〜マサイの中心で、オカマと叫ぶ(前)〜





「作者さん、僕が帰らないようなことがあったら、どうか両親に連絡をお願いします」


「わかった。心配しないで。きっとご両親もマサシくんみたいに立派な息子を持ったことを誇りに思っているはずだよ」


「じゃあ行って来ます。
うおりゃ〜! かかってこいナイロビっ!!! 刺し違えて死んでやるわっ!!!」



 オレと同じように靴下に現金を忍ばせて、しかしラグビー部主将の誇りを見せてマサシくんは旅立って行った。……別にオレ達は
極道の妻たちごっこをしているわけではない。ただ彼はこれから数キロ先のエチオピア大使館へビザの申請をしに行くだけである。しかし、たかが数キロ歩くだけなのにもしもの時の家族への連絡を頼ませてしまうというのが、ナイロビの意味不明なところなのである。とりあえずオレはこのあとマサシくんが戻らなかったら、宿に置いてある彼の荷物を物色して所持金を増やすつもりだ。


 かたやオレはというと、これからケニア版のサファリツアーに参加する。ナイロビから200キロほどの場所にあるマサイマラ国立公園という場所なのだが、今回は野生動物を見るのはもちろんその他にマサイ族の村を訪問するという軽々しいイベントがツアーに組み込まれている。
 まあ本来ならばマサイの村にはガイドに連れて行ってもらうのではなく個人的に立ち寄りたいところだが、アフリカのサバンナを数百キロに渡って遠路はるばる訪ねなければならないため、オレ一人の場合は多分途中で
補食され、他のツアー客に白骨死体で発見される可能性が高い。その点専門のガイドならば、動物の生態もマサイ村の場所も清水國明がブックオフのことをなんでも知っているくらい詳しく、彼に従って行けばおそらく白骨デビューは避けられるに違いない。


 ゴイ〜ン

「イダーッ(泣)!!!」

 ゴイ〜ン

「イダーッ(涙)!!!」



 出発から数十分、タンザニアの時と同じく4WDのRV車に乗ってマサイマラを目指しているわけであるが、ナイロビ市街から少し離れると道はもはや道と呼べず、むき出しの土の道路は
トムとジェリーに出てくるチーズ並に想像を超えたでこぼこさ加減で、走行中に体が宙を舞ったと思ったら車の天井に頭がぶち当たり再びシートに落下するという、常識的に考えてあり得ない激しい拷問が車内では繰り広げられていた。
 なんか少しずつ首が胴体に刺さっていってるような気がする。ああ、一撃ごとに段々若かりし日々の記憶が薄れてゆくような……。

 ゴイ〜ン

「アダーッ!!」

 ゴイ〜ン

「イデーッ(号泣)!!!」


 
……頼むからもっと平坦な道を造ってくれ!!! クレアラシルとビフナイトででこぼこを無くせ!!!

 とことんシェイクされ貯金箱の中の小銭の気分を味わいながら、ケニアの辺境を数時間頭をかち割りながら走ると、『間もなくマサイマラナショナルパーク』の看板が見えてきた。あと10kmほどで国立公園に到着なのだが、周囲を見渡すと、すでにシマウマやヌーの群れがわんさかと沸いている。
 
はみ出てますがあんたら!! 大人しく国立公園の中に戻りなさい。大体公園の外に既に野生動物がいるのなら、公園の意味がないではないか。マサイマラ国立公園は大体大阪府くらいの広さ、管理が難しいのはわかるが動物を外に出してしまったら危なっかしいことこの上ない。これじゃあ怖くて誰も車から出られないぞ!! 公園の周囲数十キロはとても人間が住めたもんじゃないだろう!!!
 ……おや?
 
マサイ族のおばちゃん達が普通に歩いています。あんたら怖いもの知らずかよ……もしかしてヌーとは友人関係か? シマウマと家族ぐるみのつき合いか?? しかしマサイの衣装、なんとも派手である。服はほとんど布切れだけでひたすら質素なのにもかかわらず、みなおそらく自作品であろう、極彩色のド派手な首輪や腕輪……英訳するとネックレスやブレスレットを、一人につき各10個くらいジャラジャラと身に付けている。ほとんどアクセサリー屋である。
 ってうわーっ!!! オレ達がナショナルパークの入り口に差し掛かり一旦停止すると、マサイおばちゃんの集団が一斉に車に群がってきた。
ぎゃーっ!! こわいっ!!!!
 彼女達は手にした腕輪や首輪を一斉に車に向けて差し出して来た。


「10ドル! 10ドル!!」



 
アクセサリー屋かよ!!!

 おばちゃんは赤と青のビーズのついたキレイなブレスレットをオレに向けて挑発しているが、どう考えても10ドルは無茶である。10ドルはケニアの通過になおすとだいたい800シリング(1200円)くらいなので、ここでは1日分の生活費ではないか。


「10ドル! 10ドル!!」


「そんな高いならいらん」


「じゃあ50シリング!! 50シリング!!」


「安っ!!!!!! 買うよ!!!!」



「サンキューサンキュー」




 
いきなり下げすぎだろ!!! もっと段階を踏めよ!!!

 日本円にして
1200円からいきなり80円へ。同じ商品がわずか3秒で20分の1に値下がりするというマサイマジック。一体原価はいくらなんだ。台風の直撃を受けた青森のりんご園を彷彿とさせる値下げ具合である。おばちゃんは50シリング受け取ると、オレがこのブレスレットを気に入ったと思ったらしく、すぐさま色違いのもう一本をオレに押し付けて来た。


「5ドル! 5ドル!!」


「なんでまた高くなってるんだよ!!!! 今50シリングで買ったばっかだろうが!!!!」


「じゃあ50シリング! 50シリング!!」


「買うよ!!!!! 安いっ!!!!!」



 うーむ。なんかマサイ族にうまいようにやられているような気もしないでもないな……。
 しかしオバちゃん達の執念は
エンディング間近でタンクローリーに轢かれた初代ターミネーターのごとくすさまじく、ガイドが手続きを終えオレ達の車が公園内に入っても、警備員を蹴散らして車に追いすがってくる。あんたら動物に食われますがな。

 さて、いよいよケニアでのサファリへ繰り出すこととなった。ただ、同行者の白人のおっさん達はゾウやキリンを見て可憐な少女のようにキャーキャー騒いでいるわけだが、オレは野生動物に関しては数日前にタンザニアで
下手したらセクハラで訴えられるくらい見まくっているわけで、本当を言うとあまり新鮮味がない。だが、だからといってそんな冷めた態度をとっていたら空気が悪くなってしまいそうだったので、オレも周りにあわせて「おー、すごいなー」などと卓球少女愛ちゃんの「シャー!」くらいの控えめな喜びを表現する。
 マサイマラ国立公園は相当面積が広く、時にはなかなか動物が登場しないこともあるのだが、そんな場合も見渡す限りのサバンナの中からガイドは見事にライオンの群れを発見してくれる。しかし彼の視力は一体どうなっているのだろうか。ガイドは最初草原のある一点を指差して、「ほら! あそこにライオンがたくさんいるじゃないか!!」と叫ぶのだが、その時点では彼以外には誰も見えていないのである。普通だったら、
人に見えない物が見えると言い張り、何もいないところを示して「あそこに……あそこに何かいる……」と訴える人間とは絶対に友達になりたくないものだが、このガイドの場合は近づくと本当にいるというのが知り合いの霊感少女とはひと味違うところである。
 しかしこれだけの視力を持っていたらテストで
カンニングし放題ではないか。全くうらやましい。きっと彼は学生時代試験勉強いらずだったに違いない。と言いたいところだが、ケニアの学校では皆視力がよく生徒全員カンニング狙いで、誰もまともに勉強していないため結局カンニングできる対象が一人もいないなんてことも考えられる。







 ライオンの行進。








 元々マサイマラに到着したのが夕方近くだったこともあり、それからすぐにオレ達は宿泊場所へ向かった。今回はなんと公園内に宿泊である。ちなみに安宿主催の安ツアーだけあって、柵で囲まれた敷地にテントとトイレが並んでいるだけという、
群れに襲われたら一発と思われる質素な場所であった。一応外のサバンナとは肩くらいの高さの木組みの柵で仕切られているのだが、頑張れば普通の動物でも入ってこれそうだし、大蛇などはフリーパス状態である。夜トイレに行くのにもちょっとだけ命が心配であった。

 翌朝、オレは前日までの仲間と別れ、別のツアーグループに合流した。昨日のツアーの人たちはこれから数日間サファリを楽しむのだが、オレは無理言って日程を短縮してもらったのだ。今日はマサイ村を訪問してそのままナイロビに帰ることになる。
 とりあえず朝方時間があったので、少しだけまたサバンナを周り朝の動物を見ることになった。ドライバーは、新規加入者のオレに優先的に声をかけてくる。


「ヘイ! オカマ! なんか見たい動物はあるか?」


「え、っと……今まで見てないのはチーターとかかな……」


「よーし、じゃあできるだけ探してみるよ」


 ……。
 今ドライバーは明らかにオレに対し「オカマ!」と呼びかけて来た。外見で人を判断するのはやめてもらいたい。たしかに見た目は男よりオカマに近いかもしれないが、それでもオレはちゃんとミスヤングマガジンなどが好きなので、オカマではない。決め付けるのは失礼だろう。


「ヘイ! オカマ!! 時間がないからちょっとチーターは難しいかもな。その代わりソーセージツリーとか珍しい植物はどうだ?」


「……それでもいいけど」


 うぬぬぬ。オカマオカマ言いやがって。客に対してなんという無礼な態度か。しかもヤツが「オカマ!」と叫ぶたびに、他の白人の乗客もオレの方を向いている。つまりオレがオカマなのはこの
車内の全員公認ということらしい。なんたる屈辱。ここはオカマの尊厳を守るためにも、オレがオカマ代表としてガイドと戦わなくてはならない。


「ヘイ! オカマ!!」


「オカマじゃないんだよっ!!!」


「ヘイ! オカマ!!」


「ムキー!!!!! このじじい!!!!!」


「ヘイ! オカマ!!」


「テメーいいかげんにしやがれっ!!! 侮辱罪だっ!! 出るとこ出てやるぞ!!!」


「ヘイ! …カマー!」


「なんだとっ!!!!」


ニューカマー!!!」



 ……。



 
オカマじゃなくてニューカマーでした。

 new comer、新しく来た人ね。なるほど。
たしかにオレのことだ(涙)。いやはや、勉強不足。言葉って難しいね。
 その後ドライブを兼ねてこの旅最後となるサファリツアー、野生の王国の世界をまたも堪能した。途中でおそらくインパラやガゼル等と思われる生肉を喰らっているライオンに遭遇。まさに弱肉強食の世界であるが、それは美味いんだろうか。
味がないだろう。味が。ナイフとフォークを使わないのはアフリカの文化だから許すとするが、ひと味加えるためにせめて塩こしょうくらいしろよ。
 ちなみに全然関係ないが、うちのムクは肉食獣のくせにたまに実家に帰ってみると毎日ドッグフードと焼肉という焼肉定食を贅沢に食っているので、きっと生のインパラを喰ったら腹を下すに違いない。オレが社会人になってからは
オレの養育費がムクに回っているらしく、ほとんど人間並みの生活をしているため、もはやヤツがこのサバンナに放り出された日には、きっと人間に混ざって車に乗って観光して、デジカメで動物の写真を撮ろうとするだろう。

 そして思い残すことがないほどライオンの姿を心に刻み付けたオレは、ドライバーに連れられマサイ村を目指す。





今日の一冊は、おやつ 1 (少年チャンピオン・コミックス)






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