〜モシ・キリマンジャロ登らず〜





 アフリカ最高峰、キリマンジャロを眺めながら飲むキリマンジャロ・コーヒーの味は格別である。
 今オレがいるのは、灼熱の大陸にありながらその頂には氷河を見せるという、キリマンジャロ山の麓の町、モシ。朝のカフェインはまだ夢心地なオレの意識を、旅の現実へと回帰させてくれる。


 ……。


 マズー!!
 

 夢心地なオレはカフェインによって現実へ引き戻された。
オレは、お子様舌でコーヒーが飲めないという現実へ。

 にがー!! シブー!!

 ええい、恥じることなどない、コーヒーは飲めないけどコーヒー牛乳なら飲めるんだ!! 自信を持て!!
 ……。
 ま、まあいい。第一、このシチュエーションではコーヒーが飲める飲めないは重要ではない。『キリマンジャロを眺めながらキリマンジャロ・コーヒーを飲む』というその行為こそが最重要項目なのだ!! と思って辺りを見渡すと、この安レストランからは
設計の関係上キリマンジャロは見えなかった。
 ……。
 
コラーっ!!!!
 仕方なく、オレはコーヒーカップを持ち、レストランの入り口へ向かった。とりあえず外に出て、なにがなんでもキリマンジャロを見ながらキリマンコーヒーを飲むのだ。野望に燃えるオレを見て、レジのところにいたウェイトレスが呼びかけてくる。


「ヘイ、ヘイユー!!!」


「え?」


「ユー! あんたカップ持ったまま外に出るんじゃないよ!!!」


「あっ。ごめんなさい……」


 ……。

 とりあえずキリマンジャロを見ながらキリマンジャロコーヒーを飲むのは、
やめました(号泣)。

 さて、ここモシでは、町を歩くとかなりの頻度で旅行会社の手先がチョッカイを出してくる。ここはキリマンジャロ登山の拠点の町であり、登山に必要なポーターやガイドの手配のため、数多くの旅行会社のエージェントが林立しているのである。ちなみに山登り素人である旅行者と案内役・ガイドとの関係は、
勝野洋と切り立った崖のように決して切り離して考えられない関係らしい。モシの町に来る旅行者の多くは、ここで装備をレンタル、ガイドを手配し、アフリカ最高峰へ気軽にチャレンジするそうだ。
 もちろん、オレはチャレンジしない。なぜかって? 
……アフリカ縦断してるだけでもヘロヘロなんじゃ!!! この上誰が好きこのんで山なんか登るかっ!!! もうこれ以上疲れることをしたくないんじゃ〜!!!

 ということでネガティブ旅行者のプライドを立派に守り、アクティビティへの参加は断固として拒否するオレだが一応登山口までは行ってみることにした。アフリカ名物ワゴン車の乗り合いバスに乗ろうと乗り場に向かうと、またも日本車の払い下げがタンザニアのバスとして利用されていた。


















 
バスじゃねー












 ああ、さすがに日本製の救急車とはいえ
タンザニアから和歌山まで搬送では患者ももたないだろう。……たしかに物を再利用するのはいいことだ。しかし少しくらい用途にあわせて外観も変えろよ!!!! いくら漢字が読めないとはいえ、バスにするにあたり「なんかこれデザインおかしくない?」と思うタンザニア人は誰もいなかったのか??

 さて、和歌山消防局の救急、いやもとい乗り合いバスで1時間、さらに地元の山の民と混ざってトラックの荷台に積まれ15分、登り登って「マラング・ゲート」というキリマンジャロへの登山口へ到着した。驚くことに、ゲートにはこれから登山をしようという旅行者とガイドが、
レンタルビデオ屋の半額デーのアダルトコーナーのようにわさわさと群れをなしていた。山に入ったらどうかは知らないが、どうやら最初このゲートからは前の人間と適度な間隔を空けて順番にスタートしないといけないらしい。よって入り口には登山順番待ちの行列が出来ているのであった。
 まあオレは行列は好きではないし、もうひとつの理由としてはキリマンジャロに登るためには600ドルくらいかかり、ほんの1週間前に全財産が
500円をきっていたオレとしては、「山に登るくらいでそんなに払えるか!! 600ドルもあったら徳島に家が買えるよ!!!」と貨幣価値に関する認識が狂いまくっていたこともあり、特に彼らをうらやましいとは思わなかった。尚、オレは決して徳島県をあなどっているわけではない。その件に関しては金を盗んだジンバブエ人が悪いのだ。

 せっかく登山口まで来たからには、このまま帰るのは忍びない。そこでオレはひとつの目的地を定めた。ガイドブックによると、この近くにはキリマンジャロのおかげでほとんどの観光客には無視されている、ムバヘ滝というこぢんまりした滝があるらしいのだ。オレは、「やっぱり人が多いキリマンジャロとかより、誰もいないひっそりとした滝とかのほうが見たいよね」と自分に対して
山に登れない負け惜しみを言いながら、滝を見に行くことにした。

 ただ、ガイドブックを見てみると、滝への地図なんてものはなく、場所について以下の記述があるのみだった。

 「登山口を背に舗装道路を500mほど下ると、右手前に見える集落に降りていく未舗装の道路がある。これをたどって、車も通れる橋を渡り、さらに行くと車道が終わる(ここまで10分)。その道の延長をさらに10分、数軒の家を過ぎたところでさらに右に入る小道があり、その分岐から約150mほどで、川につき当たる。その川沿いに50mほどさかのぼれば、ムバヘ滝がある。」





 ……。






 
わかるか!!!!

 もっと「256号線に入って3個目の信号を」とか「UFJ銀行の角を右折して」とか目印をわかりやすく書け!!!!


 「集落に降りていく」とか「数軒の家を過ぎたところで」とかそんな書き方をされても
目的地に到着する自信は全くない。というか、書いた側にとってはどんなにがんばっても「数軒の家」くらいしか目印が見つからなかったのだろうが……。
 とりあえずオレは、まず最初の「集落に降りていく」というあたりでどこをどう進んだものか、というか
進んで無事に帰ってこれるかどうかということを悩んでいた。すると、突然一人の10才くらいの現地少年が「ムバヘ滝に行くのかい?」と声をかけてきた。どうしてわかったのだろうか? もしかして、「こいつは山に登りそうなタマじゃないなあ。多分苦し紛れに滝でも見に行くんだろ」と思ったのだろうか。その通りだ(泣)。


「ああ、そうなんだ。ちょっと体調が悪くてキリマンジャロには登れなさそうだからね。ゴホッゴホッ……」


「ふーん(苦笑)……」


「でもやっぱり調子が悪いから、どこをどう行っていいかわかんないんだよね……」


「あっそ。……よし! じゃあしょうがないからオレが案内してやるよ!」


「なに!! 本当か?? わるいなー」


「いいよ。じゃあついて来て。足元に気をつけて」



 坂道というよりただの丘の斜面をガキさんの後を追ってヨレヨレと下る。どうみても小学校低学年くらいにしか見えないが、生意気、いや、堂々と「カモーン!」と言いながらオレを先導してくれる姿はとても頼もしい。
 意気揚々と歩く彼の親切心を全面的に信用したいのはやまやまだが、旅行者としてはあらかじめ確認しておかねばならないことがあった。


「なー、先行く少年よ、ちょっと聞きたいんだけど」


「なに?」


「この後、『案内してやったんだからガイド料くれ!』とか言って金をとろうとかいうことはないよな??」


「なにいってんのさ。
ノープロブレムだよ! 心配すんなって!! 滝まで連れてってやるだけだから!」


「そう。へんなこと聞いてごめんね」


「気にしないで」



 そうだ。ここはインドではないんだ。いきなり人を、しかもこんな小さな子供を疑ってしまうようになっているとは、オレがいかにいやらしい人間に、いやそうではない。いかにインドに辛くあたられたかということがわかるだろう。だからオレのせいではない。悪いのはインドだ。


「滝までに僕の住んでる村を通るから、いろいろ見せてあげるよ」


「いやー、なんかもうしわけないねー」


 なんとも微笑ましいではないか。きっと他のさわやか旅行者は、キリマンジャロという巨大な存在だけに目を奪われてしまい、その足元にあるこんなふれ合いには気付かないだろう(負け惜しみアゲイン)。まあ、なんか
キャプテン翼で試合終了のホイッスルと同時にゴールくらい話ができすぎな気もしたが、こうしてセオリーどおりの観光では見られない素朴なふれ合いを楽しむのも素敵なことだ。
 集落は、集落と呼べるほどのものでもなく山の斜面の森の中に土や木で出来た住居が点在している状態で、気分はほとんど密林の旅人といった感じだった。途中でガキ、いや親切な少年の友人が次々と現れ、いつしかオレ達は6人のグループになっていた。
偉いオレ様とその子分どもといった構図である。彼らはみんなでオレを「サファリツアー」に連れて行ってくれると言い出した。といってもなんのことはない、村の中と滝を案内することを大人のマネをして「ツアー」と呼んでいるだけである。つまりオレを相手にツアーごっこをするわけである。
 みんな小学生くらいだろうが、自分達でツアーと言い張っているだけあって、目に付くものをオレに次々と説明してくれる。説明というか、ことあるごとに全員で一斉に叫ぶのだ。


「コーヒー! コーヒー!」


「ふーん。これがコーヒーの葉っぱね……」


「ニョソ! ニョソ!!」


「ほお〜。これがニョソね……」


「モヘンガ!! モヘンガ!!」


「うーん、なるほど。モヘンガってこのことなんだね……」


 ……。
 もちろん、
2個目と3個目はなんのことやらさっぱりだ。子供達はそれぞれの名前を叫びながらひっきりなしに多様な植物をオレに差し出してくるが、何がなんだかさっぱりわからん。というか、そもそも興味ない。一応国際交流中ということを念頭におき、「○○ね!」と言って彼らから枝や葉っぱを受け取ってはみるが、それ以上リアクションのとりようがない。欧米人や帰国子女だったら、ここで「ファット ア ワンダフルフラワー!!」とか「ハウ プリティー!!!」とか心にもないお世辞をまるだしにして国際交流を深めるのだろうが、自分に正直にいわせてもらうと、オレの場合は枝とか渡されても何の感想も浮かばない。せいぜい「これってこうやって使うの?」と言って子供達の頭をビシビシ叩くくらいしか面白いことが思い浮かばない。
 その後も集落の中にあるほとんど全てのものを、ガキ、いやツアーガイドの子供達はみんなで一斉に説明(というか名前を叫ぶだけ)してくれる。とある家の前には、木で組まれた小さな檻の中にいろいろ動物が入っていた。


「ラビット! ラビット!!」


「おー、なるほど。これがうさぎね……」


 ……。

 別に珍しくもなんともないっすけどね……。しかも野ウサギですらなく、
檻に入ってるし。まあたしかに日本でもそんなにしょっちゅう見かけるというほどではないが、わざわざタンザニアに来なくても有玉小学校の飼育小屋で見られる。
 ほどなく今度は鳥の檻の前に来た。またガキ、いやお子様達が一斉に叫ぶ。


「チキン! チキン!!」


「なるほど。これがチキンね……」


 ……。
 キミたち、鳥は世界150カ国の空を飛んでいるんだよ。今時普通の鳥に興味を示すのは海底人くらいではないか……。というかその前にちょっとまておい。チキンじゃないだろが!! 
まだ生きてるんだからせめて今のうちはバードと呼んでやれ!!!
 そして次の檻に差し掛かると、今度は豚が入っていた。


「ポーク!! ポーク!!」


「おーっ。これがポークか」


 ……。

 
だからまだ生きてるんだからポークはかわいそうだろうが!!! 今から豚肉あつかいかよっ!!! うーむ。なんという現実的な表現(涙)。最終的に食うために飼っているのはわかるが、いきなりポークよばわりでは豚も生まれてきた意義を見つけ辛そうだ。
 すると今度は奥の住居から、カラフルな民族衣装をまとったしわしわのばあさんが登場してきた。


「グランドマザー! グランドマザー!!」


「おーっ。これがグランドマザーか……。
ってチキンとポークの流れのままグランドマザーを紹介するなっ!!! おまえら肉親に対してなんという失礼なっ!!」


 グランドマザーは、子供達に儒教思想を諭したオレに敬意を評したのか、ヨボヨボだがさわやかに
「ハロ〜」と歩み寄ってきた。オレもにこやかに挨拶を返す。するとばあさんはいきなり両手をオレに差し出し猫なで声でねだってきた。


「マネ〜!」


「なんでやねん!!!」


 ババア!! こらっ!!! おまえがいちばんやっかいじゃ!! 鳥も豚もいずれ食われる運命なのにもかかわらず大人しくしてるじゃねえか!! 大体どこをどう探したら初対面の人間にいきなり金をやる理由があるんだよ!!!



「マネ〜!!」


「やかましいっ!!!」




 強欲グランドマザーを振り切ったオレは、この日本人のゲストをさっさと滝へ連れて行くよう子分どもに命令した。ツアーごっこもいよいよメインである。
 山の天気は
いっこく堂のキャラクターのように変わりやすいとよく言うが、先程までカラっと晴れていた上空には灰色の雲が広がり、ゴロゴロと、夜更かしした翌日のオレの腹のような音が山と森中に響いていた。
 集落から抜け出てしばらく進むと、森の中をサラサラと流れるキレイな川にさしかかった。子供達は時折飛び出ている石の上をポンポンと渡って対岸に移動している。オレも後に続く。


ツルッ 「ぎょえ〜っ!!」

ズボッ 「むひゃ〜〜っ!!」

ザボン 「ちょわ〜〜っ!!」


 特に何の問題もなく、
子供達に四方八方から体を支えられながらオレも対岸へ渡った。ふっふっふ。こうやって敢えて助けを求めることによって彼らのガイドっぷりを試してみたのだが、どうやらみんな合格のようだな。
 そのまま上流に10分ほど進むと、目の前に滝が現れた。あまり大きくはないが、標高何千メートルというキリマンジャロからの雪解け水を運ぶ、小さな観光スポット・ムバヘ滝である。


「ねえ! 写真とってよ!」


 無邪気なお子様どもは、滝の前に立ちはしゃぎまわってオレに写真をせびった。こうしてみると、かわいい子供達ではないか。オレが彼らに滝の前でポーズをとるように言うと、最初にオレに話しかけてきた少年が音頭をとって、全員で歌を歌い出した。

 キリマンジャロ〜♪ なんたらかんたら〜♪





 手拍子をとりながら楽しそうに歌う少年達。歌声が森にこだまする。「キリマンジャロ」の部分しか聞き取れないが、逆にそのフレーズが何度も出てくるところからこの歌がキリマンジャロ山のテーマ曲だということがわかる。
 歌う彼らにカメラを構えながら、オレは感動していた。いや、この状況になって感動しないやつがどこにいようか? たとえ
感動しない代ちゃんでも、滝の前で自分のために純粋に歌ってくれている少年達を見たら自分の名前も忘れて感動してしまうだろう。だれだそれは。
 きっと彼らは将来本物のキリマンジャロのガイドになるのであろう。何十キロもある客の荷物を背負って、何百回もアフリカ最高峰を登るのだろう。少年達の未来の平安を祈らずにはいられない。

 滝からの帰り道、再び集落を抜けて登山口がもう目の前に来た時、ついに大粒の雨が落ちてきた。実のところオレは常時折りたたみ傘を携帯していたのだが、子供達を濡らして自分だけ傘をさすわけにはいかない。雨脚がどんどん強くなってきたため、オレ達は脇にあった納屋のひさしの下に緊急避難した。


「あーあ、なんかひどくなって来たな」


「大丈夫だよ。いつもすぐやむから」


「そうなの?」


「コロコロ変わるんだよ。いっこく堂みたいに。だからここで待ってればいいのさ」


「やっぱり。……それより、今日はほんとありがとうな」


「うん。もうちょっとでサファリツアーも終わりだね」


「ツアーね。まあキミ達見事なガイドっぷりだったよ。きっと大人になってもいい働きをするよ」


「ありがとー! あ、そうそう、ツアーが終わったら、僕達5人いるから10000シリング払ってね」


「なるほど。一人につき2000シリングってことね。でもそんな持ってたっけな……。って
ガキども?? ちょっと待てよおまえら?」


「ゲートまで戻ったらでいいから。ちゃんと村で決まってる料金だからね」


「おい。おまえ最初聞いた時お金なんていらないって言ってたよな?」


「とにかく必ずガイド料はもらうことになってるんだ。他の旅行者も払ってるんだからね!」



 ここぞとばかりに一致団結し、一斉に畳み掛けるように料金の請求を繰り出してくるガキ軍団。



「サファリツアーなんだから、ガイド料10000シリングは当たり前だよ!」
「普通はツアーに参加したらおれいをするもんなんだよ!!」
「ちゃんと僕達が滝まで連れて行ってやったんだから!」








 ……。







 こ、の、ガ、キゃ〜……







「てめーら調子に乗ってんじゃねーぞ!! 誰が参加料払うって言ったんだよ!!! ガキのくせに旅行者を騙すんじゃねーコラ!!!」


「そのためにわざわざ案内してやったんじゃないか! 村だっていろいろ見せてあげたのに!!」


「民家の家畜を見せて金をとるツアーがどこにあるんだよ!!! 大体おまえ最初金とらないって言っただろうが!! 約束を守れこのボウズが!!!」



「他の人だってみんな払ってるんだ!! あんただけ払わないなんてずるいぞ!!」


「なんだ? おまえ約束やぶって人の金を取るのか? それは泥棒だぞ? 泥棒」


「ど、泥棒じゃないよ! ガイドだよ!!」


「ふーん。じゃ、これだけあげる。はい、手だしな」



 そういえばオレはポケットに朝のコーヒーのお釣りが入っていたのを思い出し、反射的に手を出してしまったガキに5シリング硬貨を渡してやった。



「はい。5人だからこれでひとり1シリング(約0.15円)ずつね」


「……。こんなのいらないよ!!! 10000シリングって言ってるのに!!!!」


「さいなら〜」


 オレはバサッと折りたたみ傘を広げ、クソガキ5匹を置いて納屋を立ち去った。おのれ……。やはり観光地のガキなんてこんなもんか……。オレはやや弱まった雨の中、ほとんど洪水を起こしている丘の斜面を登山口へ向かって登った。すると、背後からなんだか
地獄から響いて来る死者の呻きのような不気味な声がオレを追いかけてくる。
 な、なんだ?


「マネ〜(涙)……」
「マネ〜エ〜(泣)」
「マネ〜〜(号泣)!!!」


 
あひゃ〜〜っ!!!

 振り返ると、5人の子供達が列をなして雨の中を「マネ〜」と泣きながらついて来るのだ。な、なんだ!? 
子供ならではの執念深さか!? で、でも泣くこたーないのに……。


「マネ〜〜〜(号泣)」


 ひえ〜っ!!

 5人は泣き止むことなく、オレの後ろにぴったりくっついて全員でマネー(涙)の大合唱である。甲高い泣き声が斜面を登るオレの背後から波のように襲い掛かり、まったくもって気分が悪い。ほとんど
迫り来る怨霊である。しばらく無視し続けても、彼らは一向に泣くのを止めない。そんなにこいつら金に困っているのか? 明日食べる金もないんだろうか??






 
「マネ〜(号泣)!」



 たすけてくれ〜っ!! 下ヨシ子! 織田無道! 除霊を! 除霊をしてくれ〜っ!!






 うーむ。しかしここまで真剣に泣かれると、なんだかオレの母性本能がくすぐられ、払ってあげたくなってしまう……。どん欲な大人の客引きなどにはいくら文句を言われても同情の気持ちなど湧かないが、子供の涙は人の心を溶かしてしまうようだ。この作者の心をも……。
 彼らのことがすっかり不憫になり、片手で傘を持ちチラチラ振り返り後ろを気にしながら泥まみれの斜面を上っていったら、必然的にオレは子供達の目の前で
おもいっきりコケた。



ズビョッ! 「あぎゃ〜〜〜〜っ!!!!」


「ぎゃははははっ!!!!」



「……」


「はっ! ……。
マネ〜〜エ〜ン(泣)……」




 ……。





 
やっぱりウソ泣きかよ!!!!!

 もう頭きた!! おまえらの心配しなきゃコケずに済んだのに!!! この強欲ガキ軍団がっ!! てめーらなんて知るか〜っ!!!


 泥水にまみれたオレはすぐさまバスに飛び乗り、相変わらず「マネ〜(涙)」と追いすがるクソガキ達を振り切って登山口を離れた。ガキが泣きながらバスのオレを追いかける姿は、遠くから見たらとても感動的な別れのシーンに見えただろうが、
近くから見るとお互い中指立て罵り合ってます。くそ……。こいつらきっと、あのグランドマザーにとことん仕込まれたんだろうな……。

 モシの町へ戻る頃には、もうすっかり雨雲は山の向こうへ消えていた。
 夕焼けに染まるキリマンジャロに心を洗われながら、しかしこの後数日間の間オレは「マネ〜(号泣)」という呻き声に夜な夜なうなされるのであった。





今日の一冊は、これまでの人生で1番面白いと思った傑作小説 屍鬼〈1〉 (新潮文庫)






TOP     NEXT