THE FIGHT ROUND38
〜黄昏のタージ〜
昼食を済ませたオレは、宿を出て東へ向かった。ここからインドの象徴タージマハルまで、地図上では約4キロ。歩けない距離ではない。 たどり着くまでに困難が多い方が到着時の喜びが大きいというオレの人生のポリシーもあって(あったっけ)、タージまでの道のりは徒歩で向かうことにした。ただし整備されていないインドの道は数日後に式を控えた花嫁の女心のように複雑で、一筋縄ではいかない。オレを見かけてうじゃうじゃと寄ってきたインド子供軍団に訪ねてみる。 「ちょっとキミたちぃ! タージマハルに行きたいんだけど、どっち行けばいいのかな?」 「あっち! あっち!」 「ありがとー!」 インドの子供は外国人が珍しいのか、旅行者を見かけると集団でちょっかいを出し、口々に笑顔で声をかけてくる。実に素直でかわいい子供達。 彼らの言う通りアーグラの市街地を南に下っていくオレ。 しばらく歩いたところで、道端の見知らぬオヤジが声をかけてくる。 「へーい。ジャパニー。どこ行くんだ?」 「はろー。今からタージに行くんだ!」 「なに? タージは逆方向だぞ? あっちあっち」 「へ? そうなの?」 「全然逆だよ」 「そんなバカな……」 なんとオレの歩いてきた方向は、タージとは全く逆方向だったらしい。あのガキども〜(呪)。 すかさずUターンして歩いていくと、さっきのガキ軍団がまだたむろしていた。 「あれ、どうしたの? なんで戻ってきたの?」 「おまえら〜。オレを騙すなんていい度胸してるな〜、エーコラァ(蝶野風)!」 「なにいってるのさ。タージはあっち! ホントだって!」 「……。そうなの?」 「本当だよ! なーみんな!」 「そうだよ!」 「そうだよ!」 「ソースだよ!」 「うーむ。そこまで言うならな……。じゃあもう一回行ってみるか……」 再び反対方向に歩き始めたオレ。さすがにここまで真剣に言われてしまったら信じないわけにはいかない。 「おーい! なんで戻って来たんだ?」 「いや、あの子供達がタージはこっちだって言うから……」 「おまえなんであんな奴らの言うこと信じるんだよ!!」 「え? え? え……?」 「騙されてるだけだって! あっちだよあっち!!」 「そうなの??」 三度Uターンしたオレは、仕方なくまたオヤジの言う通りすすんで行った。 「あ! またきた!」 「……」 「あっちだよ! あっち!」 「そ、そう?」 「おい! おまえまたあいつらに騙されたのかよ!! あっちだって言ってるだろ!」 「ま、まじ?」 「違うよ!! タージはこっちじゃないよ!!!」 「ま、まことに?」 「あっちだ! あっちだ!!」 「あっち! あっち!!」 ……。 ガキ軍団前←→オヤジ横丁のシャトルバスじゃねえんだぞこの野郎!! ……。 ヘーイ、リクシャー!! 結局、このまま歩いても永久にガキとオヤジの間を往復するだけになりそうだったので、リクシャでタージマハルへ向かうことにした。徒歩ならばリクシャ代も節約になると思ったのだが、フタを開けてみれば時間も体力も無駄になってあげくの果てにリクシャに乗るという、青竹踏みをして足の骨を折るくらい本末転倒な展開である。 いったいインドでは誰を信用したらいいんだ。というか信頼できるインド人なんてガンジーくらいしかいないんじゃないだろうか。てめえら許せねえ(by斉藤由貴)。 入場料金750ルピーのタージマハルは、テレビや社会科資料集で見たそのままの形であった。さすがにタージマハルがインドにあるということはウソではないらしい。オレがインドといって思い浮かぶのがカレーとレインボーマンとタージマハルで、そのうち本当にインドでしか見られないのはこのタージマハルだけである。今日をもって、やっとオレもインドへ観光旅行に来たのだという実感が沸いてきた。そもそもレインボーマンなんて日本でしか見られない。というか今の時代もう日本でも見られない。 観光旅行に来たという実感が沸いたといえば、この旅行は実に観光旅行なのである。「インドに呼ばれた」などと言っても、そもそもインドがオレのことを認知しているわけがないので、どう考えてもオレなんかが個人的に呼ばれるわけがない。親善大使でも外交官でもないのだから。インドからしてみても、呼んでもなんのメリットも無いし。メリットどころか、このように旅行記で悪口を書かれるだけである。 インドに来る旅人はオレを含め「呼ばれた」だの「自分を探しに」だの「生と死を見つめに」だの(さすがにこんなやついないか)なぜかたいそうな理由をつけたがるが、そんなかっこつけないでもいいんだよ。まともな理由をつけたところで、仕事もせずにインドなんかにいる時点でダメ人間には変わりないんだから。 おっと、なんか今の部分で多くのインド長期旅行者の反感を買ったような気がする。悪気は無かったんだが。めんごめんご。 タージマハルは、外から見るだけでなく中に入ることも出来るようだ。では、早速上げてもらおうではないか。忙しいスケジュールの合間を縫ってはるばる日本から訪ねてきたのだ、お茶くらい出してよね。 「こら待て! ユー! そこのジャパニーズ!!」 「おおっ、そこのジャパニーズってどうやらオレのこと?」 「そうだ。ユー! 人の宮殿に土足で上がるとは何事だ! ここではきものを脱ぎなさい!!」 「あ、それ知ってる! とんち問題だよね?? ここではきものを脱ぎなさいと言っておけば、オレが勘違いして着物を脱ごうとすると思ってるんだろう!! そうはいくか! 女子短大生は騙せてもオレは騙されないぞ!! このスケベ! イヤん、えっち!」 「ごたごた言ってないで靴を脱げこの日本人が!! いちいちへ理屈が多いんだよおまえの人生は!!!」 「はーい(泣)」 まあたしかに人んちに入るのに土足では失礼だ。欧米生活が長い(トータル3週間・米だけ)オレとしては、家に入るのにも靴を履いたままというロハスな慣習(使用方法誤り)に馴染んでしまっているが、やはりアジアでは入り口で靴を脱いで家の中は清潔に。それが白人にはないアジアの人々の繊細さ、穏やかさ、女らしさである。 ほら、見てごらん? インド人だってちゃんとみんな裸足になっているよ。さすが、彼らもこの場所の大切さをよくわかっているのだなあ。……と思ったら、よく考えるとインド人の半分くらいは外からずっと裸足である。普段裸足で生活している彼らが裸足でタージマハルに入るというのは、おもいっきり土足で踏み入っているということではないか。なんか納得がいかんが、ただ普段裸足で過ごしているインド人が入ろうとしたところで「足の皮を脱げ」というわけにはいかないので、この問題にはインド政府当局も頭を悩ませていることだろう。むしろ、普段はだしのやつのために体育館シューズでも用意して、入り口で履かせるといいぞ。 インドの象徴ともいえるタージマハルの庭で、オレはひたすら夜まで過ごした。別に夜に何かイベントがあるわけではない。インド人が電飾のついたかわいい乗り物でエレクトリカルにパレードをするわけでもないし、長いこと待っていると隠れキャラが登場し、取ると1UPするというわけでもない。ただ、オレは闇に浮かぶインドの象徴を見たかったのである。 そして太陽がヤムナー川の向こうに沈み、空の色がオレンジからグレーに変わる頃、タージマハルの姿は暗くて全く見えなくなった(涙)。予想では闇の中にボーっと白い大理石が浮かんでいい味を出すはずだったのに、別段ライトアップされてるわけでもないのでなーんも見えん。これはふざけている。オレの3時間を返せ。返品しろ。レシートならあるぞ!!! この日ようやくタージマハルを前にして、オレの短く長いインドの旅もそろそろ終わりなのだということを実感したのだった。 |