〜フォーチュンテラーのばか〜 スピリッツが体に宿ったばあさんは、まるで別人のようであった。この場合のスピリッツとは精霊というよりも、彼らの神のようなものなのだろう。ただ、これが本当にスピリッツなのか、演技派のばあさんなのかは知る由がない。本当にこのばあさんの体には、今この瞬間神が降臨しているのだろうか?それとも・・・。 ちなみに、もしもオレがスピリッツだったとしたら、どう考えてももっと若い女に宿る。 まあそれは今後の予言の内容次第で予想はつくかもしれない。なにしろ本物のスピリッツだとしたら、誰もが唸らずにはいられないような、神がかり的な予言がなされるはずだからである。 作「あの、それでは僕の今後の人生はどんなもんでしょうか??」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!」 ばあさんの体を借りているスピリッツの言葉は、逐次じいさんが英語に訳しオレに伝えてくれる。 「スピリッツは言っています。あなたは、一生懸命働けばきっと成功します。」 作「なるほど。そうなんですか・・・。」 ・・・。 スピリッツさん、なんかイヤーな予感がします。この漠然とした答え、無難なコメント。 いや、そんなはずはない。なにしろ彼女は南アジアあたりのインチキ占い師とは違い、ジンバブエ警察公認である。大体占い師じゃなくて、スピリッツ様だから。誰にでも当てはまるようなことを言ってお茶を濁すようなことを、スピリッツ様がするわけはない。人間の体に乗り移れるような、超高校級な能力を持つお方にそんな小細工は必要ないだろう。 「他にも何か聞きたいことはあるか?キミの方から質問してくれて構わないぞ。」 作「わかりました。じゃあ、仕事について聞きたいんですけど。僕は将来どんな仕事に就いてるんですかね??」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!」 「スピリッツは言っています。キミは、もしかしたら将来仕事を変えるかもしれない。でも、たとえ職場が変わっても一生懸命働きさえすれば、きっとうまくやっていくことができるだろう。」 作「へえ〜。」 なるほど!一生懸命働きさえすればね!さすがスピリッツさん。的確な予言だなあ! ・・・。 ・・・落ち着け、オレ。 危ない危ない。「的確な予言だなあ!・・・ってオイ。」などとあやうくノリツッコミをするところだった。なんとか踏みとどまったぞ。ここはもっと大人にならねばならない。たとえ質問と答えが噛み合っていなくとも、さっきと同じ回答でも、これはスピリッツ様の予言なんだ。きっとここまではウォーミングアップみたいなもの。次からはズバッと具体的なことを言ってくれるに違いない。これはレクリエーションではないんだ。警察公認だ!神だ!!精霊だ!!!スピリッツだ!!! 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!」 「あなたに礼儀やマナーを教えてくれた、両親に感謝するようにしなさい。」 作「はいっ!!わかりました!!!」 そうか!確かに今のオレがあるのも両親のおかげである。15の春に社交界に華々しくデビューしてからも、礼儀やマナーについては誰からも注意されたことがない。まさしくこれはスピリッツ様の言う通り両親のしつけが行き届いていたからだ。 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!」 「そして、これからも親孝行をすれば、きっと親子仲良く暮らして行けるでしょう。」 作「親孝行ですね・・・。肝に銘じます。」 本当におっしゃる通りだ。ここまで育ててもらった両親に孝行するのは、子としての当然の責務。しかし、当然のことだが誰もが忘れやすいことでもある。なぜなら、両親に面倒を見てもらうのは子として当たり前の権利だと思っている若者が多いからである。彼らが親の苦労に気付くのは自分が親になった時に初めて、ということも決して少なくないだろう。それを思い出させてくれたスピリッツさん、あなたの予言はなんて素晴らしい・・・ってスピリッツ?? おまえ予言ってどういうことかわかってるか?? それは予言じゃなくて生活指導だよ!!!! なんで予言とか占いとかいうと毎回こうなるんだよ!オレはジンバブエの山奥まで暮らしのアドバイスを聞きに来たわけじゃない。親孝行しなさいくらいだったら別にアフリカまで来なくても、日本のテレビで永六輔が言っている。 いかん、こいつに任せておいたらただちょっといい話を聞かされるだけだ。もっとこちらから質問をせねば。 作「じゃ、じゃあすいません、結婚についてはどうですかね。僕の結婚運はどんな感じでしょう。」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!」 「結婚は、したかったらすぐにでも出来ますよ。」 作「すぐにでもですか!?いやちょっと待ってください。相手いないんですけどどうなってるんですかね??」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!」 「キミは黒人の女性と結婚するのがいいかもしれない。アフリカンととても相性がいいようだ。」 作「絶対にそんなわけないと思うんですけど。友達の友達の友達まで広げても多分アフリカンの女性は知り合いにいないと思うんですけどね?っていうかそれ自分がアフリカ人だから言ってるだけでしょうが!!!!!」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!ヤイヤイ!!」 「それで結婚後の生活についてだが。」 作「奥さんが誰かは結局結論出ないんですね・・・。」 「結婚して何年か経ったら、キミが一生懸命働いているうちに奥さんは他のボーイフレンドを見つけて逃げて行くだろう。」 作「ババア!!おい!!!おまえが一生懸命働け言うたちゃうんか!!!そもそもそんな結論に達するんだったら相性もくそもないだろう!!黒人と結婚したって結局逃げてくんだろうが!!」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!」 「まあともかく、一生懸命働くようにスピリッツは言っています。」 作「あの、話のスジってもんが・・・。」 基本的にこのスピリッツは一生懸命働けしか言わないらしい。たまに他のことを言うと思ったら黒人と結婚しろとか女房が逃げて行くだろうとか、精霊らしくない言葉である。大体、結婚の話と言ったらどこで出会うとか何年後に出会うとかそういう話が普通であろう。しかもなんで黒人をお勧めされなければいけないんだ・・・。いや、もちろん黒人女性がキライなわけじゃないっすよ。ただ、縁もゆかりも無い民族の方々との相性を言われたって・・・。 うはうっっ!!! しまった!!忘れてた!! 結婚話にうつつを抜かしてる場合じゃなかった!! 何しに来たんだオレは!そうだ。金だ!泥棒だ!フォーチュンテラーに犯人を突き止めてもらい金を取り返すためにここに来たんだよ!!やばいやばい。一番肝心なことを聞きそびれるところだった。 大体もうこれ以上将来のことなど聞く気も失せたので、いよいよ例の事件についてスピリッツの神通力を仰ぐことにした。とりあえずオレは、じいさんを介して1週間前に起こったあの忌まわしき盗難事件のことをざっと説明した。更にそれをじいさんがスピリッツ語に訳すと、ふむふむとうなずきながら聞き入るばあさん、いやスピリッツ。今こそ、温めておいた質問をする時である。 作「スピリッツさん、警察の方にも言われてて、是非教えてほしいんですけど。オレの金は一体どうなったんでしょうか??」 「・・・。ウーン・・・。」 作「あ、あれ?どうしました??」 「・・・。」 作「・・・。」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!イ□〇ヤイ××!!」 「犯人がキミの金を盗んだのは、どうやら薬を買うためらしい。」 作「薬??」 「そうだ。おそらく誰か病気になったんだろう。」 作「そ、そうだったのか・・・。じゃあきっとオレの金は、病気の人を助けるために・・・いやいや、知らんがな!!そんなもんでしみじみ納得できるかよ!!!!!」 薬・・・。薬を買う金が必要で、オレの金を盗んだというのか。身内か誰かが病気になって、咄嗟に薬代が必要になった人間がたまたまオレと同じ宿に泊まっており、たまたま何種類もの鍵の開け方を知っており、たった20分の間で犯行を完遂できる犯罪の技術をたまたま持っていたのだろうか。 認めねえ。 そんなの認めねえ。 第一非常に失礼な言い方ではあるが、オレの被害額とジンバブエの物価を照らし合わせると、おそらくあの金で薬局1件分買える。薬のためにというのが本当だったらせめておつりを返せ!!! 作「理由はどうでもいいんですけど、今金はどこにありますかね?それを教えてほしいんですけど。」 「アイヤイ△ヤイ※ヤイ□〇ヤイ××!!!」 「スピリッツは言っています。キミは、盗まれた金を取り返すことを考えるよりも、一生懸命働くことを考えなさい、と。」 作「いいこと言った!たしかにそうだ。過ぎたことをクヨクヨ考えてないで前向きに頑張って働けば、っておまえは労働党党首か!!!!働け以外言えねーのかよ!!!!そんなもん予言と呼べるかコラ!!!!!!!!」 あ〜♪オレは〜ここに何しに来たんだろ〜♪♪(自由な曲調で) こいつの言っていることはどう考えても予言ではない。ほとんど政府広報だ。そういうことはぜひ地域とのふれあいを大事にする小学校の課外授業で言ってもらいたい。そもそも、全く質問に答えてないだろーが!!! この調子では、「あの・・・予言者様、相談があるんです。親友の絵里が、A君に告白するって言うんです。最初は私、絵里のことを応援してたんです。でも、この気持ちは何? 絵里がA君に近づくたびに、私の心がドキドキいってる。もしかして、本当は私もA君のことが・・・? ダメ! そんなのダメよ!! 私は絵里との友情を壊したくないっ!! でも・・でもA君のことも、あきらめきれない・・・自分の心にウソなんてつけない。私、一体どうすればいいの? スピリッツ様、教えてください!!」という思春期の女子高生の真剣な悩みすら「そんなことより一生懸命働きなさい」で済ませそうである。 もうこの時点でスピリッツの評価は君島ブランドなみにガタ落ちなのだが、もう一つだけ、最後の質問がある。この事件の犯人だ。これは同時にスピリッツにとって最後のチャンスでもある。たとえ今までの予言が全て適当だったとしても、犯人さえズバリ言い当てれば、完璧に名誉を挽回することができるのだ!! さあ、おまえの真の実力を見せてみろ!!最後にオレを唸らせくれ、頼む、スピリッツ!!! 作「それでは、最後にもうひとつだけ聞きます。僕の金を盗んだ犯人、それは一体・・・」 「ううっ!!ううううう〜っ!!!!」 作「な、なんすか!!!どうしたんですかっ!!!!!」 「う・・・ううう・・・、ガクッ」 作「ちょっと、スピリッツさん?スピリッツさん!!」 犯人に関するオレの質問がまだ終わらないうちに、突然ううっと呻いたかと思うと、ばあさんは床に突っ伏してしまった。一体何が起こったというのだろう?この状態は、もしかして!!! 「どうやら、スピリッツは出て行ってしまったようだ。」 「やっぱり。」 ・・・。 終了でございます。 逃げました。早々と逃げました。 とうとうなんの名誉も挽回せずに、汚名だけを帯びてスピリッツ様は行ってしまわれました。 ああ・・・なんという予想通りの展開。いや、予想を遥かに下回るていたらくぶり。スピリッツが言ったことは、「一生懸命働け」だけである。そんなことくらいわざわざスピリッツを光臨させんでも、ばあさんが普通に言えばいいだろうが。 いや、というかぶっちゃけばあさんの独演会でしょ?? はっきり言って、演技と雰囲気は十分及第点である。だが、話の内容が断食修行中の寺の朝食よりお粗末だ。そこが最も肝心なところなのに、である。これだったらいっこく堂の方がよっぽどもっともらしいスピリッツを演じることができそうだ。もちろん、ばあさんが演技をしているという証拠はどこにもないし、本当にスピリッツが乗り移っているかもしれないが。ただ、その場合スピリッツはただのアホである。 意識を回復したばあさんは、既にもとの喋り方に戻っていた。 最後にまた軽く世間話をし、オレは家を出た。 今日はなんのための1日だったのだろう。ただ単におもしろ体験をするためにオレはここにやって来たのだろうか? 宿の女主人よ。ジンバブエ警察の現職警察官であるジノエラよ。なぜあのばあさんをオレに勧めた?おまえら、オレをからかってただけだろう。もし彼らがあのばあさんに会ったことがある上で「予言者に会えば犯人が見つかるかもしれない!!」と言っていたとしたら、オレはジンバブエという国の存在ごと信じない。 村を抜け、グレートジンバブエ遺跡の中をバス乗り場に向かってとぼとぼと歩く。ユネスコよ、こんな石ころだらけの遺跡より、予言者のばあさんがいる村を世界遺産に指定した方がいいと思うぞ。 いつの間にか空は晴れ渡っていた。しかし、オレの心までも一緒に晴れ渡っていたかというと、そんな気もするし、そうでもないような、言うなればまるで晴れと雨の境目に立ったような、そんなわけのわからない煮え切らない気分でいっぱいだったのであった。 今日の一冊は、さるのこしかけ (集英社文庫) |