霧の乙女号・冬



「いいか、この前の通りは夕方以降は危険だ。もし夜歩くんだったら十分注意しろよ!!」


「は、はい・・・。」



 ナイアガラフォールズのユースホステルに着いた途端に宿のおっさんに言われた言葉である。どういうふうに危険かはよく知らんが、
頼むからそんなところにユースホステルを建てないでくれと言いたい。
 だが、今日9時間かけてやって来たオレは、山奥の行商人のようにまた明日9時間かけてニューヨークに帰らなければならない。夕方以降は危険だからと言って
日本での生活のように(号泣)部屋に閉じこもっていたら、せっかくナイアガラまで来た意味が、じゃんけんにおける最初はグーの存在と同じくらいわからなくなってしまう。ちなみにじゃんけんの前に手と手を合わせてぐるっと捻って中を覗く奴もよくいるが、少年はその暗闇に何を見るのだろうか。オレもやった。
 部屋に荷物を置いたオレは、さっそく滝へ向かうことにした。ここからアメリカ滝の見えるゴート島までは、歩いて15分ほどらしい。ちなみに「アメリカ滝ってなに?」という方がいるかもしれないので、この滝通の作者が説明しよう。アメリカ滝はアメリカ滝だ。

 おっさん曰くこの辺りのストリートは夜になると危険ということだが、ここは熱海や日光と並ぶ世界に名だたる観光地、しかも今日は日曜である。いくらなんでも真夜中でもない限りは強盗も出ないだろう。実際、そこかしこに各国から訪れた観光客が家族と一緒に楽しそうに歩いて、
いねえ。
 オレ以外、人間がいねえ。なぜだ?ここはナイアガラだぞ??
世界に名だたる観光地なのに、この廃れ具合はまるでバタリアンが発生し軍に隔離された街である。もしかしたら、やっと人を見つけて喜んで話しかけても「ウゴガゴゴゴ・・・」と襲い掛かられオバンバに脳みそを喰われるかもしれない。
 しかしたとえオバンバに喰われる可能性があるとしても、絶対に滝は見に行かねばならない。おそらく滝はオバンバよりもキレイなはずである。なにしろオバンバはオバンバというくらいでかなりのばあさんである。若かりし頃のオバンバなら多少滝と勝負できるかもしれないが、歳とっている上にゾンビ化して皮膚が溶けきっているので今のオバンバに勝ち目は無いであろう。
 さて、ナイアガラまで来てオバンバのことを深く考えるのもなんだし、そもそもオバンバのことを知っている人が
1割以下だと思うので、オバンバの話はもうやめよう。
 ナイアガラフォールズの街の端くれにあるゴート島に到着した時、オレの歯は
毛利名人の20連射よりもパワフルにビートを刻んでいた。
・・・。
寒いとかいう言葉などではこの寒さの2%も表せないくらい寒い。
 「寒いって言ったら罰金100円ね!」と友達と約束したら
罰金で南国の避暑地に別荘が建ちそうなくらい寒い。ナイアガラの人々のガーデニングはきっと針葉樹林を育てているに違いない。この寒さでは白クマもブティックに毛皮を買いに行くだろう。・・・だが、オレは行かねばならない。むしろ、この寒さはフラれたばかりのオレにはお似合いである。決して深くは聞かないでほしい(号泣)。
 地球の歩き方によると、ここから滝までは「人の流れについていけばすぐわかる」ということだ。たしかに、観光地において目的地を探すのにこれ以上わかり易い方法はないだろう。早速オレは、滝見物に行く観光客の人の波に便乗することにした。

 ・・・。

 
波どこ?
 所詮丘サーファーのオレには本物の波を見極めるのは無理だということか??いや、ちょっと待て。見極めようにも
波自体存在しねえ。なにしろ波を構成し得るものが、ここにはオレと、木の実と戯れる野良リスくらいしかいなのである。ここは本当にナイアガラか?これはかなりの驚きだ。モノマネ番組で歌っていたらご本人が登場したくらいの驚きだ。もしかしてオレは間違えてニカラグアにでも来てしまったのだろうか。それとも、数年前に滝の水が落ちきってしまい、ナイアガラの滝はタダのナイアガラの崖になってしまったのだろうか??
 ここで路線変更を余儀なくされたオレは、次なる手段に打って出ることにした。その手段とは、「霧の乙女号」である。普段乙女とは全く縁の無いあなたも、そしてオレも(涙)、名前くらいは聞いたことがあるだろう。たしかにある。霧の乙女号とはナイアガラの観光用フェリーで、滝のギリギリ近づける限界まで近づき、水しぶきを雨のように浴びながら間近で滝を見ることが出来るという、臨場感溢れる最高の乗り物なのだ!!

夏ならな。

 夏なら臨場感溢れる最高の乗り物も、今の季節には氷山に突き進む、
ヒロイン役の乗っていないタイタニック号である。だが、そんな悲しい運命の船だとしても、ここまで来たら乗るのは観光客としての義務である。ナイアガラまで来て霧の乙女号に乗らなかったら、開けてしまってから「よく振ってください」の文字を発見した時のように激しく後悔することになるだろう。
 そもそも滝がそんなに近くで見れるのならば、寒さを差し引いたとしてもかなり楽しみである。
 オレは地図を見ながら、リスと共にチョロチョロ程度の人の流れを自ら作りながら霧の乙女号の乗り場へ向かった。この閑散とした状態では、もしかしてフェリーはオレ一人の貸し切り状態ではないだろうか?もしそうだとしたら、わざわざこんな寒い時期に来た甲斐があったというものだ。むしろ冬に来てよかったではないか!!
 さて、たどり着いた乗り場の入り口には、こんな看板がかかっていた。

『今年は終了しました! See you next spring! また来年お会いしましょう!!』


・・・。


・・・。



冬の観光客は無視か?
それとも、オレだからか?オレが近づいてくるのを見ていて咄嗟に看板をかけたのか?どうやらオレは世界的に乙女に嫌われているらしい。こんなところだけはオレも国際派。
オレだって乙女なんか嫌いだ(負け惜しみ)。
 結局、万策つきたオレは地図を見ながらとぼとぼと滝へ向かって行った。乙女に対して暴言を吐きながら。

 20分くらい歩いただろうか。そろそろ乙女への悪口もネタが尽き、卑猥な言葉に移行しつつあった頃。何やら前方からゴー、ゴー・・・と、地響きのような音が聞こえてきた。この音・・・。オレは確信した。まさにこの先にこそ、今までテレビでしか見たことのなかった、サンダーバードの秘密基地があるに違いない。







うひょお〜




 目の前に突然現れたのは、轟音をあげながら遥か下方に向かって落ちていく巨大な川だった。こ、これは・・・。
恐い。凄すぎて恐い。
 アメリカの無神経なのか自由なのかしらんが、数メートル先に世界最大級の滝があるにもかかわらず、この川の扱いはごく普通である。なにしろ、地面と川の境目に柵も何もないのだ。ここからたった5歩前方に進んだだけで、誰もが
滝の一部になることができる。せめて『この先落下(ちょっと高め)あり』くらい書いておいてくれないと、夏だったら普通に遊泳しそうである。
 さて、この滝を正面から見るために、オレはレインボーブリッジに向かった。ナイアガラフォールズの街はアメリカの端っこにあり、丁度この橋の真ん中でアメリカ側とカナダ側に分かれているのである。
 橋を渡ってカナダ側は、アメリカ側よりも明らかに栄えていた。アメリカ滝、カナダ滝を往復し、
ハキハキと喋るのがウリだった某女性議員のようにひたすら落ち続けていく滝をボーっと眺める。そのうちに辺りはだんだんと暗くなり、滝も様々な色にライトアップされた。
←カラフルに彩られた滝をバックに記念撮影。真っ暗になってしまいましたが、この先に作者とキレイにライトアップされた滝があります。
想像力を働かせて見てください(号泣)。

 スカイロン・タワーという、ナイアガラフォールズを160mの高さから見下ろせる展望台があったので、早速昇ってみた。しかし最上階に上りドアを開けた瞬間
ブリザードがオレを襲ってきたため、一歩も外に出ぬうちに再び地上に降りる。冬のナイアガラフォールズの地上160mでは、ヨダレでカキ氷ができる。練乳だけ持参すれば、スカイロンタワーではいつでも新鮮なカキ氷が食い放題だ。

 だんだんと寒さもシャレにならなくなってきたので、そろそろ宿へ帰ることにする。そういえば、ユースホステルのおやじがこの道は危険だと言っていた。一体どういう危険さなのだろう。もしかして、工事中で足元が悪かったりするのだろうか?それともこの道は途中で
なぞなぞばーさんが出没して、クイズに答えるまで帰らせてくれないのだろうか?
 しかしオレはクイズは得意である。なるほどザワールドの恋人選びやいっつみぃのウソつき四択では4回に1回は必ず正解していたし、ご長寿クイズではほぼ100%の確率でじいさんばあさんよりも早く答えることができる。
 だが、実際道を歩いてみてわかったのは、恐いのはなぞなぞばーさんや落とし穴、オバンバなどではないということだった。真っ暗で人気の無い住宅街を歩いていると、たまに暗闇と同化した黒人さんが、数人で固まってオレの方を見ている。
 これは生理的に恐い。もちろん生理的に恐いというのは人間としての本能に訴えかける恐さということであり、決して彼女に「ねえ、今月まだこないんだけど・・・」と言われた時の恐さということではない。
そっちも十分恐いが。
 ともかくオバンバに襲われた方がまだマシだと思うほどの恐怖を味わいながら、人間の動きとして明らかに違和感のあるであろう命がけの早歩きにより、かろうじて無事宿にたどり着くことが出来た。
 部屋に帰った時にはルームメイトはみな寝ていたのだが、同部屋の人間がどこの国籍かすらわからないというこの状況に、「ああ自分は今旅に出ているんだな」と改めて、そしてしみじみと感じた。






※お勉強タイム

Q.作者の旅行記を見ていると、いかにも知ったふうな口のききかたでアメリカ滝アメリカ滝言っていますが、アメリカ滝とは一体なんのことですか?教えて青ペン先生!

A.
ひさしぶり、青ペン先生です。どうやら新しい学校にはもう慣れたみたいだね。先生も、あの後上司を交えて同僚との話し合いの場を設けました。途中で泣いちゃったんだけど、先生、一生懸命みんなに僕の気持ちを伝えたよ。そのおかげで、女子社員達もこれからは僕の持ち物を生ゴミと一緒に捨てたり、僕のお弁当にオオクジャクヤママユを入れたりしないって約束してくれたんだ。これから会社に行くことが楽しくなるかなあ・・・?ううん、きっとなるよ!!
そうそう、アメリカ滝についてなんだけど、ナイアガラフォールズにはアメリカ側にあるアメリカ滝と、カナダ側にあるカナダ滝の2つがあるんだ。この2つを総称して「ナイアガラの滝」というふうに呼んでいるんだね。ちなみにカナダ滝は形が馬のひづめに似ていることから、「ホースシュー滝」とも呼ばれているらしいよ!ってたった今地球の歩き方を読み返して初めて知ったんだけどね。
先生キミの写真が見てみたいな。じゃあまた!











TOP     NEXT