THE FIGHT ROUND5

〜ファーストコンタクト〜



 表通りに戻るため路地を抜けようとしたオレの前に、デーンとノラ牛が立ち塞がっていた。完璧に道の幅にスッポリはまっているため、通り抜ける隙間すらない。牛の足の間ならなんとかくぐって行けそうだったが、それは人として拒否。果たしてどうやってこの状況を切り抜けようか。


「ちょっとどいてくれませんか?」


 とりあえず声をかけてみたのだが、無視された。まあ当然である。言葉が通じるわけがない。彼はインド牛なのでヒンディー語で言わなければダメだろう。
 いくらお願いしてもどいてくれなかったので、今度はちょっとだけおしてみる。しかし、動かない。強情なやつ。といいつつ、腹の膨らんだとこが気持ち良かったためしばらく横っ腹をもみ続けていると、


「ヘアッ!」 ピシッ


 横から来たインド人が尻をひとたたきすると牛は仕方なく道を譲ってくれた。さすがは現地人。ノラ牛の扱いにも慣れている。
 牛の隙間を通って表通りに出ると、一人の青年が話し掛けてきた。


「あなた、ジャッキーチェンですか?」


 むむ。 どうしてわかったんだ?いかにもオレはアジアの鷹だ。いや、まあ本人ではないのだが、当らずとも遠からずというところだな。いとこみたいなもんだ。
 インドの路地を歩く卓越した体術がジャッキーと勘違いされ気分を良くしたオレは、彼としばらく一緒にバザールを歩くことにした。印流スター四天王の一人である彼の名はラウールといって、大学で英語を学んでいる学生らしい。休日はこうして散歩をして、ツーリストと話して英語を勉強しているとのこと。


「他のインド人は旅人に親切にしたり案内をしてあげたりするけど、結局最後には『マネー!』と言い出すんだ。でもオレは違う。オレは何も欲しくない。ただ君と話して英語を勉強したいだけだ」


 なんという健気な心だろうか。インドにもこんな立派で正直な人間がいたとは。そういうことならオレは協力するぜ。いっぱい話してあげるから、がんばって英語を勉強するんだよ! ちなみに、どう考えてもオレよりラウールの方が遥かに英語が上手いうえに、その辺のインド人もみな英語ペラペラなのにもかかわらず、何故英検2級(高校卒業程度)のオレに話し掛けてくるんだ? という疑問をこれっぽっちも持たなかったこの時のオレが一番健気である。
 とりあえず丁度昼前だったので、どこかお勧めの食堂はないかと聞いてみる。すると親切にもラウールは食堂まで案内してくれ、メシにも付き合ってくれるということになった。

 安食堂に着いて、とりあえず頼んだのはターリーというもの。大皿という意味(らしい)のインドの食事の定番で、その名の通り大皿の中央にドカンと盛られたライスを、それぞれ小皿に入れられた数種類のカレーが取り囲んでいるというものだ。近所のネコをひっくり返して足の裏を見ると丁度こんな配置である。
 さて、このカレーをどうやって食べるかというと、そう、手で食べるのである。
 ふふふ……さっき牛の横っ腹をよくもんだ手でカレーを食べなきゃいけないなんて(泣)。インドの神様、僕は初日から腹を壊してしまう運命なのでしょうか?
 泣きながら神様に問い掛けていたオレを見かねて、ラウールが「そこにてー洗うとこあるよ」と教えてくれた。







  RAVL(ラウール)&ターリー








 インドの生水で丁寧に手を洗い、キレイになった(のか?)ところでついに食事開始。
 まず、お碗に入ったカレーをご飯にぶちまける。そして、右手でよく混ぜる。

 クチャクチャ

 クチャクチャ

 クチャクチャ

 うへへっ。
 なんか妙な感覚だ。なまあたたかい、そしてやわらか〜い感触。これが結構気持ちいいのだが、そういえばこの感触、どこかで味わったことがあるぞ。なにかの感触に非常によく似ているような……

 ハッ!

 そうだ。思い出した、この感触。手こそ逆だが、今朝トイレで尻を拭いた感触にそっくりだ(泣)しかもものも似ている。あの時の光景を頭に浮かべながらカレーを食する。



 うっ。



 うううっ。






 こんなに辛くてインカ帝国!?

 さすが本場のカレーは辛い。これならさっき座りウ〇コしていた女の子のものがまっ黄色だったのもうなずける。

 ……。

 なんだかもの凄く食欲が増してきたぞ(号泣)。
 気を紛らすためにラウールにヒンディー語教室を開いてもらいちょっとした会話を習う。ちなみにいろいろと世間話などもしたのだが、彼の知っている唯一の日本人は「アサハラ」だということだった。なんということだ。まさか、ここインドにまで職場の同僚浅原さんの名前が伝わっているとは。なかなか人は見かけによらないものである。

 サクッと食事を済ませ、ラウールに「オレこれから駅に電車のチケットとりに行くから。今日はありがと」とそれとなくさよならを言ってみると、


「今日は外国人用のチケット売り場はクローズだぜ」


「え? まじ?」


「ああ、今日はデリーはフィスティバルだから休みなんだ」


 本当だろうか。オレの予習によると、テロとか祭りで電車が走ってないといってツアーを組ませるのはぼったくりの手口らしい。でもなー。ラウールは信用できそうだからな……。


「わかった。じゃ、オレが旅行会社に連れてってやるよ。大丈夫。ガバメント(政府公認)の会社だから安心だぜ」


 そうか。まあガバメントの旅行会社だったら大丈夫かな。あんまり人を疑ってかかるのもよくないし、なるべく早くチケット取りたいし、とりあえずこいつについてってみるか。いろいろと話を聞きながら、10分くらい歩いたところでとある店の前にたどり着く。ここがガバメント公認の旅行会社なのだろうか?ラウールは外で待っているというので、一人で店に入る。
 店内に並ぶお茶や民芸品やシルク、クルターパジャマの数々。サリーを着た女性の店員が親切に説明をしてくれる。この店の商品はどれもかなり質のいいものを揃えているらしい。なかなかの美人である彼女は、オレにしきりにクルターパジャマを勧めてくる。


「あなたスタイルもいいし、とっても似合うはずですよ!」


 うーむ。そう言われると悪い気分ではない。まあ日本円で考えればそんなに高いものでもないしな。北インドは意外と夜冷え込むし、パジャマなど持ってきてなかったから宿で着るには丁度いいかもしれない。じゃあすいません、これ下さい……
 ってちょっとまてコラ。

 なんで土産物屋やねん!!



 ラウーール!! すかさず店を出てラウールを問い詰めると、「いやージョーダンだよ」とわけのわからないことを言いながら、今度はちゃんと旅行会社に連れて行ってくれた。
 しかしこの時点であまりこやつを信用できなくなったオレは、本当に駅の外国人用切符売り場がクローズしてるかどうかこの目で確かめることにし、決して彼の勧めた旅行会社でチケットを買うことはなかった。
 結局数軒回ったところでラウールは「じゃあオレは用事があるからこの辺で」と去っていったのだが、そんなラウールが暇そうに街をぶらついているところにこの後3回出くわすのだった。おそらくこいつは大学生などではないだろう。

 果たしてインド人は信用できるのか?
 この時点でオレの心にはかなりの疑念が渦巻いていた。










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