〜エロエロエロ映画〜





 もうすぐそこが映画館だということで、シワ改めムンナさんとオレはリキシャを降りた。



「おにいさん、今からワタシがチケットを買って来ますので、ちょっと待っていてください。ここでエロ映画を上映してることは秘密になっているので、何やっているのかと誰かに聞かれても、散歩をしていると答えてくださいね」


「わかりました。はい、ボッタくられ料金」



 エロエロムンナはオレから200ルピーのエロ大金をふんだくると、一人でエロエロ映画館の建物の方へエロエロと歩いて行った。さすがに厳格なヒンズー教のインドだけあって、まあヒンズー教と関係あるのかどうかは知らんがエロ映画の上映はアンダーグラウンドで行われているようだ。たしかに目の前の空き地ではガキンチョがクリケットに夢中になっているし、こういう周りに子供がいるような環境では、エロのことは秘密にしておかないと教育上も良くないだろう。



「アッ! ガイコクジンだ! ハローハロー!」



 ちっ……。おまえよお、バッターボックスに立っているんだからオレに構ってないでボールに集中しろよ……。ホント物怖じしないなあインドの小僧どもは。



「ハロー! ハロー! フェアーアーユーフロム!」


「ハロー。キミ、おにいさんは今忙しいんだ。これから大人の時間なんだからね、僕はキミたちのようなガキンチョの相手をしている暇は無いんだよ。
まあ、今何をやっているかと聞かれればただ散歩をしているだけなんだけど。別にやましいものがあるわけじゃないんだけど。だいたいオレ外国人じゃなくて地方から来たインド人だし」


「ネーネー、あんたもセクシー映画好きなの?


「えっえっ? ななにを、ななにを言っているのかなキミたちわわわ……」


「しら〜〜っ(軽蔑の目線)」


「…………」



 
おおいっ!! おもいっきり近所の子供にバレてるじゃねえかっっ!!! どこが秘密なんだよコラっ!!! 良くない!! 教育上非常に良くないぞっっ!!!

 これ、全然秘密になってないよな? だって
近所の8歳児でも知ってるんだぞ?? たとえどんなに重要な機密情報でも、一度バラナシの8歳児に知られてしまったものというのは3日後にはインド全土に広まって、7日後にはもうどこか未知の銀河にある地球外知的生命体ですら知っているに違いない。



「ああ好きだよ! セクシー映画好きだよっっ!!! 初めて会った時から大好きだったよ!!! 好きで悪いかっ!!
 おい小僧、そういうおまえだって好きなんだろうセクシー映画。なあ、セクシー好きだろうがおまえっ!!」


「ス、好きじゃないよっ!! そんなはしたないもの!


「うそつけ〜〜。おまえだって子供に見えるけどもう下半身は立派に成長してるんだろう〜? 本当はセクシー映画見たいくせに〜〜」


「ノー!! 見たくないもん!! だって、子供の教育上良くないんだから!」


「教育上良くない? そうかそうか。でもなあ、
その教育上良くないエロいことを大人はガンガンやってるじゃないか。大人はごく普通にやってることを、子供にだけ『教育上良くないから』って禁止するのか?? じゃあなにか? おまえが産まれてきたのも教育上良くないことだったのかよっっ!! 人類はみんな教育上良くない行為の結果生まれてきたと言うのかっ!!! ふざけんなテメー!! ウガーーーーーーッ!!!! ガブッ(子供に噛み付いた音)!!!」


「アガーーッ(泣)!! そんなこと言われたって知らないよおっ(涙)! 八つ当たりはよして〜〜っ(号泣)!!」


「おにいさん、チケット買ってきましたよ。行きましょう。何やっているんですか?」


「あっ、ムンナさん。いや、この子供が教育について誤った発言をしていたので、大人代表として少々懲らしめてやっていたんですよ。でも、体罰とはこういうものなんです。今は恨まれるかもしれないけれど、きっと10年後、彼が大人になった頃に『ああ、あの時あの外人さんに怒られておいてよかったなあ』と気付いてくれるはずなのです。 ……あっ、僕ったら何を熱く語っているんでしょう。恥ずかしいなあもう」



 オレは、アフリカとアジアを周り子供と触れ合う旅を続ける旅人として、思わず自分の
譲れない教育理念を熱く語りながら、ムンナさんの後について映画館へ向かった。
 というわけでそこは秘密というにはあまりにもどっから見てもまんま映画館であり、なおかつ道路に面した壁には、ごく普通にセクシー映画の
ポスターが貼られていた。そもそも秘密にしようとする意思が全く感じられないが、まあそのヘンの疑問については後で考えよう。
 熟練者のオレに言わせれば、エロに臨む時というのは気持ちの切り替えが大事なのだ。例えば「奇跡体験!アンビリバボー」の「感動のアンビリバボー」のコーナーを見て大号泣したとしても、「さあてテレビも終わったし今日のエロ画像収集を始めるか」となったら、
さっきまでの感動の気持ちは全て忘れて、下心を全力で発揮し、いやらしくいやらしく作業に集中しなければならないのだ。だって、感動が残ったままエロサイトに向かったら、自分が最低の人間に思えてくるから。そういう時に気持ちを切り替えずに中途半端な状態でいたら、こちらがやられてしまうのだ。
 ドアの前で係員にチケットをもぎってもらい、中に入ると既に上映は始まっており真っ暗である。移動もままならなかったので、オレはムンナさんと共に入り口すぐ近くの椅子に座った。

 まだ始まった直後だからかもしれないが、オレの想像とは違ってまだスクリーンの中のインド人はみんな
いらぬ服を着ていた。インドエロ映画は、脱ぐまでにそれなりに時間がかかるのだろうか??
 ……いや、「オレの想像とは違って」って、冷静に考えてみれば
オレの想像の方がおかしいよな。なんとなく日本のAVだと最初から全裸のイメージがあるが、それはオレがいつもストーリーの部分を全て飛ばしているからだった。たしかに、時々早送りを途中で止めて見てみると、40歳くらいのAV男優が学生服を着てニセ学園ドラマ風の三文芝居が繰り広げられていることがあるよな。そうか。どのエロ動画も、ちゃんと見てみればこのようにストーリーがあるものなのか。
 そしてオレは30分ほど言葉もわからないままただの着衣状態のインドの恋愛ストーリーを見せられ、話し半ばで一旦上映が途切れて館内の電気が点いた。全くエロくないまま、インド映画名物の
途中休憩である。これ、前半部分見なくてもよかったんじゃあ……。っておおっ!!!!
 なんか今まであまりの暗さで客はオレとムンナさんしかいないような気がしていたのだが、明るくなって改めて見回してみると、
200人くらいのインド人が狭い館内を埋め尽くしていた。おいおい……本当に今までいたのこの人たち?? なんか信じられないんだけど。インド人が1箇所に200人集まってるのにこれだけ静けさを保っていたなんて、到底信じられない。 これはもう、珍しいを通り越して超常現象である。す、すげえなあ、インド人の集団をも黙らせるエロの力。なんかもうこれを見せられると、エロの力で出来ないことは無いような気がする。もし海王星に性にめちゃめちゃ開放的な絶世の美女だけが住んでいる集落が発見されたら、3年以内に人類は海王星に立てるのではないだろうか。



「ジュースジュース〜! ジュースはいりませんか〜〜!!」



 
って子供が館内でジュース売ってるやんけっ!!!

 おい、別に子供が物を売っているのはインドの日常の風景だけど、
エロ映画館はまずいだろっ!!!! 教育上良くないだろうがっっ!! ってそこのオヤジ!! エロ映画の途中なのに子供からジュースを買うなっっ!!!! よくエロと子供を両方消化出来るなあんたっっ!!!


 ブーーーーーーーーーーーーーーー


 おっ、再開だ! 子供、
おまえは出て行け! 子供がいると集中できん!!

 さて、再び館内が真っ暗になりストーリーは、また淡々と
着衣のまま進んで行った。ラブストーリーが繰り広げられているのはわかるのだが、いくらなんでも既に1時間以上厚手の服を着たままだ。ちょっと前フリが長すぎないか?? というかちゃんと脱ぐのあんたら?? あんたらはさあ、脱いでなんぼの人たちなんだよ? それわかってる??
 そんなオレの心配をよそに着衣ストーリーは進んで行ったのだが、休憩が明けて2,30分が過ぎた頃、遂に!! 遂にその時が来た。寝室。寝室の登場である。国際的な言い方では
ベッドルームである。そして雰囲気は甘い!!
 今まさに、
まだ厚手の服のままだが、男優と女優が見詰め合ってベッドに倒れこもうとしている。これは、言葉はわからなくともヒトとしての本能でわかる。今からこの2人は愛を育もうとしている!! やった!! 待ちわびたシーンが遂に!!!  オッケーーーイ(古田風に)!!!
 ……とその時である。スクリーンの中の2人が、いきなりこっちを見た。今まではカメラ目線になることなど一度もなかったのに、なぜか大事なところで2人同時にカメラを見ているのだ。そして、男優の方がニヤけながら何か客に語りかけるようにセリフを言った。すると、観客が一斉にドヤドヤと笑い出した。
 なるほど。大体内容は予想出来る。つまり、「おまえたち、何見てるんだよ〜。オレたちこれからいいことするんだから、見るなよ〜〜」的な、
軽いギャグを言ったんだな? 全くこの場で言う必要の無いギャグを。でもなああんた、これはエロ映画なんだよ。そんなこと言ったって「はい、じゃあ見ません」と我々が帰ると思うのか? エロをナメんなよテメーっ!!! とっとと本番を始めろやコラぁっ!!!!
 もちろん他の客も笑いこそしたが、そのまま全員熱心にスクリーンに見入っている。すると銀幕の中の2人は既にベッドに横になって、まさに臨戦態勢だ。よ〜し、来たっ、
来たぞ!!
 ……とその時である。男優の方だけがおもむろにベッドから起き上がって、再びカメラ目線になり先ほどと同じよ〜なトーンでセリフを言った。すると、またもドカ〜ンと爆笑する観客たち。
 なるほど。「おいおまえら! まだ帰ってなかったのか! 見るなって言っただろ!」的な、2度目のギャグだな? 
お笑い用語で言えば天丼だな?? なかなか凝った脚本じゃねえか。本当に心から必要無いけどなそれ。
 そして、笑いを取った男優がまたもベッドに横になったところで、
エンドクレジットが出て上映は終わり館内は明るくなった。




 …………。





「……あの〜〜、ムンナさん。これで終わりですか?? ねえ、インドのエロ映画はクン○から始まると言ってませんでしたっけ。まだ始まってもいませんよねそうすると???」


「なんか、今日のやつはそんなにエロくなかったみたいですね」


「あら残念」












  …………。















 
グゴオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ(怒りの雄たけび)!!!!!


 
てめえムンナ&エロ映画コラっ!!! 今日はエロくなかったで済まされると思ってんのかっっ!!! エロ映画だろうが!! なんでエロくないパターンのエロ映画を作製するんだよっっ!! 存在する意味がねえだろうがそんなエロ映画!!! AVの絡みのシーンを飛ばしてストーリーのシーンだけ見て楽しむ奴がどこにいるんだよっっっ!!!
 
そんでオイ他の客っ!! おまえら普通に満足して帰ろうとしてるんじゃねえ!!! 暴動のひとつやふたつ起こせよっっ!!! そうやって泣き寝入りしてるからいつまでもインドのエロ映画がこんな状況なんじゃねえかっっ!!!




「さあおにいさん帰りましょう」」


「…………」



 
ムンナ〜〜〜っ。
 ここは、
決して秘密の映画館などではない。「日本人ということは黙っていろ」という指示は、なんとなく隠密行動の雰囲気を出して、オレを待たせて自分が2人分のチケットを買いに行くという行為を怪しく見せないための布石だ。間違いなく、オレが渡した金額の8割はこいつのポケットに入っただろう。
 この野郎〜、エロくないことを知ってて、バイト感覚でこの2時間近くオレの隣に座ってやがったな……。これでエロかったらまだ許せるよ? でもなあ、
ボッタクられてなおかつエロくなかったというのがめちゃめちゃ腹立たしいぞ!!! くそっ!!!!

 しかし、このヘンはある程度アホのフリをして見過ごさなきゃいけねえんだよな……。だって、ここで
エロいエロくないでムンナとゴタゴタしてしまうと、喧嘩別れに陥る可能性があるんだよな。やっぱり、ここに来る時にムンナが話していた「アガスティア」という、そのインチキな奴だということだけはわかっているサイババの弟子なる人物を、チラッとでもいいから見てみたいじゃないか。物陰から覗き見程度でいいから。
 帰りはまたサイクルリキシャを使って元の場所まで戻ったのだが、さすがにエロ映画がエロくなかった結果オレが
遠く悲しい目をしていることに僅かな罪悪感を感じたのか、シワ改めムンナは途中で「あっ、あそこに歩いている女、あれ多分ナンパできますよ。おにいさん女好きですよね。ちょっと待っててください!」と各方面の女性を激怒させそうなおどろおどろしいセリフを放ち、リキシャを止めその通行人の若いインド女性に声をかけたはいいが3秒後に激怒した女性に殴られそうになるというダサい失態を演じていた。基本的に頭いいけど、時々アホだなおまえ……。
 背後に女性がオレたちを罵る声を聞きながら(オレ関係ないのに)、サイクルの後ろに乗ってバラナシの旧市街まで帰還すると、またもムンナの目はオレの金を狙いハイエナのようにきらめくのであった。


話と特に関係ないけどガート近くの風景







今日の一冊は、人生で大切なことはすべて哲学と彼女が教えてくれた。







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