〜変態ムンナさん〜





 オレはガンガー沿いのチャイ屋に入り、グッツグツでアッツアツのチャイをこの気温で飲める奴は
人間ではないと思うので、コーラをよこせっ!! 冷たいの!! 冷たくなきゃ暴れるぞっっ!!! と駄々をこね、奉公人の子供にコーラを持って来るよう命じた。
 するとガキに連れられて3分後に登場したコーラは、
半身浴に丁度いいくらいの湯加減の、オレの要望を一切反映していない腹立たしい温度のものであった。わーいわーい!



「あっ、ありがとう! そうそう、このくらいの熱さのコーラだと
肉じゃがを作るのに丁度いいのよね。肉じゃがだけでなく豚の角煮もコーラで煮出すと味が染みて美味しく出来るのよ。まったく小さいのによくわかっているわねえボウヤ。ってなめとんのかおまえはっっ!!! なんで冷たいのを頼んだのに熱いコーラを持ってくるんだよ!! 『冷やし』の方を注文しただろうがオレはっ!! こんなもん飲めるかっっ!! ウガーーーーーーッ!!!! ガブッ(子供に噛み付いた音)!!!」


「アガーーッ(泣)!! 別にいじわるしてるわけじゃないんだよおっ!!! これしか無いんだからっ!! うちの稼ぎでは冷蔵庫を買うお金なんてないんだからっ(涙)!!! 冷たいのが欲しいなら高級ホテルにでも行って高いコーラを注文すればいいだろうっ(号泣)!!」


「なにい口ごたえしやがってこのガキがっっっ!!!! この店はちゃんと正規のメニューとしてコーラを扱ってるんだろうが!! だったら冷たいのを用意するくらい当然の義務だろうコラっっ!!!」


「だって冷蔵庫が無いんだもん! 無いものは無いんだもんっ(涙)!」


「なんだとこらぁっ!!! テメーこの野郎ボケェッッ!! 貧乏人!! このアホなガキっっ!!!
 
…………。あ、あれ? なにこの空気。なんかどっちかっていうと、全体的にオレの方が悪者になってない今??」


「なってる」


「どうしてっ(涙)!!! 別にオレは多くを望んでいるわけではないのに!! ただ冷たいコーラが欲しいと言っているだけなのにっっ!! それなのに、なんでお金を払ってホットコーラを飲む羽目になった挙句に、子供に暴言を吐くわからずやの大人みたいに見られなきゃいけないのっっ!!!」


「まあまあコーラでも飲んで落ち着きなよ。ストローいる?」


「いる。だってこの瓶、
飲み口にベットリ赤〜い錆がついてるんだもん(涙)



 
オレは40℃をとっくに超えているガートでコンクリートからの熱を浴びながら、チャイ屋で日差しだけを避け、もはやコーラというよりシュワシュワ言うお汁粉と言った方がふさわしい黒くて暖かい飲み物をストローで吸った。この店で冷たいコーラを飲もうとしたら、もはや冬まで待つしかなさそうだ。まあいいや。とりあえず暑い時にはこうして甘い飲み物を飲んで糖分を取っておかないと、甘いマスクを保てなくなるからな……。



「ハロー。あなたは日本人ですか? トラベラー?」



 隣のテーブルでこの熱いのに熱いチャイを飲むという
一人SMを実行中のインド人のお客が、シュワ汁粉を飲むオレを珍しがって話しかけてきた。



「そうです。トラベラーです。格好悪いトラベラーか格好いいトラベラーかで分けたら、
格好いい方のトラベラーです


「ミートゥー。僕もツーリストです」


「インド人なのにわざわざバラナシに来てるんですか」


「ノー、僕はインド人じゃないです。ネパール人ですよ。見てわかるでしょう」


「どこをどう見てもわかりませんがなっっ!!! バラナシのガンガー沿いでチャイを飲んでいるあなたをネパール人だと見抜くのは、あなたのお母さんでも絶対に無理ですっっ!!!」


「そんなことないです。だって、インド人はみんな僕がネパール人って見抜きますから。バラナシって悪い人が多いですよね。道を歩いているだけでインド人が寄ってきて、すぐ僕を騙そうとするんです


「ほんとかよそれっっ!!! 失礼ですが、僕から見たらあなたも騙す方の人に見えるんですが!」


「ノー!! なんて失礼な人なんだあんたは!! 思えばさっきも子供に対して不適切な発言をしていたし! ネパール人とインド人は全然違うって言ってるでしょ!!」


「す、すみません」



 うーん、そう言われても、やっぱりネパール人とインド人なんて外見は全く同じに見えるんだよな……。
 そういえばアフリカでも
ザンビア人とジンバブエ人の違いについてバスで隣り合った乗客に説教されたことがあるが、ザンビアとジンバブエしかり、ネパールとインドしかり、そして日本と中国しかり、はたまたブランド品とニセブランド品しかり、それぞれ熟練の目が無いと見分けることは出来ないというのは共通のようである。どれも外見ではあまり変わらないが、識別するポイントはおそらくニセブランド品と同じで、どちらかはよーく中身を見るといい加減な部分が散見出来るということであろう。……うーむ。どちらがニセかと断定はしていないとはいえ、危ない発言だ。(決して特定の人種について述べたものではありません)

 さて……。夕方近くなって来たし、少しは気温も下がっただろ。とりあえずフラフラしてみるか……。


牛のいる風景(邪魔)



 オレはしばらくあても無く、ノラ牛の気持ちになって適当にバラナシの旧市街をうろついてみた。その後少しあてがあり、いつものゴードウリヤー交差点近くのあてのある場所をしらじらしく何度も往復してみると……



「おにいさん、また会いましたね」


「あっ! どうもこの前の日本語がとても上手いインドの人」



 ……出た出た。太陽が沈む頃になると代わりに登場するこのダークな人。バラナシ初日以来、数日振りの
シワ再登場である。相変わらず、日本人旅行者を誘い込むための満面の作り笑いだ。ああこの人、オレに旅行記で散々悪口書かれてるのも知らずに、再びオレの持つマネーを狙ってニコニコと憎たらしく笑ってるよ……。



「おにいさんこれからどこへ行くんですか」


「特にどこへ行こうとしているわけじゃないです。目的の無い散歩そして人生というか」


「丁度良かったです。おにいさん一緒にエロ映画見に行きませんか?」


「またエロ映画ですかっ!! 再会して10秒しか経ってないのにもうエロの話!!! おぬしもエロよのう……。あの、本当にインドなのにエロ映画があるんですか??」


「もちろんです。インドのエロ映画はクン○から始まります」


「今日もまた露骨ですねものすごくっ!!! この前はフェ○から始まるって言ってませんでしたっけ!!!!」


「どうですか、せっかく時間あるなら行きましょうよ。一緒に観に行ってくれれば、おにいさんがバラナシにいる間は無料でガイドしてあげますよ」


「無料ですか……。あなたには無料でも、その代わり占い師に大金を払うことになったりしてね……。なんつってこっちの話です。まあそんなに行きたいんならいいですよ。ガイドもしてくれるということだし。本来エロには興味が無い、
エロとつく物は『燃エロ!プロ野球』にも江口洋介にも眉をしかめる僕ですが、そこまであなたが観たいのでしたら、僕もしぶしぶエロ映画鑑賞に付き合うことにしましょう」


「そうですか、じゃあ行きましょう」


「はいっ!! 行きましょう!! げへへへへ」



 シワは早速サイクルリキシャを捕まえ交渉すると、すぐに話をまとめ乗るように促してきた。さすが地元民はリキシャと揉めないんだな。料金交渉があっさり出来てうらやましい……。ということでこれから一緒にエロ映画への旅路である。
 しばらくの間2人で後部座席に並び世間話をするのであるが、オレは今回シワとも
初対面であるし、バラナシに来たのも初めてという設定にしておいた。でもこやつは頭がいいから、ボロを出さないようにしないとな……



「おにいさん、日本ではなんのお仕事をしているんですか?」


「仕事ですか? 
スチューデントです」


「そうですか。インドには初めて来たんですか」


「そうなんですよ〜。生まれてはじめてのインドで、なんだかみんな僕を騙そうとするものだから、
困ってしまいます


「わっはっは。そうですね〜、インド人は、特に観光地のインド人、悪い人がいっぱいです」



 
おまえもな。と心の中で、オレは叫んだ。前回のインド旅行でオレから最も大きな金額をボッタくったのは、紛れもない、この今オレの隣にいるイカサマ日本語使いである。テメーここで会ったが百年目!!! いや、3年目!! あの時の決着つけてくれようぞ!!! と言いたいところではあるが、シワは身長こそオレの半分くらいだが、ボディビルダーなみの体格を誇っているため(ジムに通っているそうだ)、むしろ決着はつけたくない。現地では仲良くやり、帰国してからこっそり悪口を書くのが一番いいのだ(根っからの卑怯者)。
 とりあえず、引き続きトボけることにしよう。



「多くのインド人は僕を騙そうとして困ってしまうんですけど、でもあなたは
珍しく良い人そうなので、安心しました!」


「そうですか、ありがとうございます」


「ところでお名前はなんと仰るんですか?」


「ワタシの名前は、
ムンナといいます。日本人専門のガイドの仕事をしているんです


「へえ〜。
ムンナさんていうんですね。なるほど〜。ほほ〜。そんな名前なんですか〜」


「どうかしましたか」


「いえそんなどうかしただなんてたいしたことじゃあありませんのですよ……。それにしてもムンナさん日本語お上手ですね〜」


「はい、日本のこともよく知っていますよ。最近小泉首相の支持率が低下していますね。自衛隊の海外派遣のことが問題になっています。そういえば、この前川口外相から町村外相に替わりましたね」


「知り過ぎだろそれっっっ!!!! 外相の交代なんかオレでも知らんのに!! いや、まあオレでも知らんと言ってもオレが人より知ってることは新作ゲーム情報くらいだから、知らんのは当たり前だけど……」


「この間阪神タイガースが優勝して、道頓堀で日本人がたくさん沐浴しました」


「あはは! あれは別に沐浴してたわけじゃないんですって(笑)!! …………。
おおおお……、す、すごい、ガンジス川と日本の最新ニュースをかけたうまいジョークまで言ってやがる……。あんたほんと只者じゃないよな……」


「電波少年のロケで室井滋さんが来ましたが、その時もワタシが通訳したんですよ」


「へー、すごいですねえ!」


「あと、緒方拳がバラナシに来た時もワタシが案内をしました」


「ほほー! すばらしいですねえ!!」



 そうかー、緒方拳の通訳とかもしたのかー。なんか、3年前の記憶と非常にシンクロするというか、なんとなくシワ改めムンナさんの誘導が始まっているような気がするのは、単なる気のせいだろうか。ガンガーの風のいたずらだろうか。
 しかし、その直後、やはりムンナさんの口から出たのはこのひと言であった。



「おにいさん、
サイババは知ってますか?


「え? サイババですか? 知ってますよ。まあ
たしなむ程度にですが」



 …………。

 はい、
みなさんご一緒に。



















 
キタ━━━━≡゚∀゚)≡゚∀゚)≡゚∀゚)≡゚∀゚)
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━━━━━━━━━!!!!!!!




















 遂に出たか。
出やがったかサイババの名が。
 ……わかる。
これからキミが言わんとしていることは大体わかる。サイババに関連するある人物の話題が出てくるんだろうこの後? いや、違うかな。出ないのかな。今回はただサイババに関する世間話をしたいだけなのかな。まあ聞いてみよう。その先を聞いてみよう。話を進めたまえ。



「サイババがどうかしたんですかムンナさん?」


「そうです、
実は丁度2日前に、サイババの一番弟子がバラナシに来たんですよ」


「へえ〜〜〜っ!!! ちょうど2日前に!! まさに2日前にこのバラナシに!! すごいタイミングだなあ!! そうですか! サイババの一番弟子が2日前にバラナシにっっ!!! きゃー!!」



「そうなんですよ。その人は有名な占い師でね、前回バラナシに来た時は、緒方拳も占ってもらったんです。ワタシが通訳したんですよ」


「ほほう。占いって当たるんですかね。僕はあんまりそういうの信じない方なんですが」


「普通の占い師はだいたい2割3割しか当てることが出来ません、でも、
彼は過去のことも未来のことも8割からたまに100%の確率で当ててしまうんです。緒方拳はね、あんまり当たるもんだから『この人はオレの親戚なんじゃねーか?』と言っていました」


「ああ、
3年の時を感じさせない物凄く聞き覚えのあるセリフ……(心の中で)。……オホン。ええっ!! そんなにも当たるんですかっっ!?」


「はい。彼は本当に凄い人です。おにいさん、
いい時にバラナシに来ましたね。実はサイババの信者やインド人だけでなく、あなたのような旅行者も占ってもらうことが出来るんですよ」


「あのー、つかぬことをお聞きしますが、
そのサイババのお弟子さんはなんというお名前なんでしょうか? もしかしてサイババと似ている名前だったりしてなんて……」


「その人の名前ですか? 彼の名前は……」


「名前は……?」


「彼の名前は、
アガスティアさんといいます。人間の運命が書かれているというアガスティアの葉の名をいただいている大変偉い人なんです」


「ア、アガスティアさんですか……???」



 
な、なんだと……。
 違う。
違いま〜〜っしゅ!!! ここまでの会話の流れは、完全に絶対にライババに誘導する方向だったじゃないか。というか、サイババの一番弟子は、アガスティアじゃなくてライババじゃないか。オレはそう聞いたぞ。別に噂で聞いたとかネットの旅行記、例えば「ふりむけばインディアン」のサイトで見たとかじゃなくて、あんた自身の口からそう聞いたんだぞオレは。
 どうしたんだろう。もしかして、ライババが今はアガスティアに改名して活動しているんだろうか。たしかにシワも名前(というか偽名)がムンナに変わっているし、それもあり得なくはないが……。まあとにかくあまり動揺してはいかんな。



「そのアガスティアさんには、誰でも占ってもらうことが出来るんですね」


「そうです。でも外国人はね、
夕方から夜の間というふうに決まっているんです。昼間はインド人が集まるようにしているんです。でも、逆に夜の6時半から9時半まではとても空いていて、外国人が行ったらすぐに見てもらえます」


「へー。でも他の外国人も待ってるってことはないんですか?」


「他の外国人はそもそも何時に行けばいいか知らないんですよ。だから混んでるようなことは無いです。……あっ、おにいさん、
エロ映画館もうすぐですけどね、そこで『おまえは日本人か?』と聞かれたら違うって答えてください。そのエロ映画館は、インド人しか入れないんです」


「いきなり下品な単語が出て来ましたねっっ!!! そうだ、そういえば僕たちはエロ映画を見に来たんでしたね……」


「そうです。また帰りにアガスティアさんのことはゆっくり話しましょう。いいですか、エロ映画はインド人用ですから注意してくださいね」


「というか、日本人じゃないと言うのはいいんですけど、
どう考えてもオレがインド人には見えないでしょうがっっっ!!!! どこにこんな『Hey!Say!JUMP』のメンバーみたいな美少年のインド人がいるんですかっっ!!!」


「大丈夫です。全然美少年ではないですし、別にパスポートで確認するわけでもないので、地方から来たといことにしておけばいいんです。あとはワタシがなんとかしますから」


「はい。僕はインド人です。ナマステー。
カムトゥーマイショップ!! ノープロブレム!! ディスイズガバメントショップ!!! マネー!! ギブミーマネーッ!!!」



 ということで一旦占い師のお話は水入りとなり、オレは
一時的にインド人となってエロ映画館への到着を待つことになった。 次回へ続く(いつも続くけど)










★巻末特別付録★

 この章の最後のあたりの一部の会話を、こっそりデジカメの動画を作動させて録音してみました。
旅行記史上最初で最後の試み、登場人物の会話、生声編です。もちろん話しているのはムンナと作者です。ではご覧ください……



↓聞こえると思いますが一応この内容を話しています

ム「外国人はね、夕方の6時半から9時半の間、その時間だけに見てもらえる。
(ここから)でも6時半から9時半までの時間、インド人しか知らない。インド人の人しか、地元の人しかね、知らない何時に行ったらすぐ見てもらうこと出来るか」

作「はい」

ム「だから6時半から9時半の間とっても空いてるんです。誰か行ったらすぐに見てもらえる」

作「じゃあ他の外国人が待ってるってことは無いの?」

ム「他に外国人わかんないね何時に丁度行ったら見てもらえるか」

作「はいはいはい」

ム「そうそうそう。……おにいさん
エロ映画館ね、すぐそこですね。そこでみんなね、日本人て聞かれたら断ってください。そこの映画館ね、インド人しか見れないです」

終わり!





今日の一冊は、日本人の知らない日本語 2  (メディアファクトリーのコミックエッセイ)







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