〜ガラバート−ケダレフ〜





 越えるのがこれほどうれピかった国境も珍しい。つい2分40秒前までオレはエチオピアにいたのだが、すでにエチオピアにいた頃の自分など想像できなくなっている。はっきり言って、クラスのマドンナのオレとエチオピアが
同列に論じられるのは非常に不愉快である。そこのところはきっちり分けて議論して欲しいものだ。
 
だいたい、最後のイミグレーションなんか、国の玄関口だというのに藁でできた小屋(電気系統なし)なんだぜ?? 日本のイミグレなんて安土桃山時代ですら木造建築にはなっていただろうに。いや、それどころか平安時代や奈良時代の時点ですでに木造に違いない。もし奈良時代のイミグレが藁小屋だったら、5回の失敗を乗り越え失明してまで命からがら日本へ辿り着いた鑑真も、弟子に「お師さま!! 日本に、日本に到着しました!! おお、あれに見えるイミグレは……藁でできておりまする」と聞いた瞬間怒り狂って唐へ帰って行ったはずだ。完全に失明し損である。
 こんな国に現地人ならまだしも、何人かの日本人の方々が住んでいるというのが本当に信じられん。心の底近くより尊敬いたします。はっきりいって、エチオピアに住むくらいだったら
騒音おばさんの家の隣に住む方がまだ暮らし易いと思われる。

 さて、たった今オレはスーダンに入国したわけだが、我々日本人の場合、一般的にスーダンと言ってまず最初に思い浮かぶものは、
無い。そもそも「スーダン」という単語を聞いたことが人生で2回くらいのような気がする。少なくとも旅を始めるまでオレの声帯が「スーダン」という単語を発したことは無い。
 社会科地図帳を見てみても、おそらく2冊に1冊はその存在感の薄さからスーダンは
うっかり地図から漏れているのではないだろうか。そもそもエチオピアやスーダンやチャドや中央アフリカあたりなどはうやむやに描いても誰も気付かないと思われる。しかもたまに知識のある読者が抗議の手紙を出したとしても、出版社からは「別にそのくらいいいでしょう」という逆ギレの返事が返って来そうだ。おそらく地図帳においてアフリカ大陸の地図の重要度は、スーパーマリオでのキノピオの存在と同程度であろう。

 ところが、普通の人にはそんなに存在の軽いスーダンであっても、オレのようにアフリカをラップのリズムで北上している歌い手にとっては、その重要さは計り知れない。なぜ? なぜなら、スーダンの次の国は、もうあの
エジプトなのである。エジプトといったら、丸の内のOLや麻布十番の主婦でも十分観光旅行に来る国である。あの日本の有名な人、小泉さんですら公務で来ていたことがあるくらいだ。ちなみに、丸の内のOLや麻布十番の主婦はエチオピアやスーダンには旅行に来ない。小泉さん(内閣総理大臣をやってる人)も、エチオピアに来たらユーユー言われて思わずガキを殴って国際問題に発展する可能性があるので来ない。
 つまり、アフリカもここまでは苦しいところであったが、遂に次の国でオレは普通の国(涙)に到達し、
セレブな人々と合流できるということである。きっとエジプト政府により丸の内OLや麻布人妻との合コンなどの企画も開催されるに違いない。旅先では女性は開放的になると雑誌に書いてあったし、たとえ今朝洗面器いっぱいにオシッコを出した人間といえども、人妻はオシッコともども受け入れてくれるのではないか。まあオレだって人妻のオシッコを受け入れる懐の深さはあるので、これで持ちつ持たれつであろう。

 スーダンのイミグレーションの建物は、コンクリートであった。
 エチオピア=藁の小屋 スーダン=コンクリート 結果:スーダンの勝ち。
 入国手続きを済ませ、国境の村を歩くと、売店にはなんとペットボトルのジュースがあった。
スーダンの勝ち。おそるおそる「これくだちゃい」とかわいく購入してみると、店員のスーダン人は冷蔵庫からジュースを取り出した。スーダンの勝ち(号泣)。早速ハァハァと興奮しながらキャップを開け、ング……ング……

 
冷たいっ!!! うううう、うまいいいいいいぁぉっっっっ!!!!!!!! コクがあるのにキレがある(意味不明)!! 冷えている!!!! ジュースが冷えていてうまいっっ!!!!!!!!!!!!

 ううううれしいヨ〜〜〜。エチオピアではビンに入った常温のジュースしか飲めなかったのに。買ったその場で飲まずに持ち歩いている時など、栓抜きが無いと
石を打ちつけてフタを開けなければならないため、飲もうと決意してから飲むまで20分ほどかかったのに。そして開いた瞬間1割くらいドドー(涙)っとこぼれ、さらにふと気付くと開いた衝撃でビンの中に砂利が混入し、あまりの怒りでスーパーサイヤ人に変身しそうになることが日常茶飯事だったのに。
 ちなみにサイヤ人ではない作者の場合は、怒りが限界を超えるとスーパーサイヤ人ではなくスーパー作者に変身する。普段ただの軟弱男である作者がスーパー作者になるとどうなるかというと、
スーパー軟弱男になるのだ。眠っている潜在能力を全て引き出し、人間の想像を超えたすごい軟弱ぶりを発揮する。くつ下も一人で履けなくなるくらいだ。
 いやー、それにしてもスーダンは大人ですなー。さすが、社会科地図帳に記載されなくても怒らないだけのことはあります。きっとスーダンくらい大人だったら、オフ会に参加しても初対面の人達と
肩肘張らずに和やかな会話を楽しむことが出来るでしょう。

 感涙で泣き濡れながらジュースをおかわりしていると、スーダン人子供がすれ違いざまに声をかけてきた。


「ハロー!」


「お、ハロー!」



 
ハ、ハローって。子供がハローって(泣)。
 ……スーダン人大好き。

 素敵だ。見ず知らずの外国人を見て、素直にハローと言えるなんて。ハロー!!! ハロー!!! 地球のあいさつ、ハロー!! あいさつは、ユーユーではなくてハローなんだ!!! ユーユーと叫ぶ奴は、佐々木健介にストラングルホールドをかけて締め落としてもらうべきなんだ!!! 藤岡弘の
手裏剣の練習台にしてもいいよ!!!

 それにしても、国境一本でなんでここまで変わるものか。このあまりにも明確な違い、仮にエチオピアのガキがボクシングの亀田兄弟だとしたら、スーダンの子供は浅田真央、舞姉妹である。あ、
別にどっちが良いとか悪いとかいってるわけじゃないんだけどね。でもほんの200m先はエチオピアだというのに、片方は憎たらしくて片方は抱きしめたくなるくらいかわいいなんて。別にどっちが良いとか悪いとかいってるわけじゃないけどね。片方は関わりあいたくないけど片方は娘(彼女も可)にしたいなんて。別にどっちが良いとか悪いとかいってるわけじゃないけど。

 さて、この国境の町はガラバートというのだが、ここには宿泊施設が無いため、野宿なんて海賊のやるような野蛮なことはとても出来ない育ちのいいオレは、今日中にゲダレフという中都市へ移動することにした。ガラバートからゲダレフへ。はっきりいって、そろそろもう
都市名を覚える気力はない。都市DからEへとかもう記号にした方が私にも読者の方にもスーダン自身にとってもわかり易いのではないでしょうか。
 ということですでに午後5時近くになっていたが、村の端まで行くと、都市Eに行くという乗り合いの軽トラックを発見した。もうすぐ出発するというので、早速荷台に荷物を投げ入れて(というのは言葉のアヤで本当は投げてはいません。私は大人ですので、こういう場合もマナーを守って、きちんと丁寧に置きました)自分も乗り込む。ごく普通の軽トラックであるので、もちろん荷台はタダの荷台で、屋根も壁も無い。

 乗り込んだのはいいのだが、今日国境を越えた人間はほとんど全員都市E(ケダレフ)へ移動するため、このたった1台の軽トラックの荷台に、リュックが積まれ、麻袋が積まれ、そしてサンコンみたいな人達が
20人ほど乗ってくる。言語を絶する窮屈さである。定員とかいうシステムは無いのだろうか?? 別に無理して全員乗らなくてもいいんだよ!! オレさえ乗れればそれでいい。オレだけ移動できれば別に他の奴は野宿でもなんでもすればいいんだよ!!
 隣の客などは、オレのバックパックの上に全体重を乗せておもいっきりうんこ座りをしている。て、テメー、中のシャンプーとか、ヴィッキーチャオのグラビアが載った小冊子とか、吉川英治の三国志が大爆発したらどうしてくれるんじゃワレえっ!!!!!!

 しかし荷台の20人はそれこそ僅かな空間に自分の手足を投げ入れ、うめき声を上げながらギリギリで乗車している。肉体と肉体と麻袋は3Dジグソーパズルのように複雑に絡まっており、一度決まった体勢からは身動きが取れない。この光景は、
トリモチに落ちて絡まるダチョウ倶楽部のメンバー達を思い出させるものがある。すでに荷台がパンパンで枠にかかる圧力も相当なもの、この調子では運転席のドアをバタンと閉めるくらいの衝撃で枠がパカっと倒れて全員バラバラと転落しそうだ。そうなったらほとんどドリフのコントである。はたから見たら相当面白いだろう。

 さて、3D人体ジグソーパズルを積んだ軽トラは都市DからEを目指し颯爽と発車したのだが、なぜか10分ほど走った荒野の真ん中でいきなり停車した。道の脇にあるみすぼらしい小屋から警官とアーネストホーストを足して2で割ったようなスーダン人が登場し、オレのところへやって来た。


「おい、おまえ。ここでパスポートチェックをするから一旦降りて来なさい」


「パスポートですか?? い、いいですけど、ご覧の通り今体と体が複雑に絡み合ってまして、ちょっと抜け出せる状況じゃないんですけど……」


「何を言っているんだ!! 外国人はきっちり身元照会をしておかないとダメなんだ。これオレの仕事。じゃあこっちから引っ張ってやるよ」


「待って!! むやみに引っ張らないでくれ!!! 危ない!! 崩れるっっ!!!!! 
ぎゃー!!」


「ウオーー!!」
「ジーザス!!」
「オーマイゴッド!!!」




 
ガラガラガッシャ〜〜〜ン!!!!
 警官が何も考えずに乱暴にオレを山から抜いたものだから、無残にも山全体がバランスを失ってガラガラと崩れてしまった。荷台の底でスーダン人が一人
麻袋と一緒に埋もれて下敷きになっている。ほらみろ! ちゃんと上や端の方から順番にそお〜っと抜いていかないからこうなるんだ。本来ならば山を崩してしまった奴は罰ゲームでセンブリ茶を飲まなければいけないのだが、警官は職権濫用をしてうまく飲むのを逃れていた。

 小屋に連行されたオレは、紙にパスポート番号や氏名を書かされ、警官のチェックを受けすぐに発車OKになった。簡単な確認である。しかし軽トラに戻ったはいいが、また乗るのにひと苦労である。「入れてっ!! ちょっと押してよっ!! 
いでででででっっ!!! 待てって!!! まだ足入って無いだろ!!!! あいた!!! あ痛いっ!!! アイタイ(涙)!!!!!」などと叫びながら一生懸命また3D肉体パズルに参加するのだ。他の乗客にとっては非常にいい迷惑である。

 さて、オレがまた塊に収まると同時に軽トラはプスプスと走り出したのだが、15分ほどしてまた停車した。道路脇の小屋から、警官とウィルスミスを足して2で割ったようなスーダン人がやって来る。


「オイ、パスポートチェックするから。車を降りなさい」


「え? さっき見せたばっかりだって!! それにこの体勢を見れば降りられないってことはわかるでしょ!!」


「何を言っているんだ!! 外国人の身元照会は大切なのだ。これオレの仕事。いくぞ、せーのっ」


「待って!! 危ない!! 崩れるっっ!!!!! ぎゃーー!!」


「ウオーー!!」
「ジーザス!!」
「オーマイゴッド!!!」




 
ガラガラガッシャ〜〜〜ン!!!!

 おおいっ!!! だからもっとそーっと扱えよ!!! 細やかな体質なんだから!!! 振り返るとスーダン人が一人、麻袋と一緒に埋もれて下敷きになっていた。

 軽トラで移動をしながら7時が過ぎ8時が過ぎた。辺りは完全に真っ暗になっている。こんな暗闇の中、何も無い荒野を荷台に乗って行くのは非常に心細い。早く町に着いて欲しいと思っていると、車は道端で突然停車した。闇の中にかすかに見える小屋から、警官とクロマティを足して2で割ったようなスーダン人が現れた。
これで今日8回目である。


「オイ……もう説明が面倒くさいからいきなり引っ張るぞ」


「待って! やめてっ!! 崩れるっっ!! 
ギャーー!!」



 毎回毎回ガラガラガッシャンと崩れ抜け出し、かれこれ8回パスポートチェックをされている。なんなんだこれは!!! これだけ頻繁にチェックをしておかないと悪い外国人が途中で逃げるとでも思っているのだろうか?? オレが殺人犯だっとしても、スーダンのガラバートからゲダレフに行く途中で逃げるというのは、ある意味
死刑になるのとあまり変わらない。どう考えても逃げることなど考えられないではないか。
 そして、10回の途中下車を繰り返し、午後10時を回ったところでようやくオレ達は都市Eへ到着した。







今日の一冊は、困ってるひと (ポプラ文庫)





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