THE FIGHT ROUND10

〜ついに監禁される〜



  朝早く、シホは親切な旅行会社によって組んでもらったツアーに参加するため、アーグラに向けて旅立って行った(泣)。ご愁傷様でございます。

 ということで、本日オレはデリーの中でももっとも近代的であるという噂の、コンノートプレイスという地区に行くことにした。
 例によってアホなリクシャにあちこち連れまわされ、ぶち切れつつもなんとかコンノートプレイスにたどり着いたオレは、地図を見ながら「リーガル・シネマ」という映画館を目指した。知ってる人は知ってると思うのだが、インドは映画の年間製作数がなんと800本を超え、世界一の映画大国なのである。もはやインドと映画はケリガンとハーディングのように切っても切れない関係なのだ。

 外人がうろちょろしているとやはり目立つのか、どこからかとってもかわいらしいお子様共が次々と寄って来ては、オレの袖をぐいぐい引っ張る。


「まあ! なんて無邪気な子供たちなのかしら! さあ、お兄さんと一緒に遊びましょう」


 と世間体を考えて言いそうになったのだが、よく考えてみればここで子供好きをアピールしてみても誰が見ているわけでもないため、とことん無視することにした。しつこくまとわりついてくるお子様達を蹴散らし地図の通りに進んで行くと、映画館はすぐに見つけることができた。ペンキで描かれた、映画スターの派手な看板が目印である。
 チケット売り場のポスターや解説を見てもヒンディー語でなにがなにやらさっぱりのため、とりあえず入場券を買ってみる。30ルピー≒80円。
 上映時間近くになったので、入場するために列に並ぶと、荷物検査でひっかかる。夜行でバラナシまで行くためデカい荷物を背負って行動していたのだが、なぜか場内へは持ち込み禁止だというのだ。当然のごとくブーブー言い出す。


「んなこと言ってももうチケット買っちゃったじゃねーか! どうしてくれるんだよ!」


「そうだな……よし、わかった。おーい! この日本人デカイ荷物持ってるからちょっと連れてってくれるか?」


 警備員が近くにいたスタッフらしいおやじに声をかけ、「あいつの後についていきな。荷物預かってくれるから」と案内してくれた。どうやらこの近くに荷物を預けられる場所があるらしい。素直におやじについていく。これで一安心である。
 裏路地を抜け、とある旅行会社の前へ。


「よし、ここだ」


 ヤロー! その手にはのらねーぞ!!

 テメーやるんならやってやるぞ!! かかって来い! エーコラァ(蝶野風)!!
 旅行会社を見た瞬間即座に臨戦体制に入るオレ。


「おいおい。なにファイティングポーズとってるんだ。ただ荷物預けるだけだぞ」


「え? そうなの?」


 ムムム……。頭の中を流れるスパルタンXのテーマが徐々にフェードアウト。一瞬またボられるかと思ったのだが、なんでもここでは映画館に近いために旅行者の荷物預かり所も行っているということだった。


「いくらかとられんの?」


「ノープロブレム。ただだよ」


「ほんと? それは良心的だねー。いい旅行会社もあるじゃん! 見直した!」


「オレたちはツーリストに快適な旅を送って欲しいだけさ。インド映画は長い(3時間)からつまんなかったらいつでも荷物取りにきていいから」


「OK。じゃあよろしく。後で取りに来るから」


「わかったわかった。その時には今後の旅の日程も話し合おう



 ……。


 結局それが目的かよエーコラァ(天山風)!!
 やっぱりな。結局ただでは荷物返してもらえそうもないな……。しかしここは一応荷物の安全のためにも彼らに逆らわないほうがいい。


「……。そうだね。よろしく頼むよ。じゃ」


 身軽になったオレは再び映画館に向かった。ついに噂のインド映画を本場で見れる時が来た。はっきり言って今の気分は結構暗い。煩悩を取り払っているはずのこの旅だが、数日前にはマレーシアで性に開放的なアメリカ人のあえぎ声を聞かされ、昨日はインド人と口説き文句の話で盛り上がってしまい、頭の中には悪い誘惑がチラついている。こんな気持ちでは快適な旅はできやしない。
 そんな理由もあって、ここでインド映画を見るということは実に効果的であるに違いない。なにしろインド映画はとにかく明るいらしいのだ。ストーリーも単純で楽しめるものが多く、突然大人数で踊りだしたりしてハチャメチャらしい。インド映画での踊りのシーンの頻度は、なんと池谷幸雄がバク転をする頻度よりも高いというのだ。それが本当だとしたら相当なものだ。聞いた話しによると、たとえどんなシリアスなシーンでも、油断をするといつの間にかダンスシーンになり、善人も悪人もみなで踊り狂っているとのことだ。
 そんな明るく楽しいインド映画を見れば、今は煩悩に犯され暗く沈んでいるオレの心も、まるで 新春かくし芸大会の井上順(インディ・ジューンズ)なみに元気を取り戻すに違いない。
 外国人が珍しいのか、近くにいたインド人が話し掛けてくる。


「おい、おまえヒンディー語わかるのか?」


「いや。でもこの映画は言葉がわかんなくたって、見てるだけで面白いのさ!」


「へへへっ。そうか。まあたしかにそうかもな」



 笑顔で会話を交わす。インド人が若干ニヤついているのが少し気になるが、たしかにオレはヒンディー語はわからないが単純なストーリーで踊りがメインならなんの問題もない。憂鬱な気分を吹き飛ばし楽しくなれればそれでいいのだ。
 ブザーが鳴り、CMや予告編に続いていよいよ本編の始まり。さあどんな映画なんだろう。期待に興奮が高まる。

 そして遂に体験することができた初のインド映画。ざっとストーリーを説明しよう。


 舞台は16世紀、中世インド王国。ある街に2人の姉妹がいた。
 街を視察しに出かけた国王は、ある日広場で出会ったこの美しい姉妹に心奪われてしまう。別々に国王の求愛を受ける姉妹。この幸運に喜んだ姉妹だったが、ひとつ問題があった。国王の正妻になれるのはたった一人。その一人に選ばれるために、美しい姉妹は代々王室に伝わる性の教科書を手本にし、夜毎たくましい男性を相手に必死に勉強に励む。古来より伝わる様々な性の極意を身に付けるために幾人もの男に体を預けた姉妹は、ついに直接国王と交わる機会を得る。体得した数多くのテクニックを駆使し、国王を悦びの彼方へ導く姉妹。その技に溺れた国王は2人を同時に正妻に迎える。そして見事に国王の正妻の座を勝ち取った姉妹は、性の卓越者として新たなる性の教本を記しながら幸せに暮らすのだった……。(完)




 エンドロールの最後に英語のタイトルが現れる。

 KAMA SUTRA:A TALE OF LOVE


 ……。


 カーマスートラかよ!!
     〜性の奥義〜




 休憩挟んで3時間見ちゃったよ!





 楽しいダンスと痛快なアクションシーン全く無し。
 新春かくし芸大会の井上順なみの元気な精神状態を目指していたオレだったが、今の状態は誰かが逮捕された後の桑野信義である。
生気消滅。

上映前の会話:
「でもこの映画は言葉がわかんなくたって、見てるだけで面白いのさ!」



   ↑
 こいつ単なるエロ外国人だな(号泣)。



 さて、たっぷりとインド映画を堪能した後さっきの旅行会社に荷物を取り返しに行く。にこやかに出迎えてくれる2人のおっさん。「まー座れ」と言ってくるのを無視してとりあえず荷物を確保。念入りに中身を確認する。何しろデリーの旅行会社に荷物を預けるということは、ハットリくんの飼い犬の獅子丸にちくわを預けておくようなものだ。無事に戻ってくる可能性はかなり低いと思われる。 だが、どうやら奇跡的に何も盗られていないようだ。
 礼を言って帰ろうとしたのだが、おっさん達がとにかく座れ座れうるさい。無視して立ち去ってもよかったのだが、なにしろ忠犬ハチ公の例もあるように、日本人というのは義理堅い民族である。一応荷物を預かってもらったのもあるし、とりあえず話だけ聞いてやるとするか。
 彼らはオレに今後の旅の日程を聞いてくる。今夜の電車でバラナシに向かうことを伝えると、例によって電車は危険だの2等車両は最悪だのいろいろとケチをつけてくる。一通り話を聞いてやった後、もうそろそろいいだろうと思い立ち上がろうとすると、


インド人A「おい、今夜のリコンファームはしたのか?」


「へ? 今夜? って電車で行くんだぜ?」


インド人B「電車でもリコンファームは必要に決まってるだろう」


「うそだ! そんな馬鹿なことがあるか!」


インド人A「本当だよ。おまえが知らないだけだ」


「そんなの地球の歩き方に書いてないぞ!」


インド人B「その本はいつ発行なんだ? 去年の8月か……それからもうルールは変わったんだよ」


「いや、でもそんなのおかしいだろう……」


インド人A「インドはクレイジーな国なんだ。インドの鉄道もクレイジー。3ヶ月おきにルールが変わるんだ」


インド人B「そうだ。クレイジーなんだ。おまえヒンディー語喋れないだろう? オレが変わりに電話してやるよ」



インド人Bはそう言って、電話を引き寄せ受話器を上げた。


インド人B「おい、リコンファームしてやるからチケットかしな」


 うーむ。
 とりあえずバックからチケットを取り出し、手に持ってしばらく考える。
 電車に乗るのにリコンファーム。本当にそんなの必要なんだろうか? 地球の歩き方のどこを見てもそんなことは書いていない。たしかに奴らの言うとおり新しくルールが変わったということもありえないことではない。もしそうだとしたら、リコンファームをしなければ今夜の電車には乗れないかもしれない。果たしてこれは彼らの親切なのか? それとも……? 渡すべきか。渡さざるべきか。渡すべきか? 渡さざるべきか??

 ……。


「ウ〜〜……。やっぱいいよ! オレ帰る!


 チケットをしまいガバッと立ち上がる。すると案の定、


インド人B「ヘイ! ちょっとまて! 荷物預かり料200ルピーだ!」

インド人A「これは決まりだから。払っていけよ!」


 またもや予想どおりの展開だな。だが最初にタダでいいって言ったのはおまえらだぞ。そんなもん払う義務はない。どこまでも汚いやつらめ……。この様子ではきっとリコンファームを頼んでいたら、
「ヘイ、今夜の電車は運休になったみたいだぜ。替わりにうちで車を手配してやるぜ! 格安で1000ルピーな!」などという展開になったのだろう。
 わめいている2人を無視して部屋のドアに向かう。そして扉を開けようと取っ手に手をかけ引いてみた。だが……なんとドアが開かない。

 しまった……!

 やられた。余裕を持って話なんか聞いてるんじゃなかった! 荷物を受け取ったらすぐに帰るべきだったのだ。考えたくないが、どうやらオレはこの部屋に監禁されてしまったらしい。旅先で宝石店などに連れていかれ、部屋に入ったら鍵を閉められて買うまで出してもらえなかった、というような話は何度か聞いたことがあるが、まさか自分がそんな目に遭うとは夢にも思わなかった。なんてことだ。
 とりあえず座るように言ってくるインド人達を前に、再び考える。
 おとなしくもう一度話し合いに乗った方がいいのか? だがそれではこいつらの思うツボではないか……。でも相手は旅行者を監禁するような奴らだ。下手に逆らったらどうなるかわからない。従うべきか否か……。
 そして考え抜いた末にたどり着いた結論は、「絶対にこんな奴らの思い通りにはならない」。悪いがおまえ達の好きにはさせないぜ。こっちは一人でインドに来ることを決めた瞬間から戦うことなど覚悟してるぜ!
 といっても、まずはこの部屋から出ることが先決だ。敵のシマの中で戦うのは非常に不利である。なんとしても脱出しなければ! もう一度ドアを力いっぱい引く。わずかに動く扉。


インド人B「おい! なにやってるんだ!」

インド人A「やめろ! そんな乱暴に扱うな!! ドアが壊れる!!!」



  壊れるだぁ? 笑わせてくれるじゃないか。人を監禁しておいてドアが壊れるから乱暴に扱うなだと?おまえらが閉めなけりゃ済むことだろうが!! 残念だが、オレを他の旅行者と同じだと思ったら大間違いだぜ! そんな脅しには屈しない。ドアをぶっ壊してでも出ていってやるぞ!!
 完全に開き直ったオレは、開かない扉を力いっぱい引っ張り続ける。強引にガンガン引っ張ると、次第に留め金が緩んできたのかドアがぐらついてくる。
 よし、もう少しだ!


インド人A「わかったからもうやめてくれ!!」


 たまらず飛び出してくるインド人A。どうやらオレのあまりの強引さに観念し、ついに開放する気になったようだ。さっさと鍵を開けろこの野郎!! するとインド人Aは特に鍵など使わずに、扉を押した。


インド人A「開けるにはこっち側だよ!」


 あっさり開く扉。

 ……。

 むむむ……なんてこった。
 扉が開かず監禁されたと思っていたのは、オレが間違えて押すドアを引いていたからだったのだ!! 恐るべしインド。


 わかったか! おまえら! オレを他の旅行者と同じだと思ったら大間違いだぜ!

 オレは、アホだぜ!!










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