〜眠れない夜を抱いて〜





 娯楽。普段その言葉すら思い起こすことが無い我々日本人にとって、娯楽というのは空気や親の援助や西田ひかるの誕生パーティと同様
あって当たり前のものであろう。しかし、ある時ふとそれがなくなってしまうとどうだろう。

 例えば上にあげた西田ひかるの誕生パーティだが、毎年必ず時期がくるとワイドショーで報じられ、年とともにだんだん苦しくなる派手なドレスで着飾った西田ひかるにレポーターが「誕生日を祝ってくれる男性はいるんですか??」と聞くと、
「残念ながらいないんですよ。来年はそんな素敵な人と一緒だといいです!」と作り笑いでレポーターを見下したような答えが返ってくるといった、前の年と全く同じやりとりが繰り広げられる面白くもなんともない当たり前のイベントである。
 ところが、その当たり前のイベント、それがだんだんと報じられなくなった昨今はどうだろう。今まではあんなに気にも留めなかったのに、いざなくなってみると、「あれ? 今年は西田ひかるの誕生パーティどうしたんだろう?? 今回は友人だけで地味にやってるのかなあ? それとももうテレビ的に需要がなくなったのかなあ?? そんな! 
あれがないとなんかさびしいじゃん!!」と、実は無意識のうちに西田ひかるのパーティが自分の中で重要な意味合いを持つようになっていたということにあなたも私も気付かされるという、そんなことは断じてないが、つまり物事の大切さというのは、それが無くなって初めて痛切に感じられるようになるのだということがここで言いたいことである。うまく伝わったようでよかったです。
 ちなみに西田ひかるのパーティに関しては、きっと今は以前より地味に細々とやっているのだろう。結婚もしたことだし。地味な方が実は一番長続きするというのは、
SPEED解散後の上原多香子の活躍を見ればとてもよく理解できる。

 正直3行くらいで娯楽について書き出すつもりが西田ひかるのせいで大分長くなってしまったが、結局発展途上国、その中でも最貧国に位置するエチオピアの娯楽を日本に当てはめてみると、しりとりがプレステ2、朝のトイレはインディジョーンズアドベンチャー、売店に水とクッキーを買いに行くのは
秋葉原もしくは原宿のショップめぐりくらいの位置づけとなるのだ。
 そんな中、なんとこのバハルダールにはアジスと同じく映画館があるという。映画なんて日本でもしっかりした娯楽として存在するほどなのだから、エチオピアの辺境の町にしてみれば
ビッグバン、もしくは天地創造くらいの神の奇跡とも言えるような空前の大イベントである。上映終了後、太陽系に惑星が5個くらい増えていても不思議ではない。

 当然オレはいざ鎌倉! と
将軍に一大事が起こった時の御家人のようにその映画館へなりふり構わず、ブラがずれているのも気にせずに突き進んだ。のだがどう探しても地図で示された部分には藁で出来た民家が並ぶだけ。たしかに地図は多少古いが、たとえば映画館は取り壊されたのだとしても、その跡地に藁の民家を建てるという1000年ほど時代を逆行する都市計画というのはあまり考えられないのではないか。さすがのサラリーマン金太郎でもここまで大胆な発想は出てこないだろう。
 と思ったら、こっそり中をのぞいてみるとその藁の家が映画館であった。いや、もとい、その民家の中に木で出来た長椅子がいくつか並べられ、部屋の隅に14インチほどのミニテレビが備え付けられているのである。そこでビデオを上映し、近所の大人子供を集めて金をとって観賞させる。うーむ、これでテレビに映るのが力道山とシャープ兄弟だったら
昭和30年代の横浜の街頭である。

 その時上映されていたのは、ジャッキーチェンの「WHO AM I?」であった。ジャッキーチェン演じる主人公がアフリカで特殊活動中に事故で記憶を失い、謎の組織と戦っていくうちに徐々に自身の過去と組織の陰謀に気付くという、
よくあるパターンのストーリーである。ちなみに刑事物の映画で、悪の組織を操っている黒幕は実は警察内部の大物だった! というパターンもよく見かける。あと、あんなに愛しあった二人が実は兄妹だったなんて!! というのもよくある。さらにそこに病気や怪我、障害(失明とか)が絡んでいたらそれは80%の確率で韓国ドラマである。

 余計なことはいいとして、で、オレはこの映画はキチンと見るのは初めてだったため、エチオピア人に混じって熱心に観賞していた。格闘シーンでジャッキーが悪党を叩きのめす度に、オレは同じように自分が
周りで鑑賞中のエチオピア人どもを全員ボコボコにするシーンを想像して、こっそり「ざまーみろ……」と蔑んだ笑いを浮かべていた。ちなみに想像の中のオレはここに並んでいる長椅子を上手く武器にして戦っていた。時々椅子の上でアクロバチックに前転などをして、相手の攻撃をかわしたりもした。
 物語中盤、ジャッキーが丘の上に佇み「オレは一体誰なんだ(WHO AM I!)!!!」と叫ぶクライマックスに差し掛かる。すると、なんか画面が冬の三陸沖のようにザーっと波打ってビデオが止まった。
 当然のごとく場内は大ブーイングである。なにしろ組織の謎はいまだ解明されていないのだ。まだ話なかば、金八先生だったら不良生徒が
家庭の悩みを隠してつっぱっている頃である。これから徐々に黒幕の正体が見え始め、非行の原因である問題を抱えた兄と両親の存在も明らかになってくるというのに。
 一人の青年が管理人を呼びに行くと、やれやれといった感じでおっさんがやって来て、違うテープをビデオにセットした。そして、そこからは
若者がカーレースに青春をかける別の洋画が始まったのである。
 ……もちろん他の客は当然激怒、するはずなのだがこいつら何事もなかったかのように席につき観賞を再開している。

 うーむ。この人ら、WHO AM I の続きは気にならないのだろうか。それとも
ジャッキーの映画のストーリーはあってないようなものだということを悟った上での行動なのだろうか。だとしたら非常にジャッキーチェンに対して失礼で、同時になかなか映画界の現実が見えている憎たらしい奴らである(号泣)。
 小学生時代、ジャッキーチェンが裸でポーズを取っている写真が満載というジャッキーチェン写真集を買ったことのある(その子供心は自分でも理解不能だ)ジャッキーびいきのオレは、いたたまれなくなって小屋を出たのであった。

 その夜は早い時間にベッドに入った。安宿が連れ込み宿を兼ねているエチオピアでは定番のダブルベッドである。たまには誰か一緒に入ってくれる人はいないのかしら。もう。さみしいわ。

 ……。

 夢見心地でウトウトとしていた時である。



 ゴソゴソ……

 ゴソゴソ……





 ……うぬぬ。






 ゴソゴソ……

 ゴソゴソ……









 どこだっ! どこにいる!!!
 部屋の電気をつけ、耳に神経を集中し音の主の居場所を探る。誰だ?? もしかして、こんないい男を一人で寝かせておくなんて勿体ないと、
CCガールズが夜這いをかけに来ているのだろうか?? CCガールズ……うーむ、我ながら古い。

 ここかっ!!!
 オレはベッドのすぐ隣に据え付けてある、小物入れの引き出しを開けた。そこには……予想に反して
CCガールズはおらず、その代わりにミニゴキブリ達が隊列を組んで、運動会の入場行進の練習をしていた。
 うーむ。なんとなくゴキブリとCCガールズは
黒光りという共通点があるような気がする(なんとなくね)が、やはりちょっと違う。CCガールズならさわりたいが、ゴキブリは触りたくない。
 ……。
 オレは
「引き出し閉め日本選手権」が開催されたら杉並地区大会で7位入賞を狙えそうな速度で、えいやっとばかりに気合一発、ゴキの集会場を元の鞘に収めた。そしてこの瞬間の出来事は夢であるのだと仮定し、すぐに再び電気を消し布団をかぶり寝にはいったのである。

 ……ゴキブリは1匹見たら30匹はいると思えというのは、誰となしに伝わっている日本の古来よりの信仰だ。今ざっと見たところ10匹はいたので、そうすると単純計算だと全部で300匹のゴキブリがこの部屋に潜んでいるということになる。
 しかしちょっと待てよ? 今見たのが10匹だからといって、単純に残りは290匹だと決めつけることもできないのではないか?? なぜなら、1匹見るということは30匹のゴキブリの存在を表しているのだから、10匹のゴキブリを見たならばその裏には300匹が生息しているということであり、さらに300匹を見ることができたら、それは300匹いたからこれで全部ねということではなく、その1匹につき30匹いるんだから300匹の30匹がけで合計9000匹のゴキブリがどこかに潜伏しているということになるのだ。しかしその9000匹のゴキブリを発見した場合、実際はその30倍の270000匹がいるという計算になり、さらにまたその270000匹を見てしまったらその時点で本当にいる数はその30倍の810万匹ということになる。そんな数がこの部屋にいたのならさすがに隠れるのは不可能で目に付くところに出てくるはずだが、810万匹見たらそれはすなわち
2億4300万匹のゴキブリの存在を示すことになる。……うーむ。寝れん。





 カサカサカサ……






 かさっ!!!
 今度はどこだっ!!!!!!

 ああっ、ビニール袋!! バックパックに入りきらない荷物の運搬用になっている、
オレの第2のリュックであるビニール袋の中から音がするっ(号泣)!!!! 
 く、くそ……オレの荷物はゴキブリととてもよくマッチングする汚さということなのか……。しかしたとえ荷物は汚くとも、持ち主の心はそれとは対照的に琵琶湖の水質のように美しく澄んでいるのである。この純な心、ゴキブリには伝わらないのだろうか??
 ここは早く彼らに帰ってもらいたいところであるが、先ほどの1匹見たら30匹いる理論でいくと、ここでゴキ達を例えば2匹くらい見てしまうと、その時点で60匹の存在を作りだしてしまうことになる。なのでできるだけ見ないように追い払うことが要求されるのである。
 ともかくオレはビニールの中身を全てぶちまけ、怒りにまかせて中から出てきた薄汚いゴキブリ野郎を激しく追い回した。やはりエチオピアのゴキブリだけあって他の国のやつより醜く見える。いかにも犯罪者といった風貌だ。これなら
日本のゴキブリが可愛く見えるぜ。

 かろうじて荷物と精神の落ち着きを取り戻したオレは、今度こそ乳飲み子のように穏やかな眠りについたのだった。聖人のような罪の無い顔で……スヤスヤと……








 スヤスヤ……









 ……。






 ポリポリ。












 スヤスヤ……










 ……。






 ポリポリ。








 ……。

 ポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリ
かゆいっ!!!!!!!! 





 ……。




 ぬぬぬ……





 
まあそんなことは気にせず眠ろう。明日も早い。













 スヤスヤ……












 ポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリかゆいっ!!!!!!!! 

 
うがああああっ!!!!

 なんだこの痒さは!! 一体どうなって……いや、
ほんとに明日早いんだった。4時半起きだぜ。痒いのはいいとして、寝よう。こんなアホくさいことに構っている場合ではない。

















 スヤスヤ……















 ポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリポリ

 
かゆいっ!!! 腕が!!! 足が〜!!!!

 こ、これだ。かねてから噂に聞いていたが、もはや油断しきって忘れていた。エチオピアのベッドに生息するという彼らのことを。
 ダニくん!! ノミくん!! 南京くん!!! 君たちがいたんだ!!! 君たちが一緒だったんだ!! これならダブルベッドに一人でも寂しくなんかないねって
殺す!!!! エチオピア殺す!!!!!! うげ〜〜かゆい〜〜なんとかしてくれ〜〜〜〜(号泣)
 しかし殺す殺すと青ひげのようにわめいてみたものの、蚊なら姿が見える、キンチョール攻撃も出来る、蚊取り線香で殲滅もできる、だがダニノミ南京、ここではボス格と思われる南京の名前を借りて
南京トリオと呼びましょう(語呂もいいし)、こいつらは対処方法が不明なのだ。何が弱点で、どうやったら殺せるのかわからない。エイリアンを発見したシガニーウィーバーと同じ気持ちである。

 まさかベッド中にキンチョールを噴射するわけにもいかず、立って寝るのにも失敗し、全身をかきむしりながら睡眠にトライしているとそのまま起床時間が来た。





今日の一冊は、秘境作家高野秀行さんの本 ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)






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