〜プレトリア2〜





 スタスタスタ・・・・
 気持ちよく寝ているところへ受付け犬が訪ねてくる。どうやらこれはこの宿の日課らしい。

 しかしいくら宿の先住民だからといって、
押し入った武装強盗とさえいい勝負をしそうな巨大アフリカ犬に寝起きにここまでベッドの脇に来られたら、おそらく犬ギライの旅行者などはあわてふためいて所持金を全て差し出してしまうのではなかろうか??それともこれは新手のモーニングコールか?たしかにこれは起きる。
 さて、今日はそんな彼に続いて、宿のかわいいおばさんが客を起こしにやってきた。



「みんな!そろそろ起きたほうがいいんじゃない?今日は12月4日よ!!なんの日か知ってるでしょ!?」


「な、なに??えーと・・12月4日だから・・・、イニシの日??」


「意味わからないわよ!!そんなのじゃなくて、今日は日食の日でしょ!!!」


「あっ、そうか!!言われてみればたしかに。ニッショクの日ね・・・。って12と4関係ねーじゃねーか!!」


「いやそういう問題じゃないんだけど。」


「そうでした。すいません。」



そうだった。
 実はオレもこちらへ来るまでちーとも知らんかったのだが、なんでもアフリカでは1年半ぶりに日食が見れるということで、世界中からここ南アフリカ、そしてジンバブエを目指して日食愛好者が大挙して集まっているらしいのだ。そして日食の瞬間はまさに今日、12月4日の午前○時○分(そんな細かいとこまで知らん)である。



「じゃあそろそろ起きるかなー。・・・楽しみだな。日食見るのなんか生まれて初めてだよ。」


「でもねー。残念だけど今日曇っちゃってて、太陽なんかなんにも見えないのよ。」


「えーー!まじで!!!」


「1年以上ぶりだからみんな楽しみにしてたんだけどねえ。」


「そうか・・・。でもホント残念だな・・・。って
じゃあなんで起こしに来てんだよ!!!


「だって日食だから・・・。」


「いや、意味がわかんないんすけど・・・。」



 結局、たまたま日食が発生する時にそのポイントにいるという幸運はむしろオレに悔しさだけをもたらし、そんなら最初から日食のことなんか知らなきゃよかったという感想だけが残ったのであった。

 さて、今夜ここプレトリアを発つことにしたオレは、今日でたった1週間程度の南アフリカとお別れすることになった。一応首都にまで来ておいて宿にこもっていただけとあってはちょっと悲しいものがあるので、今日はプレトリアの中心街へ出かけることにした。
 相変わらずビクビク震えながら、結構な距離を駅の方へ向かって歩く。もうかれこれ1週間もの間、
犬も歩けば強盗に当たると言われている場所を毎日歩いているのだが、まだまだこの恐怖感に慣れる気はしない。しかし、日本ではありえない恐怖を味わうということは、決してマイナスなことばかりではないとオレは思う。こうして真の恐ろしさを味わったことにより、もしも将来ホラー映画への出演が決まったら、迫真に迫った恐怖の演技ができそうではないか。

 人気のない道端では、ホームレスががらくたを集めて売っていたり、黒人の公衆電話屋が退屈そうに拾った新聞を読んだりしていた。ちなみに公衆電話屋とは、サングラスをかけたコワモテの黒人のおにいさんが道端で1台だけ電話機を持っていて、それを使って電話をかけることができるというものだ。もちろん、
怖くて使えるわけがない。
 本当ならこうした閑散とした街並もぜひ写真に収めておきたいのだが、カメラなどという
超一級品の貴重品はとてもここでは持ち歩くことはできない。そう、最近犬とかネコの写真ばかり撮っているのは、ただ単に動物が好きだからという理由だけではない。宿の中でしかカメラが使えないからだ(号泣)。
 そんなことを考えながら号泣しつつも歩いていると、歩道に停まっていた車の中から、黒人さんがオレを見つけ突然声をかけてきた。



「ヘーイ!おまえ!!ちょっとこっちきな!!」


ズガーーン!!

きたーーーーーーーーーーっ!!!ついにきたっ!!
 こ、これは一体どういう状況なんでしょうね・・・??黒人さんがたしかにこのオレを呼んでますね。凶悪犯罪がはびこる南アフリカの道端で、現地の黒人さんが一人旅に来た日本人の少年を呼んでますね。これってなに?いいことかなあ?
悪いことかなあ??
 しかし気づいた時にはオレはすでに車の方へ向かっていた。人間悲しいもので、つい5mの距離から誰かに呼ばれると、「行くべきかどうか?」などと考えるより早く体がそっちへ向かってしまうのである。



「は、はーい!
((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル な、何か用かい??((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル


「おまえ中国人か?」


「あ、い、いえ、に、日本人であります・・・((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル。」


「そうか。旅行者か?」


「は、はい。」


「ん?おまえもしかしてオレ達を警戒してねーか??」


いやいやいやいやいやいや!!!めっそうもないです!!!!!!そんな警戒だななんて!!!!!」


「そんなビクビクするなって。オレ達はポリスだよ。」


「へ?おまわりさんでっか???」


「そうだよ。」


「なーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんだっ!!!!!!そうだったんですか!!!あーよかった。一瞬これでオレの幸多き人生も終焉を告げるかと思ったよ・・・。」


「ところでおまえ、パスポート持ってるか?」


「貴重品は全部宿に置いてきてますけど。」


「なに?持ってないのか??」


「はい。でもホントに宿にありますよ。」


「いや、怪しいなあ。最近不法入国者が多いからなあ。」


「でも僕は違いますもん。」


「不法入国者だって疑われたらそう言うよ。」


「あえて南アフリカに不法入国する日本人なんているわけないでしょ!!信用してよ!」


「一応、調べるだけ調べさせてもらわなきゃいけないな。よし、じゃあ車に乗るんだ。」 カパッ



 運転席にいたポリスがそう言うと、後部座席に座っていたもう一人の男が車のドアを開いた。
 中へ乗り込む体勢になりながら、オレは心の中でボヤいた。あー面倒くさい。一体なんの取り調べだろうか。大体旅行者がこの辺で出歩くのにパスポートなんて持ち歩くわけがないんだよなー。宿に置いてあるって言ってるのに。ジャニーズ事務所に下の名前が同じアイドルが2人もいるこのオレを、どっからどう見たら怪しい奴に見えるのだろうか。
 まあそうは言っても、不法入国者を取り締まるのもたしかにポリスの仕事である。彼らにしてみれば、ただ職務を遂行しているだけである。たとえこの車がパトカーではなく、
彼らは制服も着てないし警察手帳も見せていないとしても。


・・・。


あれ??
じゃあオレは今なんで彼らが警官だということを信じているのだろう。



・・・。



いやだなあ。だってこの黒人が自分でそう言ったからじゃないか。それで調べるから車に乗れって。








・・・。









乗ったらアカン!!!!!



 完全な危険信号がオレの頭にともった。いかん。この車に乗ったらいかん。少なくともこの車に乗った後明るい未来が待ち受けていることはないのではなかろうか!!今夜も幸せに「色黒になってモテモテの作者」の夢を見ることはできないのではなかろうか!!!!!!


スタコラスタコラスタコラ
スタコラ!!



「オーイ!どこへ行くんだ!」



 一応後味が悪くないように苦し紛れの笑顔で「バイバーイ!」と言いつつ、世界陸上のコーチがスカウトに来そうな
能力の限界を超えたスピードの競歩で車から遠ざかるオレ。全力で逃げながらも何もなかったかのように顔は無理矢理のひきつった笑顔を作る。きっとオレの怪しい笑顔を見た通りすがりの外人は、「あれ?なんでこんなところでエアロビ全日本選手権が開かれているんだろう?」と思ったことであろう。
 たのむ!追いかけてこないでくれ!!!他の新しいカモを見つけてくれ(自分本位)!!!

 そして、オレは逃げ切った。
 危ない。実に危ない!!なんとかオレの競歩が車よりも速かった、というより遠くの白人を見つけてにじり寄り、寄らば大樹の陰作戦をとったのが功を奏したのだが、あそこで一瞬のひらめきを見せずに車に乗っていたら今頃一体どうなっていただろうか。金、辱め、そんなものを奪われただけで済んでいたらまだよかったかもしれない。イヤーーっ!!
 しかし自分自身、私服で普通乗用車に乗った人間にでも「警察だ」と言われただけで信じてしまったという事実に非常に驚かされた。心にやましいことがある人間は、「警察だ」と聞いたらその言葉を疑うよりも、まず自分が怪しいものだと思われないことの方に頭を使うということだろうか。
 そもそもこうしてオレが逃げ切れているということからも、奴らはニセ警官だったということがわかる。もしも本物の警察だったら、職務質問をしたら逃げ出した外人を逃がすことなど絶対にないだろう。
 よかった・・・。彼らがニセモノのおかげでなんとか逃げ切ることができて。もし本物の警官だったら絶対追いつかれてたよ・・・。もちろん、
警官を装った犯罪者と追いつ追われつするよりは、本物の警官に捕まった方がマシだ〜〜!!!!!

でも捕まるのはいやだ。





今日の一冊は、映画とは比にならない面白さ らせん (角川ホラー文庫)






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