〜ハラレ1〜





 ジンバブエの経済崩壊は深刻だった。外貨(ドルとかユーロとか)からジンバブエ・ドルへの両替の、闇レートと正規レートが
あの頃の貴・りえの心のようにあまりにもかけ離れてしまったため、今週から両替所は全て営業停止命令が出された。そして、外貨が絡むほとんどの取引は停止になってしまったのだ。このことは、ジンバブエに滞在している外国人にかなりの不便さを与えたのだが、今この瞬間ジンバブエにいる外人で最も被害を受けた人物は、2日前に8000ドル盗まれたやせ型のある日本人だろう。
 ここジンバブエにあってアメリカン・エクスプレスの代理店をしているという、小渕首相からのブッチホン経験者のように希少価値のある唯一の旅行会社も見事に今週から(号泣)営業していませんでした。昨日得た情報では、ここに来ればすぐに再発行の手続きがとれ、数日でトラベラーズチェックの再発行が受けられるということだったのだが。7000ドルが間もなく手元に戻ってくるという期待、その掴みかけた希望が一瞬にして失われた。元同級生の女の子に食事に誘われ、おいおい、この展開ってもしかして??と思ったら健康食品を扱うサイドビジネスの勧誘だった時のようなショックだ。
 今週からというのが実にタイムリーではないか。せめてあと5日早く盗まれていれば、ここですぐに再発行ができたのだ。もうこうなったらオレの盗難は
ジンバブエ国家ぐるみの陰謀としか思えん。
 旅行会社の入っているビルの前で、オレは一人で崩れ落ちていた。その涙は夏の陽光を反射して織田無道の水晶のようにキラキラと輝き、辺りの人間の同情を買った。見かねて話しかけてきたのは、ビルの入り口にいた警備員だった。



「どうした?チャイニーズ?何か事件でも??」


作「日本人だ!・・・いや、まあ話すと長くなるから。もう帰んなきゃ。」


「そうか。なんならタクシー呼んどいてやろうか?」


作「ほんと?悪いねー。」



 警備員は事務所の電話を使いタクシーを呼んでくれた。黒人は全体的にいい奴が多い。前回の旅行先が北インドだったオレは、
「旅行者に近づいてくる現地人は殴ろう組合」に加入していたのだが、アフリカに来て再び人の心を取り戻しつつあった。殴ろう組合からの脱退も前向きに検討しているところだ。



「電話しといたぞ。10分くらいで来るって。そこで待ってな。」


作「ありがとう。助かるよ。」



 親切な黒人だ。いや、基本的に今まで会ったジンバブエ人はみんな親切だった。もしかしてジンバブエ人は信用に値するのだろうか?などと
ジンバブエ人に100万ほど盗まれた身では思えるわけがない。
 ところで、ハラレは都会だ。ジンバブエという国の印象からして、さらに経済が崩壊しているという事実からしても、どこかの国のように首都に
ノラ牛がうろついててもおかしくないかと思ったら、まさに高層ビルが並ぶ大都市だった。これならスイカップどころかアフリカップと言っても過言ではなかろう。アフリカップ。よって、郊外から街の中心に戻ろうと思ったら、このようにタクシーを使うしかないのだ。下手に歩いたら道に迷うだろう。そして気づいたときにはサバンナでインパラと一緒にライオンから逃げ回ることになっているだろう。まあオレにはまたたびというネコ科殺しの武器があるのでライオンもチーターも望むところなのだが。

 以上のようにチーターとアフリカップのことを考えて30分ほど待っていたのだが、一向にタクシーのタの字すらやって来ない。そんなに忙しいのだろうか。しかしタクシー会社自ら10分で来ると言ったのだ。どうしたのだろう。もしかしてここへ向かう途中に道に迷ってしまい
インパラと一緒にライオンから逃げ回っているのだろうか?とりあえず、このまま待っていても日が暮れるので、警備員に催促の電話をかけてもらうことにした。電話をしに事務所に戻り、再び戻ってきた警備員はなぜか残念そうな顔をしていた。



「電話したんだが・・・」


作「もしかして『今出たばっかりです!』とかありふれた言い訳してた?」


「いや、ガソリンが無いから来れないって。」


作「・・・。バタッ(失神)」



・・・。


弟に迎え頼んでるんじゃねえんだぞこの野郎!!!
いや、たとえ雨の日の弟でもそんなマヌケな理由を述べることはないだろう。このタクシー会社は
一体何をする会社なのだろうか?自分達の存在意義を問う人間はそこにはいないのだろうか。ネタ?なあ、ネタだろう?どう考えてもわざととしか思えん。しかも100歩譲ってガソリンが無いのを仕方ないとしても(いや、譲れんが)、そのまま客をシカトというのはいったい・・・。
 だが、話を聞いてみるとどうやらこれもジンバブエの経済崩壊の一端らしい。
ガソリンスタンドにもガソリンが無いというのだ。じゃあ何スタンドやねん。

 結局、その後乗り合いバスに乗ってなんとか街の中心部まで戻ることが出来た。ちなみに乗り合いバスというのは、バスというのは名ばかりで、ワゴン車が
黒人満載で走っており、目的の方向が一緒だったらどこででも乗れてどこででも降りれるという便利なものだ。ただし、もちろん黒人満載の中に一人で入るのはなかなかの気苦労だ。オセロならボロ負けの状態である。というかひっくり返されるだろう。

 宿に戻ったオレは、同室の日本人、福さんと共にメシを食いにいった。ハラレも都会なだけに、夕方以降歩き回ると
狩られるため、行き先は目の前のバー兼メシやだ。まあよく考えてみればオレは別に盗られる物など何も無いのだが(号泣)。
   
 さて、南アフリカで食っていたものはフライドチキンやハンバーガー、ステーキなどバリバリの洋食だったが、ジンバブエからはアフリカっぽいメシになる。ジンバブエをはじめ、赤道を越えるくらいまでずっと出てくるのが左の白いねちゃねちゃした物である。これは感覚的には米がひと塊になったようなものだ。実際の原料はトウモロコシである。呼び方は国によって違うが、ジンバブエではザザ、他の国ではシマとかウガリとかいう。
 それがたいていビーフシチューとかチキンとかと一緒についてくる。そして、悲しいお知らせがあります。アフリカだけに、これを
手で食べなければいけないのです。

 アタシ、ナイフとフォークが無きゃ食べれないのよ!!と言っていると
餓死するので、左のように手を使ってザザを団子のように丸め、手の汚れといい具合にブレンドされたところでシチューなりと一緒に食べる。免疫力をつけるには絶好の汚染具合だ。
 まあインドで手でカレーを食べていたことを思い出せばこちらの方が簡単ではある。そもそもカレーライスをどうやって手で食べることができていたのか、
思い出すことができん。

 福さんはカイロからアフリカを南下してきた人で、これからオレが行く国についていろいろアドバイスをくれた。やはりメインの話題は、ここでも危険情報だった。各都市は当然のように危ないが、ナイロビで安宿が
宿ごと強盗に襲われた話や、夜中に白人の女の子が全裸で帰ってきた話など、知っておかなければいけない、しかし知らない方が幸せな話を聞かせてくれた。ちなみに隣の宿に泊まっている日本人も、マラウィの首都やここハラレなど強盗・盗難の被害者が勢ぞろいで、なんらかの犯罪に遭っていない人を探すのは亀仙人好みのピチピチギャルを探すよりも難しいということだ。
 ちなみに、トラベラーズチェックを盗まれていつの間にか換金されていた気の毒な人もいるらしい。他人に使われないのがウリのトラベラーズチェックなのに、黒人にサインを偽造されて使われるなんて、なんて可哀想な人だ。
人ごとではないが。
 他にも福さんとは、中京大学前にある餃子の王将がつぶれた話やラーメン屋のり平の話、
名古屋清水口美宝堂のCMがむかつく話などで盛り上がった。名古屋に住んでいる人以外には全く意味がわからないだろう。なお、福さんはインドが大好きで、過去インド旅行回数8回、そしてインドの悪口を言う奴も嫌いというインドフリークだということが判明した。彼にはオレの知っているとあるインド旅行記のホームページのことは口が裂けても言えない。

 その後宿に帰り、共同キッチンの冷蔵庫からジュースを出して飲んでいると、なにやらカサカサと音がする。
 どうも日本でも聞き覚えのあるこの音には、なにかいや〜な予感がする。そう、無人のキッチンでカサカサといえば、ひとつしかない。一番最初に
がついて、最後にがつくあの人間になじみ深い生物である。ごきげんよう下半期サイコロ祭りではない。
そこだっ!!
オレは気づかないふりをしてジュースを飲みながら、突然振り向いた。



↓キッチンを行進するゴキブリ達 ↓食材に隠れるゴキブリ達



うらあーーーーーーーーーーーーーっ!!!

でやがったな!!サイズこそ我が国のゴキ達の半分くらいだが、その触角は立派にピンと張ってユラユラとうごめき、褐色の肌はあぶらぎってテカテカと光っている。オレはダッシュで部屋へ戻り、日本が誇る対ゴキブリ掃射砲、キンチョールを手にした。その後キッチンは戦場と化し、
止むことの無い暴力の応酬が続いたかと思えたのだが、数分後、キッチンの扉からもくもくと昇る煙とともに帰還したのは、傷つきながらも作戦を遂行完了したオレだった。
 ふっ・・・またあたら罪の無い多くの命を奪ってしまった・・・。しかしキッチンの見えるところだけで
30匹はいた。1匹見たら30匹はいると思えという格言のままならば、この辺りに約900匹のゴキブリが潜んでいることになる。この共同キッチンは共同キッチンではなく、ゴキの飼育場なのだろう。絶対にここに食材を保管したくない。

 シャワーを浴びに行っても、無防備なオレをあざ笑うかのように壁や床をゴキ達が縦横無尽に這っている。シャワーで洗い流そうにもここのシャワーはちょろちょろと
お小水のようにしか出ない。ある意味、ここでシャンプーをするのはテレビの心霊特集を見た後のシャワーよりも恐かった。













今日の一冊は、海馬―脳は疲れない (新潮文庫)





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