サンフランシスコ3



 早くもサンフランシスコ滞在は今日1日を残すのみとなった。明日は、最近落ちがちなアメリカン航空でロスへ向かう。
 自分で言うのは少し気がひけるが、「明日はロスへ向かう」という文章は国際派となった今のオレにとてもお似合いなセリフだ。少し前までは向かう先といったらせいぜい笹塚ショッピングモールとか紀伊国屋書店くらいだったので、このほんの2週間足らずの間にどれだけオレがインターナショナルな感覚を身につけたかが見て取れるだろう。
 これからは日本に帰っても会話の節々に「ロス行った時にさ〜、」とか「あ〜、それロスで見たことある」などといった言葉を織り交ぜ、「作者さんって自然にロスのことが会話に出てきてしまうくらい、すごくロスに馴染んでるですね〜(ぽっ)」と、淑女のハートをわしづかみするわしづかみ男になることにしよう。
 ちなみにもし知人にこういう奴がいたら、中段回し蹴りを3発くらい放った後に人格を中傷するビラを撒いて力ずくでやめさせるところだが、人にやられてイヤなことも
自分がやる分には別に気にならない。

 さて、アルカトラズ島やゴールデンゲートブリッジなどの見所をひと通り回った後、オレは引きこもりとしてのたぎる血を抑えることが出来ず、ダウンタウンのインターネットカフェへ向かった。たとえアメリカに来ようとも、ネクラはネクラである。外国にいるからって社交的になると思ったら大間違いなんだよ!! ネクラをナメんなよこの野郎!!
 というわけで、日本のネクラとしての誇りをアメリカ人に見せてやろうと意気揚々と席を確保したオレは、オタクパワーを爆発させ、残像が残るほどの猛スピードでキーボードを叩き、ネットサーフィンを始めた。
 まず最初は教科書どおりにヤフージャパンを抑えておく。ヤフーといえどもニュースとして芸能人のゴシップ記事などが載っていることも多いので、万人向けサイトだと思って侮ると後で痛い目に遭うのだ。
 とりあえずニュース一覧にひと通り目を通したのだが、アメリカン航空の飛行機がまた墜落したという以外は、特に巨乳アイドルの交際発覚の記事なども無く、これといった情報は掲載されていなかった。よしよし。さて、次はいよいよ深いマニアの世界に……

 ・・・。

 ちょっとまってね。

 ・・・。


 
あ、アメリカン航空また落ちとる……。

 ニューヨーク、ジョンFケネディ空港発のアメリカン航空機が離陸直後、空港から8km離れた住宅地区に墜落。乗客260人全員死亡。
 参考までに、その前日、ジョンFケネディ空港からアメリカン航空機に乗って
空飛びましたよこのワタクシ!! ちょっと最近落ちすぎなんじゃないか!? 「勉強して東大に入ろうね会」の広瀬君じゃあるまいし!! しかも離陸から8kmで墜落。今時鳥人間コンテストですらもうちょっと飛距離があるんだよ!!
 気付いた時には、オレの全身に今まで体験したことのない、いや〜な鳥肌が立っていた。まるで全身が鶏胸肉といった感じだ。あまりにおいしそうなため、今のオレをアマゾン川に垂らしたらきっと一瞬にして骨だけになることだろう。しかも鶏肉よりボリュームがあるので、ピラニアも大満足だ。あ、明日もアメリカン航空機に乗るのかオレは……。

 さて、とりあえず飛行機の墜落の心配をし続けるのもいいのだが、仮に落ちないで無事ロスに着いた場合に必要となってくる旅行資金が底をついたため、オレはクレジットカードを使って金を下ろすことにした。
 街頭にあるATMの前に立ち、液晶画面の指示に従ってボタンを押すと、いきなり機械の中からカードが出てきた。……やはりこういう所からもアメリカと日本の文化の違いを感じる。日本ではまず最初に自分のカードを入れることから始まるが、「結論」が第一の国アメリカでは、こちらが入れるより先に機械からカードが出てくるようだ。

 ・・・。
 
 どう考えても違うな……。 
 そう。それは別に文化の違いなどではなく、誰かオレの前にこのATMを使った人間が、カードを受け取るのを忘れて帰ってしまっただけなのだ。こりゃ大変だ!
 もちろん他人のクレジットカードなどを見つけてしまった時には、すべきことはただひとつ。
 すぐにネットカフェに戻って、ネットショッピングで買い物三昧じゃ〜っ!! 早く! 持ち主がカード会社に通報して、カードが無効になる前に!!! なるべく高い物を!! しかも大量に!!

 なんちゃってね……。
 たしかにルパン3世に憧れるオレとしては、ここで「拾ったカードを使いアマゾン.comでマンガを買う」という大犯罪の実行に魅力を感じたものの、配送先を調べればすぐに身元がばれてしまうため、潔く警察に届けることにした。なにしろオレは曲がったことが大嫌いなのだ。
 たまたま、テンダーロイン警察署という、おろしソースをかけたくなるような名前のポリスステーションがダウンタウンからしばらく歩いたところにあった。拾った物を警察に届けるというのは、誉められそうでとてもワクワクする。外国といえどもそれは同じであり、オレはニヤニヤしながらドアをくぐった。
 中に入るとすぐのところに、防弾ガラスで仕切られた受付けがあった。中では数人の警官が豪快に雑談をしている。近づいて行くと、彼らは話をやめオレに注目してきた。誉めてくれるだろうか?



「えーと、あのー、」


「なんだおまえ? なんか用か??」



 ……。なんだか心なしか物凄くめんどくさそうな顔をしているように見える。旅行者の相手はあんまり趣味じゃないんだろうか。いや、でも趣味じゃなくても仕事だからやってもらわないと困るし、やるべきである。特に取得物を届けに来たような偉い子供には、ねぎらいの言葉をかけてお駄賃をあげるくらいするのが警官としての務めだと思う。オレは彼らにそれを訴えていこうと思う。



「なんだよ。何かあったのか?」


「あ、あの、実はですね、さっきこれを拾いまして」


「ん? クレジットカードじゃないか。 おまえそれ見つけたのか!?」


「そうなんです。これ、どうぞ……」



 オレは防弾ガラスの隙間から、白人の警官にカードを渡した。すると警官は、受け取るやいなやそのカードを後ろ手に放り投げた。カラカラと床に落ちるカード。周りの警官はそれを見てヘラヘラと笑っている。もちろん調書など取ろうという気は微塵もないらしい。



「はい、ごくろうさん。帰っていいよ」


「あ、え……、ちょっと待ってください。それちゃんと持ち主の所に届けてくれるんでしょうね? せっかく届けたんだから……」


「もういいから帰れって」


「は……?」



 ……。
 オレの中で何かが弾けた。



「なんだその態度は? てめー警官だろうが!! そんな職務怠慢で市民の生活が守れると思ってるのかこの野郎!!」


「なんだと?」


「そんないい加減な仕事してて恥ずかしくないのかよ!! 権力にぶら下がって偉そうにしやがって! どうせその制服とバッジがなけりゃ何もできないんだろうが!!」 


「あ……? おまえ誰に向かって口きいてるかわかってんのか……?」


「何度でも言ってやるよ。おまえらはアメリカ人の恥だ!! 悔しかったら感謝されるような仕事を1回でもしてみろよ!!!」


「く……」



 ……。
 こんな怒鳴り合いができたらカッコいいなと空想しながら、30分後オレは一人寂しくケーブルカーに乗ってサンフランシスコの坂道を下っていた。もちろん実際は「帰っていいよ」と言われた時点で帰った。
 仕方がないではないか。なにせオレは英語がほとんど喋れないし、体は弱いし気は小さい。例えば店などに行っても文句が言えない。この前も八百屋でじゃがいもを一袋買っただけなのに「170万円ね!」などと法外な値段を請求され、逆らうことが出来ずに「す、すみません、今持ち合わせがないのでローンでお願いできませんか……」と5年ローンを組んでしまったほどである。
 そんなオレだから、怒鳴り合いの状況を空想できただけでも、ちょっとは警官への仕返しをしたことになるじゃないか。尚、後々わかったことだが、テンダーロイン地区というのはサンフランシスコの中で犯罪者や浮浪者のたぐいが大量にいることで有名で、旅行者は昼間でも立ち入ってはならないと注意されているところらしい。だがそれは、地区の問題というか、警官の問題だろう……。
 それにしても、あいつは本当に最悪なポリスだった。警官なのにもかかわらず、アメリカに来てから出会った人間の中で、明らかに一番悪い奴だった。あまりに悪い奴すぎて、もはやジョンベネちゃんを殺したのもあいつなのではないかという気さえしてくる。

 いつまでも過ぎた事を考えていても仕方がないので、ケーブルカーで終点フィッシャーマンズワーフまで行き、賑やかな海岸通りをいい笑顔でうなづきながら歩く。やはり先程とは違い、この辺りのパフォーマーや土産物屋の店員達は観光客に対して非常にフレンドリーで、それに対する旅行者や子供もみな笑っており、見ているだけで平和な気持ちになってくる。


「ワッ!!」



「ぎゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!!!」




 通りに並んだ植え込みの陰から、突然ホームレスがオレを狙って飛び出して来た。喉から飛び出そうになった心臓を一生懸命飲み込み、落ち着いて見回すと、オレは白人の観光客に取り囲まれており、皆に笑われていた。そしてビデオに撮られている。
ホームレスが地面に置いた缶には、小銭が投げられている。どうやらこのドッキリは彼のパフォーマンスの一環らしい。
 ……。
 いいんだ。オレは道化役でいいんだ。こうやって一生笑われ続けるのさ。どうせオレなんてパックンマックンで言ったら日本人の方、ゲーム機でいったら3DO、委員会で言ったら美化委員会さ!!! 常に日陰の存在なのさ(号泣)!!!
 ちくしょ〜! せめてその小銭半分オレによこせ!!! 
どう考えてもオレの悲鳴に対して支払われたものだろうがっ!!!

 すごすごとユースホステルに帰ったオレは、洗濯をするため受付けでランドリー専用のコインを購入した。そして早速洗濯部屋に行き、狭い挿入口にコインをねじ込もうとがんばっていたらいきなりコインが真っ二つに折れた。
 ……いいんだ。どうせオレなんてテレビ局で言ったらテレビ東京、スピードのメンバーでいったら……

 今夜もまた、オレの枕は泣き濡れていた。











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