〜麗江2〜 朝1番で、麗江旧市街のレンタルサイクル屋にて自転車を借りる。股下180cmのオレにフィットするバイシクルはなかなか無いが(股下180cmで身長は195cm)、中国人NBAプレーヤー姚明のために特注された自転車を出してきてもらうと丁度よいサイズだった。ちなみにオレの座高は15cmである。まるで円を描く時に使うコンパスのような、美しく理想的なボディを持つ男それがオレだ。 今日は麗江郊外の白沙村へ、噂のスーパー漢方ドクターを訪ねに行くのである。評判によるとドクターはこちらが何も言わずとも診察をして患者の体調を言い当て、それに最も適した漢方薬をほんの数十元(500円〜)で処方してくれるらしい。あの桜桃小丸子、いや、さくらももこさんの本にも登場している有名人だ。 基本的に治せない病気はないというので、これはおおいに期待したいと思う。オレがよくかかる病気といえば、なんといっても腹痛に下痢、時々発熱と腰痛、そして恋の病と仮病だ。特に仮病にはずいぶん苦しまされており、なにしろ派遣社員で働いていた時は2週間に1回は必ず仮病にかかっていた。オレの持病と言ってもいいかもしれない。当然仮病が発症してしまうと仕事を休まなければいけないのだが、さすがにそれだけ頻発すると会社に欠勤の電話をする時も申し訳なくてとても辛かった。あまり回数が多いものだから、しまいには、会社の人にも「こんなに何度も仮病になるなんて、もしかして本当は病気じゃないんじゃないか? 実はただのずる休みなんじゃないか??」と疑われてしまったくらいだ。 ちなみに、仮病で会社とか学校を休んだ日って、1日が過ぎるのがものすごく早いんだこれが。ひと眠りして目が覚めるとあっさり夕方だから。それで夜全然眠れなくて罪悪感も伴い次の日の出勤が余計辛いの(涙)。 なぜか仕事を辞めた途端すっかり仮病にはかからなくなったが、仮病はさておいても憎い憎い腹痛と腰痛を退治出来る薬があるのならばぜひ貰いたい。もう「下痢ーズブートキャンプのゲリー体調」などという情けない称号とはおさらばしたいのだ。それにスーパードクターの診察で、新たなる病巣が見つかるかもしれないし。 それでは、朝食に麗江の街の安食堂で2.5元=40円の小籠包をいただこう。 う、美味い……。たとえ農薬や人肉が入っていようとも文句なしに美味い(入ってないと思うけど)。小籠包でこれだけ美味いんだから、大籠包なんて食べた日には感動で顎が外れるぜきっと。トロだって大トロが1番脂が乗っていて美味しいんだから。吉だって、一番縁起がいいのは大吉なんだから。助・花子だって、1番息が合った漫才を見せてくれるのは大助・花子なんだから。小助・花子のちぐはぐな芸なんて到底見られたもんじゃないぜ? そんなやついないけど。 食堂を出ると自転車を漕いで幹線道路をひたすら北へ。前方には標高5000メートルを超えるという麗江の名所・玉龍雪山が、厚い雲に覆われていて全然見えない。しかし中腹までは姿を見せており、景色はとても良い。でも雪山だというのにあんまり中腹を見せすぎると、下痢になるよ。腹を冷やすのが一番良くないんだから。 途中で幹線道路を外れて林と畑に囲まれた田舎道に突入。 「ウェイ! そこ行くおばあちゃんヘルプミー!!」 「なにか用あるか〜〜」 「スーパードクターのいる白沙村には、この道であっていますか?」 「そうあるよ。ここを真っ直ぐチェイコチェイコと進めばパイサ村ある。村に入ったら右方向に行くヨロシ」 「おばあちゃん親切アルね〜。いつまでも健康で長生きするヨロシ」 「あいや〜、シェーシェー、少年もやさしアルね! これワタシ栽培したの大根アルネ! 1本持って行くヨロシ! ってバカにしてんのかおみゃあっっ!!! 中国人だからってこんな喋り方するわけないじゃろがっ!!! 今どきアルヨアルヨなんて誰も言わないアルヨッッ!!!」 「ごめんなさいあるっ!! もう言わないアルよっ!!! 2度とバカにするのことナイネ!」 おばあちゃんに村までの道を尋ねると、麗江から1時間来て、ようやくもう少しで到着らしい。尚、「パイサ村」というのはもちろん「白沙村」のこと。表記は漢字でも読み方は日本語と異なり、昆明は「クンミン」、「麗江」にいたっては「リージャン」と読むのである。クンミンはまだわかるが、麗江をどう読んでもリージャンにはならないと思うのだが、まあともかくリージャンなのだ。そんな細かいことは、リージャンリージャン(いいじゃんいいじゃん)!! 麗江麗江(りーじゃんりーじゃん)!!! よし、ともかくこうして朝っぱらから道を教えてもらったからには、もう今夜死んでも悔いは無いぞ。……え? なんで道を聞いたくらいで今夜死ねるのかって? わからないのかっ!! 子曰く、朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりだっっ!!! とはいえ、夕べに死すとも可なりな人間がこれから医者を訪ねに行くとはこれいかに。これすなわち「韓非子」によって説かれたかの有名な「矛盾」である。 なに? 教養レベルが高すぎてついて行けない?? よーしわかった。じゃあ下げてやろう! 優香ってグラビア卒業してから一気に胸がしぼんだけどさ、あれってさあ、やっぱ水着の時はめおっぱい、じゃなくてめいっぱい寄せて上げてたからっしょ?? だって水着じゃなくて、バスタオル巻いただけとかの半裸の写真だと、あんまり谷間出来てなかったもん。オレ写真集見たから知ってんだよ。でさ、話変わるけど昔オレが同じバイトだったユウナちゃんがAV女優になっててびびったんだけどさあ、あの娘はあの頃胸なんか全く無かったのに、AVではいきなり巨乳になってたんだぜ? ぜってーなんか入れてるってあれ!! しかも年齢も詐称しまくりだって!! 公式プロフィールだとオレの7歳下ってことになってるんだぜ?? でもオレが23とか24の時にあいつ大学生だったんだって!! 全然計算あわねえじゃんけ!!!! まあ文句言いながらも結局見まくってんだけどさあ! …………。 下げすぎた(涙)。 林道を進むと、車のタイヤで潰された蛇の死体がっ!!! ぎゃーーーーーっっ(号泣)!!! 蛇やめてっっ!!!! 潰れないでっっ(涙)!!!! やめてっ!! 忘れてっっ!!!! 忘れさせて!!!! 蛇の死体なんて忘れさせてっ(号泣)!!!! ほら、もう村に着いたからっ!!! ヘビッ、バカッ!!! 村の入り口の木の脇に自転車を立てかけ、中央の道を歩いて一本細い川を越えると、いきなりドクターの診療所を発見した。なにしろ家の前にドクターの記事が掲載された新聞や雑誌の切り抜き、顔写真、さくらももこさん直筆のちびまるこちゃんの絵が派手に飾られており、それとは別に日本語と英語で「麗江(リージャン)の神医!超有名なドクターだ!尊敬すべき男だ!」などと手書きの宣伝文句が書かれている。診療所というより、完全に自ら観光地にしようとしている気配が。 しかし、開いている木戸から中を覗くとだーれもいない。病気の人たちで賑わっているかと思ったのに。待ち時間に読もうと思って吉川英治の三国志を持ってきたのに。 あっ、誰か来た。 「わしがドクターじゃよ。よく来たなジャパニーズ。入りなさい入りなさい」 「ハロードクター。やはりわかりましたか日本人だと。このしょうゆ顔を見て」 「いろんなものを見せてあげるから。こっちに来なさい」 「それではお言葉に甘えましておじゃましまーす」 奥の部屋から出て来た、白衣を着て白いヒゲをたくわえたよぼよぼのおじいさん。彼こそが英語ペラペラで大変助かる噂の神医、スーパードクターであった。 いきなり部屋を通り抜けて裏庭に連れて行かれると、そこでドクターはガラスケースからたくさんの紙の束、そしてノートを取り出しオレの前に並べた。 「ほら、お茶を飲みなさい。お茶を飲みながら、これらをよく読みなさい」 「おもてなし有難うございます。お茶いただきます。これら読ませていただきます」 その紙々はいったい何かと思ったら、日本語で書かれたドクターの記事、そして大企業から中小企業そして弁護士から教授まで、代表取締役社長やら専務やら常務やら立派な肩書の人々の名刺。さらにここを訪れた日本人が書いた、インドのインチキリキシャドライバーなどがよく持っている日本語の推薦文、「ドクター最高!」「彼はとてもいい人です!」などが書かれた推薦コメント用ノートであった。 あのー。この推薦コメントノートが出て来ると一気にあやしくなるんですけど。しかも社長とか弁護士の名刺を、なぜ見せる。権威づけですね? 「わしにはそんな凄い患者さんが沢山いるんだよ」ということだと思うけど、偉い人の個人情報が全部この悪者の貧乏人(オレ)に漏れてますけど。とりあえず電話番号とかメモっとこうかな……。いつか何かに(身代金要求とか)に使えるかもしれないからな……。 「ほら、鉛筆じゃ」 「あ、どうも。なんですかこれ」 「おまえも、早速そのノートに推薦コメントを書くのじゃ」 「はいわかりました。えーと、このドクターは噂通りの名医で……、って書けるわけねーだろっっ!!! オレまだ3分前にここに来たばっかり!!!」 この診療所に着いてほんの数分、ひとつも診察が済んでいないというか始まってもいないのに、いきなり推薦コメントを書くように要求して来るじいさんドクター。無茶言うなよあんた。オレはまだここに来て健康茶を出してもらっただけだぞ。 「あのドクター。推薦コメントというものは、ドクターの診察を受けて満足して初めて書けるものではないでしょうか? 僕はお茶飲んで推薦文書くためだけに1時間も自転車漕いで来たわけじゃないんですから」 「あっそう。書かないの?」 「だから後で書くんですっ!! 逆に今何を書けというんですかっ!!!」 「細かいのう。みんな書いてくれるのに。それじゃこっちにおいで」 「イエッサー!」 ということで他の客は誰もいないため、待ち時間無しでオレはスーパードクターの診察を受けられることになった。 通されたのは、診察室とか医務室というところではなく、漢方薬の保管庫といった印象の漢方部屋である。床や壁の棚に、所狭しと漢方薬の粉が満タンに入ったバケツが並んでいる。それぞれの漢方薬に漢字で名前の書かれた紙の札が刺さっているが、バケツには蓋が無く衛生面が非常に気になる。 まあでも、神医だし……。きっとこれらの漢方を出す時には、「汚れた漢方薬を飲んでも体が悪くならない漢方薬」も一緒に処方してくれるんだろう。 「それでは診てしんぜよう。手を出しなさい」 「こんな部屋の片隅で立ち話もなんですが、まあいいです。手を出します」 ドクターは先ずオレの腕を取って脈を計り、続いて「あかんべー」とまぶたの下を引っ張って眼をチェック、更に舌もペロリンチョ!と出させて鋭くオレの健康状態を観察した。 いつも思うが、お医者さんはこういう時患者の舌を出した顔を見てイラッと来ないのだろうか? もしオレが医者だったら、「はい、アッカンベーして、目をよく見せて。舌も出してね」「はい。ベー」「…………。なんだその顔はテメエっ!! 医者をナメてんじゃねーぞこの野郎!!! それが診察を受ける人間の態度か!!!」と激怒して近くにあるサジを投げつけそうである。まだあかんべーくらいなら我慢出来るかもしれないが、肛門科なんてパンツを脱いだ患者がこっちに向けて肛門を突き出してくるんだぜ? どんなに人間の出来た先生でも、これはやる気を無くすのではないか。いきなり尻を見せられても平然としていられる先生なんて、ぬけさく先生くらいである。 「よし、診察終了だ」 「ええっっ!!!!! 終わりですかっ!!!」 なんと、脈と目と舌を見ただけで全診察が終了である。東洋医学恐るべし。いや、東洋医学というか、この人が個人的に恐るべし。……ドクター、もしかして取締役と弁護士以外は手を抜くんじゃないでしょうね。 「そうじゃな。わしが見たところ、君は胃が悪くないか?」 「悪くないです」 「そうか。じゃあ、時々下痢になるんじゃないか?」 「なります」 「ひょっひょっひょ。やっぱりな。それでは、夜眠れないことが多いだろう? ちょっと不眠症の傾向があるようじゃ」 「全然ないです」 「あっそ。それでは、たまに、腰が痛くなったりするな?」 「はいたしかに腰痛には苦しんでいます!」 「ひょっひょっひょ。やっぱりな。ではそのあたりを踏まえて、おまえにぴったりの漢方薬を煎じてやろうじゃないか」 「はい、お願いしますスーパードクター」 ……いやー、良くわかりますね先生。レントゲンも撮らないし聴診器もあてないし血も抜かないのに、脈と目と舌を見ただけで僕の体の不調を言い当てたり言い当てなかったりするなんて。 いやーまったく。 …………。 あの、これは診察というより占いじゃないですかね?? 基本的にこの流れ、旅先でよく会うインチキ予言者の占いとものすごく共通点が感じられるんですが。ドクターが本当に神医で、仮に脈から病気がわかるとしても、だいぶ外れてますがな。まだくすぶっている肺炎に関しては何も言われなかったしな……。胃痛とか腹痛とか腰痛とか不眠症とかたいがいの人に当てはまりそうな症状をとりあえず言ってみるってところが、完全に占いの手口のような気がしますが。 オレの疑惑の目をよそに、ドクターはあちこちのバケツから漢方薬をスプーンですくい、手にした皿の中でサラサラと混ぜ始めた。一応これらの漢方は、ドクターが息子さんと一緒に裏山で自ら栽培しているらしい。つまり、免許とか認可とかそういうものは一切ないということですな。つまり、これがまさに中国4000年の歴史なのですな。 皿の中で調合されたというか混ざった粉をドクターはテーブルの上でわら半紙の上にザザーっとあけた。そして、そのままわら半紙を四隅からたたんでお持ち帰り用漢方薬の出来上がりである。これ、やっぱり清潔感が全然ないんだよな……。バケツで保管されていた粉薬をわら半紙で包むというのは衛生上どうかと……食の安全が声高に叫ばれている昨今そのあたりはとても重要なことでして…… 「これを1日3回、お湯で煎じて砂糖と一緒に飲みなさい」 「ありがとうございます。というかこれはなんの薬なんでしょうか。下痢と腰痛両方ともに効くんですか?」 「そうだ。両方に効くぞ」 「そもそもドクター、下痢も腰痛も結局は僕の自己申告だったような気がするんですが。そんな患者の言いなりの適当な感じで漢方薬選んじゃって大丈夫なんでしょうか……」 「バカモノ! ちゃんとわしがおまえの体を診て判断したのじゃ。言う通りにしなさい」 「いや、でもまだちょっとこれを飲むのは不安で……もしご気分を害されなければ少し待っていただいて……その間に他の病院に行ってセカンドオピニオンを……」 「わしが信用できないと言うのかっ!!!」 「はいはいそうくると思いましたよ。新聞や雑誌に登場するお医者さんは『セカンドオピニオンは患者さんの当然の権利です』みたいに言うけどさ、いざ自分の担当のドクターに言い出してみるとやっぱり機嫌が悪くなるんだもん……」 まあでも、神医がそう言うなら信用出来るのかね。なんとなく「中国の山奥で白髪の老人が作った漢方薬!」というと効きそうな気もするし。むしろ不老不死になってもさほど驚かない。だいたい、先ほど聞いてみたところこのドクターはおんとし82歳ということである。その年齢でこれだけ歩き回っているということが、かなりの説得力は持っている。自分で漢方薬飲んで長生きしているんだろうからな。ひょっとしたら既にこの人は不老不死になっているのかもしれない。もしかすると、太平天国の乱あたりにも参加したんじゃないだろうかこのおじいさん。 でも、これだけじゃちょっとなあ。なんでも、あらゆる病気を治すというふれこみだし……。ちょっとおねだりしてみようかしら。 「ドクター、じゃあ腹痛と腰痛はこれで治そうと思いますけど、実は僕、作家を目指しているんです。それで目の使い過ぎで視力が悪くなっているんですが、そこでもしよろしければ、視力が回復する薬、そして面白い話が浮かぶように頭の良くなる薬なんかがあれば調合してもらいたいなんて思うんですが……」 「なに、目? 頭?」 「はい。バカにつける薬は無いといいますが、そこはやはり中国のスーパードクターですから、飲むだけで頭脳明晰になっちゃうような漢方薬も作れるんじゃないかなと……」 「今渡した薬があるだろう。それを毎日欠かさず飲むんだ」 「でもこれって下痢と腰痛の薬なのでは?」 「この漢方薬はな、ホールボディに効くんだ。つまり目も頭も含んでいる。全部に効くんだ」 「えっ! じゃあこれだけを服用していれば、下痢も腰痛も無くなり次第に目も良く見えるようになり面白いストーリーもどんどんどんどん思い浮かぶように……」 「ああ、なるなる。全部なる」 そうか、この漢方薬は腹痛にも腰痛にも目にも頭にも効果があるものだったのか。これだけ飲んでいれば痛みともおさらば視力も回復、頭の回転も早くなり苦手だった英語がビリから学年トップに! なるわけねーだろっっ!!! ……ドクター、面倒くさくなってますね?? 残念ながら、今のでドクターと漢方薬へのオレの中での信憑性はリーマンショック時の株式市場くらいの大幅下落を見せた。麗江だけに、この下落はリージャンショックと呼ぼうではないか。 もったいないなあ。もし本当に頭の良くなる漢方薬があったら、億万長者間違いなしなのに。宣伝のために羞恥心にでも飲ませてみて、数ヶ月後に上地雄輔が司法試験に合格しようものなら全世界から注文が殺到するのに。 しょうがない。そろそろ帰るか。 「ドクター、ありがとうございました。ではいかほど払えばよろしいでしょうか」 「それは、おまえに任せる。いくらでも払えばよろしい」 「それでは数十元を奉納させていただきます。このくらいが相場だと他の旅行者から聞いたもので」 「もちろんその通り医は仁術、払えるだけでいいのさ。もしおまえが貧乏ならば少なくても全然構わない」 「はいそれなりに貧乏なので数十元を……」 「もしおまえが貧乏だったら気持ちだけで構わないよ。でももしリッチパーソンならば、いくらでも出していいんだよ。ほら、この手紙を見なさい。これはイギリス人から来た手紙だ。私は彼のところに漢方薬を送ってやったら、手紙と一緒に100ドル札を入れて返して来たんだ」 「そうですか。それは凄いですイギリス人。それでは僕は数十元を……」 「な、このようにリッチな者は私の研究のためにたくさんのお金を出してくれている。もちろん貧乏な人間にわしは要求しない。でももしおまえがリッチなら、100元、200元、300元、そのくらいは出せるじゃないかと……」 「気持ちはそのくらい出したいんですが、まだ貧乏旅行も先は長いため今回は数十元を……」 「わしは決して貧乏な人間に強要したりはしない。お金のない中国人が訪ねてきたら、決して診療費を取ったりはしない。でも、おまえがもしたくさん金を持っている、つまりリッチパーソンだというのならば……」 「話が終わらないでしょうがっっ!!! わかりました、数十元にあと10元足します! これで受け取ってね!」 「とりあえず受け取るが、よく考えたまえ。わしの漢方薬は良く効くんじゃ。100ドル払っても安いと言ってくれるものもおる」 「そうだ、推薦文書きますよ! さっきのコメントノート貸して下さい!」 「おお、そうか。ほら、こっちだ」 さすがドクター、82歳とはいえ頭の良くなる漢方薬を飲んでいるだけあって、支払いに関する議論では若者にも一歩も譲らないな。なんて元気なんだ。 日本人の日本人による日本人のための日本語のコメントノートに「ドクターのアホ」と記入しようとしたのだが、ふと見ると鉛筆を持つオレの姿を、ドクターが不老不死の人間にしか出せないすさまじい眼力で見つめている。な、なんとなくこの人、日本語がわからなくても悪口を書いたら気で察知しそうだな。怖い。ここは無難なコメントを書いておくか……麗江から白沙村まで自転車で来たらとても疲れました、おいしいお茶ありがとう、ドクター長生きしてね、と…… 「はい、書けました。それでは今日はありがとうございました」 「よしよし、ところでわしはこの村だけでなく中国、世界の患者のために漢方薬を栽培しておる。だから、もしおまえが貧乏ならば無理は言わないが、仮にリッチだというのなら、100元、200元……」 「まだ言ってるんですかっっ!!! 僕は麗江からここまで1時間自転車を漕いで来てるんですよっ!! そんな人間がリッチだと思いますかっっ!!!」 「思わない。それもそうだな。じゃあま、サイナラ」 「はーいシェーシェーどうもー」 やはりインドと違い雲南省出身だけあって、しつこくてもあまり強気に出られない人の良いおじいさんは、最終的に素直に諦めてオレを見送ってくれた。 尚、本当かどうかはわからないが、ドクターはここで何人もの弟子を育て、今では世界各地で彼らが活躍しておりまた、世界各地から届けられる「漢方薬を送ってくれ」という手紙にじいさんは支払いを待つことなく律義に郵送してあげているそうだ。それが本当だったらやはりスーパードクターではないか。これで本当に薬が効いたら神医確定である。 で、肝心の漢方薬の効き目はどうなったかというと、わら半紙で包んだだけの粉薬、オレはリュックに入れて山道で自転車を漕ぐこと1時間、宿に着いてやれやれと荷物を開けてみると、リュックの中では粉の大嵐が巻き起こっていた(号泣)。一緒に入っていたガイドブックやタオルにパスポート、全てサラッサラの漢方薬まみれ(涙)。ドクター、何十年もやってるんだからさあ、もうちょっと包み方を考えてよ(泣)。 悲しいことに、リュックを掃除すると必然的に、麗江の大地で採れたドクターの漢方薬は再び麗江の大地にかえって行くのであった……(号泣)。 スーパードクター神医!なのか? 今日のおすすめ本は、小林さんの闘争の始まり ゴーマニズム宣言1 (幻冬舎文庫) |