〜腹痛ム2〜





 いや〜。あっはっは。

 血が〜〜出たで〜た〜血が〜で〜た〜あヨイヨイ♪

 
と楽しげに歌っている場合ではない。そして血は一文字だからなんか歌いづらい。また、当然だが赤飯を炊いている場合でもない。たしかに、生まれて初めて尻から血が出たのだから、一歩間違えれば今夜は「おや? 今日は赤飯か。何かめでたいことでもあったのか?」と聞く父親と、それには答えずオレの方を見て黙って微笑む母親が登場してもよさそうなものだが、惜しくも性別の差でそうした照れる団欒は生まれず、赤飯ではなくのた打ち回って苦しむといった状況である。オレはどちらかというとのた打ちまわって苦しむよりは赤飯を食べたいのだが、それはむなしい希望であった。
 女子中学生ならば喜ぶべきことなのに、オレが男子だというだけの理由で、尻から血が出るのはめでたいことではなく
悲しいことになってしまっている。こんなふうに男が一方的に酷い扱いを受けていても、女性への差別ではないためきっと福島瑞穂は見て見ぬフリをするだろう。社民党は拉致も捏造だと言っていたし

 ただ、差別うんぬんに関してはこの際
大事の前の小事であるので置いておいてやろう、ただ、単純に肉体的に見てもこれはちょっとまずいのではないだろうか。別に激しく出血サービスしているわけではなく、尻に気合を入れると時間を置いてポト……ポト……と何滴か落ちるくらいの、せいぜい屋根裏に惨殺死体がある時くらいの微妙な血のしたたり方であるが、それでもやはり出所が惨殺死体ではなく自分の腸だというのがむごたらしい。腸的には死体に近づいているということではないか。まだまだ生きたいのに。

 まあオレは血を見ると大袈裟になってしまう習性があるため必要以上にギャーギャーと書いており、実際は数滴だけでその後出血が続くということはなかったが、しかし出たという事実は事実で、重要である。
血が!! オレの尻から血が出た!!!! しかも根本的に、腹痛が激痛で治らない!! 腹が腹痛で痛い!!! 激しく激痛に痛いっっ!!!!!!! 痛っっ!!!!!! いた〜い〜〜〜〜

 血が出た腹が痛いと騒いでいても誰も助けてくれなかったので、トイレから部屋に帰りベッドに横になるのだが、これがまた不思議なことに、横になると3割増しで痛みが増す。立っている時も痛みは激しいが、横になるともっともっと激しくなる。ドリブルに例えると、立ってる時が次藤くん、
横になると日向小次郎といった具合の激しさだ。もうこのアフリカの旅でも何度も何度も何度も腹痛には苦しんで慣れているはずなのだが、それでも「いだいよ〜〜なななんなんだこれは〜〜」とパニクって呻いてしまう程の常軌を逸した強力で新鮮な腹痛。腹痛の新種発見である。痛すぎる。
 ちなみに、深夜このように呻きながら寝たり起きたり出たり入ったりしているオレに対して、ルームメイトの初心者T君は、「作者さん、我慢できないようだったら夜やってる病院探しに行きましょうか?」といかにも初心者といった優しい言葉をかけてくる。うむむ……この初心者め!!! 
初心者の世話になんかなってたまるか!!! 普通逆だろ!!! むしろここはオレが初心者の世話をする場面だというのに!!!!!
 なのでオレは
「え、い、いいよ……だいじょうぶだよ……」と弱々しく答え、また横になったらテポドン級の爆発力の腹痛に叫び、起き上がってヨタヨタと部屋を出るのだ。もちろん「だいじょうぶだよ」と答えてはいるが、このだいじょうぶは居酒屋の店員の「よろこんで!」と同じで、ただの心のこもっていないカラ元気である(涙)。

 もう横になったところで寝ることは絶対に不可能だし、体が休まるどころか逆に腸の暴れ具合が増すだけだったので、オレは部屋を出て、宿の真っ暗なロビーで朝まで過ごすことにした。


 砂漠地帯だけに、この宿の中でも昼と夜では
天海祐希と天海麗くらいの激しい温度差がある(18歳未満は天海麗を検索しないように)。よって、ケニアで購入したマサイ族のマントを体に巻き、イスの上で小さくなって((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブルと寒さに震え、痛みに暴れ、イタイイタイイタイイタイタイイタイイタイイタイと呪詛のように唱えながら、苦しみの記録を永遠に残そうと、記念に写真など撮ってみた。
←宿のロビー(撮影:死にかけの人)
 なんか2匹ほど目からビームを出しているスーダン産の生物がオレを見ているが、今はネコごときにかまっている場合ではない。いいイ゙イ゙イ゙痛い……寒い……


 あまりにも痛さが引かないため、何かこれは
とてつもない悪い病気なのではないかという疑い、不安が、遂にジャジャーン!と姿を見せ始めた。さあ、こうなった時のオレは弱いですよ〜。常人の想像を遥かに超えた弱さを発揮しますよ〜(号泣)。オレの場合、不安や恐怖は高校時代の松井や松坂のように、一度頭角を現したら消えることなくひたすら成長を続けるのだ。不安の大物ルーキー化である。
 ということで、ぐあんぐあんとうねる激痛に苦しみながら、ああ、オレの旅はもうここで終わるのかな……。いや、それでも日本に帰れたらまだいいよ。最悪このまま意識が無くなって、スーダンで死んでしまって日本大使館に迷惑をかけて、親にも遠くまで遺体を引き取りに来てもらわなくちゃいけないな……オレは生まれてから死ぬまでずっと親不孝ものだったな……えへへ……もう死ぬんだねオレ……でもこんなところで死ぬのはイヤだよ……と
ネット心中参加者に勝るとも劣らない絶望ぶりを見せ付けるのであった。痛い。とにかく尋常じゃなく痛いのだ。腹が痛いのだ。あんたらにはわからんと思うけど腹がすごく痛いんだよオレは!!!!!!!!!!!!!! 痛いんだ!!! 痛いよっ!!!!!

 プ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

 ……。


 かゆいっっ!!!! がーーーーーーっ!!!!!!!!! 蚊が!!! 蚊がいるっ!!!! 何匹もいる!!! 刺されたっ!!!!! かゆい〜〜〜〜!!!!!!!

 天敵のオレとしては、本来蚊の姿を見かけたら何をおいても絶対に抹殺、できれば生け捕りにして足と羽を1本1本むしってバラバラにしてから最後に本体を叩き潰すのが使命なのだが、この暗闇と腹痛と寒さの中で、とても蚊と戦うenergy(エナジー)は無かった。ただマサイマントでできるだけ体を包み、防御の体勢で痛みと寒さとかゆさに耐えるのみだ。
 ううう……さ、寒いなあ……かゆい〜〜〜かゆいよ〜〜〜〜痛い〜〜〜〜いだい〜〜〜〜!!!!! 
寒い! かゆい! 痛い!! そしてここはアフリカのスーダン(号泣)。それにしても痛いしかゆいし寒いし、ほんとにあれもこれもそれも一斉にだ。歌でいえばいとしさとせつなさと心強さと(with T)といったところである。
 
 不安スパイラルと痛さかゆさに耐えてじっと目をつぶっていると、アゴ〜ン、アゴ〜ンッとなぜかネコのうめき声が聞こえてきた。アゴ〜ンとは普通の声ではないな。なんかすごく苦しそうな鳴き声だ。もしかして、ネコもオレと同じく腹痛に苦しんでいるのではないだろうか。わかる、わかるぞその苦しさ。オレも同じだ!! 
ああ、友よ!!! ネコの心の友よ!!! と思ったらさっきの二匹のネコがオレの目の前2メートルで交尾していた。
 露出プレイかよっ!!!!!! てめえらせめてもっと健康な人間を利用しろよ!!!!!!! この死にかけの人間を興奮するためのダシに使うんじゃねえっ!!!!!!


 オレが2m先でどれだけ苦しんでいるのか知ってか知らずか、やがてネコは静かになり、
すっきりした表情で満足げに去って行った。殺す。
 ぐが(さて)、腹痛がピキーンと来たのが夜の8時ごろで、そこからあまりの痛みで一睡もすることなく、ロビーでひたすらマントにくるまり耐え、朝までがんばり、もはや人々がじわじわと活動し出す時刻である。
 7時ごろ、オレはふらふらしながら部屋へ戻った。かれこれ
11時間ほど激痛にやられ続けている。もうダメだ。部屋では初心者で有名なタガミくんがのそのそと起き出して、入れ違いにどこかへ出かけていった。いいなあ健康な人は(泣)。さーて。どうすればいいんだろう。どうすれば僕は助かるのですか? 治るのですか? 誰か教えて。教えてください。

 そのまま心のうつろいゆくまま、呆然とベッドに腰掛けいで〜いで〜言っていると、初心者のルームメイトが帰ってきた。さっき出て行ったばっかりなのに。


「作者さん、宿の人に病院の場所聞いてきましたよ。2つあるみたいですけど、ひとつはここから歩いてすぐです。今行って場所見て来ましたから。出かける準備してください」


「……」



 な、なななんだと!!! そんな、そんな初心者の世話なんかに!!! オレの、年上の旅人のベテランのオレのプライドがっ!!!!



「すぐ出れますか? 僕が連れて行きますから」


「……はい。このままで行けます。お願いします(号泣)」


「じゃあ、念のため僕の注射針渡しておきますね。もし古い針を注射されそうになったら、これを使ってもらってください」


「はい(涙)」


 タガミくんは、そう言いながらビニール袋に入った注射器を出してオレに手渡した。エイズや肝炎などの感染対策に、常に用意していたということだ。また、これも持っててくださいと、新しいミネラルウォーターもくれた。
 そして、オレはタガミくんに連れられて、ハルツームの国立病院へ向かったのである。ゼエゼエ言いながら歩いて10分ほどの病院へ到着すると、彼は、オレの代わりに受付に話をしてくれた。

 ……。


 朝も早くから、オレは7歳も年下の、高校を出たばかりの10代の少年に、病院の場所を調べてもらいそこまで連れて行ってもらい、安全のため水も注射器ももらって受付も済ませてもらったのです……。


 
おおおああああうあうっ……ぐあっあうあう(号泣)。おおおお〜いおいおいおい(号泣)。

 ……いや、自分が情けなくて泣いてるんじゃない。たしかにいつにもまして情けないけど、それに関しては
普段の延長だ。そんなことで泣くなんてないさ。でも、でも……。おおお〜いおいおいおい(号泣)。お〜いおいおいおい(号泣)。タガミく〜ん(号泣)。
 初心者初心者言ってたけど、本当は、彼はバックパッカー暦も訪問国数も期間も全部オレより多かったんだ。本当は、どう考えても初心者はオレの方だったんだ。ああ、知ってたさ。でもそれが悔しかったために、今まで彼のイメージダウンを狙って初心者なんて言ってバカにしてしまった。本当は、タガミくんは面倒見もいいし頭もいいし体力もあるし強いし貧乏だし、オレが彼に勝っているところなんて、ネクラっぷりと身長くらいなんだ。ごめんなさい。タガミくんじゃなくて、これからは多神くんって、そう呼ばせてください。冗談とかじゃないです。呼ばせてください……。

 多神くんは、受付を済ませると宿に帰り、日本人宿泊者全員分の電車のチケットを買いに行くということだった。これも彼が自分から名乗りを上げて、みんなのために一人で、遠くまで自転車で買いに行くらしい。もうなんというか、多神くんとしか言いようが無い少年だ。こんな若者がいるなんて……なんだかお世辞ぬきで、
日本の未来も捨てたもんじゃないのではないだろうか。

 ところが、オレはここで決断せねばならないことがあった。1週間に1本の国境行きの電車が出るのは、明日である。そう、この意味不明の腹の激痛を抱えた身で、国境まで2泊3日で移動など
どう考えてもできるわけがないのだ。


「多神さん……僕のチケットは、いいですから……。僕は、こんな体でとても電車になんて乗れません。だから、僕を置いて、4人でエジプトへ行ってください……」


 ……いやだった。
 オレも電車に乗りたかった。
……でも、無理なんだ。オレは行けない。
 5人で、仲間と一緒にエジプトまで行けると思っていた……。日本人と一緒のコンパートメントに乗って、みんなで話をしながらわいわいと、楽しくエジプトまで行くはずだった。でも……いいんだ。みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
オレを置いて、どうかみんな無事エジプトまでたどり着いてください。

 多神さんは、一言わかりましたと言って帰って行った。初心者初心者と口の悪いオレを一向に責めることなく、むしろなんのためらいもなくオレを助けてくれた。彼の親切に報いるためにもオレはなんとか回復しなくてはならないのだが、ううう〜〜腹が痛いよ〜〜〜〜今からオレはどうすればいいんだろう。
オレは一人じゃなにもできないんだよ〜(泣)。誰か助けてよ〜〜(涙)。
 
死ねばいいのに。






今日の一冊は、スティーブン・キングが別名で書いたホラー小説 痩せゆく男 (文春文庫)





TOP     NEXT