やさしさ(別れ)



   人 物

 筧信也(28)医師
 田代瑞恵(25)OL・筧の彼女
 井口佳代(23)看護婦






○ファミレス・ゼニーズ・中
   比較的客の少ない店内。窓際のテーブル
   席に筧信也(28)と田代瑞恵(25)が深刻な
   面持ちで向かい合って座っている。
瑞恵「ねえどうして?どうして急にそんなこと言
 うの?ずっと一緒だって言ってくれたじゃない。
 一生愛してくれるって言ってくれたじゃない!」
筧「瑞恵には本当に申し訳ないと思ってる。でも
 このまま付き合っていても、俺達駄目になるだ
 けだと思うんだ」
瑞恵「意味がわかんないよ!ちゃんとわかるよ
 うに説明してよ!」
筧「君の為でもあるんだ。俺なんかと一緒にい
 ても、不幸になるだけだ」
瑞恵「勝手な事言わないで!カッコいい言い訳
 作らないで、嫌いになったんならそう言えばい
 いじゃない!」
筧「・・・」
瑞恵「なんで黙るの?都合が悪くなると黙るな
 んて卑怯よ!」
   筧、下を向いて考え込んでいるが、急に何
   かを決心したように、
筧「瑞恵、よく聞いて欲しい。俺が少し前から体
 調を崩してたのは知ってるだろう?」
瑞恵「それがどうしたのよ」
筧「癌なんだ」
瑞恵「えっ・・」
筧「うちの病院で診てもらったんだけど、悪性の
 肺ガンだった。長くてあと一年って言われちゃ
 ったよ。・・まいったよ」
瑞恵「そんな・・うそでしょう?」
筧「こんなことで嘘ついてもしょうがないだろう。
 いいか、瑞恵。君にはまだ未来があるんだ。も
 う俺と係わらないほうがいい」
瑞恵「(興奮して)どうして?そんなことで別れる
 ことなんかないよ!あと一年だけだっていい。
 好きな人と一緒にいたいよ!」
筧「瑞恵。聞いてくれ。俺は瑞恵が悲しむ姿を見
 るのは嫌なんだ。俺までつらくなる。だからこれ
 は、俺の為でもあるんだ」
   瑞恵、泣き出して、
瑞恵「絶対いや!私別れないからね!私ずー
 っとずーっと信也と一緒に・・・」
筧「(強い口調で)瑞恵!・・お願いだ。これ以
 上俺を困らせないでくれ」
瑞恵「・・・」
筧「・・もう、終わりにしよう」
   うつむいて泣いている瑞恵。声を殺して
   泣いていたが、我慢しきれず両手で顔を
   覆い、声を上げて泣き出す。
   窓の外をボーッと見ている筧。
   植え込みに朝顔が二本、並んで咲いて
   いる。

○新庄アパート・筧の部屋 (夕)
   瑞恵が自分の荷物を鞄に詰めている。
筧「歯ブラシは持った?」
瑞恵「うん」
   筧が台所から新聞紙に包んだ包丁を持
   ってくる。
筧「これを忘れちゃいけない。お気に入りな
 んだから」
瑞恵「あ、それは置いてくよ。信也が使ってよ」
信也「俺が料理できないの知ってるだろ。おま
 えが使ったほうがこいつも喜ぶよ」
瑞恵「いい機会だから練習すれば?これから
 一人になるんだから」
信也「俺は患者の入院食でもつまんで食べる
 よ。いざとなったら点滴があるしな。こういう
 時に医者で良かったと思うよ」
   瑞恵、思わずふきだし、
瑞恵「ばかね・・」
   包丁を受け取り鞄に詰める。意を決した
   ように立ち上がり、
瑞恵「じゃあ、そろそろいくね」
   入り口のドアを開け、
瑞恵「体に気をつけてね。っていうのも変か」
筧「・・いや、ありがと」
瑞恵「・・・じゃあね」
   出て行く瑞恵。

○新庄アパート・外 (夕)
   瑞恵が笑顔で階段を降りて行くが、次第
   に顔が曇り泣き顔になる。泣きながらも、
   歩調を速めて振り返らずに歩いて行く瑞
   恵。 

〇赤羽台駅・改札 (夜)
   瑞恵が改札の前でたたずんでいる。
   脇を通り過ぎてゆく人の波。
   ボーっとしていた瑞恵、急に向きを変え、
   元来た方へ歩きだす。

〇商店街 (夜)
   一生懸命走っている瑞恵。

〇新庄アパート・外 (夜)
   ひとけも無く、静まり返っている。   

○新庄アパート・筧の部屋 (夜)
   突然玄関のドアが開き、瑞恵が泣きなが
   ら飛び込んでくる。
瑞恵「信也!私やっぱりあなたをおいて行け
 ない!あなたがいない人生なんて考えられ
 ないの!私・・」
   ふと見ると、部屋の中では下着姿の筧と、
   前がはだけた看護婦の制服を着た井口
   佳代(23)がいちゃついている。
   筧が瑞恵に気づき慌てて布団に横になり、
   胸をおさえる。
筧「看護婦さん!ここが、ここが苦しいの!」
   佳代も慌てて筧を診るふりをして、
佳代「こ、ここ?ここが苦しいのね!」
   瑞恵、鞄から包丁を取り出し、
瑞恵「わりゃあ!今ここで殺してやる!」

○新庄アパート・外 (夜)
   静寂を破って轟く筧の叫び声。 
                      終