〜ホチャアッ〜




 河南省の省都の大都市・鄭州からしばらく南に行くと、登封という小さな町がある。そして、その登封には、少林寺がある。ホチャア〜〜〜〜ッッ!!!!!
 嵩山のふもとにある中国拳法発祥の地、全ての男子の憧れの存在である、武の総本山・少林寺。日本人なら、その名を知らぬ者はいないだろう。

 そんな少林寺の周りには、中国全土から少年少女が心身を練磨し武を磨くために集い来る武術学校が林立しているのだが、その武術学校でオレは体験入門をしてえらい目にあった。あまりにも体験生活が辛くて頭にきたものだから、八つ当たりで一緒に練習していた子供を2,3人殺してしまったほどだ。もう、今となっては少林寺のことを
思い出すのもイヤだ。
 まあその話は、いつか書く日もあろう。しかし今はそれはさておき、少林寺の楽しかった観光のことだけを書こうと思う。素敵な思い出だけを、旅行記に残しておきたいから。中国の旅は楽しいんだってことを、みんなに伝えたいから。

 登封市内からバスに乗り、嵩山中腹の少林寺入り口で下車。チケット売り場で100元の高額チケット(寺の見学料としては過去最高)を買って入り口から先に進むと、途中の道の両側にはここにもいくつもの武術学校があり、運動場で何百人もの生徒が少林拳の型や空中回転やサンドバックへの打ち込みなどの稽古をしていた。……きっとこの中から、将来オレの存在をも脅かすようなアクションスターが生まれるのだろうな。しかし、
常に銀幕は新しいスターのためにあるもの。その時には、オレも潔く身を退こうと思う。

↓銀幕の憧れの先輩であるオレが見ているものだから、いつもより断然張り切って型の練習に励んでいる生徒たち。





 また、別の場所ではこのように側転やバク転など体術の訓練を行う子供たちもいる。空手やムエタイなど他国の武道では戦いの際にバク転を使うことなど無いが、中国の場合は違うのだろう。おそらく、ここで練習している女の子が将来奥さんになったら、夫婦喧嘩の時に旦那さんが投げつける灰皿を
ハァ〜〜〜〜〜〜ッッ!!! とバク転でかわしたりするのだろう。映画化の可能性すら秘めた、絵になる夫婦喧嘩だ。







 稽古中の生徒たち(銀幕の後輩たち)を尻目に10分ほど歩くと……、見えて来た。

 
遂に来たぞ! これがあこがれの地、少林寺である!!

 ショ〜リ〜ンショ〜リ〜ン♪ ようちょうほうひょいほいほいそいそいちゃいほいそいはい〜ほいそい〜〜♪(少林寺のテーマ曲)







 オレが、
「中国で1番来たかった場所」と言っても過言ではない、ここ嵩山少林寺。もしセシリアチャンとかチャンツィイーの寝室(しかも目下本人がお昼寝中)とかに行けるんならそっちの方が1番行きたいけど、いい大人なんだからいつまでも夢を見ているのはやめて、現実的に観光可能な所で1番来たかったのはやはりこの少林寺だ。
 オレは少林寺拳法部出身ということで拳法の達人でもあることだし(とはいえ、日本で生まれた「少林寺拳法」と中国・少林寺の「少林拳」とはだいぶ違うものなのだ)、
関係者として堂々と門をくぐってみると中には仏像(?)や祭壇が置かれたいくつかの寺の殿があり、そこかしこで中国人観光客が巨大な線香に火をつけてお参りをしていた。



 うむ、これは…………。
ごく普通の寺だな。ただ僧侶が拳法を使うってだけで、少林寺の建物自体は他の観光地の寺と変わらない地味さだな。そりゃあまあ、ただの地味な寺でもオレが歩けば絵になっちゃうけどさ……。
 とは言え、代々の高僧の墓である塔林などはリーリンチェイの映画「少林寺」で見たそのままであったし、なにより「千仏殿」という部屋の床に残った、僧侶の激しい修行の跡と言われる
48の窪みは、さすがに圧巻である。熱燗じゃなくて、圧巻ね。ゲテモノAV男優山本竜二のおじさんで昭和の大スター・嵐寛寿郎ことアラカンでもないよ。圧巻ね。
 この窪みは、僧が日夜武術の稽古を同じ場所で繰り返し行ったため、いつしか足元の石の床がどんどん凹んでしまったといういわくつきのものである。王貞治も部屋の中で素振りを繰り返したためすぐに畳に穴が空いてしまったというが、こちらは石の床だから更にすさまじい。

 これがその床。




 いやあ……、なんとも凄いというか……なんか……、
ウソっぽいぞ。
 48の窪みというから、24人分の両足で48個かと思ったけど、それにしてはひとつひとつの凹みが大き過ぎる。2つの窪みに片足ずつ入れようと思ったら、この股下180cmのオレの足を持ってしても大股開きにならないとうまく納まらないのである。こんな体勢で武術の稽古をしようとする奴はいないだろう。
 それならば少し足を揃え気味にして両足でひとつの窪みが出来たのだろうかとも考えたが、左右両方の足を穴の中に納めようとすると真っ直ぐ立てなくて非常にバランスが悪くなるのだ。こんな体勢でハァ!ハァ!と突き蹴りを繰り出そうとしても、練習にならない。一般観光客の方々なら「これは修行僧の激しい稽古によって出来た足跡です」と言われても納得するかも知れないが、
オレはそうは行かないぞ。なにしろオレはとことん疑り深い性格なのだ。とある美容院のホームページを見ていたら女性美容師の紹介文に「可愛いルックスでメンズのお客様のハートを鷲掴み!」とあったので、本当にハートを鷲掴みにされるかどうかその人に指名予約を入れて確かめに行ったほど疑り深い性格なのだ。
 まあ美容師はともかくこの3カ月間で捏造された三国志遺跡を山ほど見て来たオレは、中国の方々は観光客を呼ぶためなら
歴史上の人物の墓ですら勝手に新しく作るということを知っているので、そう簡単には欺かれないのである。
 え? 少し話が戻って、結局確かめに行った結果、その女性美容師にハートを鷲掴みにされたのかって?? いやあ、
全然。全然ハートを鷲掴みにされてないよ。それからかれこれ1年近くずっと彼女を指名し続けているけど、全然鷲掴みにされてないよ。

 寺を出ると、今度はそこのイベントホールで若い修行僧たちによる武術ショーが開催されるというので、カメラを構え、出待ち用のプレゼント(木魚など))を抱えてオレは走った。キャーーキャーー♪ 僧侶〜〜っ
 世界各地からの見物客で座席が埋まったそのショーでは、10代のイタイケな少年僧たちが棍や刀や鎖などさまざまな武器を操って豪快な演武を見せていた。
映画「少林少女」での柴咲コウの5000億倍豪快でスピード感あふれる演武を見せていた。少林少女……、金返せ。
 しかし若い彼らの動きはみな超人間級である。どの少年も、動きがあまりにも速すぎてほとんど何をやっているかもわからないくらいだ。これほどのスピードじゃあ、この僧たちは自動改札を通る時にも
キップより速く移動してしまって毎回ピンポーンと引っかかるんじゃないだろうか。


この演武 だけでも料金100元の 価値はあるぞと思った感動(詠み人:作者小町)




 このような武器を使った正統派の演武が全体の半分で、もう半分の時間では、これも若い修行僧による、肉体をいかに丈夫に鍛えているかということを誇示するパフォーマンスもある。例えば、ヨガのような動きで体を右に左に曲げて伸ばして不気味な体勢で立って見せたり、鉄の板を頭にぶつけて砕いたり、先日の老師のように槍を喉に刺してグイ〜ンと曲げるような内容だ。

鉄の頭



鉄の喉




 ただ、これらはなかなか冷静な気分で見ていられるものではない。頭で鉄を割る人は、もう額の部分が遠目でもわかるくらいボコッと膨らんでしまっている。己の体すら変形させて秘技「鋼鉄の頭」を求道する姿は壮絶ともいえるが、しかし、頭で鉄を割れるようになったからって将来どうなるのだろうか? 
正直、実生活において「ああ、こんな時オレが頭で鉄を割ることが出来たら便利なのにな……」と感じるようなことはなかなか無い。頭なんか使わなくても現代にはいくらでも道具があることだし、そもそも「鉄を割る」という行動が必要になることが一般人にはまず無い。せいぜいポセイドンアドベンチャーみたいに沈没船に閉じ込められた時くらいだろう。もしこの人が将来少林寺を卒業し結婚して家庭を持っても、「頭で鉄を割ることが出来る」という特技はその後一切使うことなくただ普通のお父さんとして人生を送ってゆくことだろう。
 喉に槍を刺すパフォーマンスにおいては、役に立つかどうかというよりとにかく見ていて怖い。たしかに今まで何百回というショーを繰り返して一度も事故はなかったかもしれないが、だからといって今回も大丈夫とは限らないじゃないか。たまたま今日は湿気が多くて調子が悪くて
あいにく今回だけ皮膚が破れて首を貫通なんてことが無いとは、誰も保証出来ないではないか。だいたい、この種目の人選はどうやっているのだ? みんなの喉に槍を突き立ててみて、刺さらなかった人間を選んでいるのだろうか? それならば、彼が選ばれる陰ではとても多くの若い命が串刺しにより散っているということになるぞ。だって、槍が刺さらない首かどうかは、刺してみないとわからないんだから。そんな所まで含めて考えてみると、このショーの恐ろしさというのは当初の2倍にも3倍にもなってくる(そんな所まで含めて考えなければいいんだけど)。
 それに、もしこの人が将来少林寺を卒業し結婚して家庭を持っても、「首を槍で刺そうとしても刺さらない」という特技はその後一切使うことなくただ普通のお父さんとして人生を送ってゆくことだろう。まあ仮に不幸な家庭になってしまい、
子供がお父さんを包丁で刺し殺そうとしても刺さらなくて助かるという展開だったらもしかしたらあるかもしれないが。

 ……さて、実際の人間が演じるショーはここまでだが、イベントホールを出て少林寺入り口あたりの売店に行くと、そこのモニターではもっともっと肉体の強さを極めている高僧の記録映像が流れていた。そしてその高僧の地味に自分の体をいじめる姿があまりにバカバカし……いや、
感動的であったため、オレは思わずその映像のVCDを買ってしまった。
 それはどんなものかというと、とにかく中年を越えた偉い(多分)僧侶が自己の体の強さをアピールし続けるのだが、まずは高僧が鍛えに鍛えた箇所として、が注目される。ショーの中でも若者は槍で首を刺していたが、どうやら首を強くするというのは少林寺の18番らしい。
 つるっぱげのおじさん僧侶はまず弟子に喉を全力で何発も殴らせ、次は
木の棒で首をぶっ叩いて見せ、挙げ句の果てに木から縄をぶら下げて自分から首を吊っているのである。しかも、その首吊りの体勢のままいろいろなポーズを決め、「ほら、死なないだろう?」と自慢するかのごとく首の丈夫さをアピールしているのだ。その後も頭や背中を何回も棒で殴ったりと、とにかく見ている方が「もうやめてあげて〜〜(涙)」と懇願したくなるような少林寺SMショーを披露してくれているのである。老人虐待ショーともいえる。
 それにしても、槍で刺しても棒で打ち据えても
首を吊っても死なないのでは、少林寺の僧の人たちは自殺したくなったらどうするのだろうか? この調子では、彼らは中央線の快速電車にはねられたくらいでは全然平気で立ち上がりそうな気がする。飛び降り自殺も体が丈夫すぎて駄目だろう。薬物注射だって針を跳ね返すから無理だ。そもそも、病気になって手術をしようにも皮膚がメスをはじいてしまって切開が出来ないのではないか? あんなに力いっぱい槍で刺そうとしても全然刺せないんだから。はっきり言って、彼らは強靭な肉体を得ようと何十年も体を鍛えまくったことで、墓穴を掘っているともいえる。盲腸の手術すら出来ないんだから。

 ちなみにその次に出てきた高僧が鍛えていたのは、
金玉であった。強さの表現方法は先ほどの首と同じ。まずは股間に気を集中し、硬度を高めたところで弟子にキンタマを思いっきり蹴らせる。何度も股間を蹴った後で、今度は首吊りならぬ玉吊りを見せるのだ。やり方(吊り方)は先ほどの首吊りと逆で、高僧が高い所に立つと自分の金玉に縄を結びつけ、その縄に下から弟子がぶらさがるのである。弟子の体は完全に宙に浮いており、支えるのはおっさんの片玉だけ。オレは、そのシュールな光景を見ながら自分のことのように「いでえっっ!!! いででででででっっっっ!!!! いでででっっっっ(涙)!!!」と叫んだ。
 多分、このあたりになると文章で説明しても信じてもらえない可能性もあるので、みなさん自分の目で確認してほしい。
きっと男なら全員これを見て思わず「いでえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ(号泣)!!!」と声が出ることであろう。


蹴ります。






 ということで、念願の少林寺観光を終えたオレだったが、実際に来てみて
今まで持っていた尊敬のイメージはやや崩れたと言わざるを得ない、悲しい憧れの少林寺であった(泣)。






はいここで宣伝です!!
実はこの少林寺では、作者ことさくら剛は
少林寺体験入門という、中国の旅で1番のそれはそれは辛いイベントを体験したのであります。その体験記は中国なんて二度と行くかボケ!! ・・・・・・でもまた行きたいかも。 (幻冬舎文庫) に掲載しておりますので、ぜひぜひみなさんお読みくださいませ〜! お願いしまーす!








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