ニューヨーク三昧



 結局、昨日また9時間かけてニューヨークに戻ってきた。そして、明日はワシントンD.C.へ向けて移動するのである。ということは、ピタゴラスの定理からすると今日はニューヨーク滞在最後の日ということになる。
 ちなみに、昨日の午前中はナイアガラの滝を裏側から見ることのできる、滝の裏側ツアーというものに参加した。これは滝の流れている裏っかわにわざわざ洞窟を掘り、「さんまのテレビの裏側全部見せます」でも決して見ることの出来ないカナダ滝の背面を見れるという優れもののツアーだった。普段はあんなにも堂々と流れているカナダ滝の、シャイで内気な一面を見れるかと楽しみにしていたのだが、所詮滝など
前から見ようが後ろから見ようがただの水であった。
 ナイアガラの滝に関するガイドブックなどが売られていたため、ペラペラとめくって見ると、滝の上でオムレツを作ったスタントマンの記事が載っていた。なんでも彼は滝の真上にロープを張り、ガスコンロと材料を持参して、綱渡りをしながらオムレツを調理したらしい。
 オレは思った。
こいつはバカだと。どう考えても、綱渡りなどしながら作るよりも、ちゃんとしたキッチンで落ち着いて作った方がおいしいオムレツが作れるに決まっているではないか。大人なのにそんなこともわからなかったのだろうか?おそらくスタントマンは日ごろ危険なことばかりしているため、料理のことなど勉強する暇がなかったに違いない。

 そんなわけで、再びNY
(ニューヨークの略)に戻ってきたオレは、今日1日を有意義に観光に使うことにした。
 朝早くから地下鉄に乗り、マンハッタンの中心部へ向かい朝食を摂る。今日のメニューはドーナツとコーラだ。ワゴン車を改造したパン屋で売っていたのは実にオリジナリティに富んだ多種多様のパンだったのだが、名前を知っているパンがドーナツしかないため、オレにとっては種類豊富なパン屋もただの
ドーナツ専門店だ。朝っぱらから凍えながらコーラを飲んでいるのも同様の理由である。
 尚、これを踏まえて考えてみると、普段から丸の内のOLのようにランチに気合を入れ、色々な食べ物について詳しくなっておくというのも大切なような気がする。食にうとい人間は、オレのようにパン屋でドーナツしか注文できなかったり、
滝の上でオムレツを作り出したりしかねない。

 ということで、朝7時に起きてキチっと朝食を食べているなどと、日本でのオレの
ペットショップ屋の人気No.1の子犬のような寝不足知らずっぷりを知る友人に言っても誰も信じないだろうが、とにかくこのようにして必要以上に腹いっぱいになったオレは、MOMAへ向かった。
 MOMAである。カタカナで書くとモマ。ニューヨークにMOMAがあると知ってから、どれだけここを訪れるのを楽しみにしていたことか。
 モマは、その語感からマッサージ店と勘違いしている人も多いと思うが、近代美術館(The Museum of Modern Art)のことである。1929年にジョン・D・ロックフェラーJr.夫人ら3人の女性が中心になり、印象派以降のヨーロッパ美術の紹介を目的に創設したもので、絵画、彫刻、素描、版画、写真、建築模型、設計図などのコレクション数は10万点を超え、ほかにも1万点に及ぶフィルム、8万点近い本や定期刊行物の蔵書を有するなど、現代美術を幅広く網羅している美術館なのだ。そしてオレの予想では、
今の文章はかなりの割合で読み飛ばされただろう。こっちだって地球の歩き方丸写しだ。ちなみに、MOMAというのが美術館であることと、ニューヨークにそのMOMAがあるということを知ったのは今朝だ。

 さて、常々思うのだが、近代アートは
わからん。別に近代アートでなくとも、高校の時やっていたアート引越しセンターのバイトも美少女仮面ポアートリンも、アートとと名のつくもの全体不得意なのだが、それでも昔の人が書いた絵の中には「うおすげーーっ!!」と思わずうなってしまうものもある。おばさんが落ち葉を拾ってるやつとか、裸の女の人のやつとかがそうだ。おそらく近代アートの巨匠がぷっすまの絵心クイズに出たら、永久に罰ゲームをやらされ続けることだろう。
 MOMAで不満に思ったことは、それだけでは無かった。地球の歩き方の中のMOMAの館内地図と比べてみると、なんと半分近くが閉鎖されているのだ。そして、有名どころとして名が出ているいくつもの展示品が見れなくなっている。これは一体どうしたことだろう。改装工事中なのだろうか?観光客らしくなくベンチでぐうたらしながらブツブツ言っていると、背後から呼びかける声がした。



「今日は何も見るものがないですねえ。」



 おお、今のは一発で意味がわかったぞ!!我ながら凄い。これはオレのヒアリング能力が上がったのか、それとも呼びかける声の主が発音がいいからか。嬉々として振り返ると、そこにいたのは日本人だった。そういえば、今のは日本語だ。



「あ、どうも。」


「どうもどうも。」



 歳の頃は大体還暦を迎えるくらいだろうか。とても品の良い、紳士的なおじさんがオレに声をかけてくれたようだ。その後ろでは、同じように上品な雰囲気を漂わせた奥さんがニコニコと微笑んでいる。ここは負けずにオレも品を出すことにした。



「ええ、僕も今日は楽しみにしていたのですが・・・、残念です。」


「そうですよねえ。せっかく来たのに。なんでも、今展示品の半分くらいが上野の森美術館に行っているらしいですよ。」


「な、なんですって?それは本当なのですか?」


「ええ。さっきこちらのスタッフの方に訊ねたんですが、そうおっしゃっていました。」


「そうだったのですか・・・。たまたま悪い時に来てしまったということなのですね・・・。」


「ええ。タイミングが良くなかったということですね。」



 なんということだ。ニューヨークにいる時に限って、日本の上野というところに行かなければ展示品を見れないとは。これが将来オレが日本にいて「MOMAの近代アート見たいなあ・・」と思った時には、絶対にニューヨークまで来なければ見れないに決まっているのだ。まあ不幸中の幸いなのは、
そんなこと一生思わないだろうということだが。
 それからしばらく、紳士の奥さんを交えて3人で上品にいろいろなことを話した。あまり良くは覚えていないのだが、世界経済の話やデンマーク皇室の話、こどもの権利条約のことについては話して
いない。

 何を見たのか自分でもよくわからないまま近代美術館を後にし、オレはサブウェイ(日本語に訳せば地下鉄)に乗ってバッテリーパークというところへ向かった。ここから、フェリーに乗ってあるところへ向かうのである。え?どこへ向かうのか教えて欲しいって??いやいや、焦る気持ちもわかるが、それは着いてからのお楽しみにしておこう。ヒントは「自由」と「女神」だ。

 フェリーから見た摩天楼は実に壮観だったが、本来ならこの中にあるはずだった2本のビルの跡地からは、かすかに黒い煙だけが立ち昇っていた。渋いナレーターによるテロ当時の状況説明に、船上の人々はみな真剣に耳を傾けていると思いきや寒くてそれどころではない。
 しかし目的地が近づくに連れて、船内は俄然盛り上がってきた。今オレ達が向かっているところは、リバティー島というところ。そして、実はリバティー島には、あのタレ目で有名な自由の女神がいるのである!!しかも、その女神はなんと中に入れるように出来ているというのだ。ああ、女神・・・おまえの中に入ることをどれだけ夢見て来たことか・・・。
 このように
フランス書院なみの妄想を繰り広げられているとも知らずに、女神は何の警戒もせずフェリーに近づいて来た。しかし近くで見ると、シミなどが目立ち年齢を感じさせる上に随分カタそうである。いつも小難しそうな本を抱えているということもあり、彼女はコンパに行ってもあまり話題をふられることは無いだろう。









 だが、たとえ年老いても女神は女神である。身長も46mと
そのヘンのモデルには負けないくらい高いことだし、展望台まで登ればきっとマンハッタンの素晴らしい景色も望めることだろう。ゆっくりと目前に迫ってきた女神は、あと少しで手が届きそうというところで、なぜか少しずつ遠ざかっていった。・・・。え?
 ナレーターが何か言っている。



「ヘーイ、みんな、リバティー島と自由の女神はテロ以降立ち入り禁止になってるんだ。またしばらくしたら来てくれよ!」



・・・またか(涙)?
 昨日の乙女に引き続き、女神までも間近に来ていながら接触不能に。さすがアメリカ、
オクラホマミキサーの本場なだけのことはある。しばらくしたら来てくれよと言われても、そのしばらくは「ごめーん、次の週末は忙しいんだぁ。おじいちゃんの家に行かなきゃいけなくて。また今度誘ってよ!」今度と同じくらいテキトーな表現であろう。第一しばらくしたら乙女とも女神ともかなりの遠距離恋愛だ。しかも電話をしても言葉が通じない。

 そんなわけで、女神をあきらめフェリーから降り立ったオレは、再びサブウェイ(日本語に訳せば地下鉄)に乗りマンハッタンの中心部へ向かった。インターネットカフェに入り、例によって睨みを利かせる女性黒人店員に「インターネットを使わせてください」が伝わらず、結局他のお客さんがインターネットを
やっているのを見ながらただコーヒーを飲むハメになっりした後、オフブロードウェイのSTOMPを観に行った。
 STOMPはもはや日本でも説明の必要がないほど有名になったパフォーマンスであろう。黒人、白人の男女入り混じったパフォーマー達が、デッキブラシやゴミ箱、フライパンなどどこにでもあるような日用品を楽器のように使いこなしリズムを刻むというものだ。普段見慣れたガラクタが、彼らの手によって見事に演奏の道具になっているということにとても驚かされる。・・・。
60ドルも払ってんだよ!!ちゃんとした楽器で演奏しろ!!!!
 
 さて、なんだかんだ文句を言いながらも周りの空気に逆らえず、いい笑顔でスタンディングオベーションなどをし終えた後で、STOMP会場を後に。ユースホステルへ戻る。だが、いい笑顔だったオレの表情も、この数時間後に恐怖に凍りつくことになった。このニューヨークで、オレは人生初の心霊体験を味わうこととなったのだ。
 
恐怖への扉→

※心臓の弱い方は決して先へ進まないでください。