THE FIGHT ROUND14

〜忍び寄る影〜



バラナシ。ガンジス河と共に存在しているこの街は、ヒンズー教の聖地である。人々はガンジス河を「ガンガー」と呼び、商売の道具聖なる河として、というよりもガンガー自体を神としてあがめている。河沿いにはいくつもの「ガート」が立ち並んでいる。ガートとは、階段状になっている石で造られた地形のことで、ガートの階段を下っていくとそのままガンガーに入ることができるのだ。しかし後々考えてみると、ここの神様は悪いことには随分寛容なようである。


さて。


「100ルピーでどうだ!この部屋でこの値段なら文句ないはずだ!」


「でもオレは別に来たくて来た訳じゃないから。他にもっと安い宿たくさん知ってるからね。オレちょっとバラナシには詳しいんだよねー。どーしよっかなー。」


「おまえ今日バラナシについたのになんでそんなこと知ってるんだ?インドは初めてなんだろ?リクシャーのおやじに聞いたぞ。」


あのクソオヤジ・・・。う、うるせーなっ!!そんなこと言うならもういい!他のところに行くから(荷物を持つ)!・・・行くっていったら行くぞ(入り口へ向かう)!!・・・。本当に行くからなっ(ドアを開けて反応を待つ)!!!」


「わかった!!わかったよ!!80ルピーでいいから!!」


「・・・勝った。よし、決まりね。たしかにいい部屋だね。ここは。」


もともと120ルピーの部屋を天海祐希も真っ青の演技力、必殺技「帰るフリ」を出してなんとか80にまでまけさせる。40ルピー、たった100円を値切るためにこんなにも粘っている姿を実家の親が見たら、「お願いだからそんなみっともないことはやめてちょーだい!お母さんが千円あげるから!と泣いて頼むであろう。ちなみに「いい部屋だね」と言ってはいるが、せいぜいデリーのアルカトラズ島の刑務所から網走刑務所へレベルアップしたくらいのもんである。
しかし一見偉そうに交渉していたようだが、結局はリクシャーのおやじと宿のおやじ、インドオヤジ連合の思惑通りである。オレをここに連れてきたリクシャのおやじはおそらくこれでいい小遣いを得ることだろう。 道すがら「なんでそんなにオームなんとかロッジに連れてきたがるんだよ!」と聞くオレに「そんなの決まってるじゃないか。あそこが一番快適な宿だからさ!」と答えていたが、 頼んだところと全く違う場所に連れて行かれるこのリクシャーが最も不快である。

デポジット(保証金)の支払いでもうひと悶着あった後、宿の屋上にある食堂で食事をとることにする。川からの風が非常に心地よい。テキトーに注文し、ボーっとして待っていると、先ほどの宿のおやじがやってくる。


「よし。おまえ明日は5時半起きな。」


「5時半!?早すぎるよ!!!昨日は電車の中だったんだから今夜はもうちょっとゆっくり寝かせてくれよ。・・・いや、ちょっと待って。それ以前になぜあんたはオレの起床時間を勝手に決めている??


「明日の朝ボートに乗ってガンジス河の朝日を見るんだよ。それからインド美術館。ちゃんとガイドしてやるから。全部で200ルピーな。」


「あのー。ツアーコンダクターを雇った記憶はないんだけど。ボート乗るなら自分で交渉するからいいよ。」


「いいか、ボートの運転手は危険な奴らばっかりだ。最初は安く値段を言っときながら水の上で『こっから岸まで帰るのは1000ルピーだ。払うか飛び込むかどっちか選べ』ってなことを言ってくるんだぞ。」※本当に結構頻繁にあるらしい


「もういいから。いらない。」


「これはおまえのために言ってるんだ・・・」


「いらねーいらねーいらねーいらねー!


「わかった。アズユーライク(好きにしろ)。」


思い通りいかなかったおやじは、かなり不機嫌になった。あからさまに不満そうな顔をしておやじは、オレを一瞥すると厨房へと入って行った。
インドの食堂では、料理が出てくるまで平気で30分以上、下手をすると1時間以上かかる。待っている間に真珠夫人を2回も見れてしまう。まるでヤフーBB並の対応の遅さだ。
暇つぶしに外国では命より大切な、唯一の旅仲間である地球の歩き方を読んでいると、「旅のトラブル集」のところで目が留まる。数多くの旅行中のトラブルの実例が並ぶ。ちなみに、こんなに 旅のトラブルにページを割いている地球の歩き方はどう考えてもインド編だけであろう。その中のよくあるパターン・・・宿の人間が食べ物に薬を入れ、転げまわって苦しむ旅行者を親切に病院に連れて行くフリをして、実は医者とグルになって高額な医療費を騙し取る。
・・・対策のためには、たとえ親切に出してもらっても少しでもヘンだなと思った食べ物は決して口にしてはいけない。
なるほど。宿の人間だからとか親切そうだからといって簡単に信用しちゃいけねーってことだな。気をつけなきゃな。
そしてしばらくして、先ほど室井管理官5人分くらいの不機嫌そうな顔をしていたおやじが、満面の笑みを浮かべて料理を運んで来た。


「お待たせ♪さあできたぞ兄弟。思う存分食ってくれ!」


・・・。

絶対薬入れただろ。

あやしい!あやしすぎるぞっ!!
これは決して食べてはいけないものではないのだろうか?ガイド料を取り損なったあいつが、医療費で元を取ろうと企んでいるのでは・・・。ここは体調が悪いとか理由をつけて手をつけずに帰った方がいいのでは。厨房前にいるおやじをチラっと見る。・・・。あ。今おまえ目が合った瞬間目そらしたな?「チイイイッ!早く食いやがれこのボンクラ日本人が!たんまり金とってやるからよ!国民年金2年分も滞納しやがって!!」という心の声が聞こえるぞ。
よし。ここはとりあえず一口だけ食べてみることにしよう。それで何か変だったらすぐに立ち去ることにしよう。
そして・・・

あーうまかった。今朝電車の中でバナナを食ってから夕方まで何も食ってなかったオレが一口だけ食ってやめるというのは、両津勘吉が手に入れた大金を失わずに持っているくらい難しい。幸いにして、この後数日間体調を崩すことがなかったので、オレの心配のしすぎか真須美おやじ薬の調合に失敗したかどちらかだろう。

なんとか無事食事も終え、まだ外も明るいため近辺を散策することにする。出来ればガンガーまで行ってみたい。
宿を出て、道行くインド人に道を尋ねながら聖なる河へ向かう。ここもインド有数の観光地だけあって、相変わらず5秒に一人はオレに声をかけてくる。
やはりここもノラ牛とノラ犬が人間とほぼ同じ生活水準で暮らしている。
ん?あれはなんだ?
ノラヤギだ。・・・やばい。こいつの近くでは貴重品は絶対落とさないようにしなければ。下手したらトラベラーズチェックや帰りの航空券食われる。
まあ別に再発行できるからいいのだが、


「すいませーん。トラベラーズチェック紛失しちゃったんで再発行して欲しいんですけど。」


「そうですか。紛失理由はなんですか?」


「ヤギに食われたんです。」


「はい?」


「ヤギに食われたんですけど。」


「わかりました。ヤギにね。・・・。おちょくってんのかこの野郎!!


と銀行職員を激怒させそうである。
ちなみに予告編で登場したは牛ではなくノラヤギである。
バラナシの裏路地に広がるわくわく動物ランドを抜けると、目の前に広がるガートと広大なガンガーの流れ。
圧巻。

しばしガートに座って聖なるガンジスの流れを眺める。

この時、オレの背後には日本人旅行者を洗脳しようとするとある宗教者の手先が忍び寄っていたのだが、悠久のガンガーの流れに心を奪われていたオレは未だ気づくことはなかった。




←インドの母であり神であり、インドの全ての死を受け入れるガンジス河、ガンガー。










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