〜犯罪都市へ〜





 アルーシャのターミナルでナイロビ行きのバスを待つ。今日遂に、アフリカ縦断の中間チェックポイントに到達できるのである。チェックポイントとはどういうことかと言うと、場所的に真ん中くらいだというのと同時に、今までに得たあらゆる情報を総合的に判断する結果、ナイロビを越えるとアフリカ縦断の旅は今までよりも
遥かに過酷なものになるようなのである(号泣)。旅の難易度がケニアを中心にガラリと変わり、南アフリカからここまでの道のりが腕立て伏せくらいだとすれば、ナイロビ以北は懸垂前振り開脚背面とび越し懸垂(トカチェフ)らしい。ちなみにオレの能力は、舞台ででんぐり返しをするだけでニュースになる森光子のレベルであるため、ナイロビを過ぎると死ぬことが予想される。

 とりあえず行く先の不安を紛らわそうと、売店で凍らせたチューチューを買う。……ああ、正直に言おう。別に不安とか関係なく、
ただチューチューが食べたくなっただけだ。バラ売りしているチューチューを一本取り出し、番をしている小僧に代金を支払う。ほら、銭だ! とっときな!!
 この灼熱の太陽の下、バス停でチューチューとはなかなか粋じゃないか。
 よし……さあ、食うぞ!!

 ……ヘナッ。

 ぬうおおおおっ!!!!
 チューチューがパッキリ折れずに接合部分でヘナッとなってしまった!!! くそ、最近なかなかチューチューを食べる経験が無いだけに、「折る時は勢いをつけて一気に」という
チューチューの鉄則を忘れていた!! ええい、もう一回だ!! ……ビチビチビチっ!!
 溶けたチューチューのしぶきが服や地面に飛び散ったが、急いで切り口を吸い、残りのチューチューを堪能する。
 屋外のバス停で両手にチューチューを持ち、夢中でしゃぶる作者・26歳。

 ……。

 
知り合いには絶対に見せたくない姿だ。

 
まあタンザニアに知り合いはいないからいいか……。

 さて、昨日値切りに値切ってチケットは購入済みなので、時間ギリギリにターミナルへ向かったのだが、辺りの乗客や係員の黒人に聞いてもなかなか該当する9時発のバスが見つからない。というか、なぜか全員に「そんなバスはない」と言われる始末。おいおい、金払ってんだぞ……ないってどういうことやねん……。
 なおも近隣に居並ぶ黒人に次々とチケットを見せていると、その中の一人が「あのオヤジに聞いてみな!」とオレをターミナルの片隅へ引率してくれた。そこにいたのは、まさしく昨日オレにこのチケットを売りつけたオヤジだった。


「おい! おっさん!! あんた今日9時発って言ってたけど、このバスいつ来るんだよ! みんなに聞いてもそんなバス無いって言ってるぞ!!!」


「……」


「おっさん!!」


「……。おまえいくらでチケット買ったんだっけ」


「は? いくらって6000シリングだろ」


「そうか。ほらよ」


 そう言うとオヤジは、財布から6000シリングを取り出すと、
オレに一方的に押し付けて来た。……結局、最初からそんなバスは無かったようだ。


「テメーこのやろ!!!!」


「あー、もうアッチ行けよ」


「このうそつきが!!! おまえはウソつきだ!!!!」


「……」


 くそ……。なんなんだ一体。なんなんなんだこいつは……。どうして無いとわかっているバスのチケットを売るんだよ……
ぎゃっ!!!
 その時いつの間にか傍らからオレの姿をジーっと見ていたのは、
昨日あのオヤジと同じくオレにチケットを売ろうとした18,9くらいの少年だった。オレは昨日、この少年の誘いを振り切ってオヤジから格安チケットを購入したのだった。……なんか非常に気まずい。


「は、ハアーイ……」


「……。おまえ昨日オレが言っただろ? 安いからなんでもいいって思ったら痛い目に遭うって。今の状況を見てみろよ、結局どうなった? その安チケットでバスに乗れたか?」


「は、はい……あ、あの、オヤジがウソついてたみたいで……」


「最初にオレのチケットを買っておけばこんな無駄な時間を過ごすことはなかったんだ。どうする? あそこのバスは10時発のナイロビ行きだが8000シリングだ。また高いから買わないっていうのはおまえの勝手だが」


「わ、わかったよ。8000でいいから、そっちのバスに乗るよ……」


「そうか」


「昨日はごめんよ……」


ノー! 謝る必要なんかない。ビジネスイズチョイス、おまえには選択する権利があるんだ。ただしその責任は自分で持たなければいけない。値段だけで決めるなんてナンセンスだ」


「は、はい……」



 うーむ。深い。こんな若造に説教をくらいビジネスのなんたるかを諭されるとは……。タンザニアを経つ日になってもなかなか考えさせられるではないか。心なしか、「おまえも充分若造だよ!!」という年配の方々からのツッコミの声がするが……。

 そしてなんとかチケットを手に入れたナイロビ行きのバスに乗り込む前に、オレはツバつきの帽子を買った。なんといってもこれからはほぼ赤道直下である。この素敵な帽子で夏の日差しからつややかなお肌を守り、メラニンの生成を抑えシミ・ソバカスを防ぐのだ。ついでではあるが、これで日射病対策も万全である。

 やっと満員になったバスは、アルーシャの街を出発。まずはケニアへの国境を目指して、サバンナの中に敷かれた舗装道路をかっ飛ばす。世話になったな、タンザニア。オレは窓から顔を出し、タンザニアの空気を思う存分体で感じようと身を乗り出した。
 この風。この空気。ああ……またオレはひとつの国の旅を終え、次なる土地へ……。
 ブワサっ!!!

 あああああああっ!!!! 帽子がっ、帽子が〜〜〜〜っ(涙)!!!!


 あまりにも当たり前のように風に煽られたオレの、まだ買って1時間の新品である帽子は、いつの間にか持ち主の元を離れタンザニアの大地に
窪塚洋介なみの華麗なダイブを見せ、そして猛スピードで進むオレの目には、突然降って来た帽子を奪い合う近隣住民のガキ達の姿がだんだんと小さくなっていくのが映るのみだった……。
 ……。
タンザニアのガキども!! オレからのプレゼントだ!! 大切にしろよ(号泣)!!!

 さて、ナイロビまではだいたい5時間半、予定通りなら比較的早い時間に到着するはずである。
 いや、早い時間に着いてくれないと命にかかわる問題だ。
 過去、幾度となく耳にして来たナイロビに関する噂。その噂が今あらためて、記憶の中からリアルな音声となってこの耳に聞こえてくる。


 ほわんほわんほわん・・・・(ケープタウン、ハラレの宿でナイロビについて話している光景へ場面転換)


「白人の男の旅行者が5人で歩いてたらしいんだよ。そしたら強盗10人に囲まれて荷物全部取られたんだって。」


「……」


「ひどい人なんか、昼間買い物に行こうとして一人で歩いてたら20人以上に囲まれたんだって。強盗の人数を数えることすらできなかったらしいよ。


「……(泣)」


「ちょっと前まで日本人宿だったイ○バルホテル、3ヵ月前に宿ごと強盗に襲われたんだって」


「……(涙)」


「よせばいいのに白人の女の子が夜一人で食事にでかけて、
その後夜中に全裸で帰ってきたこともあるんだって」


「……(号泣)」


 ……。
 そしてガイドブックにも、これでもかというほど注意事項が書いてある。ナイロビでは、旅行者に
いきなりタックルをかまし、ぶっ倒れた隙に荷物を奪って行く、ツーリストアタックという犯罪が流行っているらしい。
 ……。
 
人間版野生の王国かよ!!!! 頼むからせめて脅して盗るとかスキを見て置き引きするとか、少しくらい頭を使ってくれ。サバンナのライオンやハイエナ達とは違うんだということを見せてくれ。人として頼む。人として。

 そして、やはり最終的にはこのコメント。『ダウンタウンでは、いつどこで強盗、殺人事件が起こってもまったく不思議ではない。
 うーむ。
せめて殺人は不思議に思おうよ。殺人は。藤谷美和子くらいの不思議さでいいから。
 もし今会社でこれを読んでいる人がいたら、帰りにぜひ本屋に立ち寄って「地球の歩き方・東アフリカ編」のナイロビのところを読んでみて欲しい。きっとナイロビに行く人間の気持ちが、
全くわからないであろう。

 やがて、アルーシャを出てから2時間と少し、バスは国境に着いた。乗客は全員一旦バスを降り、イミグレーションで出国の手続き、そしてケニア側で入国の手続きをしなければならない。
 タンザニア側で出国スタンプをもらい、自分の足で国境を越える。毎度のことだが、自分の足で国境を越えるというのは、ひとつの達成感があり気持ちよいものだ。そういえば、昔キャイーンがドイツとオランダの国境で帽子を投げあい、「この帽子ドイツんだ?」「それはオランダ!!」というネタをやっていた。使い古されたギャグとはいえ、これを本当の国境でやるところがスケールがでかいではないか。せっかくなので、オレも一人でやろう。


「この帽子、タンザニア??」


「それはケニア」


 ……。

 
意味を成してね〜。
 しかも今日オレが買った帽子は今頃タンザニアの辺境住民が所持してる。警察に届けてくれている可能性も低い。まあいい、いつか他の国境で新しいギャグでも考えよう。そうだ。チベットから中国への国境で、
「中国はチベットでの虐殺認めチャイナよ〜」
「チベット(ちびっと)だけね」
というギャグはどうだろうか。多分
国境の武装警察も爆笑間違いなしだ。ちなみに私は命が惜しいので、実際に中国へ差し掛かる頃にはこのネタは忘れることにする。

 それにしても、一歩国境を越えると、なんとなくナイロビに近くなっただけに犯罪に遭いそうな気がするな……。いやいや、何を恐れているか! オレははるばる日本から外貨を落としに来た大事な観光客である。きっとケニアはオレを、
高校の部活に毎週のように顔を出すOBへの対応のように、たとえ内心では「てめーなにしに来たんだよ! 大学に友達はいないのかよ!!」と思っていても、表向きだけは手厚くもてなしてくれるはずである。
 入国スタンプをもらい、晴れてオレはケニアに入国した。そこからはまたバスまでしばらく歩くのだが、何しろ地元の人たちは入出国の手続きも手馴れたもので、ほとんどの乗客はオレより先を進んでいる。

 いつのも例にたがわず国境を越えたところで数人のマネーチェンジャー(闇両替屋)が、雨の日のボウフラのようにフラフラと集まって来た。しかしなんでマネーチェンジャーはこんなおっさんばかりなのだろう? 各国にこれだけたくさんの人数がいるのだから、一人くらい深田恭子そっくりのマネーチェンジャーがいてもいいのではないか?? もしそんなマネーチェンジャーがいたら、うへへへ……そんなマネーチェンジャーがいたら、オレは、オレは自分の欲望を抑えることが出来ずに……、
ドキドキしながら握手をして、一緒に写真を撮ってもらう。なんだかんだ言って最終的に度胸がないので、思い切ったことはできません。
 一応意識を集中させ、今オレに集まって来ているのはフカキョン1号・2号・3号だと思い込み、ひと時の幸福感に浸る。


「ヘーイ! チェンジマネー!?」


 
おっさんだ。どう見てもフカキョンでなく黒人のおっさんだ(涙)。フカキョン似のおっさんだ。
 まあとにかく、ケニアの通貨・ケニアシリングは全く持っていないわけなので、ここでいくらか作っておかなければならない。「いくら変えたいんだ?」と聞くおっさん達に、オレは財布から5000シリングを出して見せた。


「とりあえず今日一日分あればいいから、これだけ変えて欲しいんだけ……おい、なにするんだよ!!」


 オレが5000シリング札を見せた瞬間だった。どこからか伸びてきた手が、オレの紙幣を掴み取る。


「ちょっと、返せよ!! ほっ!! はっ!! よっ!! あらっ!!!」


 5000シリングを掴んだその手は、オレの追跡を巧みにかわしながらマネーチェンジャーの輪から抜け出ると、一気に逆方向に向かって走り出した。

 ……。

 やられた!!!!!

 この野郎!!!!! 泥棒!!!!! ドロボーーーッ!!!!!!!
 くそ!! 逃げられてたまるか!!!!!


 オレの体は瞬間的に反応していた。奴を追いかけるため、全身のエネルギーを足元に集中、スタートダッシュをかける。やろーーーーーーーっ!!! 待ちやがれ!!














 スコーン!















「のぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜(号泣)!!!!」












 ……。














 スタートした瞬間自分で足を滑らせてコケました(号泣)。



「お、おい、大丈夫か? おまえ……」


「……い、いいよ、自分で起きれるよ……起きてみせるよ……(号泣)」


「それでこそ男だ。盗られたのか? いくらだ?」


「ウッ……ヒック……ご、ごせんシリング……(涙)」


「そうか……あいつは頭おかしいんだ。運が悪かったなおまえ……」


「ご、ごせん、ウック、シリングが……」


「ワイワイガヤガヤ」



 いつの間にか、騒ぎを聞きつけオレの周りにはざっと20人ほどの近所の皆様が集まって来ていた。これだけやじ馬がいても、やっぱりフカキョン似のやじ馬はいない。などと言っている場合ではない。
 ……やられた。アフリカに来て初のひったくり……。たしかに、安易に金を取り出したオレも悪かった。しかし……。
 ケニアに入った瞬間これかよ!!!!
 どうなってるんだよケニアの治安!!!!


 このひどい扱いはなんなんだ? このオレに対して!!! オレ様はドラクエで城に入る時だって、門番の兵士に「ややっ! あなたがたは! ささっ、どうぞお通りください!」
顔パスできるくらい破格の待遇を受けてるんだぞ!!!! そんな勇者に対してなんでいきなりこんな仕打ちを……。
 慰めてくれる黒人の皆様に囲まれながら、いろいろなことを考えた。とりあえずイミグレの役人に言うか、警察に行くか、それとも……。いや、無駄だ。どうにもならない。第一、こんなところで時間を使っている場合じゃない。早くバスに戻らねば。

 被害額は、後になってみればたいして大きくもない、幸いにしてほんの5ドルであった。そしてよく考えてみれば、5ドルばかりであっさり逃げられてよかったのかもしれない。うまく取り戻せていればもちろんよかったが、下手に深追いしてもみ合いにでもなって……
 『いつどこで強盗、殺人事件が起こってもまったく不思議ではない。』

 ……。


 ぬおおおおおおっ。

 いかん。これはいかん。ちなみに、もみ合いというのはもちろん
「お互い揉む」という意味ではなく、ケンカのようになるということだ。たしかに確率は低いと思うが、それでももし5ドルを取り返すためにオレの地球より重い人命(by福田赳夫)を失うようなことになったら……


「あんなところで二度と両替なんかしようとしちゃダメよ! 二度とね」


 バスに戻ると、事件を伝え聞いた前の席のケニア人のおばさんに、激しく説教を受けた。……ケニアでは、他人の子も叱ろうという八名信夫の呼びかけが、広く地域に浸透しているようだ。それ自体はいいことだが、
大人がちゃんと近所の子供を叱っている割には強盗や殺人が日常茶飯事とはどういうことやねん。
 2時間後には、ナイロビである。すんなり通過したヨハネスとは違い、ナイロビでは滞在していろいろとやることがある。これは気をひきしめないといけないな……(汗)。





今日の一冊は、ドラえもん (感動編) (小学館コロコロ文庫)






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