〜ザンジバルアイランド〜





 おえ〜〜っ。

 オレは黒人どもに言いたい。

 
洋式便器で小便をする時はちゃんと便座を上げてしろ!!!

 先日マラウィでも体験したが、アフリカが誇る大都市であるタンザニアの首都ダルエスサラーム、その大都市において、しかし今オレの目の前の便器では、下げられた便座の上にはおもいっきり黄色い液体が揺らいでいる。この液体はなんだろう? いい液体かなあ? 
悪い液体かなあ??
 ……。
 悪い液体です。

 黒人よ、いや、もしかしたら宿に泊まっている欧米人かもしれないが、もう少し後に使う人間の立場になって物事を考えてみないか? それだけではない、これじゃあおまえ自身も次に使う時自爆することになりはしないか? ただ便座を上げるだけのことじゃないか……。
 尿を見ていて思い出したが、そういえば昔、飲尿療法というのが流行った事がある。けったいなことである。大体、本当に尿は健康にいいのだろうか? それなら別に自分のだけではなく他人の尿だって同じだということではないか。じゃあそこの便座の上に垂れている尿をなめても健康になれるってことに……。
 
オエ〜〜〜〜〜ッ!!!!
 
何を考えてるんだオレは。旅に出るようになって気付いたが、オレはミニ事件に出くわす度に常に何か余計なことを考えて、妄想のデフレスパイラルに陥る傾向が非常に強いようだ。道端でふと黒人と目が合っただけで、「この人、もしかしてオレを殺して身に付けている金品を全て奪おうとしているのでは!!」などと心臓の鼓動を早めているオレは、もっと大胆でおおらかな人間になることが必要である。よし。今からは気持ちを切り替えて、全てを受け入れる人間になってやる。相田さんのように。

 めんどうくさけりゃ、便座くらいあげなくたっていいじゃないか。汚したっていいじゃないか。にんげんだもの。
 ひとりになりたい。ひとりはさびしい。これがアフリカなんだなあ。

 心の半紙に書を描いて落ち着いたオレは、背負っているリュックから
マイトイレットペーパーを取り出した。ちなみに、このトイレにペーパーはついていない。洋式にもかかわらず、なぜか隅の床近くに蛇口がついており、「尻はここで洗え」というメッセージが込められているだけなのだ。よってオレは、どんな時でも常にトイレットペーパーを半ロール以上携帯しているのだ。
 オレはペーパーをめくらめっぽうな長さで分厚く巻いて、液体を拭きだした。胃液が目のあたりまでこみ上げてくる気がするが、
吐いたっていいじゃないか。にんげんだもの。うぷ……。
 撫でるように液体を拭ったペーパーは速攻で便器の中に放り込み、もう一度紙をぐるぐる何重にも重ねて巻く。これは便座の上に
敷く用である。ただ拭き取っただけでキレイになるわけがない。たとえ大学の後輩が人質にとられ、興奮した犯人に「汚れた便座に直接座らなかったらこいつを殺すぞ!」と脅されようとも、決して要求を呑むわけにはいかない。後輩の命より自分の太ももである。このむき出しの便座に直接オレの肌を触れさすわけにはいかないのだ。
 オレは折りたたんだペーパーを右側と左側に丁寧に敷き、ポジションを狙い済ましてついに便座の(ペーパーの)上に腰を下ろした。心地よい達成感である。自分の力で、自分の中の弱さに負けず、ひとつの事を成し遂げたのである。
 とても気分がよかったせいで、長々と便座に座って時を過ごしてしまった。さあ、そろそろ出よう。
 満を持して立ち上がったオレは、太ももの下に何か違和感を感じた。

 
あれ? トイレットペーパーが太ももにくっついてるよ。べたーんって。

 なんでこんなに濡れてるんだろう? ……あ、そうか。
さっきの黄色い液体、ちゃんと拭ききれてなかったんだ。だからトイレットペーパーに浸透して、それがつなぎになって太ももとペーパーをくっつけてるんだね。



 ……。




 
あぎゃーーーーーーーーーーっ(号泣)!!!

 
ももがっ!! モモがあーーーーーーーっ!! おえ〜っ。おえ〜〜っ!!! 汚いっ! 汚い〜〜っ!! △□!! 

 オレは必死に新しいペーパーで腿の後ろをこすった。
皮も引き千切れんばかりに。水道からちょっと水をつけ、ペーパーが粉々になるまで拭く。た、他人の尿が、他人の尿がオレの大腿部にべたりと!! 
 ……。ああ、こんな、自分が普通にトイレを使いたいだけなのにこんなアホみたいな作業をしなければならないなんて……。オレは全然悪くないのに……。はやく日本に帰りたい(泣)。

 乱れきった太ももの上からジーパンを履いて部屋に戻ると、丁度イマノエルというタンザニア人の旅行会社の手先が迎えに来たところだった。これからオレは、フェリーに乗りダルエスサラーム沖の島、ザンジバルへ渡るのである。
 ザンジバルにはストーンタウンという、その名の通り石造りの街並が世界遺産に指定されている歴史ある町があり、ダルエスサラームに来た旅行者は必見の観光スポットであるらしい。
ちなみに今日は12月30日、日本ではそろそろ笑福亭鶴瓶が忙しくなりそうな立派な年末である。これから島に渡る理由としては、この街全体が浮かれる年末という時期、きっと女性の観光客の心も開放的になっているに違いない……ビーチで出会った旅人同士、うまくすればそんな女性と一夜のリゾート・ラバーに……などと軟弱なことは表向きは一切考えていない。ただ、せめて交換日記くらいつけてくれる相手を見つけたいと……文通でもいいですから……ああ、文通で思い出したけど昔ちょっとだけ文通していた福岡県のゆかりちゃん、僕の趣味がスノボというのは大ウソでした。本当はインターネットが趣味です。

 


 ということでイマノエルに連れられ、オレは街の中心部からすぐ南にある埠頭へ向かった。






 ここからはまた一人になるのだが、今回に関しては往復のフェリーチケットだけでなく、ザンジバルの宿の確保までされているのである。昨日
道で声をかけられた時は殺人鬼にしか見えなかったイマノエルのこまめな手配のおかげで、フェリーが島についてから宿へ連れて行ってくれるスタッフまで用意してもらっているのだ。年末年始にふさわしい、秦の始皇帝も真っ青な贅沢待遇である。


 そしてオレという始皇帝を乗せたフェリーは、黒人の労働者達の手によって島へ運ぶ燃料や工業製品で満載になった後、港を離れてタンザニア沖へと漕ぎ出した。
 なんといっても、真夏のアフリカの空、そして青い海である。実は始皇帝といえども金はあまり持っていないため、このフェリーは料金がザンジバル行きの全フェリー中最安値であり、そのため到着まで6時間もかかる。だがこの景色を見ながらだったら、何時間でも過ごすことができる。
 気持ちよい潮風、気持ちよい風景。

 ザパ〜ン……

 ザッパ〜ン……



 ……。




 オエ〜〜ッ!!!
(またかよ……)


 き、気持ち悪り〜〜〜!!!!
 ああ、脳が、脳が揺れている〜っ(泣)。横に、横にならせてくれっ!! 気持ち悪い!! 助けてくれ!! 吐くっ! 吐くぞっ!! 始皇帝は船酔いしやすい体質なんじゃ〜!!

 青い空、青い海、そして心地よい潮風とは一切関係の無い船室中央の固い長椅子の上で、オレは到着までの約6時間、苦しみに呻き瞳孔を開いて横たわっていた。
 ……。自分で自分に言うが、オレもそろそろ旅慣れてきたことだし、フェリーに乗ったらこうなることは
最初からわかりきっていたことだろう。もっと速い船に乗るなり飛行機に乗るなり、いい加減大人なんだから「安い」以外の条件も考慮に入れた選択をするべきではないだろうか。

 ザンジバルの港に着いた時、すでに夕陽は大陸の方角へ沈んでおり、オレは
船底で発見された死体とほぼ同じ顔色になっていた。隅っこで一人で戦っていたため他の客には見られていないが、もし到着前に誰かに見つかっていたら、「船内に急病人がいます。お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんでしょうか」という船内緊急放送が流れるハメになっていたかもしれない。
 戦闘民族サイヤ人は瀕死の状態から復活するたびにパワーアップを遂げるというが、オレは瀕死の状態から復活するたびにひどく後悔する。その後悔によって成長していければ良いのだが、「ああ、吐きそうだ……ちくしょう、こんな乗り物選ぶんじゃなかった……」という後悔を
今までの人生で200回はしている。どうやらオレの脳の中には、学習する部分が無いらしい。

 燃え盛る炎の中に飛び込んで子供を抱きかかえて出てきた消防士のように、オレはおぼつかない足元でよれよれとタラップを降りた。途中で海に落ちそうになったが、気持ちは若干英雄気取りだ。さて、ここで始皇帝の出迎えをしてくれる現地スタッフが待っているはずなのだが……。

 おや?






 おおっ! あの客の名前の書かれた紙を体の前にかざしているその体勢、そして明らかにメガネの奥からオレをジーっと見ているその姿は!! 
 オレは念のため彼に近づいて、紙に書かれた名前が自分のものであるかを確認してみた。
 ※作者の名前はツヨシです。




 
「PSUOSHI×1」 

 
 ……。

 プ、プスオシ……?? 

 それは、オレなの? オレじゃないの?
 プスオシさんなの??

 なんとなくオレのことのような気がして微妙な思いになっているオレだったが、逆にメガネの現地スタッフは乗客の中で男の東洋人がオレしかいなかったため確信を深めたようで、明るく声をかけてきた。


「ハロー、ジャパニーズ! おまえが、……、これ(紙を見せながら)か?」



 
おまえも読めてないやんけ!!!!



「あのー、僕は作者なんですけどね、これちょっと違うみたいですけどどうなんですか?」


「うーん、そうだな。
多分おまえのことだろう。じゃあタクシー待たせてあるし、行こうか」



 あんたそんないい加減な……。大体、PSUOSHIの後の×1はなんなんだ? 普通PSUOSHIさんは一人だろう。これが×5とかだったらオレが5人いることになるのかよ。

 簡単な入島審査を済ませると、メガネスタッフと共にタクシーに乗り込み、暗くなったストーンタウンの細い道を宿へ向かった。10分ほど走ると、通常の安宿とは一線を画した、ペンションと言ってもいいようなこぎれいな宿に到着。ああ、なんという高待遇。なんという贅沢。これはもうまさしく始皇帝レベルのもてなしである。オレも出世したものだなあ……。
 メガネと一緒に受付けに向かい、宿のオヤジに挨拶をする。しかし、なんだかオヤジの表情がかんばしくない。メガネスタッフとあれこれ言い合いをしているようにも見える。なんだろうこのホスピタリティの低さは?? 客に向かってその態度はいいの?? オレ気分を害して他の宿に行っちゃうよ??
 するとオヤジと話を終えたメガネが、オレに向かってやんちゃな顔で言った。


「ごめん、
予約とれてなかった。満室だって」




 あっそ。



 ……。




 
ごめんじゃねーだろ!!!!!!

 
現地スタッフ! おまえは何のスタッフやねん!! というかオレが昨日旅行会社で支払った宿の料金はあれはなんだ!! おいこら! バカ!!



「どーしようか」


「どーしようかじゃねーっ!!! おまえちゃんと責任持って他の宿探せよっ!!」



「うーん、年末だしあんまり空いてるとこ無いかも……」


「やかましいっ!!! 無いかも……で済むと思ってんのかよ!! 何が何でも探せ!! 探してくれないと私は困るんです!!!」



 その後オレとメガネスタッフは夜のストーンタウンを宿を求めて放浪する。大晦日を明日に控えてやはりめぼしい宿は埋まっており、4、5件目でようやくひとつだけツインの部屋が空いている安宿が見つかった。しかしなぜか宿の料金はオレが改めて支払うことに。そしてメガネくんは役目を終えたとばかりにオレに別れを告げ暗闇に消えて行ったのだった……。
ふざけんなっっ(号泣)!!!






今日の一冊は、新ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論 (2)






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