オレは、建物の2階にあるランドリーへ向かった。
 このユースホステルは3,4階にドミトリーの客室があるのだが、なぜか2階はこのランドリー以外どこも使用されていない。もちろんだだっ広くスペースがあるが、物置になっていたりドアが締め切られていたりして、常に賑やかな上や下の階と違い、全く人気が無いのだ。
 ランドリーのある部屋自体もかなり広く、何十台もの洗濯機と乾燥機が設置されている。しかし動いているのはオレの使っている1台だけで、そのウィーンと稼動する音が、不気味にこのフロア一体に響いている。
 正直言ってこんなところで時間をつぶすのは嫌だったのだが、何しろ洗濯物はたまっているし、わざわざ部屋まで戻ってもう1度ここへ来るのも面倒くさいというわけで、仕方なくこの辺りで一人時間を潰すことにした。
 しばらくは洗濯物が回るのをひたすら眺めていたのだが、時間も勿体無いためここでトイレへ行っておくことにした。
 トイレへ行くといっても、広大な敷地を使って建てられたこのユースホステルはとにかく無駄に広く、随分と長い廊下を歩かなければならない。築年数もかなり古いと思われ、ここにはいかにも古い洋館という表現がぴったり合った。

 廊下のところどころに取り付けられている大きな窓からは、ガサガサと動いている庭の樹木以外は、冬の暗闇に隠されていて何も見ることができない。しかし吹き付ける風は強く、窓枠を揺らし、ビュービューと音を立てている。こうやって真っ黒な窓から外を眺めていると、闇の中から何かに見られているような気がして、思わず身震いしてしまう。
 長い廊下を進み、突き当たりにあったトイレへ入りドアを閉めたオレは、そこに書かれていた落書きに絶句した。それは妙にリアルに描かれており、今にもうめき声が聞こえてきそうなほど臨場感があった。
 それは、首を吊られて息絶える男の絵だった。
 ・・・。なんだこれは。この人気のないトイレに、誰が、何の目的でこんなものを描いたのだろうか?などと冷静に考える余裕は
もちろんオレの心の中には無い。
 オレは逃げた。静まり返った通路を全力で走り、エレベーターの前へ。オレは臆病者ではない。真夜中古びた洋館だだっ広い誰もいないフロアで首吊りのリアルな絵を見たら、
車椅子のクララでも走るはずである。

 そんなわけで、オレは何かに追いかけられる妄想に取り付かれながらも、なんとか部屋へ戻った。しかし、もう1時を過ぎているからか、電気が消され、自分のベッドがどこにあるかすら見えない。何人かはまだ街で遊んでいるのだろうが、何人かはすでに寝入っている。電気をつけたいが、気持ちよく寝ている彼らには申し訳ない。さて、どうしたものか。

 その時、その出来事は起こった。

 突然、背後でドアが開き、そしてすぐに閉まる音がした。オレは振り返った。既に部屋の中に入って数分が経過しているため、徐々に目は暗闇に慣れており、ぼんやりとだがドアが暗闇に浮かび上がって見える。・・・ドアの前には、誰もいなかった。
 少し気味が悪いが、誰かがこっそり出て行ったのか、外にいる奴がただドアを開けて閉めただけなのかどちらかだろう、と思い直し、再び自分のベッドへ向かおうと向き直った。
 しかし。
 ガサガサ・・・ガサガサ・・・
 誰かが来る。ドアの方から、確実に何かが近づいてくるのを感じるのだ。つまり、今
誰かがドアから入って来たのだ。だが、どんなに目を凝らしてみても、薄い暗闇とドアが見えるだけ。人間の姿など見えない。
 ガサガサ・・・
 音は確実に迫って来ている。これは
人間の足音だ。確実に誰かいる。だが誰も見えない。
これはなんだ?どうなってんだ??
 闇の中で、気配だけがどんどん近づいてきているのを感じる。なんだ!?明らかにそこにいる!!!でも見えない!!!すぐそこ・・・もう目の前だ!!!くそっ・・なぜ見えない!!!!
 ばたっ



「うわー!!」


「ヒョーッ!!」



 何かとぶつかったオレは、軽く叫び声をあげた。そして
相手も叫んでいた。
 それは、白人の子供だった。そう、背が低かったためにただオレの視界に入らなかっただけだったのだ!!!オレより10歳以上も若いくせしてNYのユースホステルに泊まるとは、なんて生意気なやつ!!!
 まさかニューヨークまで来て、人生初の心霊現象まで体験することになるとは思わなかった。しかし、怖かった。
とにかく怖かった。







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