〜電車でGO! スーダン編2〜









 うーむ……。






 ハルツームを出発してからわずか10分程度で、車窓の景色はご覧のとおり、
空と砂のみ。生き物や人工物の姿は、もはやB21のヒロミくらい全く見かけなくなってしまった。これは田舎とかいうレベルを遥かに超越している。さすがに田舎で有名なアメリカのユタ州でも、ここまでひどくはないだろう。
 ……。なんか今、どこかで「ユタは田舎じゃないよ〜!」と
ケントデリカットの激怒する声が聞こえて来たような気がする。蜃気楼的なものだろうか?

 砂、砂、砂、たまに石と繁み。走っても走っても景色は全く変わらない。変わらなすぎて、走っているのか止まっているのかもわからなくなるくらいだ。なんておもしろい冗談を言っちゃいたくなるよ! 
ねえみんな! 楽しいねっ!!

 ……。

 ケッ。
 
どうせオレの周りはスーダン人ばっかだよ!! きっと今頃遠くの車両の日本人旅行者は、楽しくワイワイと盛り上がっていることだろうよ。旅は遠足とは違うんだよテメーら!! スーダンまで来て男女でチャラチャラ盛り上がってるんじゃねーよっっ!!! おまえらなんかに絶対トランプ貸してやんないからなっ!!!

 ははっ。そういえばオレが抜けたからあの4人はちょうど男女2−2だな。きっとフィーリングカップル2対2でもやってうわついてるんだろ。なんか恋の予感がするね! テロで前の車両だけ爆破されたらいいねっ!! どかーん!!
 さて、オレのコンパートメントはオレ以外の5人
全員スーダン人であるのだが、彼らスーダン人同士は電車が走り出してから30分ほどですっかり打ち解けて盛り上がっている。ぼくさみしい。さみしい上に、砂まみれ。砂さみしい。基本的に暑くてとても窓を閉めている場合じゃないのだが、たとえ閉めたとしても砂埃はどこからかどんどんモアモア入ってくる。病み上がりなんだから、砂かさみしいかせめてどっちかにしてもらいたい。これではいくらなんでもオレがかわいそうである。子ぎつねヘレンよりかわいそうである。そして子ぎつねヘレンとほぼ同程度にかわいい。そして子ぎつねヘレンとほぼ同程度に興行収入が少ない。

 さて、オレは発車から数時間、当然スーダン人の会話には入れず
ずーっと一人で窓の方を見ていたのだが、ふと気付くと彼らが荷物をほどいて食料を次々と取り出している。おお、もう昼か。大抵の人々には楽しいランチの時間か。オレちっとも楽しくないけど。
 隣に座っている若者が、フライドポテトや卵をパンに挟んでオリジナルのサンドイッチ(若者サンド)を作り、他の人たちに配っている。彼らはグループではなく個別に行動している乗客なのだが、若者はわざわざ他の客の分まで食料を持ち込んで、無料でランチを作成して配っているのである。スーダン人の人の良さについては噂を聞いていたが、こういうところを見ると本当に感心する。この心配り、ぜひ2号車でフィーリングカップルなんて軟弱な遊戯をしている
極悪日本人どもにも見習わせてやりたい。あいつらがもし常識というものを持っているなら、一人くらい年長者のオレを立てて席を変わりに来るべきだ。もしくは、「僕はここから自転車で行きますから、この席は作者さんに譲ります」と誰とは言わんが一番若い奴が言いに来るとか。

 ちなみに、オレは食料を
持っていない。なぜなら、昨日の夜はまだ腹がやられていてとてもメシを食える状況ではなかったからだ。「今こんなに食欲が無いんだから、どうせ明日もあさっても食欲は無いだろう」という、かの有名な作者論法の結果、2泊3日の旅になることがわかっていたにもかかわらずなんの食料も用意しなかったのである。ちなみにその作者論法が正しかったことを証明するように、今現在、初日の昼の段階でめちゃめちゃ腹が減っている。なにしろ一昨日の夜から何も口にしていないのだ。
 オレはチラチラと隣の若者を見た。お、おいしそうだな……。フライドポテトも、卵も、
結構たくさんあるよ? きみたちだけでそんなに食べきれるのかなあ? よかったら手伝ってあげてもいいよ。ううう……。おなかすいたよ〜〜。ひとつだけちょうだい。おじぎり、ひとつだけちょうだい(号泣)。
 しかし隣の配膳係の彼は、オレの存在など無視してスーダン人のみと談笑している。まあ考えてみれば当然である。最初に挨拶こそしたものの、まだまだオレは食中毒でヘロヘロで、最初からムスッと一人で窓の外を見ており、周りからは
村主章枝タイプの難しい人だと思われても仕方が無いのだ。たしかに、悲壮感漂わせ対決ならオレも村主さんとメダルを争う自信はある。彼女の演技中のあの悲しそうな表情も、今のオレならデフォルトで出せる。だって本当に悲しいんだもん。

 さて、オレ以外の全員に自家製若者サンドを配り終えた若者だったが、見るとなぜかもうひとつサンドイッチを作っている。スライスされたパンに油でつやつやとテカったフライドポテトと、わざわざゆで卵をこの場で殻を剥いて挟んで、人数分以上のサンドイッチを用意している。これは、おかわり用だろうか? いや、
それとも……。これは、これはもしかして?
 オレはサンドイッチなどには興味ないフリをして、あくまでクールを装って外の景色を眺めながら、しかし5秒に1回くらい彼の手元をチラチラチラチラと見た。「あの日本人、強がっているけど本当はすごく腹が減っているんじゃないか? 
ちょっとわけてやった方がいいんじゃないか??」スーダン人たちに察してもらえるように。

 追加分のサンドイッチを作り終えた若者は、ポンとオレの肩を叩いた。そしてサンドイッチを差し出して、ニコッと微笑んでいる。
 ……。
 キャー!!
 キャーキャー!!!
 
エルオーブイイー若者LOVE♪♪
 ありがとう(号泣)。食べよう! みんなで一緒に食べようよ!! 
楽しもうよ! 民族の差なんて越えてさ!!
 オレにサンドイッチをくれた若者は、セフィアンという名前の角刈りの好青年だ。趣味は
食べ物の配給だそうだ。ひと言セフィアンと挨拶したのをきっかけに、他の乗客も交代でオレに話しかけてくる。こ、これは、交流? 2泊3日、彼らと仲良く交流を繰り広げながら、遠足のように楽しい移動ができるのではないのですか? そうだ! 旅とは、このように現地の人々と触れ合って、交流を深めるものなんだ! 触れ合わなければいけないんだ!! 日本人旅行者だけで固まるなんて、そんなの旅じゃないぞ!! 全然うらやましくないぞ!!!!

 ……あああ。でも正直オレは外国人との交流が
辛いんだよ〜。だって、初対面の人となんて何を話したらいいかわからないじゃないか!! なんの話をすればいいか考えなきゃいけないし、しかもそれを英語で言わなきゃいけないんだ。そんな面倒くさいことはやりたくないんだ!! 一人で窓の外を見てたいんだ!!!!
 しかし、本音ではそう思っていても、私の中のもう一人の私が、
「作者、なにをわがままいっているの? せっかくみんなが話しかけてくれているんじゃない。地元の人たちと触れ合うチャンスじゃない。ここでスーダンの人たちと交流して友情を育み、そしてそれを旅行記でアピールすれば、世界中でいろんな人と仲良くなっている素敵な旅人としてイメージアップができるじゃない! 女性にモテモテになるじゃない!! さあ、今こそ触れ合うのです。そしてモテるのです」と呼びかけてきた。

 オレはセフィアンや他の乗客たちと、日本のこと、スーダンのことやこの旅のこと、お互いの家族のことなどを話してすぐに打ち解けることができた。やっぱり、日本人もスーダン人も、同じ地球人なんだ。違うところなんてないんだ。こうやって心を開けば、打ち解けられない人なんていない。
だから僕は、旅を続けられるんだ。そこに人がいるから。

 さて、モテモテ作戦が
大成功したところで、喋るだけで食べれなかったサンドイッチをいよいよいただくことにした。親切な青年セフィアンの自信作、愛のこもった若者サンドである。やった! 楽しい昼食だー!

 
おあっ!!!!

 こ、これは……。
 オレはポテトとゆで卵の挟まったありがたいサンドイッチを見て驚愕した。セフィアンは、この砂の舞い荒れる車内でわざわざゆで卵を剥いてくれたのだが……。汚れた手で卵を剥くとどうなるか。
きっとみなさんにも苦い思い出はあろう。そう、ゆで卵が、卵の水分とセフィアンの手から付いた砂がミックスされて、白い部分が見当たらないくらいどす黒く変色しているのである。いや、ただの黒ではない。漆黒だ。漆黒のゆで卵だ。あわわわわ……き、きたない……(涙)
 衝撃的サンドイッチを手に動揺しながらセフィアンを見ると、もちろん彼は日本人が自分の手作りサンドイッチを
おいしくほうばる姿を今か今かと待ち、笑顔でオレを見つめている。
 そ、そんな。こんな、こんな砂サンドイッチを……砂を食べろというのか……。いや、もちろん彼の好意、善意の詰まったサンドイッチだ。どんなに味が悪かろうと、文句を言う権利なんて誰にも無い。でも、だからといって
食えん。砂が!! 砂がああっ!!!!
 オレにだって道徳心というものはあるが、この体調だし砂を食うことはどうしても無理なのだ。
しかし、体調を理由に拒否しようにも、オレはほんの数分前にサンドイッチをめちゃめちゃ嬉しそうに受け取っている。これで突然、「うう、お腹が痛いからサンドイッチが食べられそうもありません……あーいたい」と演技をしてもあまりにもバレバレである。そんなことをしたらオレとセフィアンの友情が、まだ西田ひかると宮沢りえの関係のような表面的な友情とはいえ、ドンガラガッシャンと儚く崩れ去ってしまうではないか。
 ああ……ここは、もうこれは砂サンドという種類の、
そういう食べ物だと割り切って食べるしかないのか? 若者サンドには砂がつきもの……砂……砂の汁が……。

 ……。

 やっぱりダメだ。これは食えん。薄情者と言われようがお尻プリプリと言われようが、どうしてもこれは、これは食えん〜!!! アイキャント、アイキャント〜!!

 オレはひらめいた。



「そうだ!! オレいいこと思いついちゃった!! このサンドイッチ、
通路に行って外の景色を見ながら食べるよ。ここでも景色は見られるけど、ほらオレの席は窓際じゃないでしょ? ああ、いいのいいの!!! 席を代わってくれなくてもいいの!!! 通路まで行って、窓から顔を出して素敵な風景を見ながら食べたら、もっともっとこのサンドイッチはおいしくなると思います。だからちょっと行ってくるね!!」


 おお、それはいい考えだな! と普通に反応してくれた優しいセフィアンと他の乗客を置いて、オレは座席を離れ電車の通路を歩いた。なるべく遠くまで。そして……。
 ああ、やっぱり外国で電車の外の流れ行く景色を見ながら、こうして食べるサンドイッチは最高だ。オレは本当に幸せ者だよ。ありがとうセフィアン……。

 ポロッ

 ああっ!!! そんな!!! 卵がっ!! 
せっかく食べようとしたのに卵があっっ!!!


     ・

     ・

     ・


※卵とサンドイッチはこの後
スタッフがおいしくいただきました。


 さて、
腹ごしらえも済んだところで、またオレはボックス席へ戻った。セフィアンにサンドイッチが美味かったと告げると(お世辞ではない)、やはりとても喜んでくれた。そう、食べたのです。僕はサンドイッチを残さず食べたのです。本当です。

 ということでゆで卵事件も一件落着、そこからまたしばらくオレは他の乗客と、現地の人々と
触れ合い、和気あいあいと食後の上品な会話を楽しんだ。彼らは基本的に皆若者なのだが、その中に一人だけ60歳くらいじゃないかと思われるおじいさんがいる。しかしおじいさんも、若いものには負けずにどんどん話に入ってきてくれる。いやー、とても60歳には見えないねえ。せいぜい58くらいだよ。



「おい、おまえ、作者とかいったな」


「はい。そうです。作者です。あと2日ほどですがどうぞお見知りおきください」


「おまえはアラビア語の名前は持っているのか?」


「持ってるわけないでしょ」


「よし、ではオレが命名してやろう。うん、ムハマドというのがいいだろう。
今日からおまえはムハマドだ」


「いやムハマドじゃなくて日本人なんで作者でいいんですけど……」


「じゃあよろしくなムハマド」


「おームハマド!」


「ムハマド! ナイストゥーミーチュー!」



 なぜかじいさんによって一方的なオレの命名式が終わると、セフィアンはじめ他の客も、「ムハマド! ムハマド!」と言いながら握手を求めてきた。あの、
ちょっと待ってくれますか? 別にアラビア語の名前いらないんですけど僕。そもそもあんたらにオレの名前を決める権利は無いだろう……。どうせならもっと画数とかも気にしたいし。というかムハマドなんてイヤだ!! 今時ムハマドなんて流行んないんだよ!! シュウジかアキラにしてくれ!!!
 ……いってー。ハラいてー(涙)。
 ムハマドムハマドと騒いでいると突然暴走する腹痛。いや、決してムハマドやサンドイッチが原因ではない。まだまだ一昨日の大ダメージが残っているため、しばらく喋り続けると内臓が刺激されてメチャメチャ腹が痛くなるのだ。うーむ……、弱々しい。
 というわけで、まだまだひたすら電車は砂漠を走り続ける。





今日の一冊は、星新一のショートショート ボッコちゃん (新潮文庫)






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