〜釈迦とインド人〜





我こそはブッダガヤの主、でかい仏だがや。



 あ、どうもみなさんこんにちは。昨日のお漏らしによって
解脱を果たし、新たなステージへと進化を遂げた作者です。これから私は教祖・作者として全国の下痢に悩める人々を救う巡礼の旅に出ようと思います。今、パソコンの前で下痢で苦しんでいるあなた。どうぞ入会費を支払って私の作った新興宗教、御腹蛾痛苦手絶教(おなかがいたくてぜっきょう)への入信をお勧めします。「漏らし」です。「漏らし」こそが救いなのです。「恥」という心の中の悪魔を祓い、素晴らしい教義である「漏らし」を実行すれば、あなたも全ての下痢の苦しみから解放されることが出来るのです。ただ、替えのパンツとズボンは日々必ず携帯してください。

 ブッダガヤには色々な国の仏教寺院があり、建築スタイルや仏像、壁に描かれている絵画や模様などそれぞれ結構な違いがあるのだが、一番各国の特徴が出ているのがその管理の行き届き方だ。これは心の問題と経済力の問題だと思うが、どこからどう見ても日本寺が間違いなく最も細やかで美しく清潔で力を入れて運営されている。
 その国での仏教の広まり具合もあるとは思うが、韓国寺なんて人は誰もおらず
廃屋同然だったのに対して、日本の場合はお坊さんが(今は帰国中だけど)毎日旅行者と一緒におつとめをし、インド人のスタッフが朝夕鐘を鳴らし寺院の敷地だけでなく本当に向こう3軒両隣まで丁寧に掃除をしているのである。おまけに寺には図書室や、貧しい人のための診療所学校まで併設されているというのだ。……日本、すごいっ!! 日本国バンザイ!!! マジでかっこいいぞ日本(涙)!!!!
 いや〜、日本の仏教界がこのように飛び抜けて素晴らしいものなのに、こんな聖地で御腹蛾痛苦手絶教を立ち上げようとするなんて、
私は罰当たりな者でございます。御仏の教えに背くものでございます。では、ここは悔い改めて私は御腹蛾痛苦手絶教から脱会し、再び仏陀のもとで精進することにいたしましょう。この章の最初の段落を読んで御腹蛾痛苦手絶教に既に入信してしまったみなさん。これから教祖不在になりますが、まあ適当にやってください。集会でみんなで一斉に漏らして迷惑行為として警察に捕まっても、決して僕の名前は出さないでくださいね。もう僕は関係ありませんから。

ゴイ〜〜〜ン@日本寺



 凶悪な太陽に精力をむしり取られながら日本韓国チベットタイ中国バングラデシュと真摯に寺めぐりをしていると、ある寺の近くの路上で日本語を話すインド人ヒゲオッサンと出会った。そのへんのにわか日本語と違い、ちゃんと会話のキャッチボールが出来る優れた人だ。なんでも彼はすぐそこにあるレストランのオーナーらしいが、あまり客が来ないので外国人向けの観光案内も行っているということである。オレは「そろそろ昼飯かな」、と思っていたところだったので、ちょうどいいやということで彼のレストランへ行くことにした。
 すぐ近くにそのレストランがあったのだが、店の前にはなんと日本びいきをアピールするこんな看板が!!
 古ぼけてはいるが、
なんて本格的なんだ!!! インドとは思えない!!!!



 おいしい日本食があるGINZA RESTAURANT。オーナーのヒゲの彼の似顔絵が描かれており、右側には「ブッダガヤのことならなんでも聞いてください!」という吹き出しが。そして左側には「オーナーの”七ナ”は日本語バンナリ!」って
「日本語バッチリ」という言葉が既に書けてないやんけっっ!!!!! バッチリじゃないだろうが全然っっ!!! 説得力無いなおいっ!!!

 だいたい、オーナーの彼は
なんて名前なんだろう。そのままだと「七ナ」だからなななさんだよな。もしくは不倫報道のおかげで大変身を遂げた知的な「モナ」さんの書き間違いだろうか? とりあえずレストランに入って落ち着くと、オレは本人に直接聞いてみることにした。



「すみません日本語バッチリのオーナー、オーナーのお名前はなんとおっしゃるんでしょうか?」


「私はセナといいます」


「なるほど。表の看板なんかヘンですよ。日本語バッチリじゃないしあれ」


「アッハッハ。日本食は、おじやならあるよ。おじや食べる?」


「はい、それしかないならじゃあそれで」



 うーん。
不味い。


 表の「日本食あります」という広告について通報したら
確実にJAROの指導が入ると思われる、どう考えても日本食ではないおじやもどきを気合で半分ほど片付けると、オレはセナさんの人の良さそうな笑顔に免じて、郊外のみどころ前正覚山スジャータ村へのツアーを組んでもらうことにした。いや、ツアーというか、セナさんのバイクで乗せて行ってもらうだけだが……。

 まず最初に向かうのは、釈迦が苦行を行った場所である前正覚山だ。レストランからミニバイクに二人乗りし、ブッダガヤの町を抜けて荒地の中の道をひた走る。ところどころ村に差し掛かると、進路にはノラ犬やアヒルが多数うろちょろしているのだが、何がおかしいって
前方に犬やアヒルがいるとセナさんは普通にクラクションを鳴らし、さらにクラクションを鳴らされると犬もアヒルもちゃんと道路脇にどくのである。
 あんたら(セナさん&犬&アヒル)、人と獣と鳥の違いとか
特に気にせずか?? バイクにブーブー鳴らされて面倒くさそうにペタペタと歩いて行くアヒルの姿というのは、人間と動物の垣根が無いにもほどがある。インドの人間はちょっとノラ動物たちに軽く見られすぎではないだろうか?? ここに織田裕二がいたら、絶対に「霊長類なめんなよ!」と叫ぶに違いない。

 前正覚山のふもとでバイクを降り、山の上まで歩くとそこに
釈迦が6年間篭もって苦行を行ったという小さな穴がある。そこでは仏教ではなくヒンズー教のお坊さんだかが今もまさに苦行の最中らしく、取り巻きの人たちが穴の外でジャンジャンドンドンと楽器を打ち鳴らしていた。
 思えばエチオピアでも岩山の穴に入って修行している僧侶がいたし、達磨大師も嵩山の洞窟に篭もっていたし、みんな何かと言うと穴である。基本的に人間というのは穴があったら入りたいと思うものなのだろうか? もしくは、高貴な人になるような大人物だけが穴に入りたくなるのか。それならば、友人や同僚などで恥ずかしがって「穴があったら入りたいです」と言っている人をもし見つけたら、
ためしに洞窟に6年くらい入れてみたらどうだろう。頼りなかった同僚も、もしかしたら6年後には教祖になって出てくるかもしれない。出て来ないかもしれない。

 ところで、ここの穴に入って6年も断食の苦行をした我らが教祖釈迦だが、笑っちゃいけないがオレは笑ってしまうのは、釈迦がその苦行を続けて6年目に達した結論というのは、なんと
「こんな苦行には何の意味も無い」ということだったというのだ。6年も穴の中で断食修行したのに、最終的に悟ったのが「今やっていることが無意味だ」ということだという、泣くに泣けない悲しい結果となったのである。そのくらい最初に悟っとけよな……。はっきり言って、穴の中に入って断食の苦行を何年もすることに意味が無いということは世の中のほとんどの人が悟っていることだと思う。なんでせめて穴に入って3日目くらいで気付かなかったのだろうか。

 さて、ここからは苦行後の釈迦の足取りを追って、山を下りて次はスジャータ村へ向かう。スジャータといえばスジャータスジャータ連呼するミルクのCMが思い浮かぶばかりだが、どうやらあのスジャータのミルクはこのブッダガヤに関連がある(本当に)ものらしい。これだ
 山からまたセナバイクの後部座席で進むわけだが、基本的にずっと他の車やバイクをぶち抜いてかっ飛ばしていたセナが、なぜか途中からやけにスピードを抑えて走るようになった。前を見るとオレたちと同じような2人乗りのバイクが走っており、後部座席にはサリーをはためかせたお姉さんの姿が見える。どうしたんだろう。知り合いだろうか??



「あの、セナさん。急に遅くなりましたけど、どうかしたんですか?」


「ぐふふ。ワタシはスケベでいけませんね。前のオンナがキレイなので、ずっと見ているんです」


「あんた今仕事中でしょうがっっ!!! 一応オレという客を乗せてツアーコンダクトをしているわけですよあなたは!! そんなもん見てる場合じゃないでしょ! さっさと行ってよ!」


「ぐふ。ぐふふふ」


「あの〜」



 セナはブッダガヤ初のストーカーとして一向に前の姉さんに付きまとうのを止めず、結局最終的に前のバイクがわき道に曲がって行くまでオレたちは男2人で
自転車なみの低速で舗装道路を進んでいた。エロオヤジはお姉さんが曲がって去って行くところまでずっと目で追い続けていたため、「前向いて運転しろよコラッ!! 危ないだろうがっ!!!」と思わず大きい声で指導するハメになってしまったほどである。仕事に対する真剣味が足りんぞコラッ!!!
 しばらく進むと、荒地の中で朽ち果てカラスとハエの餌食になっている元ノラ牛さんがいたので、オレはバイクを止めてもらって
死体の撮影に精を出した。そういう趣味は無いのだが、あまりにも印象的で気持ち悪かったものだからつい……。グロいのが嫌いな人は絶対見ないでね!動画

 再びブッダガヤ方面に走り、しばらくして到着したのがスジャータ村、そしてスジャータテンプルだ。
 スジャータというのは二千何百年前にこの近くに住んでいたお嬢さんなのだが、そのスジャータさん、結婚したのになかなか子供が出来ず、
「どうしたものかしら。畑が悪いのかしら。それともあの人が種なしカボチャなのかしら?」と日々悩んでいたそうな。そこで高名な宗教者であるブラフマンさんに相談したところ、「乳粥を持って東の方向に通いなさい。そうすれば子供を授かるであろう」と教えられたというのである。そこで彼女はミルクで作ったお粥を持って東に、今は寺になっているこの場所を通りかかると、なんとガジュマロの木の下で一人の骨皮筋衛門が死に掛けているではありませんか! これは大変ださあお食べと乳粥を与え、それでもまだ全然骨と皮だったので計49回も繰り返し筋衛門にタダ飯を食わせると、彼はようやく皮も厚くなり復活し、しかしその男は料金を払うわけでもなくそのままフラフラッとブッダガヤの菩提樹の下まで行き、勝手に瞑想を始めてしまったらしい。そして悪魔やらなんやらが邪魔しに来たがそれを退治して、7日間の瞑想の後、釈迦は悟りを開いて仏陀となり、仏教の誕生に至ったということであります。めでたしめでたし。
 以上の内容はセナさんの解説によるもので、日本語だったので非常にわかり易かったです。※結局スジャータさんが子供を授かったかどうかは言及されず

 ちなみに乳粥は「ちちがゆ」と発音するのであるが、セナさんがチチガユという露骨な日本語を連発する度にオレの頭では「なるほど〜じゃ。
そのムスメのパイパイはチチのチチか〜」という亀仙人のセリフ(その直後チチのアイスラッガーで亀仙人の額が真っ二つに)がぐるぐると回っていた。さらに、「その乳粥に使ったミルクはスジャータが自分で出したんだろうか」などという実に罰当たりで下品な思考しか浮かんでこないこのオレの腐った性根を苦行で叩き直したい。

 しかし、釈迦は結局僅か7日間だけの瞑想で悟りの境地に至ったというのは、なんとも短く感じられないだろうか。その前の穴の中での6年もの苦行は「こんなことをしても何も得るものは無い」と釈迦自身が判定を下しているのだし、本来いきなり瞑想を始めていれば彼は筋衛門にもならずに、
家を出てからたった1週間で悟りを開けたはずなのだ。これはもう、まったくの骨と皮になり損である。
 でもね……、多分ずっと穴の中にいて痩せ細ることで感覚も研ぎ澄まされたのだろうし、オレから見ればあの期間も決して無駄なんかじゃなかったと思うよ。
無駄なことなんて何も無いんだよ。そんな無意味とか何も得られないとか、寂しいこと言うなよお釈迦さん(教祖に対して馴れ馴れしい)。
※無駄なことなんて何も無いんだよというのはあくまでギャグであり、実際は人生に無駄なんて
いっぱいあります。辛いことをなんでも「無駄なことなんてこれっぽっちも無いんだよ」という言い訳で片付けようとしてはいけません。

 というところで本日の観光は終了で、釈迦の苦行の始まりから悟りに至るまでを辿ったはいいが
肝心の仏教の教義を全く理解していないオレだが、まあそのヘンには興味が無いので今日はもう終わりでいいや。…………。オレは本当に仏教徒か??
 GINZA RESTAURANNTまで戻ると、サービス精神旺盛なセナさんがファンタオレンジと区別がつかないミリンダを奢ってくれた。せっかくなので、オレは休憩がてら気になっていたことをいくつか聞いてみることにした。



「セナさん本日は1日ガイド活動ありがとうございました」


「どうイタマシテ」


「あのーところで、なんでセナさんは日本語が喋れるんですか?」


「なんで日本語喋れるか、
ワカンナイ。


「なんでやねん……。
生まれつきかよ。でも英語もペラペラですよねえ。僕の前もツアーに連れて行ったのは日本人ですか?」


「日本人じゃないよ」


「じゃあナニ人?」


「ガイジン。」


「…………。あっ、あの表にある看板、あれすごく上手に描かれてますねえ。絵も日本語も。あの看板は誰が描いたんですか?」


「あれは、
インド人が書いたの。


いやインド人はわかってるんですけど……。えーとじゃあ質問を変えまして、そういえばさっき仏教の説明をしてくれた時に、ヒンズー教はもっとずっと前からあるって仰ってましたよね」


「うん。言ってた」


「じゃあヒンズー教はどのくらい前からあるんですか?」


「じゅっと前から。」


「もうオレに帰って欲しいのかっっ!!!! 邪魔だったら言ってもらえれば帰りますけどっっ!!!!!」


「なんで? 帰って欲しくないよ。ゆっくりしていけばいいよ」


「…………」



 よくわからん人だこの人は……。
 しばらくセナ氏と噛み合わない日本語会話を楽しんで、オレはガイド料を支払い丁重にGINZA RESTAURANTを辞した。明日はまた日本寺へおつとめに行ってみようと思うが、お坊さんちゃんと帰って来てるだろうか。

いい笑顔のよくわからん人。









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