〜アンコール遺跡群〜





 アンコールワット周辺の観光は1日であっさり済ませたが、実はアンコール遺跡群は、車で行くような郊外にも細々と散らばっていた。この、面倒くさい野郎め。旅行者の迷惑を全然考えて無いなテメエ。
 その郊外を車で周遊するツアーは宿泊している宿から毎日出ているのだが、バカな、アンコールワット以外はどの遺跡も同じような瓦礫なのに、わざわざ金を払って何時間も車に乗って遠い石くずを見に行く奴がいるのか? なんて物好きな野郎どもだ。
オレは絶対に行かねえぞそんなもんバカバカしい。と思いながら張り出されていた次の日のツアーの参加者リストを眺めてみると、半分以上が日本人の女性の名前であった。
 …………。
 
オレも、すぐに同じツアーに申し込んだ。
 いや、オレは物好きなわけじゃないんだ。
オレは物好きじゃなくて女好きなんだ。彼女たちは遺跡を見て、オレは遺跡を見る彼女たちを見る。彼女たちは遺跡を撮って、オレは遺跡を撮る彼女たちを撮る。そういう目的でツアーに参加する人間が、今の偏差値教育のギスギスした世の中に一人くらいいてもいいだろう? な〜に、怪しまれりゃしないさ。だって、参加者は全員カメラを持っているじゃないか。遺跡観光のツアーに参加してカメラを構えるのは当たり前じゃないか。これほど盗撮行為が不自然に見られない状況はない。まさに“木の葉を隠すなら森の中に隠せ”の理論である。または、“黄忠を隠すなら老人ホームの中に隠せ”である。マルイのエスカレーターなどで被写体を狙う時は毎回カメラを手提げカバンに仕込むなどのカムフラージュに四苦八苦させられるが、遺跡でのオレはまるで羽が生えたかのように自由に快活に飛びまわっていることだろう。※本気にしちゃヤーよ
 そもそも、
旅先では女性は開放的になるものだ。たとえオレの盗撮に気づいたとしても、取り押さえようとするのではなくむしろ向こうから脱ぎ出すことも十分考えられる。そうしたら後は、誰も二人を止められないのである。

 そのツアーで訪れたのは、山の中に打ち捨てられた廃墟であるベンメリアや、バンテアイ・スレイという寺院遺跡である。まあ遺跡自体は新鮮な感じはしなかったが、アンコール遺跡は他の国と比べて全体的に名前が勝っていると思う。「バンテアイ・スレイ」なんて、ニュータイプのガンダムのコックピットが開いて中から「ただいま帰還しました。
僕がパイロットの、バンテアイ・スレイですと登場してもおかしくないくらいの格好いい名前じゃないか。それに対してこの間行ったタイのアユタヤ遺跡の寺院なんて、ワットヤイチャイモンコンだ。ワットヤイちゃいもんこんだぜ?? ちゃいまんがなみたいな、お世辞にも上品とは言えない語感じゃないか。




ベンメリア遺跡。左にピンクに見えているのが次に出て来る不幸な女性。



 で、肝心の日本人女性参加者であるが、オレがデジカメのモニター越しにギラギラと見定めていると、普通の女性に混じって一人
実に普通じゃないマヌケな女性旅行者がおり、オレは盗撮に集中したいのに、彼女が奇特な行動を繰り返すものだからそちらにばかり意識を持っていかれることになってしまった。
 まず最初に彼女は、みんなで並んで遺跡を歩いているところで
いきなり廃虚に片足がハマって「キャーー足が(涙)!」と叫び、パニックになって力一杯引き抜いたら靴が脱げて裸足で出てくるという練られたギャグを演じ、笑いをこらえる他のジャパニーズツーリストに「大丈夫?」と声を掛けられていた。
 かわいそうに……。こういうマヌケな場面で、周りの人間に笑いをこらえて優しくされるほど屈辱的なことはない。こういう時は、思いっきり笑ってバカにしてやれば、うまく収束するのだ。安易な親切心で見なかった事にしてしまったら、その場にいた人間の頭の中に彼女に対する恥ずかしいイメージがずっと残ってしまうのである。逆に忘れられなくなってしまうのである。
 さすがにそういうことをよくわかってるオレは、彼女が裸足になってスポッと抜け他の女性に心配されているところであえて、
見ていないフリをした。いやあ、この遺跡は森の中に溶け込んでいて実に趣きがあるなあ。……オレは、人のために何かをしたくないんだ。

 実際にここは宮崎アニメのなんたらのモデルになったとも言われていて、瓦礫と森の一体感が何とも神秘的であるのだが、再び観光が始まってすぐ、例の彼女が今度は
「キャー、デジカメの電池がなくなっちゃった(涙)!」と声を上げた。
 さすがにもう人のカメラの電池のことまで同情する人間は誰もおらず、彼女以外はみな自分のカメラで粛々と遺跡を(オレは遺跡を観光する女性を)撮っていた。これは自己責任だからしょうがない。オレだって観光の前には充電を確認する上に、必ず満タンの予備の電池を携帯している。それをぜんぜん準備していない彼女は、そこは自分が泣くしかないのである。
 と、思っていたら、彼女はおもむろにバックから使い捨てカメラを取り出した。なんだ。ちゃんと別のがあるんじゃないか。用意をしているんじゃないか。
 そして「写るんです」を構えて遺跡を激写しようとした彼女は、
「キャー、シャッターが押せない(涙)!!」と声を上げた。慌ただしくあちこちにカメラを向けていじり、「やっぱりダメみたい……(涙)」と嘆いている。どうやら、「写るんです」が壊れたらしい。
 …………。
 おまえ、
アホだろ?
 一般的に旅行先にカメラを2台も持ってくることは珍しく、その点でデジカメと使い捨てカメラと両方持っている彼女は、他の人間以上に
ものすごく観光写真を撮る気まんまんなのである。ところが、撮る気まんまんの写真大好きっ子にもかかわらず、写真を撮ることが出来ないカメラを2台持って来ているのだ。そんなの前日もしくは出発の前にちょっと確認すればわかりそうなものなのにだ。これは、言うなればスカイダイビングが趣味の人間が、メインと予備に両方とも穴があいたパラシュートを背負って上空1万メートルから飛び降りるようなもんである。予備が全然予備の役目を果たしていない、非常に自虐的なアホだ。
 だいたい、使い捨てカメラもそう簡単に壊れるか?? 
オレは30年近く生きているが、使い捨てカメラが壊れた瞬間というものを目撃したのは人生で初めてである。普通は壊れないものだろう使い捨てカメラというのは? そして、デジカメの電池がなくなって予備を用意していない旅人を見るのも初めてである。他の観光客なら全員、観光地でカメラの電池がなくなったらその場で交換をするものだ。
 なにをやってるんだこいつはまったく……と呆れて見ていると、彼女は1台目のデジカメから電池を取り出し、両手の平にはさんでグリグリと転がしながら何やらブツブツと念じ始めた。そしてその電池を再びカメラに挿入し、電源を入れるとカメラが動き出し彼女は
「やった! 復活した(涙)!」と声を上げた。

 …………。

 
どういうことだ。この女性は、少し人間と違うのだろうか? 普通の観光客というか地球人は、念仏で電池の残量を復活させることは出来ない。まさか、この能力を持っているから彼女には予備の電池が必要ないのだろうか?? ちょ、ちょっとこいつには近づかない方がいいな。あまり関わり合いになりたくない。勧誘されそうだ(なにかの世界に)。
 その後ひと通りその日の観光が終わると、帰り道に彼女は土産物屋で辛抱強く交渉してスカーフを買っていた。そういう所は、かろうじて一応それなりになんとか普通の女の子っぽく見えなくもない。
 宿に帰ると、参加者はほぼ全員同じドミトリーだったので、みんなで一緒に市場で買って来た果物を食おうということになった。とりあえずここは女性陣がリンゴとナシの皮むきを担当することになったのだが、鋭利なナイフを手にまた例の彼女が、
「わ、わたし、これ苦手なんだよね……(涙)」と震えながら皮に刃先を力いっぱい押し付て3秒後「ギャーーーー(涙)!!」という悲鳴が轟き、オレたちは果物ナイフの先端が彼女の親指に垂直に突き刺さる光景を目撃することとなった。
 部屋は
てんやわんやの大騒ぎである。女性陣は絆創膏やら消毒薬やらを自分のバックパックから取り出して泣き喚く彼女の治療をし、男は代わりにリンゴを剥いた。幸い刺し傷もそれほどは深くなかったらしく流血はわりかし短時間で止まっていたが(それでも床まで垂れていた)、彼女は果物パーティーからひとり早々に離脱してベッドに横になり、我々の歓談を背にしてしばらくウンウン唸っていた。
 ……オレは30年近く生きているが、
ナイフが垂直に指に刺さった人を見たのは初めてである。普通調理の途中で指を切るとしたら、刃の腹の部分で切るだろう? どんなふうに皮を向いたらナイフと指の関係が垂直になるんだ?? まあいい。あまり深く考えるのはやめよう。それはきっと彼女が不幸だからだ。

 さて、腹ごしらえも終わるとみんなそれぞれ自分のベッドに戻りひと息ついたのだが、ほとんどの人間が疲れて横になった瞬間、
「キャー! 帰りに買ったスカーフがなくなっちゃった(涙)!!」という聞き覚えのある悲しい声色が部屋に響いた。
 部屋の人間は全員、
一斉に寝たフリをした。
 ……おまえなあ、どんな猛スピードで次々と不幸に襲われてるんだよ一体。
不幸界のウサイン・ボルトかおまえはっっ!!!! 後半流してもダントツの世界記録で不幸だなオイっっ!!!!!


 …………ところが、この彼女、実はオレは初対面ではなかった。エチオピアのアジスアベバで一度会って、しかも一緒に飯を食ったことがあるのだ。オレは
エチオピアの出来事は記憶から消すようにしているので(思い出すとあまりに辛いので)、彼女にも最初は気付かなかったのである。しかしそれよりももっとビックリしたのは、彼女はオレが旅行中もネットカフェで楽しみに読んでいた旅行記サイト、何を隠そうweb旅行記で最大のアクセス数を誇るサイト「放浪乙女」の女主人・野ぎくちゃんであったのだ。
 なんだかオレは、有名人に会った気がして嬉しかった。まさかあのweb旅行記界で名を馳せる、不幸でモテない旅人・放浪乙女こと野ぎくちゃんに旅の途中にリアルタイムで会えるとは……。でも、やっぱり自分が好きなウェブサイトの管理者だから嬉しいけど緊張する。だから、
乙女だったらリンゴくらい剥けるよねなどとは思ったとしてもとても言えない。オレには言えない。
 野ぎくちゃんはインドで泥棒を追いかけたりミャンマーやケニアで倒れて入院したりジンバブエで石強盗に殴られて頭が砕けたりとアホの自殺志願者みたいな悲惨な目に遭遇しているのだが、今日の様子を見ていて
なるほどこの人なら強盗も放っておけないだろうなものすごく納得したのであった。野ぎくちゃんはこの後進むルートがオレとほとんど同じであり、ことあるごとに登場しては「これはフィクションか?」と疑いたくなるような不幸を披露してくれるのであった……。

 ちなみに不幸界のウサイン・ボルトあらため野ぎくちゃんのサイト「放浪乙女」はこちらです。どうして使えないカメラばかり2台も持っていたのか、なぜ祈ると電池が復活するのか、どんなふうに皮を剥いたらナイフと指が垂直になるのか、などの疑問があればあちらのブログのコメントなどで尋ねてみるのもいいと思います。






 さて、上の写真は、アンコールワットから誰もいない林をレンタル自転車で突撃するとたどり着く死者の門である。この人気(ひとけ)の無い奥まった林の中というポジション、そして死者の門というネーミング。オレ自身が生気が無く死者に近い存在であるため、私はここがとても気に入った。やはり名前のセンスがタイとは違う。もしこれが死者の門ではなくてワットヤイチャイモンコンとか
ワットチェトゥポンとかワットサパーンヒンという名称だったら、気に入る以前に来る気にならなかっただろう。

 オレも死者の門をくぐったということでここらでそろそろ人生に見切りをつけて死のうかと思い、自転車から降りて門の周りの草むらをうろうろ歩き回っていたのだが、樹木に紛れて何やら看板が立っているのが目に入った。なんだろう。「この看板を見つけた人に100億円プレゼント」だろうか? それならもう少し生きていてもいいかも。
 近寄って見てみると、ところがそれは100億円でも戸田恵梨香でもなく、
「Danger Mine(地雷に注意)」であった。

 ……さて、
帰るか(涙)。
 死者の門の遺跡に本当に地雷を仕掛けるとは、
なかなかウィットに富んでるじゃーないか。古代と近代の死を融合させているわけですな。それはあなた、間違ってます(号泣)。
 だいたい、たとえ死のうと思っていても、このあたりに埋められている対人地雷は踏んでも死ねないらしい。片足の膝から下が無くなるだけだ。仮に地雷で1発で敵を殺してしまったらひとつの死体を生むだけだが、片足で済ませれば怪我を負った人間は戦えないし、その人間を助けるためにもっと多くの兵士が働くことになる。すなわちより多く敵の戦力を削ぐことができ、そのためにわざと火薬を減らして殺さない程度の威力にしているそうだ。
 ……良かった一人で来ていて。
もしここに不幸の塊・野ぎくちゃんと一緒に来ていたら、絶対に彼女が地雷を踏んで、周りの人間も巻き添えを食うことになっただろう。……でも逆に、地雷原を突破しようと思ったら、先に野ぎくちゃんを歩かせりゃいいんだな。野ぎくちゃんが20人くらいいたら、一斉に先を走らせて全員地雷を踏んで爆発したところで、後から安全に進めばいいんだ。

 観光地とはいえシェムリアップにも片足がない現地の人の姿は多く、少し中心を外れて村に遊びに行ってみると、このように五体満足な子供と片足のない子供が入り混じってサッカーをしている光景が見られた。





 ローカルルールでは、杖でボールを叩くのはハンドではないらしい。
 普通だったら、片足がなくなったらサッカーをしないだろう。しかしこんなに違和感なく試合が行われているということは、人々の理解とかサッカーへの情熱という以上に、いかに地雷で片足が無くなる村人が多く、片足がない人も普通にサッカーをするほど片足がないことが普通なことになってしまっているということだろう。これだけの、20人にも満たない子供の中で3人が片足なのだ。異常な確率である。しかも大人になるまでには、あと2,3人は地雷を踏むのではないだろうか。
 この広場のすぐ前には地雷博物館というところがあり、ほとんどただの民家なのだが、爆発したもしくは撤去された地雷を大量に見ることができる。





 中にはご丁寧に民家の庭にこれ見よがしに頭だけ出して地面に埋められている地雷もあり、「あっ、貴重な経験だからためしに踏んでみようかな。でも待てよ、これは、確実にニセモノだよな? 大丈夫だよな? 博物館のこんなわかりやすい所にあるけど、ものすごい偶然が重なってたまたま誰にも発見されていないポルポト派が埋めた本物の地雷じゃないよな?? どうしよう。踏んどこうか。でもこんな些細な好奇心で一生後悔することになったら……。でもこんなわかり易いレプリカの地雷を疑って怖がって踏めないなんて男として情けないよな……でも100万分の一の確率だとしてもこれがもし本物だったら……博物館の人が奥さんに逃げられて自暴自棄になって昨日あたり火薬を詰めてセットしたということも絶対に無いとは言い切れないし……でもなんかそんなことをくよくよ考えていることもみっともないし……レプリカすら踏めないなんて男として情けないし……でも、100%ではないんだぞ。100%安全と断言出来ない限りこの一歩は踏み出してはいけないのでは……たとえ臆病者と呼ばれようとも……ああでもな〜(涙)」と10分ほど悩まされた。
 結局これを踏んだかどうかは、
オレの名誉のために言わない(その言葉で大体わかる)。

 カンボジアに地雷を埋めたのはベトナム戦争時のアメリカ軍とベトナム軍、そして最も多く設置したのは内戦時のカンボジア国内の兵士だという。まだ数百万個が生きたまま埋まっているとか……。自分たちの国なのに、その後のことを考えなかったのだろうか?
 だが恥ずかしながら、自分に知識がなくこれ以上掘り下げられないため、地雷に関する話はこれで終わるのであった。



オールドマーケットで豪雨宿り






今日の一冊は、

おおひなたごう先生のギャグセンスはすごい

銀河宅配便マグロ (ビームコミックス)




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