〜デルリ〜





 きちゃった……

 
デリーに来ちゃった……。




 
この牛がっ!! タラタラ歩いてんじゃねえよ!! 邪魔なんだよおまえはっ!!! 今オレは気が立ってるんだよ!!! どけコラっ!!
 バチーン!!!


「痛いモオーー(涙)!」


 ……いや、だってね、せっかく南下に向けて高い長距離寝台のチケットを取ったんだぜ? それが一度紙クズになった後に、また全く同じのを大金出して買うってすげーアホらしくない? もうこっちとしてはさあ、何でオレがそこまでしてバンガロールに行ってやらなきゃいけないんだって感じなのよ。バンガロールって全体的にパンみたいな名前しやがってさあ。
 そうでしょう? 1回はオレが自分でチケットを買ったんだから、
次はバンガロールの方が金を出すべきだろう? 2度までもオレに払わせようとしてるようなバンガロールなんて、こっちから願い下げだっつーんだよっ!!! オレはおまえのパパじゃねーんだよ!!!

 さて、かくなる上はもうジタバタしても仕方が無い。ジタバタすると、聖飢魔Uが来〜るぜ〜♪とシブがき隊も歌っているし。こうなったら、もう北インドと心中する覚悟で旅を続けるしかない。……いや違う、旅を続けるとしても、
北インドと心中なんてまっぴらゴメンだっ!!! 冗談じゃない!! 死ぬならば北インドだけ死ねっっ!!! オレは生きるっっ!!

 ニューデリー駅前のメインバザールを歩き、3年前、初めてのインド旅を終えインドを発つ日に宿泊していた同じドミトリーに、オレはチェックインした。……うーん、なんとなくまだ残っているような気がする。
あの時のオレのインドに対する憎しみや怨念がまだこの部屋に残っているような気がする。なにしろ怨念を持ったまま帰国しても持て余すに決まってるから、帰る時にこの宿に置いて行ったんだよな。……おっ、怨念が! あの時の怨念がオレの体に戻ろうとしている!! よせーっ!! やめろっ!!! ぎゃーーーーーっっ!!!

 ……。

 
ぐあーっはっはっは。
 懐かしいなあこの体。
オレは怨念。3年ぶりに元の体に戻らせてもらったぜ。こいつが帰国してから3年間、長い時間をかけて増幅させた憎しみを、今こそ開放させて……
 って
くだらないことはやめよう。いつまでも子供みたいなこと書いてると、またどっかの掲示板で「さくら剛って30にもなってよくこんなくだらねえこと書けるな。恥ずかしくねーのかこいつ?」とか中傷の書き込みをされるからな……(実話)。
 ところで、掲示板で自分のことを誹謗中傷してる相手を特定して、
殺してくれる組織とか無いですかね? もしあったら詳しく話を聞きたいんですが。どうやったらコンタクト取れるのかしら。まずは京王線の駅の掲示板にXYZと書き込んでみるか……。

 というわけで、くだらないことを
書くまいとすればするほどくだらなくなるので(だってくだらない人間だから)、いったん話を戻して先に進むとその宿は当時も今も日本人宿であり、同部屋の旅行者は全員日本男児であった。
 とりあえず、ルームメイトのオノくんとメシを食った後はそそくさと部屋に戻り、今日はもう外に出ないことにした。はっきりいって、
デリーに存在する森羅万象とはできるだけ絡みたくない。デリーの風すら浴びたくない。デリーの酸素すら吸いたくない。
 ちなみにこのオノくんという若者は、レンタルバイクに乗っている時にインド人車の急ブレーキに巻き込まれ、事故って
右腕がもげるんじゃないかというくらいの重傷を負っていた。もしインドに心臓があるとして、今の彼にインドの心臓とナイフを渡したら、なんの躊躇も無くひと突きにするだろう。いやもとい、ひと突きでは飽き足らずさいの目切りに切り刻むことだろう。そしたらその血まみれの心臓の残骸を、オレが念のため焚き火で焼く。
 こうしてまた1人、また1人と
インドを殺したい人間が増えていくのであった。幸い彼は明日帰国だそうなので、きっと殺意を転じて治癒力と成し腕を完治させて、再びインドに戻って来るだろう。そして血みどろの復讐劇が始まるだろう。

 さて。
 翌日はいよいよ、デリーの町に繰り出さねばならない。出来れば部屋の中だけでずっと過ごしたいが、旅行者がデリーに来たらとりあえず出歩いて嫌な思いをしなければならないというのはある意味
国際的なルールである。ましてや、オレは電車に乗り間違えたのがきっかけとはいえ、最終的には自らデリーに来たのだ。自分の意思でデリーに来ておきながら「嫌な思いはしたくない」などと言い張るのは、宮本武蔵が決闘の日に巌流島まで来てから「ねえ、やっぱりスポーツチャンバラにしない? あとさ、顔面はなしにしようよ」と佐々木小次郎に訴えるようなものだ。もうひとつ例えるならば、一緒に飲んだ後に男の部屋まで来ておきながら、いざとなったら「私、そんなつもりで来たんじゃないから」と発言する女子のようなものだ。いい歳して全く分別をわきまえていないといえる。多分。

 ではまず、定番であるデリーの中心街・コンノートプレイスまで、
走るフィッシング詐欺、オートリキシャで行くか……。
 一応前回の授業のおさらいをしておくと、サイクルリキシャというのが3輪自転車の後部を座席に改造した簡易な乗り物で、これがガソリンで走るオート三輪になるとオートリキシャとなる。

 ↓この動画で最初に通るのがバイク親子、その次に通るのがサイクルリキシャ、その後に通るのがオートリキシャだ。ちなみにリキシャが通った後も動画は続くがただ混沌とするのみで何も無いのである@メインバザール




 ということで、声をかけてくれた
親切なオートリキシャの運転手に連れられて、オレは颯爽とコンノートプレイスへ向かった。





〜〜30分後〜〜





「……」


「あなた日本人? 一人で旅行してるの?」


「ええ、まあ……」


「そう。故郷にガールフレンドはいるの?」


「いませんよそんなもん」


「あら、モテそうなのにねえ! まあいいわ。じゃああなた、せっかく来たんだからいろいろ買って行くといいわ。どういう宝石が好きなの?」



「いやあのー、僕はコンノートプレイスに行きたかったんですけど……」


「今日はコンノートプレイスはクローズしてるのよ。休日だから」


ウソつけっ!!! 今までインド人にクローズと言われて本当にクローズしてたためしが無いわっ!!! そもそも、なんでオレは宝石屋にいるんだよっっ!!!! 誰が連れてけと頼んだんだっっ!!!!


「まあまあ落ち着いて」



「だいいち貧乏旅行者だし、宝石なんて買えるわけないだろ!」


「こっちのケースの商品だったらどれも安いわよ。この中だったら、どの宝石がタイプ?」


「あのね、値段の問題じゃないのよ。オレは宝石自体になんら興味が無いって言ってるのよ。
だって僕自身が宝石のように輝いているから


「決してそんなことないけど、それじゃあ自分用じゃなくても、ガールフレンドにお土産で……」


「いねえって言ってんだよっ!! さっきも同じ会話がなされただろうが!! 人が非日常を求めてはるばる海外に来てるのに、自らモテないことを、何度も繰り返してアピールさせるなっっ!!!」


「じゃあ家族にでもいいのよ。それに、日本では絶対にこの値段では買えないのよ? あっ、ボス!」



 ……その時、宝石屋の奥から満を持して登場したのは、店員のねーちゃんがボスと呼ぶ宝石屋のボスだ。やや太め、たくさん食べてそうな体にりりしい口ヒゲ。
生き物図鑑に「がめついインド人」という種類を載せるとしたら、標本として採用されそうな典型的なインド商人の姿である。



「ハローフレンド! せっかく来たんだ。ゆっくりして行ってくれよ」


「いや、ゆっくりどころかアズスーンアズポシブルつまり出来るだけ早く帰りたいんですけど」


「おいおまえたち、彼は日本人か?」 ←なぜか英語


「イエッサーボス。彼は今、日本のガールフレンドにプレゼントする宝石を探しているんです」


「オーケー! ジャパニーズはオレが一番好きな人種なんだ。たくさん日本人の知り合いがいてな」


「あら、そうなんですかボス?」


「よし。ギブ ヒム、ビッグディスカウント!!


「ノー! ボス、これ以上ディスカウントできません! イットイズ、ノープロフィット(利益がでませんわ)!!」


「行ったろう? アイライクジャパニーズ!! モアーディスカウント!!


「ふう。わかりました(やれやれ、的な笑い)。……仕方ないわねえ。ボスがここまで言うから、更にここにある全部の宝石を、もう1割引にしてあげるわ」


「やったー! うれしー!!」


「じゃあ、どれを買って行く?」


「そうだなー、どれにしようかなー、
ってなんのお得感も感じられないんじゃボケっ!! くだらねー寸劇してんじゃねーよっ!! この小規模劇団員どもっ!! そろそろオレは帰るっ!! さようなら!」


「ウェイト!! 待ちなさい! じゃあ2割引でどうよ!! ステイヒアー!!」


「客に命令をするなっ!! ここはいったいどこなんだよっ!! ガールフレンドはいつできるんだよっ(涙)!!!」


「一生できないわよっ!! そんな態度じゃあ!!」




 オレは宝石屋を出て、イライラパワーでいかり肩になって適当な方向へ歩いた(現在地不明)。
 やはり、寄ってきたドライバーを信用して素直にオートリキシャに乗ったのが間違いだった……。
「声をかけてくるオートリキシャのドライバーと安い比内地鶏は信用してはならない」という鉄の掟をオレは一瞬忘れてしまったせいで、誰もが予想した通りこうして土産物屋に連行されたのである。
 はっきり言って、1+1が2になるのと、声をかけてきたオートリキシャが絶対にダイレクトで目的地に着かないというのは
同じくらいの確実性だ。そう考えると、オートリキシャを「インドの乗り物」として紹介しているガイドブックは全て間違っていると思う。

 それにしても、さっきのボスと女どものあの
わざとらしい英会話。だいたい、インド人同士が自分の前で英語で会話をし出したら、間違いなくこちらを騙すための寸劇が始まったと考えてよい。なにしろ日本と同じく、インドでも英語は外国語なのだ。今まで寸劇以外でインド人同士が英語で喋っているところなど一度たりとも見たことがない。
 だが
仮にも映画大国と呼ばれているインドの首都で、その稚拙な演技はないだろう。ちゃんとプロデュースに浅利慶太でも招いて、見る者の心を躍らせるような感動巨編を演出してもらったらどうか?? そう……例えば、こんなストーリーはどうだろう。



店員「あなた、ぜひ宝石を買って行ってよ」


ボス「そうだ。ぜひ買ってくれよ」


作者「いや、僕は宝石に興味は無いので……」


ボス「そんなこと言わずにさあ。ゴホ……ゴホ……」


店員「ボス、大丈夫? ほら、お薬と汚い水道水」


ボス「ありがとう……。いつもすまないなあ」


店員「お父ちゃん、それは言わない約束でしょう?」


ボス「そうじゃったなあ……ゴホ……」


ヤクザ「お〜い宝石屋〜!!」


店員「あっ、借金取りだわ!!」


 (入り口からヤクザが、2人の子分を従えて登場。)


ヤクザ「おい宝石屋!! おまえら、今日こそ10000ルピー用意できただろうなあ!? ああん?」


ボス「す、すんまへん、もうちょと待ってくれへんやろか……」


ヤクザ「何を寝ぼけたことぬかしとんじゃあっ!! これで何度目や思うとるんじゃ!!」(後ろに下がる)


子分A「そうや!! もう返済期限から3ヶ月過ぎとんねん!!」(後ろに下がる)


子分B「今すぐ返した方が!」(後ろに下がる。以下ローテーションしながら)


ヤクザ「おまえらの」


子分A「ため」


子分B「や」


ヤクザ「で!」 
(店員、ボス、客が一斉にコケる)


ヤクザ「いいかおまえアホンダラ!! 当に返済期限は過ぎとるんや!!! ナメとったらいてまうぞコラ!!!」


ボス「すんまへん、でもあてはあるんです。このお客さんが今から宝石を買ってくれれば、この日本人が買ってさえくれればなんとか……」


ヤクザ「寝言ぬかしてんじゃねーぞジジイワレえっ!!! もうてめえの言い訳は聞き飽きたんじゃあ!!! このボケがああ!!!」 ドンガラガッシャーン!!


ボス「や、やめてください〜! それは大事な売り物なんです!」


ヤクザ「どうせ売れねえだろうがこんな安物!!! おい、てめえマグロ漁船で働くか? この時期の海は冷たくて揺れて苦しくて、つれえぞお〜〜?」


ボス「そんな、マグロ漁船だなんて……堪忍してください……」


ヤクザ「なら肝臓売るか? 足がつかなくていい仕事する医者知ってるからよお。すぐに連れてってやるぜ。おらあっ! 来いやああ!!!


店員「お父さんっ!!」


ボス「アミーシャ〜〜〜!!!」


店員「ヤクザさんお願いです、どうかお父さんを連れて行かないでっ!!! こんな人でも私たちの大切なお父さんなんです!!!」


ヤクザ「じゃかましいこのアマがああっ!!! なにか? じゃあおまえが変わりに払うのか? おうおまえ、よく見りゃあいい体してるじゃねえか!」


店員「やっ、やめてください。さ、触らないでっっ!!」


ヤクザ「ああーん? (顎を掴みながら)ほら、こっち向けよ。その体を売って3年も働きゃあ、まるまる借金も返せるんじゃねえか? よし、決まりだな。おらあっ! 来いやああ!!!



店員「やめてえええっ!!! 助けて〜〜〜〜〜っ(号泣)!!!」


ヤクザ「ギャーギャーわめくんじゃねえよこのアマ!! オラアッ!!」 ビリビリッ(サリーが引き裂かれる音)!


店員「いやあ〜〜っっ!! 助けて! 助けてお父さ〜〜〜〜ん(号泣)!!」



ボス「アミーシャ〜〜〜!!! ああっ、10000ルピー、10000ルピーさえあれば! 今10000ルピーの宝石が売れれば、アミーシャの体は汚れず済むのにっ!!! ああすまんアミーシャ、わしが不甲斐ないばっかりに!! わしのかわいいアミーシャはきっと強欲な男どもに凌辱されて……ああ、アミーシャ〜〜〜〜〜(号泣)!!!」



店員「いやァァァ〜〜〜〜〜(涙)!!」


作者「あの……、宝石買います


キャスト全員「まいどあり〜〜」


(完)



 ……とこのように、
親子愛をテーマにした手に汗握る真剣な演技を見せられたら、思わずこちらも涙ぐみ宝石を買ってしまうのではないだろうか。

 
まあそういうことで、ともかくオレは宝石屋を脱出しコンノートプレイスを目指して歩くのだが、目的地に着かないうちに旅行記が1章終わってしまうのが北インドの不思議なところである(決して手抜きではない)。





今日の一冊は、初めてインドへ行く前に予習で読んだ ガンジス河でバタフライ (幻冬舎文庫)






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