ラスベガス3 ER観光ツアー うえええおおおお……。おお……。 夜は長い。 いや、それは眠らない街ラスベガスにおいては当然のことかもしれないが、今アメリカのベッドの中にいる大半の人たちにとって、今日のこの時は記憶にも残らない一瞬の時間だろう。 しかし、こうして激痛の渦に身を置いてみるとよくわかる。夜というのは本当は長いものなのだ。なにしろ一晩あれば木下藤吉郎が城を造ってしまうくらいである。オレもせっかく眠れないんだから何かひとつクリエイティブなことをしようと思ったのだが、ここで出来ることといえばエロ本のページを破いて組み立てエロの館を築城するくらいである。秀吉に対抗意識はあるが、エロの館は頑張って作ったところで出世には繋がらないような気がするので、オレは着工を断念した。第一バカバカしい。 しかしこのいつ終わるともわからない夜をただ同じ場所、ベッドにうずくまって時をやり過ごすのはとてつもなくハードである。そこでオレは転がりながら、パジャマでおじゃまに出演する3才児にも負けるスローペースで服を着替え、部屋を出た。 ラスベガスのカジノはほとんどの場所が24時間営業である。オレは少しでも気を紛らわそうとブラックジャックのテーブルに着いた。一番賑わっていない、人の良さそうなおばさんがディーラーをやっているテーブルだ。 「は、ハロー……。アイ、ディス、ファーストタイム」 「ファーストタイム? 初めてなの?」 「そうなんです。色々教えてくれませんか?」 「いいわよ。じゃあそこに座って」 「はい」 ぐぐぐ……。とりあえず、ここで親切なおばちゃんとブラックジャックでもやっていれば、多少は気が紛れるだろう……。 そして10分後、財布の中の金を全て失ったオレは、再び行く当ても無く盛り上がる観光客の間を縫ってホテルをさまよい始めた。ああああああっ(号泣)。何やってんだオレはあっ!!!! ばかがあっ!!! それにしても我ながらなんてかわいそうな人。もしオレが街角でこんなかわいそうな人を見かけたら、思わず2万円くらいあげてしまうだろう。 その後もオレの腸を誰かが凧糸で結んで絞りまくっているんじゃないかと思うような強烈な痛みと共栄しながら、夜中に街を歩き他のホテルまで遠征してみたり、部屋へ戻って一人マジカルバナナで気を紛らそうとしたり、とにかく一刻も早く朝が来ることを祈り状況と格闘し続けた。尚、明け方に自分だけでマジカルバナナを始めた時はもう何かを思考する気力は残っておらず、「バナナといったら腹痛!」「腹痛といったらバナナ!」「バナナといったら腹痛!!」「腹痛といったらバナナ!!!」とただ延々と繰り返すのみであったことをここで報告しておこう。 そんなオレにも……朝は……やって来た。 7時……。8時……。くははあっ……。い、今頃グランドキャニオンツアーの人たちはみんな予定通り楽しく……オレ以外の人たちは……。ああ、でももう少し、もう少しで……。 そして。 ![]() トゥルルルル……きたあっ!! ガチャ 「もしもしぃっ!!!」 「あ、もしもし? 作者さんですか?」 おおおお(T_T) 日本語だ〜(号泣) 「わたし、通訳をやっているゆきこというものですけど。どんな具合ですか?」 「尋常じゃない具合です。どれだけ首を長くしてこの電話を待っていたことか……(涙)」 「そうね、それじゃあ郊外にマウンテンビューホスピタルっていう病院があるんだけど、タクシーでそこまで来れる?」 「わ、わかりました。マンテンビューですね……」 「マウンテンね。そこのエマージェンシールームにタクシーつけてもらって、入ったところの待合室で落ち合いましょう」 「はい。すぐに行きますっ」 オレはもちろん今夜もこの部屋に泊まることになっていたのだが、念のため全ての荷物をまとめ、引きずりながらエレベーターに乗りロビーを横切りへろへろとタクシーに乗り込んだ。 予定日が早まった妊婦を彷彿とさせる苦しみの体勢を見せながら20分ほど砂漠を走ると、総合病院だと思われる相当大きな建物がドカンと登場した。さあ、これからここで一体何が起こるのだろうか?? 運転手に頼んでエマージェンシールーム、すなわちERの入り口に横付けしてもらい、料金にチップを加えて支払う。こんな状況でも「ガイドブックにはチップは10〜12%って書いてあったから、料金16ドル40セントの10%ちょっとは2ドル弱でそれを運賃に足すと……」などと律儀に計算してしまう誠実さと優しさが、女をコロっといかせるコツである。一応こう見えてオレは過去5人程女優なみの美人を実際にコロっといかせたことがある。妄想の中でだけどな(号泣)。 いや、そんなことで号泣している場合ではない。今はその涙をもっと別のことに使うべきだ。そう、痛みで泣くべきだ。いや、泣いてどうする。オレは男だっ!! 泣いてたまるか!! ERの待合室、とめどなく流れる涙で床を濡らしながら止まない激痛にプルプル震えていると、沼津の駅前駐輪場あたりをスーパーのレジ袋を抱えて歩いていそうな、パーマをかけたごく普通の日本人のおばさんが自動ドアから現れた。ラスベガスから沼津へのマインドトリップ。だがこの人こそが、オレを混沌の世界から救い出してくれる救世主なのである! 「ハーイ、作者くんですか?」 「そ、そうです! ゆきこさんですねっ!? 僕が腹痛で苦しんでいる貧弱な作者です!! 恥も外聞も捨ててヘルプミー!!」 「あらあら。一応来る前に病院にも電話で話は伝えておいたから、すぐ対応してくれるはずよ。じゃあ行きましょうか」 「ああっ!! なんという手際のよさ! およよよ(号泣)」 これで助かる……これで……。 くうう……。くへへへ……。ゆきこさんに続いてのそのそと診察室へ向かう間にも間隔の狭くなった荒波は下腹部を襲い、オレは1分間歩いては1分間完全停止して痛みをこらえるという、一人だるまさんが転んだ状態になっていた。だがもう心配することはない。ここは先進国の総合病院である。ポコーンと一発注射でも打ってもらえば、昔出演したドラマの話を効果音つきでする柳沢慎吾のように一気に元気になるに違いない。 まず最初に連れて行かれた部屋では、オレの度胸を試すかのように腕に悪魔の毒針を刺され、血を抜かれた。簡単に言うとただの血液検査であるが、針先を皮膚に残したまま上からテープが貼られる。抜き忘れだろうか?? でも泣くもんかっ!!! 白人の女医により腹を撫でられ通訳付きのお医者さんごっこをした後、浴衣(外来語で言えばローブ)に着替えベッドのある別室に。 なんやかや検査や点滴で慌ただしく時は過ぎるが、午後になってもオレの病名は特定されず症状も全く改善しない。いや、単純に病名をつけるほどの大した病気ではないのだろうか。 しかし夕方を前にしてやって来た最後の検査は、「これが最後の検査だからね!」といういかにもアメとムチのアメを思わせる発言から予測出来た通り、今や1日の大半をあししし言いながらベッドで過ごすネバダ州最弱の男にとってはかなりキツイものだった。笑顔を振り撒いて検査医が持って来たのは、巨大な紙コップとバリウムの入ったペットボトル。紙コップは12オンスというから360mlで、缶ジュース1本分だ。それを1時間以内になんと4本飲めというのだ。患者虐待にも程がある。 大体、オレが日常どれだけ水分を摂らない人間かということを、あんたはわかっちゃいないだろう米のお医者さん?? もともと体自体がみずみずしいせいか、子供の頃から飲み物を必要とする量は他人より極端に少なく、トイレも起きている時は朝と夜1日2回しか行かない男である。それに加えてこの腹痛。腹が痛い時に水をガバガバ飲もうとする奴がいるか? しかもバリウムだぞ?? 医薬品だぞ??? ペットボトル丸々一本だぞ???? 本当にこの量であっているのだろうか? これはアメリカ人サイズではないか。日本人の体重にあわせたらもっと少なくていいのではないか。コップになみなみと注がれたバリウムを見て子犬のようにぷるぷる震えているオレを見て、ドクターがふと思い出したように言った。 「オー、すまんすまん、オレとしたことが。うっかりしてた」 「そ、そうでしょう!! やっぱおかしいと思った……」 このうっかり者め……。危なくアメリカサイズで飲み干すところだった。ちゃんと患者の気持ちを考えてそのあたりキッチリしてもらわないと困る。 「はい、ストロー。これが無いと飲み辛いだろう」 「そうそう。やっぱりストローって大事だよね。まずい飲み物もこのピンクのストローで飲めばあら不思議。なんかおいしく感じちゃうんだよ! ……ってこの魔人ブウが!!(体型が魔人ブウに似ていたので)! バリウムをストローなんかでちまちま味わって飲めるかっ!!! 1.5リットルだぞ!? せめてカップル用のハートのストローと反対側から飲んでくれる小倉優子を連れて来い!!!!」 「じゃあ万が一吐いちゃった時のために洗面器置いていくから。飲み終わったらまた声かけてくれな」 「……(泣)」 くそ〜。飲むしかないのか……。仕方ない。これで最後だ……これさえ終われば、オレの苦痛の正体もわかる。集中だっ! 脳力をフルに回転させ、おいしい物を飲んでいるイメージを作るのだ! 今から飲むのはバリウムではなく不二家ネクターだ!! ごきゅっ。ごきゅっ。 ……はぁ〜っ。この1杯のために生きてるな〜。 マズー!! 砂糖を! もっと砂糖を入れてくれ!! もっと甘みをおっ!!! コントで牛乳を飲む加藤茶のように口のコーナーからだらだらバリウムを垂らしながら1杯2杯、涙もヨダレも流しながら3杯4杯と服も布団も汚しつつ飲み切る。多分大学時代の部活の上級生が見ていたら「あーあ、おまえこんなこぼしちゃって。じゃあもう1杯追加な」と情け容赦ないペナルティを与えられるだろうが、幸いにして今彼らはみな日本、しかも東海地方にいるはず。ネバダ州とは気候も風俗も異なるため、もはや部活の上下関係などに縛られる必要はないのだ。魔人ブウも見てなさそうだし、平静を装っていれば見破られることはないだろう。 「ヘーイ、ジャパニーズガイ!! 飲んだか?」 「どきっ!! は、はい。ほらこの通り!! ちいともこぼしておりません!!」 「ほお。じゃあこのシーツのシミはなんだ? ヨダレでも垂らしたのか?」 「はへっ!!! はへほへっ!!!!」 「ま、いいだろう。じゃあもう少し時間経って、バリウムが腸まで行ったらCTスキャンとるから」 「はひっ!!!」 もはや言いなりになるしかないオレだったが、とにかく腹痛の正体が判明し、一刻も早くこの苦しみから解放されるのをただひたすら願う、それだけが今できること、そしてしなければならないことだった。 |