ラスベガス4



 旅の労を自らねぎらおうと、ご褒美としてラスベガス豪遊、グランドキャニオンツアーを自身にプレゼントしたはずだったが、なぜだろう、大峡谷にいるはずのオレは今緊急救命室のベッドの上。ああうれしい! これは選ばれた人間だけが参加できる、
ER観光ツアーなんだ! 本物のERなんて、どんな有名な旅行代理店に頼んでも絶対に見れないぜ(涙)!!
 腕に刺さったままの針から何か熱い液体を注入され、全身に回ったところでCTスキャンにかけられ体を輪切りにされる。こちらはERを観光しているつもりでも、逆にERにはオレの内臓まで覗かれてしまっている。そんなところまで見られるなんて、恥ずかしいじゃないのよ。

 再び病室に戻り、出たり入ったりしている沼津のゆきこさんと世間話をしながら横たわっていると、ナースが何か薬を持って入って来た。話しかけてくる言葉が、ゆきこさん経由でオレに伝えられる。


「ハーイぼうや。まだ検査結果は出てないけど、とりあえず今日はここに泊まって行きなさいね」


 な、なにーっ!! そ、そんな……。いやだ……こんな言葉も通じない、知り合いの一人もいないアメリカの病院で病名もわからないまま入院なんて……。生まれてから一度も入院なんてしたことないのに……。


「それから、今日はこの痛み止めを打っておくから。ただちょっと問題があって、これすごく強烈なの。痛みを取る代わりに頭もボーっとしてくるかもしれないけど、我慢してね」


 そう言うとナースは、やはり今だ左腕に突き立っている注射針に薬品をセットし、オレの体にぐいぐいと流し込み始めた。
 はーあ。昨日ラスベガスのホテルにチェックインし「ここが今日からオレの部屋だ〜〜〜〜〜っ!!!!」と叫んでいた幸せ気分のオレに、「にいさん、あんた明日の夜は緊急救命室のベッドの上だよ」とぜひとも教えてやりたいものだ。
 ナースが痛み止めを打ち込んでから、ほんの数分でオレの体には変化が訪れた。痛みがスーッとひいた、わけではない。先程の忠告どおり、薬が頭に回ったのか、意識が薄れ、頭の中が霧がかかっているようにボーっとし始めてきたのだ。しかも腹の痛みは相変わらず。オレの腹痛のレベルは薬の効果を遥かに上回っているらしく、ある程度痛覚は麻痺しているはずにもかかわらずそれでもまだまだ激痛である。

 人間、酔っ払っているわけでもなく気持ちよくもないのに意識が朦朧とし出すと、パニックに襲われるものらしい。それが日本ではなく、言葉も通じない初めての異国の地で原因不明の腹の激痛付きともなると、生半可なパニックではない。
 自分で自分の思考をコントロールできないのが、これほどまでの恐怖だとは思いもしなかった。この時廊下から聞こえてきた、他の患者の「ウ〜〜ッ、ア〜〜ッ、ウ〜〜ッ……」といううめき声が、ボケっとして白い空間になっているオレの頭にめちゃくちゃクリアーに響き出し、確実に
過去最高の恐怖心を作りあげていた。
 このままアメリカの病院で寝たきりになり、あの患者のように呻き声をあげながら死を迎える自分の姿が脳裏に浮かぶ。「死」という言葉が人生において最も身近に現れた瞬間であった。これくらいのことで何を大袈裟な、と思うかもしれないが、それはあくまで脳も体も正常に働いているからこそ言えることである。この時のオレがイメージの中でどれくらい死に近づいたかというと……



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
シーン1:湖畔のキャンプ場
 アメリカ人の若い男女数人が、泳いだりラジオの音楽にあわせて踊ったり、思い思いにバカンスを楽しんでいる。その中のブロンドヘアの女が、なぜか意味もなく(おしっこだろうか?)近くの林に一人入って行く。
 うって変わって静かな林の中。なんの警戒もせずふらふらと歩く女。すると、突然茂みからホッケーマスクを被った殺人鬼が現れる!!!


「ウハハハハ!!」


「キャ〜〜〜ッ!!」


「へへへ。うまそうな女だぜ!」


「や、やめてっ!! 助けてえっ!!!」


「ハハッ! ひっかかったなジェーン! カパッ(マスクを外して)。オレだよ!」


「ケ、ケビン!! もう……脅かさないでよ!! そんな変なマスク被って!!!」


「ははっ。ごめんごめん。びっくりした?」


「まったくもう・・・」


 笑いながらキャンプ場へ戻って行くケビン。


シーン2:キャンプ場のロッジの脇にある納屋(夜)
 裸電球のぶら下がった薄暗い納屋。錆びた鎖やチェーンソー、手斧といった工具が不気味に並ぶ中、ぎいっという音を立ててドアが開き、ケビンが一人で入ってくる。


「ちっ。なんだか薄気味悪いところだな。本当にこんなところにランプの燃料なんて置いてあるのかよ。ジェーンの奴さっきのことを根に持ってオレを騙してるんじゃないだろうな……」


 ボヤきながら道具箱をあさり、燃料を探すケビン。電球に照らされたケビンの大きな影が納屋の中に横たわり、ゆらゆらとうごめいている。すると、もうひとつの影が納屋の奥の方からゆっくりと現れる。ケビンが何かの気配を感じ動きを止める。


「だ、誰かいるのか? おい!」


 意を決して振り向くケビン。……が、背後には誰もいない。どうやらただの気のせいだったようだ。強がりと、安心感の混じった表情でホッとため息をつく。……そうだ。仲間はみんなロッジの中にいるんだ。ここにはオレ以外誰もいるわけがないじゃないか。
 再び道具箱の方に向き直るケビン。……すると、目の前には人間の下半身が。驚いて顔を上げると、なんとそこにはホッケーマスクを被り、ナタを持った殺人鬼の姿が!!!


「うわーっ!!」 


 ナタを握り、ケビンの方を向いたまま動かない殺人鬼。


「だ、誰だよ!!! こんなイタズラするのは!! わ、わかった。ジェーンだな? ま・・・ったく。昼間の仕返しをするためにわざわざオレを呼んだんだろう? わかったよ。あやまるよ。……お、おい。なんとか言えよ。ジェーン! ……おい、な、何をする気なんだ……ウソだろ……ま、まさか!!
 やめろ〜っ!!!」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ……この時のケビンくらい死に近づいたのであった。


 さて、トイレに行くため立ち上がっても、ふらふらとヨロめいてしまい普通に歩くことすらできない。ただそれならなおさら、自力でトイレまで行きさっきのバリウムを出し切ってしまわなければならない。いくら薬のせいで意識が混濁しているからといって、この歳で初対面の女性を「あの、すいません、もらしちゃいました。オギャー」
赤ちゃんプレイに巻き込むわけにはいかない。

 夜になっても、心の動揺と腹痛は全く収まらなかった。ERに入ってから既に12時間近く。まさかこんなに長くかかるとは……。考えてみれば、気のせいの痛みが発生してから今日で5日目。気のせいからリアル世界に昇格し劇的な大暴れを始めてからかれこれ24時間が経とうとしている。しかも施されたたった一つの治療は、思考を停止させ恐怖心を煽る痛み止めで、一時的に症状を取り除いているだけである。だがこんなものは、
先走り過ぎてトラブルを起こした熱血刑事を捜査から外すようなもので、結局のところ最後には必ず戻って来てしまうため全く根本的解決にはなっていない。
 人生の無情さを噛みしめ演歌を歌っていると、南米系の(意識がしっかりしてたらヒスパニック系と表現するであろう)恰幅のいいドクターがやって来た。そしてなにやら書類のようなものを見ながらオレに長い説明を始めた。
 ここ最近気付いたのだが、こちらの人たちは相手が言葉が理解できないとわかっていても、必ず直接オレに話しかけてくる。日本人だったら外国人相手に話をする場合、たいていは通訳に向かって話しかけないだろうか? まさに自分がこういう状況に置かれてわかったが、やはりわからなくても直接話しかけてもらった方が断然気分がいい。これは勉強になる。
 とは言っても、最終的にオレが聞くのはゆきこさんの説明である。



「さっきの検査の結果なんだけどね、盲腸かなにかだろうってことなのよ。ドクターが言うには、ハッキリとはわからないけど、確かに腸のあたりに何かが見えるそうなの」


「な、何かですか……」


 何かってなんだろう。精霊? 精霊が住んでいるの? それともぎょう虫??


「それでね、このまま日本に帰ってもいいんだけど、どうせ放っておいて治るものじゃないし、これから手術をしたらどうかって」



 
ドカーーーーーーーーーン!!!
 ああ、手術……。手術って……なんでしたっけそれ……切ったりするんでしたっけ……血が出たりするんでしたっけ……。なんすかね、腹の場合はどうなるんですかね、今日手術すれば明日には元気にラスベガスで豪遊してグランドキャニオンツアーにも参加できますかね……???
 しかしたしかにドクターのおっしゃる通り。放っておいて治るものじゃないというより、この痛みに耐えながら飛行機に十時間以上乗って日本に戻り病院に行って検査からもう一度やり直すのは
1000万円くれるって言っても無理だ。
 盲腸だなんて……もう、ちょんなー。などと言っている場合ではない。


「はあ……。しょうがないです。この際だからバッサリやってください。結局、盲腸なんですよね??」


「盲腸だと思うってことなの。ちゃんとしたことは開けてみなきゃわからないんだって」



 ああそうなんですか。

 ……。

 オレの腹はつづらの中身か??
 思うはやめて欲しいな思うは!!! 開けてみなきゃって……そんなにあっさりと言われても、そう簡単に開くようにオレの腹は出来ていないハズだ。フタとか付いてないし。
 オペが決定してから、手術に関わるドクターが順番に挨拶にやって来た。執刀医は今の南米系のドクターだが、その他に白人の若い男性と、東南アジア系の女の子だ。患者を大事にしてる病院って気がする。
 最後にやって来たドクターもしくはナース、もはやそのヘンの記憶は曖昧なのだが、が持って来たのは何か契約書のような紙っぺら。ボールペンと共にオレに手渡される。


「あのね、これは手術を受ける人全員に書いてもらうものなんだけど、万が一のことがあった時に、臓器の提供を申し出るという契約書なの」


「なにをぱら!!
 ちょっと待ってください。万が一って……死ぬってことですか??」


「まあ、万が一の時ね。みんな書いてるもんだから、一応ね……」



 うぬうっ!! 万が一ってなんだ!! 万が一のことが無いように安全にやってくれよ!!!
 こんなモノ手術の前に見せないでくれ。現役時代のアントニオ猪木だって、「猪木さん、もしこの試合に負けるようなことがあれば……」と話しかけたテレビ朝日のアナウンサーに、「やる前から負けること考える馬鹿がいるかよ! 
出て行けバカヤロー!!」バシイッ! と思いっきり張り手を見舞っていた。オレもすぐさまドクターの元に「やる前から失敗すること考える奴がいるかよ!! 出て行けばかやろー!!」と怒鳴り込みたいところだが、多分オレが出て行かされることになるだろうから今回はやめておく。
 


「えーと、じゃあ上から説明していくね。まず角膜、眼ね。これはどうする?」


「はあ、じゃあ提供します……」


「次は小腸と肝臓ね。これは?」


「は、はい。それもいいです……」



 くそー。
オレの臓器はオレのもんだっ!! 誰にもやらん!!! と叫びたいところだったが、なんかそんなわがまま言ってると手術で手を抜かれそうな気がしたので、不本意ながらも提供に同意していく。このあたりの駆け引きが難しいところだ。なんじゃそりゃ。



「はい、あとこれは、肺とか心臓なんだけど、このヘンはやめとく?」


「そ、そうですね。なんか
そのヘンは大事なモノですからね(意味不明)……」


「じゃあ眼と肝臓と小腸、腎臓ってことで」



「はい。そのラインナップでお願いします……」



 わけわからん。しかし、本来どうでもいいはずなのに、実際に自分があげることを考えると
なんか心臓は勿体無く思えてきてしまうから不思議である。

 ストレッチャーに乗せられ、ガラガラとオペレーションルームに運ばれるオレ。アメリカのERの手術室の風景。しかも手術を受ける人間の視点から。
いくら金を積んでもこんな観光ができるツアーは無いだろう。わっはっは(号泣)。
 ああ、今まで
ドキュメント番組とアダルトビデオでしか見たことのない手術室の内部。しかし感動などするはずもなく、ただ体を駆け巡る恐怖と闘うのに精一杯であった。多分この時のオレは、チーターに頚動脈をがっしりと掴まれたシマウマの目をしていただろう。
 アジアンビューティーの女の子が
「フレッシュエアー♪」と言いながらオレの口に呼吸マスクをつける。同時にまたもや腕の針を使って麻酔が流される。今日一日でオレの体内には実に多種多様の薬品が走り回っているな……。そして次の瞬間、オレの意識は別の個室のベッドの上まで飛んだ。











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