえっ!!! とにかくすごく痛いんだよ!!!!



「ペインペイン!!!! ペインっ!!!」


「オー、オーケー」


 ドクターはオレの腹を触診したり叩いてみたり、お医者さんごっこで使う聴診器で腹の音を聞いたりいろいろいじくっていたが、しばらくして荷物をまとめ、帰る準備をしだした。


「ペラペラモーニング、ナイン、ジャパニーズゆきこ、コールユー」


「ナイン? コール??」


「イエス。グッバーイ!」



 ドクターはさわやかに別れの言葉を告げると、僅か15分ほどの短い滞在を終えて早々と帰って行った。何の処置もほどこされていない重病人をたった一人部屋に残して。
 朝の9時に、どうやら日本人のゆきこさんが電話をくれるらしい。しかし、今はまだ夜中の2時。あと7時間、オレはこの痛みに耐えられるのだろうか? そして、
オレの旅は一体なんなんだろうか(号泣)?











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