THE FIGHT ROUND7

〜デリー名物悪徳旅行代理店〜



 手に入れることが難しいチケットというのはどこにでも必ず存在する。便数の少ない飛行機や、人気のあるコンサートのチケット。しかし、手に入れ難い理由がインド人が邪魔をするからというチケットはあまりないのではなかろうか。何人もつるんで切符を買わせないようにするというのはもうほとんど小学生のいじめである。泣くぞこのやろう。
 とりあえずバラナシ行きのチケットは手にすることが出来、今日の目的は達成。そして、駅の建物から一歩出た瞬間、また新手のインド人が寄ってくる。


インド人D「おい、なんか飲みたくないか?」


 うーむ。いきなり「なんか飲みたくないか?」とは、初対面の人間に話し掛けるにはあまり適していない言葉だと思われる。まず「こんにちは」とか「すみません」だろうが!! 普通見ず知らずの人間に礼を欠かれたら厳しく対応するところだが、しかしインドは普通ではないので、


「チャイが飲みたいっす」


インド人D「そうか。よし、飲ませてやるからついてこい!」


 と話が弾むのである。
 チャイとは甘い紅茶のような飲み物で、インドではイチローなみにメジャーなものである。日本におけるお茶やコーヒーよりも遥かに生活に密着していて、おそらくインド全土で1日30億杯は飲まれていると思われる飲み物なのだ。とにかくインドとチャイは、びっくり日本新記録と轟二郎くらい切っても切れない関係なのである。
 そんなインドを代表する飲み物をこの時まだ経験していなかったこともあって、怪しみながらも素直に男について行くオレ。そもそもいきなりなんか飲みたくないかと言われたということは、よっぽどチャイを飲みたそうな顔をしていたのだろう。駅から道を挟んだ向かいにある店に連れて行かれる。
 勿論店といってもドアも壁もない。


インド人D「今オレの親友が来るからよ。みんなで楽しくチャイを飲もうぜ。」


 こいつの意図が全くわからなかったのだが、とりあえずもうこの後は予定が無かったため、チャイを飲み、世間話をしながら待っていると、その親友とやらがやってきた。


さっき駅でオレの邪魔をしたインド人A 「ハロー!」




 おまえかよ!!


インド人A「おー、さっきの日本人! 切符は買えたか?」


 テメー……


「さっきあんた切符売り場は閉まってるって言わなかったっけ?」



インド人A「ええっ? なに言ってるんだおまえ。ちゃんと売り場まで案内してやっただろう! フュ〜フュ〜(あさっての方を見ながらしらじらしく口笛)」



 このやろー……。完全にスッとぼけていやがる。しかしぎこちない演技だ。思いっきり目が泳いでいる。そんな演技力じゃあどっちの料理ショーにゲストで出てもちっともおいしそうに見えないだろう。しばらくしてなぜかもう1人インド人が加わり4人になった時、おもむろにインド人達が立ち上がる。


インド人D「さあ、みんな揃ったし、じゃあ例のとこ行こうか」


 そうだな。そろそろ行こうか。ってどこへだよ!
 よくわからないまま彼らはオートリクシャをつかまえ、乗るように促してくる。なんなんだ一体……とか言いながら、実はさっきの大根役者オヤジが来た時点で行き先はなんとなく予想がつく。こいつらはオレを旅行会社に連れて行こうとしているのである。
 しかし忠犬ハチ公の例もあるように、日本人というのは義理堅い民族である。このようにチャイを驕られ親しく世間話などしてしまうと、たとえやばいところへ連れていかれるかもしれないと思いつつも、なかなか断ることができないのであった。

 しばらくしてリクシャ-は、果たして期待通り旅行会社に到着。


インド人D「さあ、ついたぞ。中に入んな。」


 「チャイが飲みたい」と言ったオレをリクシャに乗せて旅行会社に連れてくるという行動の多大なる矛盾は考えないことにして、奴の言う通り建物の中に入る。オレは2人のおっさんにより、小ぎれいなオフィスに連行された。カウンターの奥の壁には、砂漠に佇むラクダやタージマハルの写真がでかでかと貼られており、まともな旅行会社の雰囲気だけは醸し出している。
 あらためて軽く挨拶をし、旅の日程を話すと、早速ツアーを勧めてくる。「もうチケット買っちゃったからいいよ」と言ったのだが、オレが買ったのが2等車両のチケットだということを知ると、「2等がどれだけ危険なのか知ってるのか!! それはただ安いだけで、乗っている間におまえの持ち物は全て無くなるぞ!!」と言われる。たしかにいい席ではない。2等と聞くと普通結構いい席を想像してしまうのだが、上から数えると6番目の席なのである。そしてインドの電車に3等車両は存在しない。底辺である。
 インド各地の写真を見せながら、ツアーの説明をし始める二人のオヤジ。どんなにそのツアーが快適でお買い得かということを、まるでテレビショッピングのように大げさな口調で訴えてくる。あまり乗り気でないオレも巻き込んで、ミニコントが始まった。



オヤジA「今日ご紹介するのは、今若い人達に大人気の、北インド四都市周遊ツアーです」


オヤジB「おお。凄いですねえ。キミも興味惹かれるでしょう」



オレ「え、ええ、まあ」


オヤジA「訪問する都市は、ジャイプル、アーグラー、バラナシ、そしてデリーとなっています」


オヤジB「なんと。インドを代表する観光都市ばかりじゃないですか!」



オレ「……」


オヤジA「それだけではありませんよ。このツアーの目玉は、なんと全ての移動が乗用車で行われるんです!」


オヤジB「全ての移動をですか?」


オヤジA「そうです! インドのバスや鉄道はとても危険だし、チケットを手に入れるのも大変! その点乗用車なら何も気にすることはありません。しかも収納は500リットルのゆったりスペース!」


オヤジB「そうですか。まさに気軽さだけでなく安心もついてくるわけですね!」


オヤジA「このツアーに申し込めば、今ならもれなく全行程で朝食付きです!」


オヤジB「えーっ! すごい! それはお得ですね!」


オヤジA「しかも今回は特別に、インドの秘宝ともいえる素晴らしい景色が見られる、ラジャスターン地方の砂漠サファリまでおつけしましょう!」


オヤジB「えええっっ! 砂漠サファリまで!」


オヤジA「夜の砂漠はキレイですよ。ビデオカメラなんかで撮っておけば一生ものです。お孫さんの運動会の映像なんかも、この専用ソフトで簡単に編集できちゃいます」



オレ「それ関係ないじゃん……」


オヤジB「……でも、そんな高待遇なツアーじゃ、きっとお値段も結構なものになるんじゃないですか?」


オヤジA「おまかせください! この特別ツアーに今日のチャイ、リクシャ料金、この専用の収納ケースまで全部、これぜーんぶ込みで、いつものように金利手数料はインドネットたかたが負担、なんとお値段たったの975米ドルでのご提供です!


 ここでサクラのおばさんとダチョウ倶楽部(大東めぐみも可)の「え〜っ!」という声。


オヤジB「それだけの値段でこのツアーを組めるのは、たしかにうちだけでしょうね。おい、どうだ? せっかくだし、ここで決めて行けよ」


オヤジA「そうだぜ! この機会を逃す手はないぜ!」



オレ「……」


オヤジB「……」


オヤジA「……」









「ばいばい」


インド人D、E「おい、ちょっとまて!! いくらならいいんだ!! おい!!!」


 だが、立ち上がるのがあまりにも素早かったため、奴らはすんなりとオレがこの建物から出るのを許してしまった。勿論どんなに安かろうがツアーに参加する気など毛頭ない。
 しかし天文学的割増料金でツアーを売りつけようとする奴らは、あきらかにキーボード打つのに人差し指しか使わなそうなのにもかかわらずテレホンショッピングでパソコンを売る穴井夕子も真っ青な無理矢理っぷりである。最初の言い値が975ドルでは、いくら値切っても自分で手配する旅の5倍は高くつくだろう。一応上手く外に出ることは出来たのだが、インド人Dが追いかけてきた。


「なに? まだ何か用?」


インド人D「チャイとリクシャー代、それにオフィスチャージ(事務所使用料)で合計300ルピーだ!!」




 おい。


 オレがいつ会社に連れてってくれって頼んだ?
 てめーが勝手にやったことだろうが!! そんなもん払うかボケ!!! インド人Dと口論しながらデリーの街なかを歩き続ける。「ちゃんと請求書もある」だの「他の奴も払っている」だの言ってくるが、知ったことではない。「おまえが勝手に連れてきたんだろ。払わねえ。」当然のことだが絶対に払わない。インド人Dはだんだんと値段を下げてきて、100ルピーにまでなった。日本円に直すと300円弱。しかしここで払っては負けである。しつこくついて来るインド人Dにもう言うことも無くなり、「No!」だけで20分程歩いただろうか。
 背後から吐き捨てるように聞こえる声。


インド人D「Fucking!」


 んだとコラァ!! ……しかし振り返ったオレが見たものは、捨て台詞を残して不満げに去って行くインド人Dの背中だった。
 あのやろう……。

 あーたのしー。

 一息ついてふと自慢のブランド腕時計を見ると、もうすぐ7時である。とてつもなく長い一日だったが、もう宿に戻らねばならない。ところで、
 ここどこ?
 インド人Dを撒くためにやたらめったら歩いて来た為、全く現在地がわからない。
 途方に暮れていると、なんと露天街でふらふらさまよっているラウールを発見。駅までの道を教えてもらう。まあこれで今日のことは水に流してやろう。

 しかしインド人、おそるべしである。
 ある程度は覚悟していたが、ここまでひどいとは思わなかった。日本人は往々にしてなかなか物事をきっぱりと断ることの出来ない性格である。それはおそらく良いことだと思うのだが、ここではそれが命取りになる。あんな風に会社の中で囲まれてツアーを勧められたりしたらほとんどの日本人は断りきることが出来ないのではないだろうか。まだオレは男だからいいようなものの、女性ではインド人の言う通りツアーを組まされることが多いのではないだろうか?
宿に戻ると、既にシホが受け付けで待っていた。どうだった? 今日は?



「もう最悪だった! なんかへんなツアーくまされちゃって……」














やっぱりな(号泣)。






※インドをはじめ、海外には悪いやつがたくさんいるので、みなさんはこの人のように見知らぬ人間について行かないよう気をつけてください。特に連れられるまま建物に入ってはいけません。大変危険です。










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