旅の宿(旅)



   人 物

 北方健次郎(27)アルバイト
 佐野一樹(26)健次郎のバイト仲間
 老人(65)旅館の主人
 女
 人影・女
 人影・男



〇温泉街 (夕)
   古風な建物が連なる町並み。
   両側に出店が並ぶ人気の少ない通りを
   北方健次郎(27)と佐野一樹(26)が並んで
   歩いている。
   北方、つまらなそうに、
北方「なんかもう飽きちまったな。温泉街って
 本当に温泉しかないな。ここは」
佐野「おまえさっきから文句ばっか言ってるよ
 な。大体貧乏旅行なんだから多くを望むほう
 が間違ってるんだよ」
北方「それにしたって普通ちょっとくらいその場
 所独自の楽しみってのがあるだろう」
佐野「まだここにだって探せばあるかもしれな
 いぞ。意外な名所が。ちょっと聞いてみようぜ」
   佐野、出店の前の長いすに腰掛けている
   女に声をかける。
佐野「あの、すみません。僕たち東京から観光
 に来てるものなんですけど、この辺に何か面
 白いとこありませんか?」
女「そうだねー。面白いかどうかわからんけど、
 この先に幽霊旅館があるで」
佐野「幽霊旅館?」
女「なんか泊まると金縛りにあったり幽霊がで
 たりするんやて。本当かどうか知らんけどな」
   北方、目を輝かせて、
北方「いいねー!そういうの待ってたんだよ! 
 行こうぜ!幽霊旅館」
佐野「おい嘘だろ!勘弁してくれよ〜」
北方「やっと面白くなってきたな。これでこそ来
 た甲斐があるってもんだ」
   颯爽と歩いてゆく北方。佐野が後ろからし
   ぶしぶついて行く。

〇幽霊旅館・外 (夕)
   古ぼけた旅館の前にやって来た二人。北
   方が恐る恐る引き戸の玄関を開ける。
北方「ごめんください」
   静まり返る旅館。北方、玄関の中に入り、
   奥の方へ呼びかける。後ろから見守る佐
   野。
北方「すいませーん!・・やってないのかな。 
 すいませ・・」
   その時すぐ脇から青白い顔をした老人(65)
   が現れる。
老人「はい・・」
北方・佐野「ぎゃ〜〜!」
   二人、飛び上がって驚く。
老人「いらっしゃいませ・・お二人ですね。どうぞ
 お入りください・・」
   老人が二人を旅館の中へ導く。息を整え、
   緊張した面持ちで老人に従う二人。

〇同・食堂 (夜)
   浴衣に着替えた北方と佐野が豪華な料理
   をたいらげている。北方、佐野の皿に乗っ
   ている刺身を取り口に入れ、
北方「建物は古いけどめしは最高にうまいな。
 あのじいさんが作ったとは思えない」
佐野「人の料理を食うな!まあ確かに今回の食
 事の中ではここが一番だね」
   老人がメロンを運んでくる。
北方「おじさん、この料理最高だよ」
   老人、少し笑顔になって、
老人「ありがとうございます・・」
北方「びっくりした。プロの料理人だったの?」
老人「いやいや、私のは完全な自己流ですよ。
 たいして経験もないですし・・」
北方「ふ〜ん、じゃあこれは生まれ持ったセン
 スなのかねえ」
   佐野、箸を置いて、
佐野「あの、おじいさん、さっきそこの出店のお
 ばさんに聞いたんだけど・・」
老人「・・はい?」
佐野「・・・」
北方「ここって幽霊旅館って呼ばれてるんだっ
 て?」
   老人、悲しげな表情で、
老人「そうみたいですね。たまにお客さんで金
 縛りにあったり不思議な体験をするって方が
 いらして、それで・・」
佐野「ふーん。一応本当の話だったんですね・・」
老人「おかげで最近はもう誰も寄り付かなくな
 ってしまいましたよ。もう無くなってもいい様な
 古い旅館ですけどね・・」
北方「そんなこと言うなって。明日俺達が何にも
 なかったって言って回ってやるから。なあ。」
佐野「そうですよ。安心して下さい」
老人「すみません・・」

〇同・客室 (夜)
   北方と佐野が布団に寝転がっている。
北方「なんかちょっとワクワクしてきたな」
佐野「何いってんだよ!何にもなかったって言っ
 て回るんだろ!」
北方「でもせっかく来たんだからなんかあって欲
 しいっていう気持ちもあるんだよな」
佐野「もういいよ。寝ようぜ」
   佐野、電気を消し布団にくるまる。

〇同・客室の外 (夜)
   真っ暗闇の中、蟋蟀の声が響いている。
 
〇同・客室 (夜)
   闇の中で荒い息遣いが聞こえる。
   北方が顔にびっしり汗をかいてうなされて
   いる。
北方「うう・・」

〇北方のイメージ (夜)
   宙に浮いて天井のあたりから自分のうな
   されている姿を見ている北方。
   ふと足元をみるとたくさんの花が咲いてお
   り、辺りを見回すと一面の花畑になってい
   る。
   花畑をゆっくりと歩いてゆく北方。すると長
   い川にぶつかる。川には橋がかかり、向こ
   う岸に数人の人影が見える。
人影・女「健次郎、こっちへおいで」
人影・男「健次郎!なにやってるんだ!早く来な
 いと置いてくぞ!」
北方「お、お父さん、お母さん・・」
   ふらふらと橋へ向かう北方。橋を渡りかけた
   時、どこからともなく佐野の声が聞こえる。
佐野の声「健次郎!おい!健次郎!」
   振り返るとそこは旅館の客室。目の前に佐
   野の顔がある。

〇同・食堂 (朝)
   北方と佐野の前に朝食を運ぶ老人。
北方「ホント苦しかった。しかし何であんな夢み
 たんだろ。夢じゃないような気もするし・・」
   青白い顔をしている北方。
佐野「どうなることかと思ったよ。もの凄いうな
 されかただったぞ」
老人「また噂がひろまるんでしょうね・・」
北方「いや、まあこれは黙っておくよ」
佐野「でも何が原因なんだろ・・」
   二人の前に皿を置く老人。
北方「あれ?この刺身昨日も食ったやつじゃん。
 いくらうまくても昨日の残りはないだろう」
老人「そんな、勿体無い。すごく高い魚だったん
 ですから」
佐野「なんていう魚なんですか?」
老人「確かトラフグとかいってましたね・・」
北方「それが原因だーー!」      
                       終