〜国境の町河口〜





↓肺炎療養中の人のレントゲン。イヤよ、そんなところまで見ないで……。




 ベトナムの出国手続きに続いてそのまま中国のイミグレーションへ。南アフリカから数えて、23回目のイミグレーション。そして、これが最後でもある。
 しかし気を抜いてはいけない。なんでもSARS以来中国での入国管理は非常に厳しくなっているらしく、センサーで入国者の体温を計りわずかでも熱があると入国を拒否されるそうだ。荷物検査も当然のようにあるのだが、そんな状況でもし入国者(オレ)の荷物から
肺炎の症状がよく表れているレントゲンが出てきたらどうなるか。おそらく、1万%の確率で入国禁止を言い渡されるはずだ。仮に「あれ? 肺炎のレントゲンって持ち込み禁止だったんですか?? わかりました。じゃあいったん預けます。また向こうで返して下されば結構ですから」とトボけて自分だけ入場しようとしても、中国の役人に冗談は通じずタコ殴りにされると思われる。
 そもそも危険なのはレントゲン写真自体ではなくオレの方なのだ。仮にオレかレントゲンかどちらかに入国許可が出るとしたら、
レントゲンの方である。レントゲン写真だけがオレを置いて入国し、そのままペラペラとめくれながら旅を続けるという状況にもなりかねない。
 ということで、エノモト先生ごめんなさい!!
 あの胸部レントゲン写真は、宿に置いて来てしまいました……。だって、旅を続けたいのはオレなのだからっ!! レントゲンがひとりで中国を旅したって、どうせ人見知りして現地の人になんて馴染めないに決まっているんだから!! 
誰とでもすぐに打ち解けてしまうオレと違って!!

 そして、イミグレーション
無事通過。心持ち新たにバックパックを背負い、税関の後ろの重いガラスのドアを開くと……



中国の最初の風景





 漢字。「中国ピー通」。そして「江南招待所」。

 
読める。読めるじゃねーか。そう、ここは中国だ!!!

 この漢字の並ぶ町の景色と、道行く人々の自分に近い顔立ちを見ると、いよいよ実感が沸く。この旅での本当の目的地、中国に辿り着いたのだ。
 世界で最も人口の多い国。エジプト、インダス、メソポタミアに並ぶ4大文明のひとつ、黄河文明の発祥地。遣隋使に遣唐使。元寇に日中戦争。三国志に西遊記。少林寺にジャッキーチェンにカンフーチェン(1983年よみうりテレビ製作)。Gメン75の香港シリーズ。
パンダに餃子にウーロン茶にチャイナドレスの深いスリットに人肉まんじゅう(昔「八仙飯店之人肉饅頭」という映画があったんです)。ああ食べたい。なにより黒い目、黒い髪の東洋人……
 距離的にも文化的にも生物としても、今までの国々とは一線を画した近さを感じる。しかし理屈ではない。地球上の、地続きで最も遠い地点からここまで旅をして来た立場として、今眼前に現れたあらゆる景色から、日本と中国の距離の無さというものを体感として感じるのだ。 ※でも時間が経てば、中国人との精神的な距離は絶望的な大きさだということに、ぶちキレながら気付くよ♪ by未来のボク

 そんなわけで、あれですね。
いよいよここから旅行記「中国初恋」のスタートなわけですね。
 いやあ、
ずいぶん前置きが長かったよね。中国旅行記なのに、日本を出てから中国に入るまで190章分あるよ? 第一章を書き始めてから、5年かかっていますけど。オリンピック2回見ていますけど。ヤワラちゃんが田村から谷になってママになったというのに、その間にオレはなんてのんびりしていたんだろう(涙)。でもこれでようやく中国に突入したし、ロンドンオリンピックまでには、いや、せめてヤワラちゃんが「五十肩でも金! 祖母でも金!!」と言い出すまでにはなんとか完結を……。
 まああまり感傷に浸っているとしつこくなるので旅に戻ろう。

 というか、これから中国だけど、いろいろ大丈夫なのかね。ホラ、大丈夫なの安全面とか? 言っとくけどオレ、
食べ物も日用品もチャイナフリーの製品しか信用しないから。暮らし全体の基本がチャイナフリーだから。そのあたり気をつけて欲しいんだけど。頼むよ。とにかく生活の上で中国との関わりは最小限にしたいんだから。
 さすがに今日は国境ということで英語を話せる宿の客引きがやって来て、旅行者用のごく普通のシングルルームに泊まれることになった。とりあえず初日は無難に過ごせそうだ。なにしろ今朝まで夜行列車で移動する肺炎患者だったからな。安静にしないと。漢方薬とかあるでしょ中国なら。ちょうだいよ漢方薬。ちょっと待って! 
チャイフリーのやつにしてよっ!! チャイナフリーの漢方薬じゃなきゃヤダからねっっ!!!

 部屋で一休みした後、まずオレは銀行へ行き両替をした。アラビア語でもヒンズー語でもベトナム語でもなく、中国の銀行には
漢字で「銀行」と書いてある。なんて探し易いんだ(涙)。中国の通貨はご存知のである。1USドルが8元くらいなので、1元はだいたい13円といったところか。そういったところか。ふーん。
 ちなみに学校で習ったと思うが、以前中国では経済的に裕福な家庭をこの「元」を使って「万元戸(まんげんこ)」と呼んでいたそうだ。社会科の授業でこの言葉が出る部分を学習する時は、オレは下敷きで顔を覆いニヤニヤ笑いを隠すのに必死だった。なにしろ変態として認知されている今ならともかく、「ハンサム優等生王子」と呼ばれていた学生の頃に女子に「万元戸」でニヤけているシーンを見られたら、イメージダウン必至である。同様に、地学の授業でのマントル、日本史での和同開チンもニヤニヤして大変だった。あと音楽の授業でのドビュッシーと、北京オリンピックの野球韓国代表のパク・チンマンもって何を言っとるんじゃっっ!!!! こらっ!!! 中国に入ったんだからもっと上品な文章を書くって決めただろっ!!!! ノーベル文学賞を目指すんだからっ!!!

 両替をした後、お散歩に出かけましたの。わたくし、中国の町は初めてなものですから。皆さんどんな暮らしをしてらっしゃるのかしらと思って。うふんあはん。












 
なんだと〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!







 おじちゃんおばちゃんおネーちゃん入り混じっての
路上マージャン。この人たちは、旅人に「中国に入った」という実感を持たせるため中国政府に配置されてここで麻雀をしているのではないだろうか。そう疑われても仕方がないくらい、露骨だ。
 それにしても、なんでほんの数百メートル向こうはベトナムなのに、国境を超えただけでこんな容赦なく中国の風景なのだろうか。別に周りを海に囲まれているわけでもない、所詮ただの便宜上の国境なのに、その国境をまたぐだけで言葉も人種も文化もガラッと変わってしまうなんて。全く国境というのは不思議だ。そういえば、
「なに言ってんですか作者先輩! もーぅ! バシッ(腕を叩く)!」なんてオレにすっかり心を許していた大学時代の後輩女子も、オレが告白をしたら次の日から態度がガラッと変わって、目を合わせないどころかオレが参加する飲み会にすら絶対に来なくなったという突然の変化も、国境と同じく不思議だなあ。バカヤローっ(号泣)。

 それにしても重ね重ね漢字というのは便利だ。漢字が便利というより、自分が使っているものと同じだから便利だ。



 ほら、こんな完全に現地語で書かれた看板を見ても、意味がわかってしまうじゃないか。「袋鼠皮具」。カンガルーの革製品が置いてある店だろう? パッと見ただけですぐに理解出来るじゃないか。……いや、待てよ。それは隣にカンガルーの絵が描いてあるからで、単純に「袋鼠」だけだとわからないかもしれんな。「袋のネズミ」ってことで、
倒産しかけの店だと思ったかもしれない(そんな意味の名前を店につけるかっ)。
 それに、よく考えてみれば名前がカンガルーショップだからカンガルーの皮の店だと思うのも短絡的かもしれない。キティランドだって、別に
キティちゃんの皮で作った製品(三味線とか)を扱ってるわけじゃないからな。黒魔術に使うけろけろけろっぴの燻製や、マイメロディを煮込んだ秋田名物ウサギ鍋なども特に陳列されていない。……まあいいや。

 漢字といえば、この中国最初の町の名前も当然漢字、「河口」である。ああ、素晴らしいじゃないか漢字の地名。嬉しいじゃないか身近な語感。中国旅行に来たはずなのに、旅の最初なんて
ンカタベイとかンゴロンゴロとかをさまよってたんだぜ(涙)? ムズズとかブラワヨとかリロングウェだぜ(号泣)?? なに旅行だよそれ……


 これはスーパーマーケットで売っていた、中国でも大人気の日本アニメ、
桜桃小丸子の綿棒である。






 桜桃小丸子、
さくらももこまるこだ。名字がさくらで、名前が「ももこ」と「まるこ」で2つ。まるで女流漫才コンビではないか。春やすこ・けいこ的なノリで、「さくらももこ・まるこのお好み演芸会」とかが開催されそうな気配である。さくらももこさんすみません。
 ところでこの商品、ちゃんとさくらさんとさくらプロダクションの許可を取って製造しているのだろうか?? 
あやしい。

 散歩のついでにバスターミナルに寄って、翌日のチケットを買うことにする。雲南省の省都、昆明まで100元。今までの国と比べると移動費はそこそこ高い。窓口のおばちゃんに「明天 昆明 1个人」と書いた紙を見せるとあっさり話はまとまる。やっぱり、漢字知ってる者勝ちだな。
ちなみに「明天」は明日、「1个人」は1人という意味で、実はちょっとだけオレは中国語を勉強してきている。NHK中国語講座の最初の2回分くらいまでの実力は備えている。ニーハオシェーシェートゥオシャオチェン、ウォーシーリーベンレンニーシーチョンコーレン、チンケイウォーチェイコウォーシャンチュイクンミンチーチョージャンくらいは言えるようになっている。こんにちはありがとういくらですか、私は日本人ですあなたは中国人です、これを下さい昆明バスターミナルに行きたいです。
 どうだ、
これだけ知っていればもう中国語のボキャブラリの8割はカバーしたと言っても過言ではなかろう。もはや、中国は制覇した。オレが中国大陸に新しい国を建国してやる。殷周秦漢隋唐宋みたいな名前って国を興した人間がつけられるんだろう? それじゃあオレがここに造る次の王朝は、「珍(チン)」だ。歴史に新王朝「珍(チン)」の名を残し、未来永劫中国を辱めてやろう。2つ重ねて、「珍珍」にしてもいいよ。いや、別に今のところはまだ中国に恨みは無いんだけど。



 ちなみにバスターミナルの待合室の壁には、安全運転を促すためだろうか、こんなポスターが貼ってあった。







 飛び出し注意。減速励行。グロ写真付き。

 これはずいぶん人目を引くポスターですな……。この位置でちょうどトラックが停車しているというのが興味深い。なんか、
わざと踏んだところで止まってないか?? 人口も多いことだし、この交通安全ポスターの撮影のために一人殺すとか、中国ならやりかねん。
 たしかに、幼稚園の子供たちが描く微笑ましい「とびだしちゅうい」の絵より、この方がドライバーには遥かに効果があるだろう。だが、バスの待合室に貼ってどうするんだ。ここは乗客が集まる部屋じゃないか。運転手の詰め所に貼れよこういうものは。客の方は注意しようがないんだから。
 それじゃあ肉でも食いに行くか……。

 夕食は、今日はなんとなく中華の気分なので、たまたま見つけた中華食堂へ。壁に書かれたメニューが!





 
うわ〜、すごいっ!!!!

 
本場だ!! 本場の中華料理だ!!! 横浜中華街だ!!! 周富徳だっ!!!

 この安食堂のメニューの種類とコストパフォーマンスと馴染み深さは、完璧に過去(旅史上)最高だ。回鍋肉でたったの100円くらいだぞ。
 では、ウェイ(ねえちょっと!)、おばちゃん回鍋肉と麻婆豆腐をよろしくアルよっ!!





 ぼよ〜〜ん




 おいおいおい。

 
こりゃもう全然日本でも贅沢な部類の夕食じゃねーか!! 餃子の王将に行ってもおかず2品なんて勿体なくて頼めないぞっ!!! それが中国では中華料理2品とご飯で200円!! 中国最高!! 食事は中国が最高アルッ!!!

 でも、待てよ。安易に喜んではいけない。なんといっても、最近食の不安が高まっているからな。ちょっと確認してみるか。



「ウェイ、おばちゃん。これらの料理の食材って、どこ産なの?


「当店ではお客様に安心して召し上がっていただくため国産の食材を使用しているアルよ」


「それはどうだろうな。おばちゃん、他の客は騙せても、汚染食品ソムリエと呼ばれるこのオレの舌は欺けないぜっ。
この食材は、中国産だろうっ!!!


「なにを言うアルかっ!! 失礼な!! 国産と言ったら国産アル!! 国産品しか使わないんだからアル!!!」


「ウソつけっ!! 中国産だろう!!! 産地偽装してるんだろうっ!!! 素直に認めろっ!!!」


「偽装じゃないアル!! 国産アルよ!!! 断固として国産食材アルっっ!!!!」


「まだ言うかっ!!! オレにはわかるんだぞっ!!! この味は中国産だ!!! 絶対に中国産だっっ!!!」


「国産アル!! 絶対に国産アルよっ!!!」



 …………。

 
なんちゃって……。ちょっと思いついた小ネタを書いてみました。
 だいたい、チャイナフリーのポリシーを貫きこの料理から中国産の食材を取り除いていったら、
米粒ひとつたりとも残らない。飲み水から調理に使う水、油にフライパンに米に皿に箸まで100%中国産である。これだけ食材があれば、どれかひとつくらいメタミドホスやホルムアルデヒドが入っていそうだ。
 まあでも、
その辺は運を天に任せるしかない。中国では食堂でメシを食った客が何十人もバタバタ死ぬような事件がよくあるが(なんであるんだよ)、ものすごく確率の低いロシアンルーレットをしていると思えばよいのだ。いや、何がよいんだ。何もよくない。でも、仕方ない。どんな選択をしたって全部中国産なんだから(涙)。
 しかしそう考えると中国の食糧自給率というのは凄い。日本はそのあたりがちょっと不安だからなあ。
 まだまだここは中国の触り。明日からは国境を離れ内陸に向かって移動である。





今日のおすすめ本は、
この旅行中に安宿で夜な夜な読んでいました 人間失格 (角川文庫)







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