![]() 〜風船を巡る攻防〜 ![]() 引き続きインド門近くの広場にて。 ……基本的に、インドでは人と動物の境があまり無いような気がする。なぜかインドの動物は人間に近い行動をとるし、インド人の行動も動物と大差がない。人が集まる場所で前後左右を順番に見てみると、たいがいそのうち1方向には「アホ」という言葉がピッタリの景色があるのだ。上の写真のように。 ところで、このインド門付近には、観光客相手に巨大風船を売っているおっさんがたくさんいる。いや、売っているといっても、こんなものを買う奴がいるとは到底思えないので、あわよくば売ろうとしているという段階だと思うのだが。だって、風船だぞ風船?? 近くにある観光名所タージマハルホテルとも、インド門とも全く結びついていないし、そもそもインドとすらなんら関連性の無い物体である。まだカレーライスの形をしているとか割ったら中からサドゥーが出てくるとかだったら土産物として成り立つかもしれないが、そんなトリックは無くあくまでも大きいだけの風船である。サドゥー 観光地となんの関係も無い風船を売るんだったら、せめてキュッキュッと折り曲げてプードルでも作ってもらいたいものだが、彼らにはプードルや豆柴やシエルティを作る技術があるでも無いし(せいぜい雑種犬くらいしか作れないに決まっているさ!)、それなのに風船を売っているおっさんは広場の中に5,6人必ず常駐しているのだ。あんたらはいったいどういう企画力をしているんだ。 ![]() たしかに、このように大きさは通常の風船とは違い、人間の背丈ほどもある代物だ。まあ実際に割ってみたわけではないので中にサドゥーが入っていないとは断定できないし、もしかして爪楊枝で刺して割ってみたら、中からサドゥーや股間に手を当ててポーズを取った三浦カズが出てくるかもしれない。 ……いや、というかそもそもこの風船は膨らませた物を売っているわけではなく、おっさんが右手にたくさん持っているように、しぼんだ状態で販売しているのだ。たしかに、完成した状態で売られていたら旅行者はみなこの人間サイズの風船を持って後の旅を続けるハメになる。バスや電車に乗る時もたかが風船のためにもう1人分の運賃を取られることになりそうだし、マジックで顔を書いて強盗に遭った時に身代わりにしようと思っても、形の違いですぐにバレそうだ。体型で悟られずにうまく風船を影武者に使えるのは、せいぜい柳原可奈子くらいだろう。 それにしぼんだ状態で売っているということは、仮に風船を買ったとして、割った際に中からカズを出そうとするならば、膨らます時にオレが自分で入れなければならないのである。たとえカズが協力してくれたとしても、素人のオレ1人では風船の中に人を入れ込むのは難しい。下手をしたらりさ子夫人の手を煩わすことになってしまいそうだ。尚、全然風船と関係ない話だが、カズがキング・カズならばその妻りさ子夫人はクイーンりさ子と呼ぶべきである。 まあいいや。とりあえずこの場所での観光を一通り終えたオレは、どうやって生計を立てているんだと不思議になる風船売りたちを見やりながら広場を後にし、ムンバイの博物館に行くことにした。 博物館までは徒歩で20分ほどの距離であるが、肩で風を切りながら颯爽と歩いていると後ろから話しかけてきた奴がいる。 「ナマステー。どうだ日本人! 風船買わないか!」 「ぬおっ!! こんなところにも風船売りがっ!!! なんでムンバイ市内にこんなに至る所にいるんだ!!!」 「どうだい、ベリーベリービッグで、しかも叩いてもビクともしないストロングな風船。ひとつたったの15ルピーだ!」 やはり等身大の特大バルーンを抱え、それをバシバシ叩きながら風船売りのおっさんは得意気であった。一応、大きさと品質にはそれなりの自信を持っているらしい。 「いや、せっかくですがこの通り僕はもう大人なので、そういったお遊戯的なものはとっくに卒業したのです」 「よーしわかった。そういうおまえには特別にお得なファミリーパックを用意してあるんだ。どうだ、おまえは使わなくても、家族への土産にこのお徳用10本セットを買わないか? このパックなら特別定価50ルピーだぞ!」 「おおっ、1本15ルピーの風船が10本で50ルピーとは、なんてお得なんでしょう!! でも、得かどうかの問題じゃねーだろうがっ!!! 海外旅行に行って家族に風船を持って帰る奴がどこにいるんだよ!!! 有休明けに出社して『はい、これお土産』って風船を1本ずつ配って回ったら、翌日から同僚のイジメにあうんだよっっ!!!」 「だってただの風船じゃないんだぞ?? 膨らますとこんなにビッグでストロングになるんだ。おまえの下半身みたいに。グヘヘヘ……。きっとファミリーも喜ぶぞ」 「風船の話題に下ネタを挟むなっっ!!! それに、オレのファミリーは別にビッグでストロングな風船を欲しがって無いっ!!! 自分の家で等身大の風船を膨らませて、その後どうしろと言うんだよっ!!」 「そんな言い方しなくたっていいじゃないか。一緒に旅をすれば、結構親しみが湧くかもしれないぞ?」 「……」 「まあそこまで言うなら強くは薦めないけど。この風船はムンバイでしか売ってないんだ。日本に帰ってから後悔しても知らないぞ。それじゃあな。オレはもう行くよ」 おっさんはインドの物売りにしては珍しく、あっさり引き下がり等身大風船くんと一緒に立ち去ろうとしていた。 おっさん、別に風船を買わなかったからって日本に帰ってから後悔なんてするわけないじゃん……。あんな大きいブヨンブヨンな物体と一緒に旅をしても、邪魔なだけで楽しくなんか……。たしかに孤独の寂しさは少し紛れるかもしれないけど……でもそんな、風船なんてこの歳で……。恥ずかしいよそんなの……。 ……。 こ、孤独の寂しさなんて平気だい……風船なんかで紛らわせたくないやい…… ……。 「あの、ちょっとまっておじさん」 「なんだ?」 「あのさー……。それ、1本10ルピーでどう?」 「ほらみろ! やっぱり欲しいんじゃないか」 「違うよ! 全然欲しくは無いんだけど、おじさんがそこまで言うから同情したんだよ!! どうせ膨らましもしないで、すぐにそのへんの子供にあげるつもりなんだから!!」 「そうか。子供にあげるなんて優しいやつだ。じゃあ定価15ルピーのところ特別におまえには10ルピーで売ってやろう」 「いやー、悪いねーおじさん! やった!」 「嬉しそうだな」 「違うよ!! 全然嬉しくない!! こんな風船なんて!!」 「まあなんでもいいや。じゃあついでにこのお得なファミリーパックもどうだ? 1本だと15ルピーなのに、このお徳用パックはなんと10本で50ルピー!」 「ファミリーパックはいらん!! 1本だけでいいの!!」 「そうか。ま、ともかく毎度ありー」 「はーい、さよならー」 …………。 か、買ってしまった……。風船なんて、別にこの歳になって風船で遊んだりしたいわけではないのに……。でもなんか、風船がオレを呼んでいて……なんかたまには大きなものに寄りかかってみたくて……。 オレはそのまま博物館に向かってしばらく歩いたのだが、宿に帰るまで我慢できなくなって、途中で風船を膨らませてみることにした。だって、こんなに大きな風船見たことなかったんだもん……欲しかったんだもん……。 誰かに見られたら恥ずかしいので人通りの少ない裏道に入り、そこでオレは肺いっぱいにムンバイの汚れた空気を吸い込んで、どんどん風船を膨らませていった。やはり大人だけに、大きな風船でも簡単に膨らませることができる。結果そんなに時間はかからずに、もうこれ以上空気を入れたら割れるというところまで、目いっぱい空気が入った。 いやー、等身大のたくましい風船、しばらくはこの超特大風船と旅をしてみるのもいいかなあ。なーんて♪ えへ。楽しいな♪ ……。 あ、あれ?? ![]() 小さい。 ……ちょ、ちょっと待てよ。おっさんどもが持っていたのは完全に人の背丈ほどもある巨大風船だったじゃないか。なんでこれは目いっぱい膨らませてもせいぜいノラ犬の等身大サイズなんだよ……。 ……。 えへ♪ ぼく、ダマされちゃったみたいです♪ あちゃー。見本と全然違うものを売りつけられちゃった。 あはは! やられた! まったく、インド人の人たちったらー。 ……。 殺す。 殺すっ!! ジジイ殺す!! おおおのれえええええええええあああっっっ!!!! あのジジイっ!!!! 悪党がっ!! 童心にかえったいたいけな旅行者をおちょくりやがって!!!! この集団詐欺師どもおおおおっっっ!!!!! ……オレは、ちょっとでも巨大風船に心をときめかせてしまった自分を恨んだ。ジジイは家族への土産にとお得なファミリーパックを薦めてきやがったが、もしもお得な気分になって10本パックを買って帰り、「ねえねえ、これ等身大の超巨大風船なんだよ! インドのお土産なんだ! ねえ、今から膨らませてみなよ!」とワクワクして家族で風船を囲み、みんなが期待して見守る中お父さんが代表して一生懸命膨らませてみたら結果ごく一般的なサイズになった時の、その取り返しのつかない深刻な空気はどうすればいいんだ。その影響で家族の会話は減少し、下手をしたら責任を取って絶縁される可能性もある。これは騙された当人だけでなく、家族や友人への2次災害も生む卑劣な行為ではないか。 ゆ、許せん……。 「ワンワン!(だまされたのか) ワンワン!(おまえアホだなあ)」 「じゃかましいこのノラ犬がっっ!!! てめー今すぐ黙らねえと風船に結んでシベリアの永久凍土まで飛ばすぞコラっっ!!!!」 「キャイーン……」 くそ〜、あのオヤジどこ行きやがったっ!!! クソジジイイ!! 出て来いオラぁっ!! この羊頭狗肉!!! てめーの遺体を風船にくくりつけてシベリアの永久凍土まで飛ばしてやるっ!!!! ノラ犬もつけてやるから安心しろっっ!!! オレはすぐに大通りに戻りオヤジを探してみたのだが、客にまがい物を売りつけたインチキ野郎がその場に留まっているわけはなく、オレはただ人通りの多い歩道で風船をかかえてキョロキョロと挙動不審になるのみだった。きっと通行人のムンバイ市民はオレの持っているミニ風船を見て、「あ、この日本人、風船売りに騙されたな? バカだなあ」と心の中で嘲っていたことだろう。ぬおーっ!!! オレは仕方なくインド名物道端に転がっていた裸のガキに風船をくれてやり、それから心を落ち着け諦めて観光を続けようとしたのだが、しかしどうにも気が収まらん。あんなニセ風船売りが、インド門の広場には集団で出没し観光客を騙そうとしているのだ。全員一致団結してニセ等身大風船を売りつけ、ファミリーパックで旅行者の家族を離散させようとしているのである。くそ〜、悔しい……。 ……。 こうなったら、別の奴でもいいからせめて一糸報いないと気が済まん。このまま何もせずにおめおめと引き下がるなんていやだ。他の国ならまだしも、インドだけに、一杯食わされたまま終わるのは悔しい。 オレは予定を変更し、そのままインド門まで引き返した。広場にはさっきのジジイはいないが、同じように等身大風船を抱えてフラフラしているおっさんが何人もいる。てめえら〜〜〜。 オレは何も知らない無垢な旅行者のフリをして、1人の風船おっさんの前をおどおどしながら通りかかった。 「ハロー! ジャパニーズ! 風船欲しくないか? ベリーベリービッグでストロングな風船だぞ! ほら、これを見てみろ! でかいだろう!!」 「はろー。えっ? 風船ですか? まあすごく大きい! なんだか面白そうですね!」 「よしよし、じゃあキミには特別に、10本入りのお得なファミリーパックを60ルピーで売ってあげよう」 「ファミリーパックはいりません!!! 60ルピーってちょっと高いし!!」 「なんだ、1本だけでいいのか。まあいいや、15ルピーな」 「風船は欲しいけれど、10ルピーにまけてもらえますか? ね、おじさん、いいでしょ♪」 「仕方ないなあ。じゃあ10ルピーな。それじゃ、おまえのために中でも一番大きいのを選んでやろう。これだ! 日本に帰ってから膨らませるといいぞ」 「ありがとうおじさん!」 「どういたしまして」 「さーて、じゃあさっそく今この場で風船を膨らませてみるとするか。今すぐに楽しみたいから」 オレは金を払っておっさんからビッグでストロングな巨大風船とやらを受け取ると、即座にその場で空気を入れ始めた。善は急げだ。そんな大きい風船なら、早く遊びたいもの。 ところが、オレが全力で息を吹き込んでいると、なぜか風船売りのおっさんは回れ右をしてコソコソと逃げるように歩き始めた。あれ、ちょっと、どこへ行くのおじさん? せっかくだから、客が風船で楽しく遊ぶ姿を見て行けばいいのに。そんなに急いでどうしたの? ……。 逃がさないよおじさん。オレは風船を最大の大きさまで膨らませ、やはり犬の等身大サイズにしかならないことを確認すると、すぐにおっさんを追いかけた。 「おじさんっ!! ちょっと待っておじさん!!」 「な、なんだよ……、なにかようかよう……オレあっちに行かなきゃいけないんだよう……」 「あっそう。それはいいけどねえ、なんじゃこの風船の大きさは〜〜〜〜〜っっ!!! おまえの持ってるのと全くサイズが違うだろうがっ!!! おいっ!!! どこがビッグだ!! どこがストロングだテメーこらああっっっ!!!!」 「の、ノーノー……」 「なにがノーだっ!! なんに対してのノーだっっっ!!! おめーがビッグストロングだって言って売りつけたんじゃねーのかワレっ!!!!」 「い、イエスイエス……」 「イエスかノーかどっちだっ!!! おまえよくもいたいけな旅人の風船に対する夢を奪うような悪行を働きやがったな!!! このウソつき!!! 極悪人!!!」 「ウェイト、ウェイトウェイト……」 おっさんは、タジタジしていた。彼は所詮10ルピー20ルピーという細かい悪さで稼いでいるだけあって、いざとなったら開き直ることのできない、気の小さい小悪人らしい。 こやつらはたいてい何人かでつるんで行動しているので、こんなふうに明確に悪行を追求したらもしかしたら仲間がかばったり、下手したらなんらかの攻撃を受けるのかなあと警戒していたが、実際周りを見てみると仲間の風船売りたちは、オレとおっさんのやり取りを見て爆笑していた。おまえら〜〜〜。 「ダメだろこういうことしちゃ!! まだこうやってその場でダマされるならいいよ、でも、ファミリーパックを買って行って帰国してから知人に配って回る人のことを考えろよっ!!! 家族や友人10人から『インドで騙された奴』の烙印を押されてこれからの人生を生きていかなきゃならんのだぞ!!!」 「ははは、ソーリーソーリー……」 けっ、全然反省してないなこいつ……。 まああまりしつこく追求しても落としどころが難しくなるので、とりあえず風船を並べて証拠写真だけ抑えた後、仕方ないのでおっさんは許してあげることにした。 ↓見ろこの看板と実物の差。 ![]() このやろ〜〜。 うーん、そもそもよく考えてみれば、しぼんだ物を見た時に「明らかにこれを膨らませてもあの大きさにはならんだろ」とは思わなかったのだろうかオレは……。いや、でも膨らませる前の状態を見てもその判断は難しいんだよ。実際におっさんたちがこうしてニセ風船を売って稼げて(多分)いるのだから。 それにしても、インド第一の商業都市の最大の観光ポイントで、どうして普通にこういうことが行われているんだろうか。しかも、こんなこと言うのもなんだけどさあ、土産物で騙そうとするんなら、もっと人が欲しくなる商品で騙したらどうだ?? 少なくとも、オレ以外に誰か旅行者が風船を買ってるシーンは数日間で一度も目撃しなかったぞ。看板に偽りありの詐欺を行うなら、看板をもうちょっと魅力あるものにしろよっっ!! 何もかもが中途半端なんだよあんたらはっ!!!! 誰も欲しがらない風船をがんばって客引きをして売りつけて、結果稼ぎは10ルピー程度である。なんつーちまちました悪さなんだよ……。ファミリーパックが売れることに期待をかけているのだろうが、「お得なファミリーパック」というものを使ったもうちょびっとだけ大きい悪さを、このおっさんたちが考え出したという事実に笑える。みんなでチャイを飲みながら会議でもしたんだろうか。「通常のものよりお値打ち感のある、お徳用ファミリーパックを作ろうぜ!」「お、それいいねえ。ファミリーパックいい考え!」とか言って。 その後オレは風船を持ったまま移動してようやくプリンスオブウェールズ博物館というところへ行くことが出来たのだが、そこは荷物持込禁止であり、膨らませた風船をクロークに預ける時と受け取る時が、ものすごく恥ずかしかった。 |