ロスアンジェルス2 ロンリーユニバーサルスタジオ



 今日もまた、気のせいの腹痛がオレをいじめている。日頃やましいことばかり考えていることへの罰なのか、気のせいにもかかわらず、昨日より若干悪化しているような気がする。あくまで気のせいだと言い張るのは、下痢にならないからである。もしこれが本物の腹痛だったなら、今頃はゲーリーオールドマンもびっくりのゲリゲリな下痢になっているハズである。「本物ならば下痢になるのに、今は下痢になっていない」。これを論理立てて考えると、今の腹痛は完全に偽物ということになるのである!! ばかやろう!! 腹痛め、
オレを騙そうなんて10年早いんだよ!!!
 
 そんな気のせいには構わないことにして、オレは受付けでチケットを1枚だけ買った。
 今、オレがいるのはユニバーサルスタジオハリウッドの入場口である。そう、今日1日、オレはこのハリウッドが誇るテーマパークを縦横無尽に駆け巡り、辛いことなど忘れて思う存分エンジョイすることにしたのだ!! 今までいろいろ辛いことはあったけれど、今こうしてユニバーサルスタジオに一人で来ているという、
その事実が一番辛い。
 冷静に考えてみて、東京ディズニーランドのアリスのティーパーティーの中で一人で回転している男がいたら、いくら教育の行き届いた係員でも「お客様、お出口はあちらですので」と早い帰宅を促すであろう。
それが今のオレである。
 ああ、わかっている。自分自身よくわかっている。これでも場の空気を読む能力だけは人一倍優れていると自負している男である(やばい空気だと思ったらいなくなるのも人一倍早い)。だがそんなオレが男一匹このデートスポットに出現しているのは、ひとえに、



「ねえ、作者さん、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)行ったことある?」


「え? うーん、日本のはないなあ。
ハリウッドの方なら行ったことあるけどね」


「す、すご〜い!! 作者さんすご〜い! あ、あの……好きです」



 という、まだ見ぬ未来の美しい展開を期待してのことである。
 まだ開園前であるため、入場ゲート手前に行列が出来ているのだが、並んでいる他の客を見てみると、どうやらこれだけの人数の中で話し相手がいないのはオレ1人のようだ。貴重な存在である。
 尚、オレの5人ほど前には、なにやらガイドからレクチャーを受けている日本人カップルの姿が見える。ハッキリとは聞き取れないが、「○時になったら帰ってきてください」とかいう言葉が聞こえてくるので、きっと彼らは送り迎えつきのツアーに参加しているのだろう。
 ……ああ、もったいない。これしきのところに来るのに旅行会社にいくら払ったんだろうか。オレなんて今日宿からここまで来るのに電車代1ドルしか払っていないというのに。本当なら失わなくていい余計な金を失ってしまった、とても可哀想なカップルである。……まあ
向こうから見たら男一人でテーマパークの開園を並んで待っているオレの方が断然可哀想なのだが。少なくともこの場にいるあらゆる第三者の視点から見てもオレの方が可哀想だろう。ふ……。バカップルめ。どうやら可哀想対決ではオレの勝ちのようだな!! ざまあみやがれ。やはりこういった状況では行動力と勇気がものを言うのである。日本語ガイドつきのツアーを頼むような裕福で幸福な連中が、どう転んだってオレにみじめさで勝てるわけがないのだ。……。
 
不謹慎な奴め!! 戦争中にユニバーサルスタジオなんかでチャラチャラ遊んでるんじゃねえよっ!! この非国民がっ!!! ……はぁ、はぁ。……オレだって大金を失ってもいいから男一人でユニバーサルスタジオに来たくなかった。

 一応ロスでの楽しみどころとしては、他にもビバリーヒルズツアーとかいう、ハリウッドスターの豪邸を外から見学して回るツアーもある。だがそんなものを見たら自分の置かれている現実との落差にショックを受け、発作的にバスの前に身を投げ出してしまうことも考えられるではないか。
 あとはサンタモニカなどの海岸地区へ行って、ウォークマンを聞きながらローラースケートで走り回るなどのアクティブな過ごし方も考えられるが、オレは生まれて20数年、そんなものが似合う人間に育てられた覚えはない。今ロスにいる全ての観光客の中でロスのビーチが似合わない男ランキングを行ったら、かなりの確率で上位に食い込む自身がある。

 まあそんなわけで本日はめでたくユニバーサルスタジオに来ることに、とか言っているうちにどうやら開園時間になったようで、入場ゲートがドカンと開いた。他の客は、一斉に同じ方向、「スタジオ・ツアー」というアトラクションの方へ向かって行く。なのでオレも負けずに向かって行く。特に日本人カップルだけには負けないように早歩きをした。

 ※お断り:ここからは「自分が一人である」ということを意識的に忘れ、無邪気にアトラクションを楽しむこととします。

 USJには無いらしいこのスタジオツアーというのは、バスのオープンカーのようなものに乗って、あんなところやこんなところを回るというものだ。なんでも各チェックポイントを回るうちに、有名どころの映画のワンシーンが見れるようになっているらしい。尚、先頭にはディズニーで言うならジャングルクルーズの船頭のような演技派のガイドが陣取っており、オレ以外の英語がわかる人々の臨場感を高めている。
 しばらく映画のセットの中を走った後、最初のチェックポイント、モーゼの川に差し掛かった。ここでは、懐かしの映画(見たことはありません)「十戒」のワンシーンのごとく、川が真っ二つに割れるらしい。一応説明を加えておくと、昔モーゼという人が悪い奴から逃げる時に川の前で呪文を唱えると、激流が真っ二つに割れたのでその間を通ってめでたく逃げ切ったという、そんなよもやま話を映画にしたのが「十戒」である。
 バスが川を前にして立ち往生していると、ゴォォォーッ!! ではなくサーッという音とともに、水が動き始めた。
 おおーっ。割れた割れた。
 ……。
 あのー。割れたのはいいんですけど、この川もともと深さが30センチくらいみたいなんですけど。真っ二つに割れた川の中央を、バスの両側に水の壁を見ながら渡って行くような図をイメージしてたのだが、これは普通に浅い川を走るバスである。この程度の水深なら普通に渡れるので、
モーゼもわざわざ割る必要がないと思われる。

 キングコングのいるトンネルなどのお子様向けのそれなりの見所を過ぎ、一昔前のアメリカの住宅街といった雰囲気の地区に差し掛かると、ガイドがなにやら深刻な表情で喋り始めた。しばらくオレも話を聞いているフリをしていると、彼は突然大袈裟な演技になり、住宅街の方を見て叫び出す。他の乗客も同じ方角を見て、なにやら「オー」だの「ワー!」だの声をあげている。ふむふむ。どうやらガイドブックの情報によれば、なにか今ヒッチコックの映画「サイコ」関係のイベントが起きたらしいが、ガイドの英語についていけなかったオレはどこで何が起こっているのか全くわからなかった。言葉って、大切だね。
 
 そんなこんなで、いよいよこのアトラクションのメインイベントである「ジョーズの湖」に差し掛かった。湖(というか池)の中央に浮かぶ橋を、オレ達乗客を乗せたバスがソロソロと渡って行く。遠くには、釣り人の姿をした人形が置いてある小さな島がある。
 突然バスが停車し、ガイドが島の方向を指差した。



「ヘーイ! みんな、大変だ! あっちを見てくれ!!」



 ああっ!! なんということだ!
 乗客の目の前で、島の端に浮いていた釣り人の人形がゴボゴボ! という音を立てて池に沈んでいっている。これは大変だ。浅瀬に引っかかっていればいいが、もし深みにはまってしまい引き上げるのが無理ならば、新しい人形を業者に発注しなければならない。しかもテーマパークとしてセットが壊れるという醜態を客前で晒してしまっている。ガイドが慌てるのももっともだ。
 ……いや、違う! それは少年の心を忘れた、ひねくれた人間の視点である。テーマパークにおける人形の役割というのは、あくまでそれを「生きている人間」であると仮定するところにあるのだ。そう考えると、あれは本物の釣り人であり、沈んで行ったということは、釣り人が何物かによって池に引きずりこまれたということを意味するのではないか! きゃーっ! 大変だ! 演技派のガイドも、目の前で突然釣り人が水中に消えたという事実に演技のことなどすっかり忘れて慌てふためいている。



「W、What? な、何が起こったんだ!! み、水の中に何かいるのか!? 一体何がいるんだ!!」 



 そ、そんな! 何か得体の知れないものが池の中に潜んでいて、今にもオレ達を襲おうとしているということなのかっ!! なんだっ? 何が隠れているんだ!!

 ……。
 
 
ていうか、ジョーズでしょ?


 
だってジョーズの池じゃん。

 ……ほらほら、案の定背ビレが登場しましたよ。だんだん近づいて来てますし。
 ガイドは相変わらず鮫肌の背ビレが迫るにつれ一人で騒いでいるのだが、イベント好きの白人観光客ですらイマイチ盛り上がっていない。しかしジョーズがこうしてバスに向かって近づいて来ているということは、奴はオレ達乗客を狙っているのである。これは結構危険な状況だ。危ない危ない。
 オレ達のいる橋から数メートルまで迫ってきたところで、突然背ビレがフッと水中に姿を消した。く、来るのか? さすがにこうなっては他の乗客も息を呑んで次の展開を待っている。
 ゴクッ(息を呑む音)。


 ガバアッ!!


「キャー」
「ワオ〜」
「ヒュー」


 ……。

 チッ(舌打ち)。
 もっと来いよ〜。もっと大きく作れよ〜。ハリウッドだろ〜? 口あけて襲い掛かって来いよ〜。飛ぶ方向が違うだろ〜。みんな映画のジョーズを思い浮かべてんだからさ〜。ちゃんとオレ達を食おうとしろよ〜。

 オレをはじめとしてスタジオツアーに参加するのが始めての客ならば、誰もが想像していただろう、巨大なジョーズが口をグワバーッ! と開けて水中からバスに向かって飛び掛ってくるの図。その予想は裏切られ、さっきまでオレ達に向かって真っ直ぐ進んでいたはずのジョーズは、いきなりバスの右前方から登場し、そのままバスに対して平行に、口を開けて襲い掛かるでもなく、トビウオのように水面を飛んでいる。
 まあ本当に食われたとしたら結構危険なので、オレ達の予想はいい意味で裏切られたと言えないこともないかもしれないのだが、そもそもコノ手のアトラクションは客に恐怖を与えてなんぼではないのか? 苦笑いさせてどうするんだよ!!! 少なくともこのジョーズはあまり怖くない。これならまだ「恐怖! 孫の目の前で姑をゴミと罵る鬼嫁!」の方がよっぽど怖い。
 
 そんなわけで1時間弱にも及ぶスタジオツアーは終わりを告げたのだが、後でガイドブックを見てみると、このツアー内には全部で11箇所もの見所があると書いてある。そうだったのか。オレが認識した見所はせいぜい5箇所くらいだ。どうやら、オレの気付かないところで他の乗客はあと6箇所のイベントも楽しんでいたらしい。
 たしかに、ガイドの説明で妙に他の乗客が盛り上がってるなあと思う、オレ以外の全員に一体感が生まれているなあと思うところが何回かあった。きっとそういうところでは、英語がわからない日本人の男を無視した楽しいアトラクションが進んでいたのだろう。誰も教えてくれなかったけどね(号泣)。
 
 ということで、寂しさと切なさとマニアな雰囲気が漂うユニバーサルなエンジョイレポートは、次回へ続く。











TOP     NEXT