怒る女(憎しみ)


   人 物
 徳光裕美(26)OL
 松崎景子(25)OL
 秋本(46)婦人服売り場主任
 武田栄治(108)老人
 武田清子(45)栄治の孫
 店員A
 店員B
 真面目な少年
 看護婦



〇南部デパート・外観
   市街地に建つ大きなデパート。

〇同・エレベーターホール
   たくさんの客がエレベーターを待って
   いる。その中にかなり横幅の広い体型
   をした徳光裕美(26)の姿。
   ランプが点滅し、扉が開く。
   一斉に乗り込む客達。
   裕美が乗る前に既に満杯状態のエレ
   ベーター。「まだ乗るの?」という表情
   の客達を無視して強引に乗り込もうと
   する裕美。
   他の客をぎゅうぎゅう押してその巨体
   が中に入った瞬間、ブザーの音。
   不満そうにキョロキョロする裕美。
   一向に鳴り止まないブザーに、しょう
   がなくエレベーターから降りる。鳴り
   止む音。憮然とした表情の裕美。
   気まずそうな客達。
   そして扉が閉まろうとした瞬間、
景子の声「すいませ〜ん」
   エレベーターに向かって松崎景子(25)
   が走ってくる。細身で美人タイプ。
   狭いスペースに入ろうとする景子。
   それを横でニヤニヤして見ている裕美。
   しかしブザーも鳴ることなく、景子は
   あっさり乗り込んでしまう。
   何人かの客が我慢できずに吹き出す。
   扉が閉まる瞬間、裕美を見てニヤッと
   笑う景子。
   唖然として景子を見送っていた裕美だ
   が、次第にその表情に怒りが浮かんで
   くる。拳を握りわなわなと体を震わす
   裕美。
   
〇同・化粧品売り場
   派手な売り場が立ち並んでいる。
   その一角で、店員Aに口紅を塗っても
   らっている景子。
店員A「輪郭となじませるように丁寧に塗っ
 ていくのがコツなんですよ」
景子「それがいつも苦労するんですよねー」
   口紅のついたリップブラシを丁寧に景
   子の唇に塗っていく店員A。
   その時、後方から裕美がやってくる。
   しらじらしく早足で景子に近づき、後
   ろからぶち当たる。
景子「きゃっ!」   
裕美「あーらごめんあそばせ。でもあんまり
 通路にはみ出さないでくださる?」
   リップブラシが流れ、口裂け女のよう
   になっている景子。すたすたと歩いて
   行き、物陰から景子の姿を覗く裕美。
店員A「大丈夫ですか!申し訳ありません!
   慌ててティッシュで景子の顔を拭く。
   ニヤニヤしている裕美。
店員A「すみません。お詫びに今日のお買い
 上げの分はタダでさし上げますので・・」
景子「本当ですか?」
   嬉しそうな景子と、ショックを受けて
   いる裕美。裕美の方を向いた景子、一
   瞬裕美と目が合い、再びニヤッとする。
裕美「キイーッ」
   悔しがる裕美。

〇同・婦人服売り場
   スカートを手に持って見ている景子。
   その姿を物陰から睨んでいる裕美。
   女の店員Bが景子を接客している。
店員B「これは一点ものですから同じ格好の
 人に出会うことは絶対にありませんよ」
景子「えー、これにしちゃおうかな・・・でもち
 ょっとだけあっちのも見ていいですか?」
店員B「勿論ですよ」
   スカートをハンガーに戻し他のところ
   に見に行く二人。別のスカートを見て
   いた景子、
景子「うーん、これじゃちょっと派手かな。
 (店員に)やっぱりさっきのやつ下さい」
店員B「(笑顔で)かしこまりました」
   元のところに景子と店員Bが戻ってく
   ると、裕美がダッシュでやってきて、
   先ほど景子が選んだスカートを掴む。
   唖然とする店員Bと景子。
裕美「(店員Bに)すいません、これくださ
 い」
店員B「あ、申し訳ありません、それはこち
 らのお客様が先に・・・」
裕美「なに言ってるのよ!ここに掛かってた
 じゃないのよ!」
店員B「ですが・・・」
裕美「ずっと持ってない方が悪いのよ。これ
 は私が買いますからね!」
   騒ぎを聞きつけたキチっとした身なり
   の秋本(46)が奥から出てくる。裕美に、
秋本「お客様、どうかなさいましたか?」
店員B「あ、主任!」
   秋本にボソボソと耳打ちする店員B。
秋本「ほう、そうでしたか。(裕美に)それ
 は申し訳ございませんでした。ですがお客
 様、私の見立てではお客様にはもっとお似
 合いの商品があるかと思いますが・・・」
裕美「あら、そうなの?」
秋本「ええ。よろしければそちらにご案内い
 たしますが。ささ、どうぞどうぞ」
裕美「そう。じゃあ教えてもらおうかしら」
   景子に向かって嫌味ったらしく、
裕美「やっぱりこんな安物のスカートじゃ私
 には似合わないわね。おたくに譲るわ」
   ムスっとして見ている景子。
   秋本に連れられ別のコーナーに辿り着
   く裕美。そこには「ゆったりサイズの
   コーナー」の文字。
秋本「(にこやかに)さあ、存分にお選びく
 ださい!」
   遠くで思いっきり笑っている景子。店
   員Bも必死で笑いをこらえている。
裕美「うぎぎぎーー!」
   秋本を突き飛ばし走って行く裕美。

〇同・喫茶店「トドール」・中
   コーヒーとサンドイッチを持って窓際
   のカウンター席に着く景子。その隣に
   やはりサンドイッチを持って裕美がや
   ってくる。景子の隣に座る裕美。チラ
   ッと目を合わせ睨み合う二人だが、す
   ぐに前を向いて黙々と食べ始める。し
   ばらくしてトイレに立つ景子。
   その姿を見送った裕美、いきなり景子
   のサンドイッチの中にタバスコを大量
   にかける。
   戻って来る景子。そ知らぬ顔をする裕
   美。席についた景子が何も知らずにサ
   ンドイッチを口に運ぶ。その時、
真面目な少年の声「まってください!」
   景子と裕美が振り返ると、純粋な目を
   した小学生くらいの真面目な少年が景
   子を見ている。裕美を指さし、
真面目な少年「(景子に)おねえさん、さっき
 このおばさんがおねえさんのサンドイッチ
 にタバスコをかけていました!」
景子「えー、本当?」
真面目な少年「はいっ!僕は確かに見まし
 た!」
   口の端をヒクヒクさせて凄い形相で少
   年を見ている裕美。
   ふと気が付くと店内の客が皆裕美を見
   ている。それに気付いた裕美、急に表
   情を変え、
裕美「あ、ごめんなさーい。同じサンドイッ
 チだったから私のだと思っちゃったの!私
 辛いの好きだから・・・」
景子「・・・そうですか。私もういらないからど
 うぞ、食べてください」
   サンドイッチを裕美に渡す。
裕美「い、いいの?ありがとう!」
   受け取り、一瞬躊躇するが食べ始める
   裕美。一生懸命食べていたが突然もの
   凄い勢いで咳き込む。
   ゼエゼエいっている裕美を鼻で笑って
   出て行く景子。
   涙を流してむせ続けている裕美。

〇同・エレベーターホール
   景子が買い物袋を提げてエレベーター
   を待っている。それを物陰から凄い目
   で睨んでいる裕美。
   エレベーターが開くが、中は満員。
   乗るのをあきらめ、仕方なく脇の階段
   に向かう景子。
   それを見ている裕美。
   景子が階段の手前まで来た時、携帯が
   鳴り出す。電話に出る景子。下り階段
   の手前で立ち止まり話している景子。
   その後ろ姿を見ている裕美の表情に突
   然狂気が宿る。
   物陰から出て、景子に向かって行く裕
   美。次第にスピードを上げ、ついには
   ドスドスと走り出す。
   気付かずに喋り続けている景子。
   裕美の視界に階段と景子の後ろ姿がだ
   んだんと迫ってくる。
   気付かない景子。

〇同・エレベーターホール脇の通路
   ベッド型車椅子に乗った武田栄治(108)の
   姿。そしてそれを運ぶ看護婦と、栄治
   の娘清子(45)。
清子「おじいちゃんよかったね。大好きなデ
 パートに来れて」
栄治「(喜ぶ)あううう・・・」
   ぷるぷる震えている栄治。
   三人がエレベーターホール手前の階段
   にさしかかった瞬間、横からもの凄い
   勢いで裕美が突っ込んでくる。
看護婦「きゃあああーーーっ」
   クラッシュ。人形のように宙を舞う栄
   治のスローモーション。
清子の声「(エコーで)おじーちゃーーん」

〇同・正面入り口・外
   脇にパトカーが止まっている。
   警官に連行されて出てくる裕美の姿。
   その前を、買い物袋を持って楽しそう
   に通り過ぎる景子。
  
                        終