アムトラック



「イッヒリーベシュトルツターク!!」
「ナンハカンシモチョッペンミニスミダ!!」
「サマッシュドゥアモーレシルブプレ!!」
「△△※※□□〇〇××!!」


 以上のセリフは、オレが朝5時半に部屋の電気を点けた瞬間に浴びせられた各国語による
罵声の数々だ。もちろん言葉はオレが適当に想像して書いている。これだけの罵詈雑言を一斉に理解するには、国際派の聖徳太子でなければ無理だ。本当ならこれだけ言われたら文句を言った奴を叩き起こして果たし状を突きつけるところだが、決闘をしていると電車に乗り遅れる可能性があるためと、みんなオレより強そうだったため荷物をまとめてさっさと部屋を出ることにした。その命、次回まで預けておいてやろう。
 チェックアウトを済ませ、アムトラックの駅でもあるペンシルバニアステーションに向かった。ここで説明せねばなるまい。アムトラックとは、アメリカを網の目のように走る長距離電車の名前なのだ。じゃあなんで名前に「トラック」がついてるんだよ!!ということで、そのアムトラックへ乗ってどこへ向かうかというと、昨日地図を見ていて偶然発見したニューヨークの北西にある街、ナイアガラフォールズだ。ここで説明せねばなるまい。ナイアガラフォールズとは、その名が示すとおり、ナイアガラの滝があるところだ。3度のメシより滝が好きな、暇な時は
滝を舞台にしたオリジナル小説すら執筆しているほど滝には目がない、無類の滝好きのオレが、これを見逃すことができるはずが無い。
 発車時刻までまだ大分時間があったので、ここで昨晩に引き続き一人で食事を摂るという
命がけの冒険にチャレンジすることにする。まだ朝早いためほとんどの店は閉まっていたが、マジソンスクエアガーデン(それが何かは知らんが)の近くに一軒のサンドイッチ屋のようなものがあった。
 よし、ターゲットは決まった。例によって店の前を通行人のフリをして何度も往復し、中の様子を探る。カウンターの中には中年の白人女性。その隣でオヤジがサンドイッチを作っている。どうだ?やさしそうか?
オレでもサンドイッチを頼めそうか??たとえ見た限りは優しそうでも、オレの未発達な英語を聞いた途端に殺人マシーンに変形することもあるかもしれない。しかし、ここで躊躇していては朝飯抜きだ。朝飯抜きはよくないとNHKの番組でも言っていたし、高校時代の体育の教師も言っていた。そんなわけで、さすがに往復のしすぎで中の店員からも「なんか外におかしな奴がいるなあ」と思われてきたであろう頃、意を決して店内に突入した。
ウィーン



「ぐ、グッモーニング。」


「モーニング。」


「アイウォントブレックファースト。」


「sure.」



 よし、通じているぞ!!かなりバッチリチリ足だ。これでこそ外から偵察した甲斐があったというものだ。
今日は朝から快調だ。この調子だったらナイアガラへの旅も順調に進むだろう!



「アイウォントサンドゥウィッチ。」


「OK。ペラペラペラペラナンタラカンタラ?」



ああまたですか(号泣)。

 この、1mの距離にいながら互いに意思の疎通が出来ないという悲しい空間。コミュニケーションはなく、あるのはひきつった笑いのみ。この空間から抜け出す手段は無いものなのか。オレはアメリカにいる間あと何回この不安という空間で漂い続けなければならないのだろうか。小学生の頃、先生にあてられて「わかりません」と答えると、「わかりませんという答えはありません!」と説教されたものだが、一昨日から始まったこの旅は、「わかりませんという答え
以外にありません」と自信満々で答えられるわからなさ具合だ。
 口を半分開けたまま微動だにせずショックの海で溺れていると、店員のおばちゃんも「こいつとコミュニケーションを図るには文明的な手段ではダメだ」と悟ったらしく、
「ディス?ディス?ディス?」と言いながら、オニオンや卵、レタスなどサンドイッチの食材たちを指差していってくれた。もしかして、この店員はこれらの食材を英語で何と言うのかオレに教えてくれようとしているのか?なわけねー。そう、サンドイッチに入れる具材を選べと言っているのだ!!
 選ぶことなら任せておけ!


「ペラペラペラペラ、ペラペラ!!」


 オレは早速このようにおばちゃんに伝えた。具体的な内容を言うとかなり高度な英語になってしまうため、簡略化のため上記のようにオレの台詞もペラペラと表した。もちろん全て英文にて表記することは可能なのだが、せっかく書いても理解することができる人が少なければ意味がないので、あえてこうした次第である。
 さて、おばちゃんはオレが
「ディス」とだけ言いながら指差した材料を隣にいるボブ(勝手に命名)に伝え、ついにオリジナルのサンドイッチの製造工程が着手されることとなった。
 ああ、やっとだ。作り始めるまででこれだけの苦労。サンドイッチひとつ頼むだけでこんなに面倒くさいとは、これから先の食事が実に思いやられる。そもそもせめてサンドイッチくらい「ツー」といえば「カー」といった具合に一言で済むようにするべきだ。これは、「サンドイッチに挟む具はこれとこれとこれだ!!」とはっきり断言しなかった
サンドイッチ伯爵の責任である。トランプなどにうつつを抜かしていないでそのヘンをちゃんとして欲しかった。
 ボブが作り出したオレオリジナルのサンドイッチを、せっかくなので観察することにする。まず、丸いパンの間にレタスを挟む。そして、コーンビーフをレタスの中にどんどん入れていく。次に、コーンビーフをもりもり入れていく。なおも、コーンビーフをいっぱいいっぱい入れていく。ことさらにコーンビーフを・・・



ちょっと待てええっっ!!すいませんボブさん!!オレ1人前しか注文してないんですけど!!」


「ヘーイ、何言ってるんだ。これが普通の1人前の量だよ。」


「いやいやいや!
人種が違いますんで。東洋人にはそれは普通じゃない!もう十分ですって!!」


「まだおまえ他にも卵もハムも頼んだだろう。これからがオレのビューティホーな技の見せ所だぜ。」


「もういい!!それだけでいいです!それだけでもちゃんとオヤジさんのぬくもりを感じることができます!!」


「そうか、こんなもんでいいのか。」



 子牛1頭分ほどあるんではないかと疑うほどのコーンビーフの山が詰まったコーンビーフサンドを受け取り、オレは店を出た。ちなみに突然会話が日本語になっているが、これは決してボブが黒澤映画を見て日本語をマスターしたからではない。いつまでもペラペラと書いててもわけがわからないため、ここからは作者の想像を駆使し、いかにも流暢に会話が進んでいるかのように捏造していくことにする。
 駅に戻ったオレは、他の乗客とともに地べたに座りながら、コーンビーフサンドを食い切った。すさまじく苦しい戦いだった。我ながら大きなことを成し遂げたと思う。
表彰されてもおかしくないくらいだ。
 そして、コーンビーフの気持ち悪さが全く消えないうちに、やっとのことでアムトラックは発車した。
 車内は日本の電車と比べるとやや清潔感がない感じこそするものの、さすがアメリカだけあって普通の電車だった。昨日も一昨日も、作者を寝かさない協会の会長達によってあまたの妨害工作を受けたため、オレはすぐに爆睡した。

 それから数時間は寝ただろうか。目が覚めると、アムトラックはもはや都会からは遥か遠く離れた場所を走っていた。窓の外に目をやると、映画や写真で見たことのあるような、素晴らしい風景が広がっていた。キレイな湖、キレイな森、キレイな植物、キレイな平原。表現力に乏しいように思われるかもしれないが、この景色はたとえどんなに語彙が豊富だったとしても、言葉を使って表現することは出来ないだろう。だからこれ以上景色について述べるのはやめる。
 目的地であるナイアガラフォールズに到着するのは、午後4時だという。乗車時間は9時間だ。・・・まじで??オレは今日行って明日帰ってこなければいけないんだぞ??地図では3cmしかなかったじゃねーか!!!なんで9時間もかかるんだよ!!ちくしょう・・・時間さえあれば、話題づくりのためにナイアガラの滝に打たれたり滝の上で綱渡りをしたり
滝から落ちてみたりしようと思ったのに。こんなに時間がないんじゃあ諦めるしかないなあ。ああ実に残念だ。
 オレの内臓も見事にアメリカナイズされてきたのか、昼を過ぎるとやや小腹が減ってきた。食堂車に行き、冷凍をチンしただけの見るも無残なピザを買った。その時、オレの後ろには一人アメリカ人の若い客がいたのだが、食堂車の従業員とその客の間でこんなやりとりが交わされていた。



作「すいません、ピザはありますか??」


従「あるぜ。ピザは4分の1サイズで7ドルな。」


作「どうもありがとう。」


従「後ろのにいちゃんは何にするんだ?」


「あ、ああ、ちょっと何があるか見てるだけだよ。」


従「オーケー。見てるだけは15分で5ドルな。」


「ええっ・・・そんな・・。」


作「く、クププ」



ザッツアメリカンジョーク。
 これは友達同士の会話ではない。初対面の店員と客の会話なのだ。まさか自分がアメリカ人のギャグに笑わされるとは思わなかった。従業員の絶妙の間に加えて、客の青年の
本気のうろたえっぷりがもろにツボにはまってしまった。おそらく、人を信じられなくなった少女もアムトラックの食堂車に来たら忘れていた笑顔を取り戻すことが出来るだろう。その時はみんなで「○○ちゃんが笑った!!○○ちゃんが笑った!!」と喜びを分かち合おう。

 電車は予定通りの時刻にナイアガラフォールズについた。駅の建物は少し離れたところにあり、ホームなどは存在しないため、電車からは地面に直接降りることになる。これこそまさにオレの憧れていた降り方だ。いかにも旅人という感じではないか。オレは片手でバックパックを担ぎ、遠い目をしながら地面に飛び降りると、目の上に手をかざして眩しそうに太陽を見つめた。ふっ、どうやらナイアガラの太陽もオレを待っていてくれ・・・うっ。
・・・。


さあみいいいいいいっっっ!!!!!寒いっ!!

さんちゃん・・・寒い。グルグル ←回っている


 この弱々しい太陽がっ!!日本の太陽はおまえと違ってもっと頼りになるぞ!!!どうやら太陽に関しては圧倒的に日本製の勝ちのようだ。しばらく「寒い・・・」と言いながらグルグル回っていたのだが、他の乗客はひょうきん族世代ではなかったのか誰も「回るな回るな」とつっこんでくれる者はおらず、気を取り直して遠い目に戻りながらもすぐに駅の建物へ駆け込んだ。な、なんという寒さだ。さすがに9時間分北上してきただけあって、ニューヨークに輪をかけて、強烈に寒い。
 ナイスな椅子(ナイスないす)。埼玉に咲いたまんじゅしゃげの花(さいたまにさいたまんじゅしゃげ)。
「ヘイ、メアリー!!なんでオレが和室からお茶菓子盗んだの知ってるんだよ!?」「フフッ。甘いわねデービッド、諺にもあるでしょう?壁に耳あり障子にメアリ、って。」「オーッ、メアリー、一本とられたな!」
・・・。
 駄目だ、
オレの熱い自信作を持ってしてもこの寒さを緩和することはできねえ!!このまま春の足音をじっと待つしかないのか??
・・・いや、というよりも、
去って行く読者の足音がする。
 上の文章を書いたことを心から後悔しています。特に
アンダーラインで寒さを強調してしまったことを。ごめんなさい。次からもっとがんばります。
 自分の行動に悔いを残しながらもナイアガラのユースに向かうため駅を出ると、観光地の駅のはずなのに辺りには畑以外何も無く、異様なほどさびれている。しかしなんとか駅前に1台だけ停まっていたタクシーの運転手が、目ざとくオレを見つけ声をかけてきた。



「ジャパニーズ。ホテルまでかい?乗っていけよ。」


「ごめん。悪いけどオレ金ないからバスで行くから。」


「今日は日曜だからバスは休みだぜ。」


「うそをつけ!!!そんなバスがあるかよ!!!」


「ウソとはなんだ。乗せてってやるって言ってるのに。」


「おまえは信用できねー。」


「チッ!」



 アメリカでもタクシーの運転手が汚いやり方で客を取ろうとしてくる。今まで日本の正直な(大体は)タクシーにしか乗ったことがなかったため、外国でこうしたぼったくりタクシーの相手をするのはかなり戸惑う。しかし途上国のタクシーが客を騙そうとするのはまだわかるが、先進国であるアメリカでもこのざまとは悲しいものがある。しかも観光地のタクシーの運転手が「日曜はバスが休みだ」ときたもんだ。せめてもっと説得力のあるウソを考えて欲しいものである。
 まあここはかなりの寒さのため惹かれるものはあるのだが、やはりタクシーとバスでは料金に
ラッシャー木村とラッシャー板前くらい雲泥の開きがあるため、ここではバスを選ばざるおえない。何しろこれでステーキ1枚分は節約できるのだ。バス停の場所を確認するために、オレは地球の歩き方を開いた。そこには、バス停の位置とともにこう書かれていた。
「※土日は運休なので注意。


ズガーーーーーーーーン!!!!!

 そ、そそ、そんな・・・。観光名所のくせにそんなバスが存在するのか・・・。では一体どうすればいいんだ?歩いていこうにもここからユースホステルまでは5km以上あり、しかも地図など無い。
 チラッ。
 振り返ると、先ほどの唯一のタクシーの運転手が車の中からオレを見ていた。オレは
つとめて真摯な態度で彼の所へ戻った。



「あ、これはこれはさっきの運転手さん。」


「・・・。」


「いやー、参りましたねー。バスが日曜に運行してないなんて。」


「・・・。」


「歩くと結構あるみたいですよね。第一地図なんてどこにも無いし。全く困りますよねえ。」


「・・・。」


「・・・あの(泣)。」


「・・・。乗れよ。」


「はい(号泣)。」



 やはりせっかく外国まで来ているのだから、
金なんてケチらずに快適な旅をしたい。そう思ったオレは、迷わずタクシーに乗りユースホステルへ向かった。











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