〜ペシャワール〜








 パキスタンのバスは、
やかましい。

 このように最新のパキスタン音楽、J−POPに対抗して
P−POPが大音量で延々と流され続ける、一向に気が休まらないバスに乗ってオレはペシャワールという北西辺境の町へ向かった。
 このペシャワールという町の近郊にはパターン族とかパシュトゥーン族とかいうパラシュートっぽい名前の方々が住んでおり、トライバルエリア(部族地帯)と呼ばれ
国の法律よりも部族の掟が優先される地域らしい。パキスタン政府ですら、部族地域でのトラブルにはタッチできないということだ。
 こえ〜〜。
 そうか。国の法律より部族が取り決めた決まりが尊重されるのか……。
 各方面から
糾弾されそうなので具体的には書かないが、このトライバルエリアにあんな法やこんな法(ヒント:エロ変態系)があったら、オレはペシャワール近郊にすぐさま移住するだろう。そして毎日、女性(欲望をさらけ出した醜いことを書きそうになったので断じて以下略)。

 宿に荷物を置くと、早速オレはいつも日本でやっているように道端でパキスタン人の女性を
ナンパした。ナンパは得意だぜ。見ず知らずの女の子に声をかけるのはオレの十八番と書いておはこだぜ。でも派遣先の社員食堂では、女子社員に声をかけてヘンに愛されてしまったら業務上困るから、気を遣って長テーブルの隅で毎日ポツンと1人、日替わりランチを食べてたんだぜ(涙)。時々、お好みで小鉢などもつけ加えたぜ。でもだんだん惨めさに耐えられなくなって、昼休みは何も食べずに遠く離れた本屋に立ち読みに行くようになったんだぜ。別に読みたくもないゴシップ誌を、長い昼休みの終わりを待ちながら毎日読んでたんだぜ……(号泣)。
 そんなオレだって、みんなと同じように一生懸命生きてるんだ。オレだって、
飲み会に誘われたら嬉しいんだ。ただ声をかけられないから、誘われないのがわかっているから、だから自己防衛のために全然興味がなさそうな顔をしてるだけなんだ(号泣)。
 でも、決してヤケになったりしないよ。だって、そんなことでふてくされていたら、
ますます仲間はずれにされるだけだから。

 
いいんだよそんなことはどうでもっ!!! くそがっ!!!

 ヘイ彼女! そこの頭巾を被っている彼女!!


「ヘイ彼女! ……あの、しばしお尋ねしたいのですが、ペシャワール博物館までここからバスは出ていますでしょうか?」


「ハロー。あなた博物館に行きたいの?」


「はい。僕は西遊記が好きなので、ガンダーラ遺跡からの出土物などにとて〜も興味があるのです。節約のために可能であればバスで行きたいなと思って」


「そうねえ。ガンダーラ遺跡と西遊記は全く関係ないけど、わかったわ、ちょっと待っててね」


 ノートを抱えた一見女子大生風(だからこそ数多くの通行人の中から彼女を選んだのだ!)、頭を紺色の布で覆いメガネをかけたインテリ風の彼女は、おもむろに手を挙げて走っているオートリクシャを止め、運転手に何か聞いてくれている。
 おおっ……なんてことだ。いくらオレがチャンドンゴン似であり理想のタイプの男性だからって、そこまでしてくれなくても……わざわざリクシャを捕まえて道を聞いてくれるなんて……。ああっ、
優しいよおっ(目がハート)!!


「お待たせー」


「あ、すいません」


「じゃあ、このリクシャに乗って!」


「ええ? リクシャですか……リクシャは金がかかるし交渉が面倒で……」


「大丈夫よ。行き先は説明したし、お金も払っておいたから


うそっ!! なんでっ!? どうしてあなたが? なんで?」


「あなたは旅行者でしょう。わたしたちのゲストじゃない。ゲストをもてなすのは当然よ」


ズガーン!!!(日本プロレス時代のジャイアント馬場に脳天唐竹割りをくらったような激しいショック) おおおお……、なんという心を打ち響かせるその行動と存在の美しさ。ありがとうございます(号泣)。サンキューベリマッチ(a lot of tears)


「楽しんでいってね!」


「バイバ〜イッ!! アイラブユーッッ!! アイラブパキスタン!!」


 プスンプスンプスンプスンプスン……
 リクシャは、博物館を目指して走り出した。

 くうう……
 落ち着けば落ち着くほどに、どんどんありがたい気持ちが盛り上がってくる。
 まったく……どうやってこの親切への感謝を表せばいいんだ。いや、感謝を表そうとしても既に一期一会は終わっており、もう彼女には二度と伝えることはできない。なんてことだ……。彼女となら、
一緒にペアヌード写真集を発売してもいいと思うくらい感謝しているのに。せめて電話番号くらいは聞いておきたかった。お礼を兼ねてデートに誘うためにも。……あっ、ウソだよ、ウソ。そういうやましいアレじゃないから。ただどういう部屋に住んでるのかなって思っただけだから。1回女の子の部屋見てみたいなって思って。
 ってダメだよ!! こういう時に冗談を言っちゃ!!
 そうだった。
 忘れていたぜ……
 近頃頻繁に受けるようになったこんな親切、旅に出て中東に差し掛かるまできっと10年以上、こういう感じ、人に優しくされる気持ちなんて忘れていたんだ。
 ガンダーラ遺跡に行った時もそうだ。バスでたまたま隣合わせた兄さんが、バス代を払ってくれ遺跡まで馬車で運んでくれ、1人では危険だからと観光にも付き合ってくれ町へ帰るバスを教えてくれコーラをおごってくれ何も要求せず爽やかに去って行ったのだ。帰りのバスは帰りのバスで、また隣の乗客がオレの分まで運賃を出してくれるのである。お礼を言うと、笑顔で「ノープロブレム」と返ってくる。
 ……この国は、愛のある国である。ここには悪い人なんていない。誰も彼も、朝日のように輝いているよ。あんたたち……最高だよ……。
最高ですか? 最高でーす!! 極上でーす!! ピチピチでーす!


「ヘイボーヤ! 博物館前に着いたぜ。料金はもうもらってるからな。さあ降りて!」


「ありがとう! よいこらせ……。サンキュー! オレ感動したよ。ここに来てよかった。なんと言ったらいいか、パキスタンの人たちってすごく温かくて最高で……」

 
ブオオオンッ(発車)!!

「ええっ!!!」



 
ちょっと!! 人が謝意を述べてるんだから最後まで聞いてくれたっていいでしょ!!!

 どんな急用があるのか知らないが、オートリクシャの運転手はオレが地面に降り立ってまだお礼のメッセージを伝え始めたばかりなのに、猛烈なスピードでUターンし消えて行った。何をそんなに急いでいるの? 
日没までに戻らないと自分の身代わりになったセリヌンティウスが王様に処刑されてしまうの?? いいじゃんそんなの。自分さえ生きていれば。な〜んちゃって(爆)!!
 まあしょうがない。これしきのことでパキスタンの人々に対する感謝の気持ちはなんら揺らぐものではない。さあ、気持ちよく博物館めぐりをしようではないか。
それらしき建物は見当たらないけれど。
 ちょっとそこの露店のおじさんに聞いてみよう。


「すみませんちょっとお尋ねしたいのですが。ペシャワール博物館はどのあたりにあるのでしょうか?」


「博物館に行くのか? まだまだずーっと先だよ。この道を真っ直ぐ、3kmくらい行って右側だな」


「えっ!? でも、リクシャのおじさんがここが博物館前だって……」


「あちゃー、やられたな。おまえ外国人だろ? リクシャから降りる時は、金を払う前にちゃんと確認しなきゃダメなんだよ。あいつら逃げ足メチャクチャ速いからな」


「なるほど! 親切に教えてくださってありがとうございます! やっぱりパキスタンの人たちはみんな本当に親切だ〜」



 ……。



 
あの運転手殺す。その前の女性の親切を完全に無にしただけに、ことさら殺す。八つ裂きにしないと気が済まん。

 おおまえ〜〜。そういうもんか。
リクシャドライバーとパキスタン人は分けて考えないといけないのか。なあ、おまえっ! おまえが騙したのはオレだけじゃねえんだぞ!!! 同胞の、あの親切な女の子まで騙したことになるんだぞっ!!!
 おのれ……いい具合に展開していた
ハートフルストーリーをぶっ潰しやがって……。

 仕方が無いのでそこからテクテク部族の掟に注意して3km歩き、ようやく博物館に辿り着いたら
休館日だった。
 ……くそ。

 これも全部あのボケドライバーのせいだっ!! あいつが誠実に博物館まで来ていれば、親切が親切を呼んでなんとなく開館してくれたはずだ!! このカスっ!! イスラムの恥さらし!!! 死ねっ!! パキスタン独特の派手な装飾のトラックに出会い頭に衝突して死ね!!!



こんなトラックに衝突しろ!!


 この一連の行動の無意味さに気力を削がれたオレは、ケニアの環境保護活動家ワンガリ・マータイさんが提唱するもったいない運動のことなど一切忘れ
(元から特に気にかけていないが)、あっさりと別のリクシャを捕まえて高い運賃を投げつけ宿の近くまで戻った。
 結局、
ここまでで得したのはリクシャのドライバーだけじゃねーか。親切な女子大生と勤勉なチャンドンゴン似の旅人が損をして、悪徳ドライバーが笑いはびこるこの世の中。時代は救世主を望んでいるんだ。こんな世の中で。しかし待っていても現われないのならば、オレ自身が救世主となるしかないのか……。少し、考えさせてくれ。それはとても重要なことで、そんな簡単に決断できるものではないんだ。
 なんだいアジアンサンタクロース? まさかあんたもオレに救世主になれと?


「ハロージャパニーズ。ドゥーユーノーミー?」


「アイドントノー」


「なんだって! ワシを知らないのか!! ベリーベリーフェイマウスなのに!」


「知るかテメーなんかっ!! だいたい有名人だったら貧乏で無名人のオレに気さくに話しかけるわけねーだろうがっ!!!」


「ジャパニーズツーリストはみんなワシのことを知ってるんだぞ。なんでおまえだけ知らないんだ? こりゃ驚いた」


「あのー、ひょっとしてあなたは、カラチ・ナショナルスタジアムで猪木に腕を折られたパキスタンの英雄ペールワンですか?」


「違うよ」


「じゃあ知らねーんだよ!!!」



 突然登場した白ヒゲフサフサの怪しいじいさんは、初対面にも関わらず挨拶もそこそこに自分のことを有名人だと言い張っている。老後の楽しみとして、
自主制作の演歌のCDでも販売しているんだろうか? さすがに友達だったら断るに断れず1枚くらい買ってカラスよけに庭にでも置いておくけど、あなたは友達じゃなくてじいさんでしょ。だいたい、有名人だとかそういうことは自分で言っちゃダメだよ。自らスターと名乗って許されるのは、広い芸能界でもにしきのあきらくらいなんだから。



「なあ、おまえは外国人なんだから、ペシャワールのことはあまりよく知らないだろう? ワシの名はパパジー。いつも日本人旅行者をいろいろな観光ポイントに連れて行ってあげているんだ。日本人の間ではとても有名なんだから」


「いわゆるガイドかよ……」


「なんだその冷めた態度はっ!! アジア人を上からの目線で見やがって!!」


「うっ。ごめんなさいおじいさん。そういうつもりではなかったんですけど……」


「じゃあ明日、いくつかのファクトリーやトライバルエリアに連れて行ってやるから。いいな。9時にこのジュース屋の前に集合だぞ」


「いやです」


「おまえワシのことを信用しとらんなっ!!」


「信用してるわけねーだろっ!!」



「よーし。ちょっとこっちに来い!! ワシが信頼のおける人間だということを証明してやる!!」


「なんだっ、なにをする! うわー、やられたー!」



 パパジーと名乗るジジイはいきなりオレの腕をがっしと掴み、逆らえないほどのじいさんパワーで近くの雑貨屋に入った。そして店のオヤジとなにやらヒソヒソ会話をしている。
 当然オレは
隙を見て逃亡するモードだ。このラインより奥には入らんぞオレは。困難にぶつかるとすぐに尻尾を丸めて逃げ出す人間だから、おかげで逃げるのは得意なんだよオレは。でも、臆病者こそが冒険から無事に帰ってこられるんだ。



「さあ、彼の話を聞くがいい」


「なに? この人がオレに何の用があると言うの?」


 おもむろに紹介された雑貨屋のオヤジは、パパジーを指差しながら怪しげな自信を持って言い放った。


「ヒーイズベリーグッド!」


「……」


「ほらみろ。これでワシは信用できるということがわかっただろう!」


「わかんないっす」


「おまえは知恵が足りない人物かっ!! ハッキリと第三者がグッドだと言ってるだろうが!! いいよ、じゃあ次だ! こっちに来い!!」


「いやー! やめてー!」



 次に連れて行かれたのは、交差点を渡って向かいで営業している布屋だ。またもやパキスタン語(ウルドゥー語)でパパジーは店主とヒソヒソ話している。
 ……見てみろこのうさん臭さ。言葉はわからずとも、その表情や声色から、「おい、こいつどうする? 面倒くさいから倉庫で撃っちまおうか?」「いや、待て。その男は
殺しのリスクを冒すほど金を持ってなさそうだ。山奥に連れてってナイフでも突きつければ泣き叫んで有り金全部差し出すだろう」「たしかにそうだな」という会話がなされているのがはっきりと読み取れる。こわいよお。



「ほら、今から彼が言うことをよく聞いてろよ」


「なんですか! その人が僕とどういう関係があるんですか!!」


 じいさんに促された布屋の店主は、襟を正して演技派な様相でパパジーを讃える言葉を発した。


「ヒーイズホーネスト!!」


「……」


「ほらみろ! この高級ブティックの主人もワシのことを正直者だって言ってるじゃないか! どうだ。さすがにこれで疑う余地はないだろう! ワシのことを信用する気になっただろう!!


「なりません」


「なんじゃとっ!! これだけ言ってもまだわからんのかっ!! この万年栄養不足!! なんで人を信じることを諦めてるんだ! いったいおまえの人生に何があったんだ!! 他の日本人はみんなワシを信頼してくれるのに!!」


「これだけ言ってもって、
証言元の人々も初対面なんだよっ!! その人らをどうやって信用したらいいんだ!! どこに信用できる材料があるんだよ!!」


「ワシの友人たちだぞ!! 彼らのことも疑ってるのかおまえは!!」


「だからなんで初対面の人間の言葉を無条件で信じなきゃいけないんだよ!! じゃああんたは、元世界チャンプの渡辺さんが『こいつは信用できるぞ』って羽賀研二を紹介してきたら、あっさり信頼して株を買うのか!?」


「それは買わない」


「ガチョーン!」


「おう、わかったよ。それなら、この布屋のオヤジが信用できる人物だということを、3軒先のチャイ屋の息子に証言してもらおうじゃないか」


「そうやって最終的にパキスタン全土を渡り歩くのかオレはっ!!! だからいくら知らない奴に保証されたって同じことなんだよ!! 知らない人はそう簡単に信用しないの!」


「心の狭いやつだなおまえは。他のパキスタン人はみんな初対面のおまえに無償の人間愛を提供しておるじゃないか」


「ぎゃふん(涙)」


「情けないよわしゃー。じゃあこうしよう。マスジッド通りにある宿に、日本人もよく宿泊するチープホテルがあるんだ。そこの受付に情報ノートがある。ワシのことも書かれているはずだから、読んできなさい。日本人が書いた情報なら、おまえも信じざるおえないだろう」


「面倒くさいなあ〜。じゃあ行ってみるよ。情報ノートがあるなら一応チェックしておきたいし……」


「よし。じゃあワシは毎朝そこのジュース屋の近辺をうろうろしているからな。ちゃんと声をかけるんだぞ」




 ということで、オレはその足で近所の食堂で辛いメシ→を食いつつ、帰りにパパジー指定の宿に立ち寄り情報ノートを見せてもらうことにした。
 ジーによると、このノートに彼を信頼せざるをえない、日本人旅行者によるベタ褒めコメントがたくさん書かれているということだが……。

 うーん……

 良く言っているのと悪く言っているのが、
半々だ。家庭訪問に来た担任教師のコメント程度のバランスだな。
 一部の旅人にはとても丁寧にガイドをしてくれたと絶賛されているし、一方では時々手を抜かれ、少々料金が高いという意見も。ジーさん自体はまあ悪い奴じゃないということはわかったが、もう少し他の情報も読んでみよう。こういうことはじっくり判断しないとな。
カサコソ…… それなりの代金を渡すのだから、ちゃんと有意義な時間になるのかどうかカサコソ……、よーく考えて決めないとカサコソ……
 なんだよ!! 人が集中しようとしているのにさっきからカサコソと! 何の音なんだそのカサコソとは!! さっきから、オレの肩あたりから聞こえてくるよカサコソとヘンな音がって
ゴキブリっ!!! ゴキがっ、ゴキがオレの肩にっ!! 肩をカサコソ這ってる(涙)!!! 助けてっ!! アイゴーーー(号泣)!!! 

 生まれて初めてゴキとの
第四種接近遭遇を果たしたオレは、必死の涙目で服をピンピン引っ張ると、何度目かのピンピンで歩く汚物はビヨ〜ンと空中を飛んで行った。そしてオレは、ふてくされて宿に帰って寝た。

 翌日、自信満々で「どうだおまえ! ワシのことがたくさんノートに書いてあっただろう!!」と登場した66歳のパパジーに、「いいことも書いてあったけど、悪いことも書いてあったよ」と正直に教えてあげると、
今まさに突然お迎えが来たのではないかとこちらが勘違いするくらい、じいさんはズドーン!!!!!!と激しく落ち込んでいた。……あら。ちょっと悪いことしちゃったかしら。ワタシはただ本当のことを言っただけなのに。正直であることは罪なの?
 まあ年金などもらえずこうして老体にムチ打って働いている彼が、この落ち込みのせいで
本当に天に召されてしまっては困るので、オレはお詫びにパパジーツアー(マンツーマン)に参加することにした。

 ちなみに、彼のツアーで連れて行かれたのは
銃工場、麻薬工場、ニセ札工場などであった。
 ……いや〜、銃に麻薬に偽札。やっぱりみんなの言うとおり、パパジーは本当にグッドでホーネストな紳士なんだなあ。のか??





 銃工場でライフルを構えるパパジー。
 痛い足を引きずって、毎日がんばっています。










今日の一冊は、

アホな気分に浸りたければ

銀の言いまつがい (新潮文庫)




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