〜ゴア2〜





 さて、本日は朝から観光である。勇気を出して、バスに乗り少し遠出をするのだ。オレだってもう一人でバスに乗れるんだいと、みんなにアピールしたいのだ。



「ハロージャパニーズ! カムヒアー! バイサムシング!(おい日本人! こっち来い! なんか買え!)」



 宿から出た途端、道端にゴザを広げてアクセサリーを売っている12,3歳の女の子から、生意気な口調でお誘いがかかった。まったくよお、初対面の年上に対してなんだよその命令形は。そういう礼をわきまえない態度を取ると、セクハラするぞ! パンツの色聞いてやるぞおまえっ!!



「ヘイ! カムカム! カムヒアー!! グッドなネックレスがたくさんあるわよ!! ヘイヘイ! ウェイト!!


「うるさいなあっ!! レイターレイター(あとでな)!!」


「レイターじゃなくて、今買ってよ!! ノットレイター!! now!!」


「くそー、日本人をよくわかってる憎たらしい奴め……。
あとでって言ったらあとでなんだよっ!! レイター! レイターレイター!!」


「レイターっていつよ! レイターって言ったら本当にレイターなんだからねっ!!」


「(無視)」



 余計な気苦労は時間と気力がもったいないので、
もっともなことを言うガキは徹底無視してバスに乗りオールドゴアに向かうことにした。
 ビーチから約1時間ほどで着いたその古い「オールドゴア」には、「ボムジェズ教会」という16世紀に建てられた由緒ある教会が建っている。そしてその教会の中には、
とある歴史の教科書に出てくる重要人物の遺体が安置されているのである。ターヘルアナ富子じゃないよ。
 その人物とは、日本にゆかりが深く、日本でも中学、高校の歴史の教科書に必ず登場している
あの有名外国人だ。今でこそ、数多くの外国人タレントが来日し日本の芸能界で活躍しているが、ヨーロッパの人間が南蛮人などと呼ばれて差別されていた1549年当時は、たとえ「奇特な髪型の外国人」という目新しいキャラクターであってもなかなかバラエティ番組などには出演させてもらえず、せいぜいNHK教育の語学シリーズの番組内ミニドラマくらいにしか出ることは出来なかっただろうと思われる。



 教会に入ると正面に祭壇があり、その祭壇の右側の壁に、このような豪華な棺の中にミイラ化して彼は保存されているのだ。一番右の窓の内側に頭部を見せて横たわっているのがわかるだろう。こんにちエジプト人のフィフィやモデルのSHEILAなど外国人タレントが活躍できているのは彼のおかげであるという、
来日した有名外国人の元祖、彼こそが本物のフランシスコ・ザビエルである。

<1549(以後良く)広まるキリスト教、と覚えてね!

 調べてみたところ彼が布教のため日本に来た1549年は、徳川家康がまだ竹千代として織田家に人質に取られていた頃である。徳川家康も織田信長もその死体は歴史の彼方に消えているのに、同じ時期に実際に日本にいたフランシスコザビエルの遺体がこうして残っているというのは、
エジプトの3000年以上前のファラオのミイラのことを考えれば、なんら驚くことではない。……ああ、しまった。ザビエルのミイラが残っているのがどれだけ凄いことかを書こうとしたのに。逆の展開になってしまった。
 そうだ、エジプトのファラオのようにあまりにも
レベルが違いすぎるものは、ここで持ち出すべきではなかった。ある物の凄さを述べる時には、それより凄いものは意図的に意識の外に出しておかなければいけないのだ。男は彼女が出来たら壁にかけてある長澤まさみのカレンダーを外し、女は彼氏が出来たらジャニーズの追っかけを卒業するべきなんだ。そうやって比べる対象を処分してしまえば、いつまでも現実の相手にほどほどに満足して暮らせるんだ。
 ……なんか悲しくないか?

 ともかく単純にこれが本物のザビエルだと考えると、やはり神々しく見えてくる。こうして歴史の時を超える瞬間というのが、遺跡・遺物の面白さだ。時代と影響力を考えても「信長の野望」シリーズに登場してもおかしくない人物だし、実際の登場キャラクターである九州の大名大友宗麟はこのオレの目の前の遺体と直々に対面し、それが元でキリシタン大名になっているのだ。
 オレはそんなザビエルに、入り口で買っておいたローソクに火を灯して捧げることにした。この教会に入ろうとした時に怒涛のようにローソク売りインド人が押し寄せて来て、「ヘイジャパニーズ!! ここではザビエルのためにみんなローソクに火をつけて祈るんだ! ローソクを持たないで中に入るなんてザビエルに失礼だぞ!!」と訴えたため、今回は日本に最初に辿り着いた宣教師への敬意を表し、珍しく物売りから素直に購入したのである。
 さあ、ローソクに火をつけて……

 と思ったら、おや?














 
壁に「DO NOT LIGHT CANDLES(ローソクに火をつけてはいけません)」の文字が……。











 ぷるぷるぷるぷる(怒りで痙攣している音)……











 あのなあおまえら、
 
フランシスコザビエルも悪徳商法のネタか??






 なにが「みんなローソクに火をつけて祈るんだ」じゃ〜っっ!!! おもいっきり着火禁止だろうがっ!! このような大聖人をボッタクリに利用しやがってっ!!! この不忠者の物売りが!!! おまえら将来ローソクの火どころか、地獄の業火に焼かれるぞっっっっ!!!

 ……ちなみに「DO NOT LIGHT CANDLES」の張り紙の手前にはゴミ箱があり、
新品のローソクが何本も放り込まれている。素直な観光客が入り口でローソクを買う→「ローソクに火をつけるな」の張り紙を見て怒り狂う→たまたま近くにあったゴミ箱にローソクを投げ捨てる→それを後からどうにか物売りが手に入れて再び売る というひとつのビジネスモデルが見えてきたような気がする。……あんたら、聖人を祀る由緒ある教会にいるんだから、どうか人を騙さないで済むビジネスモデルを考えてくれ。

 ザビエルの棺は高いところに置かれており、今は部分的にチラっと見えるだけなのだが、売店で買った絵葉書には接写版のフランシスコ・ザビエルがリアルにプリントされていた。






↓(ミイラ注意)


























 うーん、いたましいお姿です……。肖像画の
面影は全くなくなってますね。髪型も頭頂部だけでなく全部が禿げてしまってるし。せめてああいう、シャンプーハット形のかつらをつけてやればザビエルだとわかり易いのでは。
 尚、この遺体は以前は常にオープンに公開されていたのだが、「地球の歩き方」の説明によるとある時熱心な信者がミイラの
足の指を喰いちぎって持って帰ってしまったため、それ以来厳重に棺に入れ手の届かない位置で保管されるようになったらしい。
 しかし、いくら熱心な信者でも、死体の足の指を喰いちぎるか……? それはもしかして、信者のフリをして紛れ込んだ、
めちゃめちゃ腹が減っていた物乞いだったのではないのだろうか。味見したくなったんだよきっと……。
 だが、正直できることならオレもこの遺体に触ってみたい。特に頭に。そうすれば将来教員免許を取って社会科の教師になった時、教科書にフランシスコ・ザビエルの肖像画が出てきたらその頭のてっぺんを指して
「先生ザビエルのこの部分触ったことあるんだぞ!! ウソじゃない、本物のザビエルの頭だぞ!!」生徒に自慢できそうだ。案外、本当に凄いことだと思う。

 さて、ザビエルの遺体を見て、バスターミナルで次の移動のチケットも手に入れて、近くの別の教会や博物館も見学して夕暮れの頃、オレは再びビーチ方面へ戻った。
 さあ、ちょっと夕食にも早いし、とりあえず部屋でひと休みするか。ああ疲れた。今朝も見かけた、
そこでオレの方を見ている、道端でアクセサリーを売ってる生意気そうな子供は無視してとっとと宿に帰ろうっと。



「ハロー!! ウェイトアモーメント!!! ウェイト!!」


「な、なんですか〜、人が宿に帰ってゆっくり休もうとしている時に〜」


「あなた、今朝『あとで』って言ったわよねっ!!! レイターって言ったわよね!!! 大人なら約束は守ってよ!! カムヒアー!!!」


「あら、なんのことざましょう? そないなこと記憶にあらしませんが??」


「卑怯者!! ウソつき!! 日本人はみんなウソつきなのっ!!」


「うるっさいなー。わかったよー見りゃいいんだろ見りゃー」


「グッド。ほら、こんなにたくさんネックレスの種類があるのよ。今つけてるのはあんまり似合っていないでしょう? 他のも試した方がいいわ!」



 この時オレは、ガラにも合わずムンバイのエレファンタ島で買った20ルピー(60円)のネックレスをしていた。最近
少し色気づいたためだ。ニートにも装飾品をつける権利を!! 引きこもりのオシャレへの再チャレンジ支援を!!
 てな具合に
20歳ほど年下の女子にオシャレへのダメ出しをされ、へこんだオレは素直にもう1本ネックレスを買おうかという気になった。一応女性の指摘には従わないと。とりあえず最初からオレがつけていたネックレスを外し、手鏡を用意してもらいいくつか試着する(路上で)。



「グッド! ベリーグッド! すごくよく似合ってるわよ!」


「そーお? じゃあこれにするかな……」


「サンキュー」


「ところでこれはいくらなの?」


「そうね……。いくら払う?」


「いや、いくら払うじゃないでしょ。このネックレスはいくらかってこっちが聞いてるんだよ」


「だから、私もいくらなら払うか聞いてるのよ」


「じゃあ、10ルピー」


「フッ……(両手の平を上に向けて「冗談じゃないわ!」という薄ら笑い)」


「おまえなあ、
泣かすぞコラ? 客をなめんじゃねーぞガキっ


「わかったわ。じゃあ、ブレスレットも1本選んでいいわ。それで、2つあわせてグッドプライスにしてあげるから」


「グッドプライスはどうでもいいんだよ。このネックレス1本でいくらだって聞いてるだろうが」


「ほら、アンクレットもあるわ。一緒に買えば、安くしてあげるわ!」


「ネックレス1本。1本でいくらか聞いてるんだオレはよおこのクソガキ」


「1本だけ? それならね……1本、100ルピーよ


「てめーこのやろう……」



 小娘のあまりにも適当で暴利な値段のつけ方にオレは堪忍袋の緒が切れ、
試着していたネックレスを外すとゴザの上に放り投げ、オレは帰ることにした。



「ヘイっ!! ウェイト!! ハウマッチ!! ハウマッチユーペイ!!!」



 いくらなら払うんだとクソ娘の遠吠えが後ろから聞こえてくるが、いい加減インド式のインチキ商法では絶対に商売にプラスにならないということを、旅行者としてこいつらにわからせないといけない。こんな子供が1日中健気に仕事をしてるんだから、正直に商売をすれば客も買おうと思うだろうが。なんで相手をイライラさせる方法を選んでしまうんだよおまえは。
 苦々しい思いで部屋のドアを開け、元からつけていたネックレスを外そうとしてオレはふと気付いた。
 ……ない。
 
しまった……。他のを試着する時に外したオレのネックレス、そのまま置いてきちまった……。くそ。取りに行かないと……。

 うわ〜、
戻り辛いな〜〜。「静かな怒りをたたえた大人」って空気を出して、黙って去って来たんだもんな〜。すげー格好悪いぞこれ……。とはいえ、あのアホの物売りガキにオレのネックレスをくれてやるのもなんかイヤだ。20ルピーとはいえ、人にあげるのは勿体ない。特に憎たらしいガキには。おのれ〜〜〜。
 仕方なく、オレはまた部屋を出てさっきの路上アクセサリー屋まで戻った。そして「おい、オレが最初につけてたネックレス、あれどこにある?」と
本当は恥ずかしいのに一応まだ怒っているふりをして小娘に聞きながら、ふとゴザの上を見ると……。


 ……。


 
お、オレのネックレスが商品として陳列されている……。元からこの店の売り物だったかのようにキレイに並んでいる……。



「お〜ま〜え〜このガキ〜〜〜〜〜〜」



「なによっ!! あなたが勝手に置いて行ったんじゃないのよ! なんか買って行きなさいよ!!」


「まずそれを返せっ!! オレの持ち物を返してからそういうことは言えよっっ!!!」


「やめてよっ!! 売り物に触らないでっ!!」


「ちょっと!! おい! これっ!!」


「いやっ!! あっ! もうっっ!!!」(安物のネックレスを巡って、30歳手前の男と10歳前後の女の子が軽く小競り合い)


「いよっしゃあー!! 取り戻したぞ……ハァ……ハァ……」


「なんか……なんか買ってよ!! 力ずくなんてひどいよっ(涙)!!!


「おっ、おまえっ、(涙)とは汚いぞ……オ、オレは自分の物を取り返しただけなのに……」


「ウウッ、エーンエーン」


「ほら、じゃあ、この安そうなブレスレットはいくらだよ。どう見ても10ルピーだろこれ。10ルピーだよな?」


「10ルピーでいいわよ。だから買ってよ! ドントブレイクマイハート!!


「そういう英語のフレーズはどこで覚えるんだよいったい……。買って行くよ。まったく……」



 結局、
恋愛経験が少ないため女の(涙)を見るとどうしていいかわからなくなるという弱点を露呈したオレは、5分前の怒りもどこへやら、口論と小競り合いと泣き落としの末に1つのブレスレットを10ルピー(30円)で購入することになったのであった。
 夕食時、薄暗いレストランでこのことを思い出しながらメシを食っていたら蚊に刺されまくって、
非常に不愉快なまま1日の終わりを迎えた。






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