サンフランシスコ



 う・うぷぷぷ・・・

 
き、気持ち悪い。
 
 生来、オレは乗り物酔いし易い体質である。特に車がダメで、小学生の頃は車で親戚の家や外食に行くと3回に1回は必ず吐いていた。今でも鮮明に思い出すのは、家族で高級とんかつ店に食事に行った後、家に帰って車を降りるなり例によって胃の中のものを全てぶちまけ、幼い体を折り曲げて息も出来ず苦しんでいるオレを見て親が言った家族愛あふれるセリフ、
「あー!もったいない・・・」である。
 とくかく子供心に車に乗ることが恐怖で、どこそこに車で行く、という話が出ただけでオレの胃はキューンと絞まり始めるのだ。お笑いマンガ道場を見ていても車だん吉の名前を見ただけで胃がうずいてくるので、
だん吉・なおみのおまけコーナーが始まるとテレビを消していた。
 大人になるにつれて徐々に症状は和らいでいったのだが、今でも車に乗ったらたとえ肥溜めでいっぱいの四日市工業地帯を走っていても窓を開け、その隙間からくちばしを出して外気を吸わないと、胃が疼き始め、すぐに「振り返れば奴がいる」の最後の方の石黒賢のような顔色になってくるのだ。
 他にも乗り物は全般的に苦手で、シンデレラのゴールデンカルーセルやリンカーンコンチネンタルにも酔うのが嫌なため乗ったことがない。

 そしてオレは今飛行機に酔っていた。
 サンフランシスコまで眼下の雄大な自然を眺めながら、アメリカン航空の6時間の快適なアメリカ横断フライトであるはずが、こんなところでまたオレは自分との戦いを繰り広げなければならない羽目になっていた。
 乗り物酔いの原因3大要素といえば「寝不足」「空腹」「疲労」であるが、昨夜の
アメリカ陸軍の新兵器・人間大量破壊兵器であるあの黒人のせいで今のオレはこの必要条件を全て満たしている。プロダクションのスカウトマンが街で深田恭子を発見し、「おお!あの娘はアイドルになる条件を全て兼ね備えている!!」と思い、その直後にオレの今の姿を見たら「おお!!この子は乗り物に酔う条件を全て兼ね備えている!!!」とプロの目で断言するだろう。
 
・・・うう・・・気持ち悪りい・・・

たのむ・・窓を開けてくれ!!窓を!!!!


 オレは必死で窓を開け外の空気をついばもうとしたのだが、どうやらこの機種は窓が開かない仕様になっているらしい。なんでだ!!乗り物酔いする人間の気持ちを全く考えていないじゃないか!!!たしかに座席後部についているモニタを見ると現在地上1万メートルで気温はマイナス40℃とあまり外の環境は良くないようだが、一つ一つの窓はこんなに小さいのだ。一箇所くらい開けたって
ちょっと寒くなるくらいで済みそうではないか。
 結局、夕方サンフランシスコ国際空港に到着するまでは自分を励ますのに精一杯で、機内食を楽しむことも、「自分が選ぶ、機内スチュワーデスビューティコンテスト」を開催することも出来ずじまい。それどころか到着間際になり、気付いたら海に向かって降下し始めていた時には飛行機が海に落ちると思い
取り乱した。

 だが、そんなこともありつつも20年以上培った経験とテクニックで胃液をコントロールし、「アメリカ上空を飛ぶ飛行機で吐く」という乗り物酔い持ちとしては
若干興味をそそられる武勇伝も我慢し、なんとか無事西海岸に上陸を果たすことができた。

 ターンテーブルから出てきたバックパックをピックアップして、空港のベンチで一休みする。さて、とりあえず今日は朝から何も食べていないため、胃に何か入れておくことにした。
 オレは小腹が空いた時用のために、バックの中には常にプリングルスを携帯していた。CMの外人のように
10枚一気に食ったりはしないが、日本では結構前から発売されなくなっていた粉だらけのチーズ味があるのがうれしく、アメリカに来てからは必ずあの筒が一本オレのバックパックに常備されているのだ。
 ということで、大人の行動としてどうかは置いておいて、オレは
空港のベンチでお菓子を食べるためにバックパックを開けた。

だが!!

ただおやつを食べようという純粋な気持ちだけでバックを開けたオレが見たものは、世にも恐ろしい凄惨な光景であった。なぜかわからないが、オレの着替え、洗面用具、ガイドブック、タオルやドライヤーまで全てが
プリングルスの破片まみれになっているのである!!
 ドライヤーの空気孔やガイドブックの隙間には砕け散ったポテトチップの破片が入り込み、下着やバスタオルは破片とともに
練りこまれたチーズ味の粉でオレンジ色に変色している。
 そう、おそらく空港の荷物の上げ下ろし係がオレのバックパックを乱暴に扱ったため、プリングルスの筒が破裂し、数十枚ものポテトチップが今まで閉じ込められていた閉鎖空間から抜け出し、バックパックという小宇宙の中を自由に飛び回っているのである!!

 これからオレはサンフランシスコという生まれて初めて訪れた街で、ただ一人迫る夕闇を気にしながら空港から街までたどり着き、更に今夜の宿を確保しなければならない。そんな時にカバンの中身が全てプリングルスまみれになっている、
これを絶望と呼ばずして何を絶望とよぼうか。
 オレがプリングルスを愛するように、プリングルスにもオレを愛して欲しいというのは身の丈を超えた希望なのだろうか?気紛れなプリングルスの気持ちはわからないが、とりあえず今わかっていることは、今夜このバスタオルで体を拭き新しい服に着替えたら、
オレがチーズ味になるということだ。余生は筒の中に入ってつつましく暮らすしかないのだろうか。

 荷物がポテチまみれになったことで、正直もう旅も人生も半分どうでもよくなってきていたのだが、僅かに残った職場のマスコットキャラ的存在としての執念で、オレは空港から街へ出るバスに乗った。この執念がなかったらオレのアメリカ旅行はこの時点で終了していただろう。もちろん実際にマスコットキャラ的存在だったかどうかは全く別の話である。他にもオレは「世田谷を代表するハードボイルドの執念」や、「静岡県で一番八重歯がかわいい25歳の執念」も持っているが、いずれも執念だけで事実は無い。

 空港を出てすぐに外は暗闇になり、雨が降り出して来た。日本のバスと違い次のバス停のアナウンスなども無く、目的地がいつなのかもわからない。その上荷物は全てプリングルス風味ときたら、心細いことこの上ない。
 しかしオレは街中に入ると、窓の外のストリートの看板を
不純異性交遊を取り締まるPTAのように鋭く見張っていた。3st・・・4st・・・5st・・・アメリカの大都市の通り名というのは、ほとんどがこうして番号順になっている。そのため看板さえ見逃さずにいれば目的のストリートを見つけるのも比較的簡単だし、「あとどれくらい」というのが予想がつく。
 9st・・・10st・・・11st・・・あ、そういえば今何時だろう?夜の7時だ。
7st・・・8st・・・9st・・・というギャグを思いついたのだが落語の時そばを知らない若者には何がなんだかさっぱりだろう。
 というわけで、なんとか目的の地点である、サンフランシスコのダウンタウンの真ん中でバスを降りることができた。

 そこからは地図を見ながらユースホステルを探すのだが、暗闇の中で地図はとても見づらく、更にポトンポトンと落ちてくる雨でどんどん紙が歪んでくる。その上荷物はプリングルスまみれだ。もうこうなると何もかも全てがプリングルスのせいに思えてくる。もしもプリングルスが砕け散ってなかったら、今頃オレはSFヒルトンのロイヤルスイートでバスローブをまといながら、5人の美女を順番に札束でピシピシ叩いているだろう。その上会社の3つや4つ経営していてもおかしくない。
 尚、SFヒルトンのSFとは紫門ふみではなくサンフランシスコ(San Francisco)の略称である。ニューヨークをNYと呼んだり、
東京パフォーマンスドールをTPDと略すのと同じことである。ちなみにTPDの場合は「正式名称でもよくわからない」という意見も多い。
 まあしかし現実としてプリングルスは砕け散ってしまったわけで、そうなるともはや現実を見るしかない。見知らぬ夜の街に放り出されたオレに必要なのは、自分の力で歩いて行く勇気。そう、レンタルビデオ屋で
のれんで区切られた奥のコーナーに立ち入るような、一歩前に踏み出す勇気。

 そして雨に濡れてダウンタウンをさまようこと数十分、見事オレはSFユースホステルにたどり着くことができた。もちろん予約はしていないが、時期が時期だけにベッドは空いていた。一歩踏み出したオレへのご褒美だろうか、隣の建物はなぜか
日本のアダルトビデオ専門のレンタルビデオ屋だった。
 ・・・サンフランシスコのイメージが地に落ちた。と同時に日本にはこんなにたくさん国際派女優がいるということに驚いた。彼女達が外国であるアメリカで
裸一貫でがんばっている姿には、同じ日本人として感動を禁じ得ない。

 同部屋だったのはシカゴから来た黒人のトニーだった。彼はがっしりした体格と笑顔、フレンドリーな性格、そしてオレがバックパックを開け
プリングルス地獄を見せた時に発した「オーマイゴッド」という厳しい声がとても印象的だった。
 
 しかしとにかく落ち着くことが出来てホッとした。初めての街で宿が決まった時のこの安堵感は、経験した者にしかわからないだろう。そして、自分の
あらゆる荷物にまとわりついたポテチの破片を徹夜で取り除く作業の辛さも、経験した者以外には決してわかることはないだろう。
 というか
経験した人は誰かいますか(号泣)?











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