〜マシンゴ4〜





 ひと通り宿を散らかし金が見つからなかったため、ジノエラ達ポリスとオレは、一旦ポリスステーションへ戻ることになった。しばらくまた調書のようなものを作り、世間話をしながら時は流れた。



「ヨーシ、いちおうこれで手続きは終わりな。」


作「そうですか・・・。」


「ところでおまえ、カメラ持ってるか?」


作「はい。幸いにも盗まれたのは金だけで。」


「よーし!じゃあおれ達の写真撮ってくれ!!」


作「ガチョーン!!い、いいけど警官が勤務中に事件の被害者に頼むことではないんじゃ・・・



 しかし悪びれないジノエラは、味のある撮影ポイントを求めてオレを警察署内に連れて行ってくれた。中庭のようなところにたどり着くと、壁の前に立ち仲間とポーズをとった。



ハイチーズ




左=かっこつけ警官 右=ジノエラ 撮影=作者(風前の灯火)


 撮影時、ジノエラの背後にある窓の向こうから、なにやら黒人が声をかけてきた。彼も一緒に写りたいのだろうか。彼はジノエラと何か喋っていたのだが、結局こっちまで出て来ることはなかった。その割には窓にしがみついてこっちをうらめしそうに見ている。



作「ちょっと、ジノエラさん。そっから覗いてるのはあなたの友達?」


「いや、違うよ。この前
逮捕したんだ。


作「
服役中かよ!!!わざわざこんなとこで撮影せんでも・・・」



 後ろの小窓から覗いていたのは、なんかの事件の犯人さんだったようだ。しかしあえて留置場の窓をバックに写真を撮らせるところが実に悪趣味である。さっき囚人がこっちに向かって何か言っていたが、きっと
犯人なりに「不謹慎だぞ!」とか言っていたのだろう。
 さて、これにて手続きは全て終了したため、オレの身柄はやっとのことで解放されることとなった。しかし身体は自由でも金がない。朝飯を食っているほんの20分の間に、部屋の鍵、リュックの南京錠を外し金だけ盗って
再び全て鍵を閉めるとは、まさしくプロの仕業である。それだけの技術があれば、盗みなどしなくても鍵屋として十分食っていけるだろうに。
 しかも、金だけではなく実は他にも奴はとんでもないものを盗んでいきました。それは・・・、
私の心です。
 心を盗まれたというか魂を抜かれたようになったオレ。しかし金は無理でも心は作りなおしてでもなんとか立ち直らねば日本に帰れない。自分に頼るしかないこの状況では、無理矢理にでも自分自身を頼りになる人間に仕立て上げねばならないのだ。
 オレが盗まれた8000ドルの内訳は、現金が約1000ドル、トラベラーズチェックが約7000ドルだ。
・・・。
トラベラーズチェック再発行せねば!!
 そうだ。テレビCMでも海にトラベラーズチェックを落とした若い女性は、電話をして
5秒ほどで新しいチェックを受け取り、「やっぱりトラベラーズチェックにしてよかった!」と言っている。そうだ!オレだって電話一本ですぐにヘリコプターが飛んできて新しいのを貰えるはずだ!!
 なお、普通トラベラーズチェックは本人のパスポートとサインが無ければ使うことが出来ないため、他人が盗んだとしてもそれはオレの恋の履歴書同様ただの紙クズである。但し、最近の犯罪組織は独自のルート(つまり銀行などと共謀して)で現金化することができるらしい。ということは、それを防ぐためにも一刻も早く発行した会社に電話をかけ、使用にストップをかけねばならない。もはや現金の1000ドルはあきらめるしかない。残りのトラベラーズチェックが完全にオレの命を握っている。
 オレが購入したのは「トーマス・クック」という会社と「アメリカンエキスプレス」のトラベラーズチェックだ。両方とも世界各地、
ほとんどの国に支店があり、旅行者に便利なアクセスをうたっているのだが、やっぱりというか当然ジンバブエ支店は無かった(泣)。よって、本社のあるイギリスへ国際電話をかけねばならない。
 すかさずオレは宿に帰り、女主人に電話を貸してくれるよう頼んだ。彼女は多少責任を感じているらしく、喜んで電話の使用を許可してくれた。やった!!これで5分で再発行が受けられる!!!
 しかし、
宿の電話は国際電話はかけれなかった。

電話ー!!!

 オレは生まれ出た赤ちゃんのように宿を飛び出し、公衆電話屋を探した。
 ちなみに不幸中の幸いで、昨日両替したジンバブエ・ドルだけはなんとか盗難を免れていた。とりあえず、この金が尽きるまでに何とかせねばならない。すかさずカウンターに古い電話が並んでいるフォンショップを見つけ、飛び込んだ。すぐにダイヤルを回す。どうでもいいがダイヤル式の電話はちゃんとかかっているかどうか不安だ。し、しかも古い。これはもはや
グラハムベル・モデルではないだろうか。
 しかし幸いなことに呼び出し音が鳴り始め、数コール後にアメリカンエクスプレスの担当者が応答した。よかった!ここは国際電話OKだ!!



ガチャ ハロー、ディスイズガーアメリカンガーエクスプレスガーーーー


作「は、ハロー!!」


「ハ
ガーロー?ガーーーーアーユーガーーーーーーー ガチャッ。ツーーツーーツーー・・・」


作「もしもし?もしもし!?・・・。畜生・・・切れてる・・・。」



 最後のオレのセリフはウソである。テレビドラマの登場人物以外の人間は普通相手が電話を切ったらそれ以上「もしもし?もしもし!!」などと話しかけることはしない。
 余計な事を考えている暇はないのですかさずもう一度かける。すでに呼び出し音の時点で激しくガーガー言っている。



ガチャ ハガーーロー、ディスガーーーーイズアメリガーーーーカンエクスガーーーーーーー ガチャッ。ツーーツーーツーー・・・」



・・・。
電話代ドロボーーーー!!!!
この役立たずが!!!!ぜんんっぜん通じねえ!!!
もって7秒!!!
 これでは再発行や使用停止の手続きどころかオペレーターと
挨拶すらできねえ(号泣)。この村は一体電話が開通したのはいつなんだ?この状態ではいくら早口言葉で言ってもダメだ。せめて、せめて利用停止の手続きをさせてくれ!!!早くしないと泥棒に7000ドル全部使われる!!!!
 話をさせてくれ・・・。頼む・・・・。とにかく少しでも長く話がしたい。なんだか
熱湯コマーシャルに出場する人の気持ちがよくわかったような気がする。
 青ざめながら再び町をさ迷い、オレは2件目のフォンショップを見つけた。そこも最初のところと大差ない、
テレビ番組で鑑定したらいい値段がつきそうな電話機が置かれていた。しかしもしかしたら回線はさっきよりもいいかもしれない。女性の店員がいたので、一応聞いてみる。


作「すいません!!国際電話かけれますか!!」


「もちろん。でも料金がかなりかかるわよ。大丈夫??」


作「大丈夫です!!それに電話料金を気にしてる場合じゃないですから!!!」



 そしてオレは受話器をとった。本当に大丈夫だろうか。ここもダメだった暁には、もう他に頼る所は無い。少なくともとりあえず他の都市に移動しなければならない。そしてその間オレのトラベラーズチェックが換金されないことを祈るしかないのである。
 呼び出し音が鳴る。おお!!先ほどと比べて雑音が少ないぞ!!!これならいけるかも!!!



ガチャ ハロー。ディスイズ アメリカンエクスプレス。メイアイ ヘルプユー?



小さっ!!!!
雑音が無く期待できると思った矢先、電話に出たオペレーターの声はほとんど
糸電話だった。しかし糸電話だろうと伝えることは伝えねば!!



作「
ハロー!!アイアムジャパニーズ!!!!どぅーユーハブジャパニーズスピーカー!!!!!(私は日本人どす。日本語を話すスタッフはいますか?)


シュアー。ホールドオンプリーズ(はい。少しお待ちください。)



すばらしい!!!!とりあえず最初の段階はクリアだ!!!あとは日本人が出てくれれば!そしてなんとかこの声量で会話が成立すればいいんだが!!!

 しかし、なかなかジャパニーズスピーカーは現れず、通話口からは長い間音楽だけが流れていた。どんどん通話料金は跳ね上がっている。しかしここでなんとしても手続きをせねば、もしも7000ドルが無くなったらどう考えても旅の続行は不可能である。それに、このままではオレは日本で今まで
ジンバブエの泥棒のためにコツコツ働いて貯金をしていたということになる。野郎ーー!!!!!換金させてたまるかーーーー!!!!!



もしもし?お電話かわりましたが?



もしもしって言ってるっ!!!!
言葉が通じる!!!!!日本語だっ!!!日本語っっ!!!!日本語大好き!!!!!日本語LOVE!!!!


作「
すいません!!!盗まれましたっ!!!!トラベラーズチェック!!!


「はい。それでは、お客様の氏名、住所、現在地、盗難時の状況をお知らせ願いたいのですが。」


作「作者@静岡県浜松市(当時)です!!!!今ジンバブエにいます!!!あの、通話の状態がとても悪いので、とりあえず使用を止める手続きだけして欲しいんですけど!!!」


「そうですか。わかりました。それでは、盗難にあったチェックの番号を教えてください。」


作「
わかりましたっ!!!ちょっと待ってくださいね!!!



 やった!!これで犯人によるチェックの換金だけは免れることが出来る!!そしてこれさえ再発行できれば、これからも旅が続けられるのだ!!たとえ旅を続けずに帰国しても、この金さえあれば新しいPCも新しい勉強机も愛人の心も何でも買える!!!



作「
もしもし!じゃあ言いますね!!まずRA598・323・9・・・・


ガチャ ツーーツーーツーー・・・・」



「なんでやねん!!!!なんで切れるの!!!!!!」



切れた。切れた。今からまさにトラベラーズチェックの番号をオペレーターに伝え、換金を停止する手続きを始めようという瞬間に切れた。なぜ?どうして??
なにゆえに!!??やっぱり回線が悪いから???
ふと見上げると、
女性の店員が思いっきりフックを押していた。



作「な、なにやってんのっ!!!!!!なんであんたが客の電話勝手に切ってるの!!!!!!!」



「長く話しすぎよ!!料金もものすごくかかってるし、払えるか心配じゃないのよ!!!!!」



作「うぬぁーーーーーーーっ!!!この電話がどれだけ大事かわかってるのかコラっ!!!!!!!やっと、やっと日本人と話が出来たのに!!!!!」




 フォンショップを探し回ってやっとのこと見つけ、国際電話が繋がったと思ったら
フォンショップの店員自身によって通話中に突然切られた。ねえさんのその行動、フォンショップの店員として間違っていると思うのはオレだけか??
 希望はフォンショップ店員によって絶たれた。もう一度かけても日本人に繋いでもらうだけでかなりの時間がかかり、また奴に途中で切られてしまうだろう。
 しかしなんとかせねば。
 こうなったら最後の手段に出るしかなかった。オレは、もう一度店員を説得し、今度はそんなに長くかからないことを説明し今度は日本に電話をかけた。今日本は夜中だが、そんなことは構ってられない。たとえ夜中といえども、
息子の声を聞けるのはうれしいに決まっている。実家だ。旅先で日本にいる親の力は借りたくなかったが、力を借りずに2カ国目で旅を終了するよりは力を借りて最後までまっとうした方がいい。とりあえず電話に出た親は勿論寝ぼけていたが、息子の「ジンバブエで全財産盗まれた」という一言で一瞬にして我に返り、あわてふためいた。



作「とにかく今すぐアメリカンエクスプレスに電話してくれ!!今から止める番号を言うからメモって!!!RA598・・・」



 そして事は成った。
 もちろん親が期待通りの働きをしてくれればのことだが、きっと
息子がアフリカで遭難しかけているのにとりあえず自分の睡眠を優先する人の親はあまりいないだろう。
 次は再発行の手続きである。とにかくもう一度手元に7000ドルを取り戻さねば、この旅は終わる。そのためには、まず回線状態の良い電話の確保だ。それには、この町では無理だ。





今日の一冊は、のぼうの城 上






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