〜ケープタウン4 再び出国か〜 やがて訪れるであろうアフリカの数々の危険都市の幻想に怯えながら、オレは眠れない夜を過ごしていた。 オレが寝ている部屋は、ドミトリーである。ひとつの部屋の中にベッドがいくつも置かれ、多国籍な他の旅行者達と一緒に寝泊りするのだ。 暗闇の中、寝付けないままこれからの旅に思いを馳せていると、一人の白人がムクムクと起きだした。彼は部屋の入り口の方へ向かっていった。トイレだろうか? ビチャビチャ・・・ジャ〜〜〜〜〜 「オオウ・・フウーッ。」 すっきりした白人は、再びベッドに戻って行った。 ・・・。なんか気持ちよさそうな音と声聞いてたら、オレもトイレに行きたくなった。 あれ?そういえば、ここは2階で、トイレは1階にあるはず。それなのに、なぜこんなに彼の放出したしずくの1滴1滴のしたたり落ちる音まではっきり聞こえたんだろう?? ・・・。 部屋の中でするんじゃねーボケがぁ!!! なんと奴は、寝ぼけていたのか意図的かわからんが、部屋のドアの手前をトイレと想定して思いっきり床にお小水をばらまいていたのだ。それは水墨画のように入り口一帯に広がり、その水面には窓から入り込んだキレイな月の姿が浮かんでいた。風流である。その直後にトイレに行ったオレをはじめとして、この部屋で寝ている旅行者全員は、部屋を出る時に簡単な走り幅跳びをやらねばならぬ運命になった。そして、知らずにチャポンチャポンと足を濡らしながら入ってきた受付けネコからは、白人も黒人もみんな荷物をまとめて必死に逃げ惑うのであった。 そして朝になった。 今日は、再びケープタウン国際空港から飛行機で出国する日である。危険な南アフリカの都市をショートカットし、一気にジンバブエに入国を果たすのである!!アフリカを全て陸路で行くという目標はこれで果たせなくなるのだが、もともとそんな目標は立てなかったことにして先を急ごうではないか。時間の短縮、すなわち金の節約、そして身の安全が守れるというメリットは何物にも代え難い。 オレは出発の前に、ロビーで今にも子作りに励み出しそうな雰囲気でくつろいでいたやさしカップルの所へ挨拶に行った。 作「どうも〜。今日ジンバブエに飛びますんで。いろいろ教えてもらって助かりました。」 「あーそう。もう行っちゃうんだ?」 「気をつけてね〜。」 作「じゃあまたどこかで!」 「あ、ちょっと待って!」 作「ん?どうしました?」 「キミ、蚊帳(かや)持ってるかな?」 作「持ってませんけど。」 「ちょうどよかった。オレ達もうここでゴールだし、もう必要ないから持っていくかい?」 作「うーん、せっかくなんですけど、荷物が増えちゃいますし、いいです。」 「ほんとにいいの?アフリカのマラリアってすごく恐いんだよ?」 マラリア=蚊に刺されるとかかる恐ろしい病気 作「そうなんですか?」 「うん。アジアでかかるマラリアはそんなでもないけど、アフリカでマラリアにかかって病院に行かなかったら必ず3日で死ぬから。」 作「実は僕3度のメシより蚊帳が好きなんです!!!!蚊帳ください!!!!」 「いいよー。じゃあ持ってって。これ。」 作「あ、ありがとうございます・・・。うん、こ、これめちゃめちゃ大きいですね・・・。蚊帳ってこんなに大きいものでしたっけ・・・?」 「あ、うん、そ、そうだね。」 「うふふふ」 作「な、なんすかその思わせぶりな態度は。」 「ま、まあその・・・」 「ちょっと言いにくいんだけどね。」 「実は、それ2人用の蚊帳なんだ。」 「うふふふ」 作「へー。そうなんですか。それで大きいんだ。・・・。なんだとぉ!!??」 「えへへ・・・。」 「・・・こ、こんなもんいるかーーーっっ!!!オレはなー、あんたらと違って硬派な一人旅なんだよ!!男女が中で日夜愛をはぐくんだ蚊帳なんて使えるかよ!!!」 「でも蚊に刺されてマラリアになったら3日で死ぬよ。」 作「バカにするなっ!!!!いいか、オレはなあ、マラリアになって死ぬくらいだったら毎日もんもんとこの蚊帳の中で過ごす方がまだましなんだよっ!!!」 「ほらね。じゃあ持ってってよ。」 作「はい。いただきます(号泣)。」 うやうやしく蚊帳を荷物に詰め込み2人に別れを告げたオレは、再びケープタウン国際空港へ向かうためにキャット&ムースを後にした。やさしバカップルの愛の証でパンパンに膨れ上がったバックパックを持って。 しかしこの宿もネコがいるからキャット&ムースとは安易な名前だったな。キャットだけでムースの姿は見かけなかったが。というかムースってなんだ。 空港に着いたオレは早速チケットカウンターへ向かった。もうこの国に未練なんぞ全くないぜ!さらばテーブルマウンテン! サウスアフリカ航空の白人受付け嬢に航空券を渡すと、彼女はしげしげとオレの顔とチケットを見比べ始めた。入国の時はひと悶着あったものの、今度ばかりはオレの航空券はまさにこの空港で入国管理官の指導の下で購入したものだ。なんの不備もあろうはずがない。 「おねがいしまーす。」 「はい、ジンバブエまでですね。」 「その通りです!」 「えーと・・・」 「・・・。」 「あのー、ミスター?」 「いかにも私がミスターだが。何か?」 「帰りの航空券は持っていますか?」 「は?帰り??」 「ですから、ジンバブエから出国するための航空券です。」 「いやいや、なにいってんの?片道航空券だって。あんたんとこの関係者に買わされたんだけど。」 「すみません、帰りのチケットがないと出国できないことになっているんですが・・・。」 「・・・。」 「・・・。」 「な・・・に・・・こら・・・」 「そういう決まりなんです。」 「おんどりゃーっ!!あんたが買えっつったから買ったチケットなんだぞ!!!寝言ぬかしてんじゃねーコラぁ!!!」 「ミスター。そういう決まりなんです。」 「決まりも夏木マリもあるか!!そもそもオレはこんな航空券なんていらなかったんだよ!!それを無理矢理買わせといて今度はこのチケットじゃ出国できません??ガキの使いで来てるわけじゃねえんだぞバカッ!!!」 「無理なものは無理です。ミスター。ジンバブエ出国のための航空券がないと搭乗させるわけにはいきません。」 「ちょ、ちょっと!!マジで冗談じゃないって!!!ほんと何いってんの??頼むから乗せてくれって!!なあ!!」 「お願いしてもダメです。」 「お願い!・・・グスッ。そんな・・・そんな意地悪・・・ヒック・・・しなくても・・・」 「泣いてもダメです。」 「なんだとこの野郎!!入れろっつってんだよお!!」 「怒ってもダメです。」 「みちゃみちゃモイスチャ〜〜」 「あ、深田恭子だ!!」 「ふっふっふ。」 「でもダメです。」 「のあ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 「ダメです。」 「・・・。」 「ダメです。」 「・・・。」 「・・・。」 「チクショーーーーーーーーーッ!!!おまえのとこの飛行機なんかもう一生使わねーからなっ!!!!おぼえてやがれ!!!!!」 「お気をつけてお帰りください。」 ・・・。 もうこれ以上何を言っても無駄だった。 オレは負けた。白人受付け嬢、そして南アフリカ共和国の意味のわからない入出国管理のシステムに負けた。 完璧な敗北だった。意図していた場所に行くことができず、計画が失敗したというのは、アメリカでグランドキャニオンに行くはずの日に緊急救命室で手術を受けていた時依頼、2度目であった。 再び到着日と同じようにミニバスに乗り、キャット&ムースへたどり着いたオレを待っていたのは、やさしカップルと受付けネコの「こ、こいつ何で戻って来てるんだ??」という今更復活したSPEEDを見るような突き刺さるような目線だったが、あまりのバカらしさにオレにはもはや理由を説明する気力さえ残っていなかった。 今日の一冊は、映画化もされたノンフィクション 奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 |