〜終着駅〜





「ヘイ! ウェークアップ!! ヘイユー!」


「……」


「ヘイ! もうすぐアライブ!! ウェイクアップ!!」


「むえ……うう……」


 ……ぐう、さ、寒い。なんだなんだ。
なんだよっ!!! 眠いよっっ!!!
 漆黒の闇の中で何か自分が激しく振動しているので目を覚ますと、車掌が一生懸命オレの体を揺すっているところだった。な、なに? ……これって、もしかしてあれじゃないの? 寝起きドッキリ?? そして車掌さん、あなたはスーダンの田代まさしレポーター?? もう〜〜、恥ずかしいっ!! ああ、ちょっと、なんであたしのパンティ持ってるんですか〜〜!! 返してくださいよ〜っ! ううん……もお……クタッ(恥ずかしそうに再び横になる)。
 ……。これも新人アイドルとしての
お仕事のうちだとわかっていても、しかし眠気には逆らえず、カメラが回っているというのにむにゃむにゃ言いながら起きられずにいると、いきなり田代レポーターにバチッと部屋の電気をつけられた。ギャーーーーッ!!! まぶしい!!! やめてくれ! 光はやめてくれーーっっ!!! ガルルルル……
 田代車掌は、オレが光に反応し暴れ出したのを見届けると、次の部屋の客を起こしに去っていった。

 ……。眠い。車掌はん、もっと
寝かせておくれやす。
 なんだよ……どう考えてもまだ夜中だろうよ……窓の外だってなんも見えないじゃねーかよ……。時計を見ると、
AM4時であった。うう、寒い……。窓の隙間から砂漠の夜風がガンガンと吹き込んでくる。少年ガンガンのようにガンガンと。……ああ、今のでよけい寒くなった(涙)!!!
 よーし、こうなったら! これであったまってやる! 今、日本で一番面白いと言われているギャグ。オレの伝説ベストテン!! 武勇伝武勇伝。
武勇デンデンデデンデン♪ レッツゴー! あっちゃんかっこい〜〜!




 ……。





 
寒いっ!!! 絶えられない寒さだっっ!!!! 死んでしまうっっ!!


 もういい。寝る。オレは寝る。誰が何と言おうと寝る。フカキョンが「作者さんモミモミして☆」と言おうと寝る。


「ヘーイ、ジャパニーズ。もう着くぞ」


「眠いのっ!! オレは眠いの!! 眠いから寝るの!!!」


 向かいに座っている乗客も起きろ起きろとわけがわからないまま励ましてくるが、どうせ終点である。電車の中で朝まで寝ていればいいのである。寝たい時に寝る。起きたい時に起きる。食べたい時に食べる。
いじりたい時にいじる(いろんなものを)。そうやって今までオレは生きてきたんだ!! だからオレは寝る。もっと夢を見ていたいんだ。Mさんの夢を。
 オレは起きろとうるさい対面のおっさんを無視して、ケニアで購入したマサイマントを被りすぐさま熟睡モードに入った。だが熟睡モードとはいえ、ほぼ全速力で走っていた電車がキキーと音を立て停車するのは、夢の中でもとてもリアルに感じた。そんなことはウソだが、「キキーといえば停車駅」というのはアラブの世界の有名な業界用語なので、なんとなく到着したなという雰囲気は一応察したのだ。とはいえオレは目下夢の中で
自分が教祖になってS○X教団を作ることに大忙しだったので、着こうが着かまいが進もうが戻ろうが旅が終わろうがもう今はどうでもよかったりする。旅よりもS○X教団だ。アフリカの旅などはS○X教団の重要さに比べたらこの際大事の前の小事である。尚、女性限定ではあってもオレの教団は身長については規定を設けない予定なので、「摂理」よりは入信しやすくなると思う。教団入会のお問い合わせはmixiで作者までどうぞ。今なら女性幹部候補者も募集中です。わずかですが、お給料も出します(月1000円〜:応相談)。



「ヘイ!! おまえまだ寝てるのかコラ!!」


「ううん……優子……よし……今夜はおまえにエネルギーを注入してやろう……むにゃむにゃ……」


「寝ぼけてんじゃねーよ!! とっとと逮捕されやがれこのエロ変態が!!」


 人が気持ちよく帰国後のハーレムプランを練っているのに、田代車掌がしつこくやって来て怒っている。いぢわるな人だ。


「なんでだよー……せめて7時ごろまで寝かせてくれたっていいじゃん……それに夢の中でくらいモテさせてくれたって……」


「ゲットアウト!!! ほらほら、さっさと起きて!! もう降りてくれ!」


「人でなし!! ろくでなしっ!! オレをコレリ中佐と知っての狼藉か!!! おまえなんか教祖様が天罰を食らわすからな!!」


「さあもうわかったから出てくれエロ教祖」


「ぬぬぬぬ……」



 なんでこんな夜の帳が幕を下ろす草木も死に絶えた丑三つ時に起こされなあかんねん……。
 一度目に起こされた時から二度寝をし、夢を見ながらしばらく眠ったはずだと思ったが時計を見るとまだ4時半。そして
今は2月。真冬の中の真冬、男の中の男である。今の季節、太陽の出る時間は非常に遅いのだ。下手したら、待っても待っても日は昇らず、日の出を待っているうちに夜になってしまうことも十分考えられるくらいだ。それくらい冬の日の出は遅いのである。こんな時間に外に出ても真っ暗に決まっているというか、既に窓から見えている景色が、いや、それ以前に景色なんて全く見えていない。こんなもの景色などと呼べるものか。銀河鉄道に乗ったとしても窓の外はこれよりは明かりのある景色だろう。オレたちはどちらかというと銀河というよりスーダンにいるはずなのに、この暗さはいったいなんなんだ。スーダンは銀河以上、銀河を超越した存在なのか?? 金河なのか?

 健康と精神の安定と精力の増強のためにもあと7時間は寝ていたかったのだが、SEX教団の教祖であるエロ変態のコレリ中佐としては、あまり信者に対して恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。いつまでも居座って車掌に迷惑をかけたら、信者の数や寄付金の減少につながることも考えられる。ということで、苦渋の決断ではあったが
中佐は起きることにしたであります(敬礼)。こう見えて、教団経営というのはなかなか奥が深いのである。

 さて、荷物をまとめ砂の上に降り立ったはいいが、
なんも見えん。景色はもちろんスーダン人の乗客も、一斉に電車から出て行っている気配こそ感じるのだが、彼らは保護色となり、完全に風景に姿を隠してしまっている。どうすればいいんだ。
 とりあえずかすかな人影を見つけて無理やり後について行くというのもいいかもしれないが、黒い影の後を追ったところ、夜が明けてよく見てみたらスーダン人ではなくて
ビッグフットだったなんてことになったら大変だ。捕らわれて未確認生物一家のメインディッシュにされてしまうではないか。たしかにオレの肌はモチモチしていて美味しそうだけど、磯辺焼きとかにして食べちゃやーよ。せめてスウィートなあんころもちにしてよね。

 そんなふうに、朝4時に未知の砂漠で人の列を辿ることもできず心細くて泣きそうになっていると、同じく途方に暮れている旅の初心者4人組がすぐ先で闇に浮かび上がっていた。さすが日本人。暗闇でもよくわかる。
札束を燃やして明かりを確保しようとしているところが、いかにも銭ゲバ民族といった発想だ。仕方無い、オレは本当は一人で行動する方が好きなんだが、彼らが寂しそうだから合流してやるか。まったく、こいつらオレがいないと何も出来ないんだから。
 さあ、ということで、寒いよ〜怖いよ〜〜心細いよ〜〜〜(涙)。田神くん、どうする? どうするどうする?? お願いです、
指示をください。


「えーと、じゃあとりあえず、入り口の方に向かってみましょうか……」


「はい!」


 既に他の乗客は全員闇に消えていっており、駅に人の気配は無い。ふむふむ、たしかにこの田神っちゃまくんの言う通り、まずは駅から出ないと話にならないな。
 よく考えてみれば、旅人が終点の駅に着いたらどうなるかというと、
植村直己やジョージ・マロリーなみのベテランの旅人であるオレの経験によれば答えはひとつなのだ。心配しないでも、たとえどんなに遅い時間だろうが駅を出れば勝手に宿の客引きが集まって来るのである。それが旅のセオリー。いや、セオリーではない。thの発音なので、舌ベロをちょっと噛んでスェオリー。よし、ここは最年長でありカリスマ彫り師のオレが、客引きとの交渉を引き受け全員のために暖かい部屋を確保し、みなから愛と恋と羨望の眼差しも確保してやろうではないか。
 出口に通ずるらしきコンクリートの仕切りが暗闇の中にかすかに見えていたので、迷える子羊どもを連れてそっちの方向へ。やはりここが出口のようだ。よし、ここを抜ければ町が! 宿の客引きがウヨウヨと!! 
待てコラ! 順番に話を聞いてやるからよ!! いいか、オレたちに必要なのはまず暖房だ。部屋の設備を聞いてから値段交渉な。おい!! 女に手を出すな!! オレが代表で話を聞いてやるから彼女たちには触れるんじゃねえっ!! 紳士的な話し合いができない奴はオレが許さねえぞ!!





 ……。







 シーン……。









 
いない。

 
誰もいない。

 宿どころかタクシーの客引きすらいない。ノラ犬すらいない。他の乗客も1人たりともいない。新しい土地で電車を降りて、駅前に客引きという
旅のマストアイテムがいなかったら、いつ誰がどこでどうすればいいかわからないじゃないか!! バカ!!
 しかもあまりに暗すぎて客引きどころか建物のひとつすら見えん。ここは駅前なんだ。いくら真冬の朝4時でも少しくらい生活の明かりが見えていてもいいはずではないか。なんか、
道路すら無いぞ?? 少なくともペンライトで照らせる範囲には砂しかない。なにこれちょっと。どういうこと? ねえ、どういうこと?? 町の気配が感じられないんだけど。ねえ、どういうことどいういうことどうすればいいんですか〜〜指示を、指示をくださいリーダー〜〜〜〜(涙)。


「ちょっとこのままじゃ身動きできないんで、ここで朝を待ちましょうか」


「うん、そうだね田神くん。じゃあみんな、田神くんに従うように」


 とりあえずオレはリーダーとして、みんなに
田神くんに従うように指示を出した。
 うーむ。それにしても我に返ってみると、オレはなんて役に立たない男なんだろう。
ドイツワールドカップの日本代表FW陣とタメをはるくらい役に立っていない。年長者の威厳どころか、グループを引っ張っているのはガラスの10代の少年ではないか。これはいかん。オレももっとがんばって、少年に年長者を立てるようによく説得したいと思う。話し合いでの説得に失敗したら、腕ずくでわからせようと思う。オレが大学時代少林寺拳法部で毎日激しい練習を積んできたのは、こんな時のためなんだ。

 オレたちはコンクリートの仕切りの中で一箇所に固まることにした。仕切りはまさに仕切りだけで、地面はもろに砂漠である。なんとか風はしのげるが、それでも太陽の無い砂漠に熱を発するものは一切無く、猛烈に寒い。お互いの肌のぬくもりで温めあおうとも思ったが、
温め合う組み合わせを決める段階で男の間で血で血を洗う争いが巻き起こる可能性があるためその案は想像の中だけで実行することにし、オレたちはまず各自が持っていたロウソクに火を灯した。
 おおおお……
 明かりだ……明かりってなんという素敵なものなんだ……。闇にボーっとそれぞれのメンバーの顔が浮かび上がる。
志村けんだったら「ギャーー!!」と叫び声をあげるべきところだが、暗闇の中でちゃんと人の顔を認識できるというのは、ヌビア砂漠の場合にはとても嬉しく感じるものなのであった。
 3本のローソクの明かりを囲み、さらに寒さをしのぐために今度は燃やせるものをなんでも燃やしてみる。そのへんに落ちていた小枝(桂小枝やチョコレートではない)や、トイレットペーパーをローソクの火にかけて暖を取るのだ。ここでひとつ発見したことは、トイレットペーパーにローソクのロウをかけてから燃やすと、炎をあげながら
無くならずに燃え続けるのである。これは凍えるオレたちを救う新しい発見だったが、この知識を日本に持って帰ってもあまり役立てる機会がないというのが少々ネックである。日本での生活において暖を取るためにトイレットペーパーを燃やさなければいけない状況なんて、おそらく日本沈没の時くらいだろう。



 ワディハルファの駅で焚き火をしながら寒さを凌ぐ旅人たち。左からマリさん(仮名)、田神リーダー、カオル、ウララ。もちろん
写真を撮らされている関係上ここに写れなかったのは誰あろうぼくちんである(号泣)。


 見ろ、このリーダーの精悍な表情。
こういう若い芽は早いうちに摘んでおいた方がいいのだ。スーダンにいるうちに。殺人事件の発覚が難しい場所にいるうちに。

 この時オレはマサイ族のマントを羽織っており、他の何人かも同様のマントやバスタオルを被って焚き火にあたっていたのだが、後々考えると
よく引火しなかったものだと思う。マントをひらひらさせて思いっきり火に近づいて暖を取っていたので、一歩間違えれば火だるまになり、自分を犠牲にして他のメンバーにさらなる明るさと暖かさを提供することになっていたかもしれない。さすがにそこまでやっていれば、みんなもオレをリーダーとして認めてくれただろうに。惜しいことをした。

 それにしても到着のあわただしさで紛らわされてしまったが、ここまでスーダンの首都ハルツームから電車で2泊3日の行程である。乗車時間は
41時間半。しかも寝台車ではない普通列車に41時間半である。これが唯一無二の交通手段(しかも1週間に1本の)だとはいえ、よくもみんなここまで耐えられたものだ。あ、そうか。他の4人はトランプとかして楽しんでたからそんなに長く感じなかったのかなあ。オレはものすごく辛かったけど。
 ただトランプか坊主めくりかはこの際置いておいて、もし同じ電車に4人の日本人が乗っていなかったら今頃オレはどうなっていただろうか。暗闇で1人途方に暮れて、あまりの寂しさに人影を見かけたらすぐについて行き、明るくなってから気づいたらそれはスーダン人ではなく
フライング・ヒューマノイドだったなんてことになっていたかもしれない。そうしたらやはりオレは未確認生物一家のメインディッシュになっていたであろう。
 1人で生きている引きこもりが仲間というもののありがたさに少しずつ気づいてきた頃、じわじわと闇の黒い色はグレーに、そして朝の白色に変わりつつあるのであった……。

参考:フライングヒューマノイド





今日の一冊は、

24重人格のノンフィクション

24人のビリー・ミリガン〔新版〕上




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