〜ルサカ〜





 ザンビア入国翌日早朝。
 オレは早速首都のルサカへ向かうため宿を出た。まだ6時だというのに、道々には大勢の黒人がたむろっている。そして彼らは一様にオレの方を見てこそこそと喋っているのだが、「チョン」とか「チョーチョーリー」とかいう中国人差別用語が言葉の端々から聞こえてくる。
 まあ朝っぱらから揉め事を起こしたくないし、奴らも一応はオレに聞こえないように気をつけて言っているようなので、今回のところは勘弁してやろう。だがこれ以上声が大きくなったり、オレに向かって直接その言葉を吐くやつがいたらその時はどうなるかわからない。
 このオレも自分で自分を抑えきれるという保証はない。その時には差別というものがどれだけ相手を怒らせるかということを、こいつら黒人に身を持って教えてやろう。自分達の軽率な言動を、オレの手によって心行くまで後悔させてやろうでは・・・







ドーン










ぎょええええ〜〜〜っ!!!!








黒人5人くらい(一斉に)チョーーチョーーリーー!!」







 あわわわわ・・・・。
 一瞬マジでテロとか内乱が起こったかと思ってしまったが、目が点になりながらもよく見ると、オレが通りかかるのを待ち伏せていた黒人が
大砲のようなものを打ち上げ、ビビらせると同時に一斉にオレに向かってチョーチョーリーのシュプレヒコールを浴びせてきたのである。

 ・・・。

 
この野郎!!!!!

 相手の数は5人くらい、周りでニヤニヤしながら見ている奴も入れると10人以上になる。だが、
ここまでやられて黙っているわけにはいかない。日本人を本当にキレさせたらどうなるか、オレが本当に怒ったらどんなことになるか見てえかコラ!!!! そんなら、そんなに見てえんなら、今ここでてめえら黒人に見せてやりたいのはやまやまだが、バスの時間に遅れちゃ大変なので、

 
・・・逃げます。

 ・・・弱くない!!!決してオレは弱くないぞ!!!! これでもオレは今までいとこ(5歳年下)とケンカしても負けたことはなかったし、凶暴な肉食獣である実家のムクもオレが近づけばすぐに服従のポーズだ。
 だが、今目の前にいるのはボブサップやマイクタイソンと同種の生物が10人以上だ。オレは「差別」という言葉は大嫌いだが、
それ以上に「殴打」や「撲殺」(この場合受動態)といった言葉も嫌いだ。こんなところで命を落としている場合ではない。
 オレはそそくさとバス停へ向かった。ああ、逃げたさ。人種差別に立ち向かうこと無く逃げたさ。臆病者と呼ぶなら呼べ! どうせオレは歌と踊りしか才能がないメディアの操り人形さ!!
 しかしよく考えてみれば、東洋の国日本には
「逃げるが勝ち」という、先人が遺した偉大な諺がある。ということは、この場合逃げたオレは勝ったということになるではないか。そう、オレは勝ったんだ!! 黒人どもに、そして差別に勝ったんだ!!! なんという充実感!!

 さて、朝から一戦交えて
勝利の余韻に浸りながら、満員のバスに乗ってオレはリビングストンを後にした。ザンビアのバスは思いの外豪華であった。前方にはテレビが据え付けられ、玉血の上映が始まった。玉血というのはタイトルが「玉血」という映画だ。なんのことかよくわからんが、安全地帯とかサラダ記念日とはあまり関係ないらしく、50年くらい前の中国のカンフー映画だった。ただセリフは中国語で字幕がザンビア語だったので、オレがわかるのはタイトルの「たまち」だけだ。
 なぜかアフリカではカンフー映画を見かけることが多いが、黒人も普段こんなものばかり見ているから中国人に対する偏見を持つようになってしまうのではないだろうか。東洋人を見かけるたびハチョハチョ言いながら飛び掛ってくるのもうなずける。
 よく考えてみれば、たしかにオレ達日本人は場所柄中国人の普段の暮らしをテレビなどで見かけることも多い。だがこれがもしアフリカの人々のように映画やニュースでしか中国を見る機会がなかったとしたら、黒人と同じように彼らに偏見を持ってしまうことも考えられるのではないだろうか。
 例えば、大抵の中国人は腹の上にコンクリートを置いてハンマーでぶち壊しても平然としていると思い込んだり、大抵の中国拳法の師範は白髪でチョビヒゲで常に酔っ払っていて頬や鼻が赤く、
弟子がいい感じで成長した頃に必ず悪い将軍に殺されなければならないと思い込むかもしれない。
 偏見というものはこうして出来ていくものなのだろう。

 ザンビアの首都であるルサカまでは、特に何事も無く順調に進んで行った。途中の検問で警官による荷物検査があり、一人の乗客が
「爆発物」と書かれた木箱と一緒にどこかに連行されて行ったが、この件については深く考えると恐ろしくなってくるので何もなかったということにする。

 ルサカには昼過ぎに着いた。とりあえず首都で唯一の旅行者用の宿を訪ね、部屋を確保。と同時に再び街へ戻る。メシを食っていると、目の前で他の客の食べ残しを狙って進入してくるホームレスのガキと店員がムキになって争っている。
 なかなか考えさせられる光景である。オレの今までの暮らしで、たった一回の食事をゲットするためにあんなに苦労しなければならないことがあっただろうか? いや、オレというよりもほとんどの日本人、巨人が勝ったりカードの裏側を透視しなければメシにありつけないといったような
企画中の若手芸人以外は、そんな経験はないだろう。
 あの子供はこうして毎日食事を得るために戦っているのだろうか。そしてそのまま大人になり、人の物を盗むようになり、それからもただ食うためだけに生き、そして死ぬまでその暮らしを続けるのだろうか。まあある部分哀れにも感じ、そしてある部分は、会社に行って帰ってきて、寝て起きて会社に行って帰ってきて、また寝て起きて会社に行くというオレ達の一生と別にたいして変わんないか・・・とも感じる。
 しかし店員もそんな怖い顔をしないで残飯くらいあげればいいじゃないかと思うのだが、もしかしたら彼も客の残り物を食うのが
唯一の楽しみなのかもしれない。

 さて、その後何度も迷子になりながらバスターミナルに向かい、翌日のチケットを手に入れた頃にはもう夕方になっていた。例によって暗くなる前に宿に戻る。ここから先は犯罪者達の宴が始まる時間なのだ。
 今日も明日も移動日で体力を使うため、休息を取ろうと部屋へ向かう途中、ふとロビーに黒髪の女性がたたずんでいるのが目に入った。あれは・・・。あの肌の色、瞳の色、間違いなく東洋人である。そしてこんな国を旅行している東洋人と言えば・・・日本人だ。一週間ぶりに会った日本人、もちろんこのまま素通りする手は無い。



作「ハチョハチョハチョーーッ!!!」


「な、なんですか!!」



作「あ、これは失礼しました。日本人の方ですか?」


「はい、そうです!」


作「旅行されてるんですよね??」


「ええ。あなたもやっぱり旅行者の方ですか?」


作「そうです!!」



 いやー、いいですねー。
 何がいいですねーって、彼女は間違いなくアフリカで出会った日本人旅行者で一番の美人である。まあここでは競争相手自体
ほとんど皆無なので、普通の女性と会えば大抵一番の美人ということにはなる。もうかれこれ3週間はまともな日本人女性に出会っていないため、今ならオレはサザエさんにも発情する自信がある。ワカメちゃんも可。さすがに花沢さんはあと1ヶ月フネにはあと3ヶ月程経たなければ欲情しないだろうが・・・
 とにかく、そんな彼女としかも日本語で話せるというのは、ここのところ溜まっていた精神的疲れを癒すのに十分であった。ちなみに彼女は夜7時頃出歩いていたら、警官に「夜外人が外を歩くのは違法だ!!」とか言われて
20万クワチャ強奪されたらしい。そんなところさアフリカ。
 しかし女性の身でさぞ怖い思いをしたことだろう。だが安心しなさい。今日からはこのオレがついている。
所持金の少なさと逃げ足の速さでは誰にも負けない頼れる男が。



作「いやー、大変でしたねー。僕もここまであんなことやこんなことがあったんですけど(武勇伝をねつ造)、正直言ってもう危険なことには慣れちゃいましたねー(頼りがい強調)」


「えーっ! ほんとですか??」


作「まあアメリカやインドでも危ない目には会いましたし(旅慣れ強調)、それがアフリカだっていうことをわかって来てますしね
(知識豊富&ワイルド)。ふふ・・・(笑顔&シブさ)


「ふーん・・・すごいですねー、それを一人でなんて」


作「いや、まあ実際その場になると結構慌てちゃったりするんですけどね(ユーモア)。ところでお一人で旅されてるんじゃないんですか?」


「違います。もう一人いるんですよ。さすがにアフリカを一人じゃちょっと怖いんで・・・」


作「そりゃそうですよねー、友達は今どっか行ってるんですか?」


「もうすぐ来ると思うんですけど・・・あっ、あいつです。」


作「あいつ??」



 彼女の視線を追っていくと、そこにいたのは日本人の若い
だった。



作「・・・」


「おそいよー。今日本人の人と会って話してたとこ」


「わりぃわりぃ。あ、どうも」


作「あ、ど、どうもこんにちは」


「私の連れです。ずっと2人で回ってるんですよ」


作「あっそ・・・」


「・・・」


作「・・・」


「・・・」


作「ははっ。じゃあ僕はそろそろ部屋に戻ろうかな・・・。じゃあまた何かあったら・・・」


「そうですね。じゃあまた!」


作「じゃあね・・・(涙)」



 ・・・。

 いいんだ。オレはワカメちゃんでいいんだ。

 えーい、軟弱なやつめが!! 神聖なアフリカの大地を女連れで旅するとはきさまそれでも日本男児かっ!!!!
 ・・・おのれ。オレだって、
日本男児じゃなくてもいいからたまには一人旅じゃない旅がしたい(号泣)。
 
 結局硬派を貫き、一匹狼として行動せざるおえなくすることにしたオレは、寂しく部屋へ戻った。
 しかし、ドアを開けルームメイトの状況を見てみると、予想外なことに、対面のベッドを使っているのは白人のキレイな女性であった。そう、この宿のドミトリーは男女混合だったのだ!! ザンビア万歳!!!
 ということでオレは一匹狼をやめた。彼女はローラという名前で、オランダ人の大学生だった。どっから見てもかなりの美人であり、しかも素晴らしいことに、軽く挨拶をした後彼女はなんと
「日本について色々聞きたいことがあるんだけど・・・」と言ってきたのである!!


 チャーンス!!!!


 メチャメチャ答えまっせ!!! 悪いけどそのへんのオランダ人より日本に詳しい自信はあるよ!!! 四字熟語も10個くらいは言えちゃうよ!!!!

 神は1度ならず2度までもオレにチャンスを与えてくれたようである。そういえば、ハラレでオレの盗難事件の一部始終を聞いたルームメイトのトシちゃんが、「作者さん、ここで旅行の悪い運を一気に使ったんですって。絶対これから先すごくいいことありますよ!」と励ましてくれたが、それがまさにここで起こっているのだろうか??
 オレの予想ではいいことが起こるのはもうちょっと先、ケニアあたりで
オフにお忍びで一人旅をしている深田恭子が黒人に絡まれているところを助ける予定になっていたのだが、こんなところからもう幸運が降って来始めたのだろうか。
 早速オレはローラの質問を受けてあげることにした。一体何について知りたいのだろう。日本マスターのオレに出会ってえも言えぬ感動を味わった様子のローラは、嬉々として尋ねてきた。



「ねえ、日本人って、ほとんどみんな仏教徒なの?」


「え? え、えーと、まあそうだね」


「ふーん。でもみんなあんまり熱心に信仰しているわけじゃないんだよねえ?」


「たしかにそ、そうかな」


「じゃあ無宗教みたいなものなの? でもそれなのにお寺とかたくさんあるじゃない?」


「は、はい・・・」


「それと、お寺の他に、神社っていうのもあるでしょう?」


「・・・。たしかにそういったものもあるようですね・・・。でも違いとかはあんまりないかな・・・」


「違いは、神社は仏教じゃなくて、日本の昔からの宗教の『神道』っていうものの建物なんだよね。」


「・・・い、いかにも」


「でも仏教と神道の違いがあんまりよくわかんないんだけど・・・作者は知ってる?」



「・・・(号泣)」


「・・・ね、ねえ」


「・・・」


「・・・」




 ローラとの話は終わった。

 オレは本当に日本人なのだろうか? きっとローラも
「こいつホントに日本人か?」と思ったに違いない。年下のオランダ人の方が明らかにオレより日本の文化について詳しく知っている。
 おそらくローラも
この部屋の空気を読んだのだろう、ちびまる子ちゃん風のひきつった笑顔のままどこかへ出て行った。・・・オレを一人にしてくれてありがとうローラ(泣)。

 オレは自分の不勉強を恥じた。旅先で出会った外国人の質問に、しかも自分自身の出身国についての質問に全く答えることが出来ないとは。
 彼らにとってみれば、オレはオレという一人の旅人であり、また同時に彼らにとっての「日本人」のイメージでもある。オレが知識の無さ、人として恥ずかしい行動を見せてしまったら、当然日本人全体のイメージとしてそれが彼らの頭に残ってしまうのである。
 オレは決めた。これからは日本人の代表として恥ずかしくない、誰にも誇れるような真面目な旅をすることを。これからのオレは、今までとはひと味違った旅行者として進んで行こう。
 そう、真面目な旅。自分の性格に反したそんな重い決断をしたオレは、
とりあえず部屋に干してあったローラのブラジャーとパンティーを撮影してみた→。
 
 というわけで、
この下着に誓っても、オレはもう決して日本人として恥ずかしい行いをしないよう心に決めたのだった。






今日の一冊は、サイバラ先生による この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)






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