THE FIGHT ROUND1

〜インド体感〜



 タラップから吐き出される大量のインド人に混じり、生まれて初めてのインドの地に降り立つ。こ、これは……ボロい。国際空港なのに、このボロさと狭さは一体なんだ?? エレベーターなども、一度入ったらトワイライトゾーンへ運ばれそうなくらい年季が入っている。ひょっとしてこの空港、ライト兄弟の頃からあったんじゃ……?
 とりあえず入国審査の長い列へ。
 待つこと10分。

 20分。

 30分。

 すすまねえ。


 入国管理官の動きをボーっと見ていると……パスポートを受け取って「ハァーッ(溜め息)」ページをめくって「ハァーッ(溜め息)」入国スタンプを押して「ハァーッ(溜め息)」入国カードを見て「ハァーッ(溜め息)」パスポートを返してお茶を飲み一服。


 働けコラ。
 なんだそのため息は。なんか辛いことでもあったのか? 後輩に告白したら「ごめんなさい……。入国管理官さんの気持ちはすごく嬉しいです。でも、私にとって管理官さんは、お兄ちゃんみたいな存在なんです……」とか言われちゃったのだろうか? まったく、これがインド時間というものなのだろうか?

 結局夜の11時近くになって入国を果たし、ロビーに出る。

 早速持ってきたドルをルピーに両替。目の前にドドーンと積まれる札束。しかしここで受け取ってすぐに立ち去ってはいけない。両替所では金額を誤魔化されることが多いのだ。レシートに書かれた金額とあっているかどうかその場で数える。地球の歩き方にも、「後ろに人が並んでいようとも一枚一枚ゆっくりと数えてよい」と書いてある。何しろ金がかかっているのだ。
 丁寧に数えていると、両替所のおっさんが「邪魔だから向こうで数えろ!」と言ってくる。おまえ、ごまかしているのがバレるとまずいから早く立ち去って欲しいんだろう? その手には乗らんぞ。後ろには何人かの外国人旅行客が同じように両替をするために並んでいる。彼らのためにもまず先頭のオレがきっちりと不正を見つけ、油断するなよということを教えてあげなければならない。これこそ旅人同士の無言のチームワークである。その場から動かずにルピーを一枚一枚数えていると、



後ろの外人A「おいジャパニーズガイ!そんなこと向こう行ってやれよ!



後ろの外人B「そんなんじゃ明日んなっちまうだろ!ヘッ!






 はーい。そうします(号泣)。

 どうやら僕らには少しチームワークが欠けているようです。結局ごまかされてなかったよ。

 ということで残念ながら旅人チームとしてはスピード解散することとなってしまったものの、なんとか無事両替は果たし、空港ですべきことは全て済んだ。あとは、タクシーに乗ってデリー市内へ向かうだけである。
 空港の中から、チラッと入り口を見る。予想はしていたが、フェンスにへばりついて旅行者が出てくるのを今か今かと待ち構えている凄まじい数のインド人達。
 まるで地獄の亡者が人間を阿鼻叫喚の世界へ引きずり込もうとしているがごとき光景である。これこそ地獄絵図。客引きにはついて行かない方がいいとはわかっていても、なぜだろう、催眠術でも使われているのか、彼らの呼ぶ声にふらふらと足が向かっていってしまう。オレは催眠術にはすごくかかりやすいのだ。昔から、マーチンセントジェームスの番組を見るとすぐ出演者と一緒にオーケストラの指揮者になったりストリッパーになったりしてハッスルするのである。ひどい時は術がとけなくて次の日指揮者のままバイトに行ったことがある。
 と、その時だった。


「あの、すいません。日本人の方ですか?」


 振り返ると、バックパックを背負った1人の小柄な日本人の少女が立っていた。


「今日泊まるところ決まってますか?」


「いや、まだですけど」


「よかったらニューデリーの駅の方まで一緒に行きませんか?」




 こ、これは……



 逆ナン?

 なんてこった……最近よく精悍な顔つきになったとか可愛さに加えてたくましさが備わったとか、引きこもりとしてのカリスマがにじみ出ているとか気持ち悪いとか話し辛いとか言われてるオレだが、ついに逆ナンをされるとは……!
 話をした結果、ニューデリー駅前の安宿街メインバザールに彼女とタクシーをシェアして行くことになった。ふふふ……こんなかわいい子と2人で夜に宿探しが出来るなんて、インド最高。


「どうします? もうちょっと誰か出てくるの待ってます? 人数多い方が料金も安くなるし……」


「いや、今すぐ行こう。2人で行こう。何が何でも



 そういえばクアラルンプールで旅の目的は勉強とか異世界とか異文化とか言ってた奴がいたようだが、きれい事を言うな。楽しい方がいいに決まってる。もっと素直になろうぜ! 過去2日前のオレ!
 一応客引きは避け、プリペイトタクシー(空港公認のタクシー)でデリー市内へ向かう。運転手は元旅行会社に勤めてたとかで結構日本語が上手い。
 さて、時間もかかることだし、同じ日本人の彼女と話をしてもっと親交を深めることにしよう。逆ナンをしてくるくらいだからきっと彼女はオレに胸キュン☆、話も弾むはずだ。


「日本ではどこに住んでるんですか?」


「東京なんですよ」


「え? 僕もですよ! 東京のどこですか?」


「池袋の方なんですけど……」


「オー! イケブクロネー! ワタシイケブクロにトモダチいるねー!」



「……。学生さんですか?」


「そうです。もう卒業なんですけど。学生さんですか?」


「ええ。まあ、そうです(虚偽の返答)」


「オー! ワタシもインドダイガクのガクセイねー! フレンドフレンド!」


「……。インドではどこに行く予定なんですか?」


「一応バナラシとかジャイプルとか「オー! ジャイプルとてもイイトコロねー! サバクとてもキレイねー!!」




 おまえ黙ってろ。


 しかも後ろを向いて運転するんじゃない! 夜も遅い為もうそんなに車は走っていないのだが、道が悪いうえにそこら中にインド人や犬が寝ているため、とても危なっかしい。
 ん? 今、道路をが歩いていたような気がするが、気のせいだろうか。ちょっと疲れてるのかな……
 結局うるさい運転手に邪魔され、彼女から得られた情報はシホという名前と、卒業直後で1カ月一人旅をするということくらいだった。タクシーの中では運転手の1人語りが続いていた。砂漠の国ラジャスターン地方がいいだのどこがいいだの色々言っていたのだが、全て忘れた。そして今夜の宿の話題に。まだ決まってないと言うと、とても親身になって心配してくれる。夜遅いメインバザールはとても危険だとか、いい宿を知っているとか、一生懸命ありがたいアドバイスをしてくれる。うむ。なかなかいい奴だな。……というか、怪しいぞ。おまえ。だんだん営業トークがあからさまになってきたと思ったその時。ある建物の前で車が止まる。


「ココはワタシのはたらいてるリョコウガイシャねー! あんぜんなホテルみつけてアゲルねー!」


 ばんざーい! ばんざーい! ガイドブックに書いてあったとおりだ!
 まさしくガイドブックの面目躍如。運転手は近くのオフィスで今夜の宿や明日からのツアーの手配をしてくれるそうだ。やさしいなー。
 当然オレたちは車から降りない。もしオレ達がカップルだったらまた話は違っていたかもしれないが、残念ながらオレ達はカップルではない。たしかに今後その件については具体的に視野に入れつつ前向きな検討をして行きたいという現状ではあるのだが、とりあえず流れ行く時において今という一点においてだけ状況を見てみた場合は、悲しいかなオレ達はカップルではない。一人旅×2である。ツアーとは無縁の立場だ。
 まあそんな理屈はどうでもよく、ようはオレたちから金をとれればそれでいいのだが、そうはいくか!!



 ……。




 そうはいくか!!







 ……。






 どうしていいかわかんないよ〜(号泣)。こわいよ〜もう帰りたいよ〜。誰か〜誰かなんとかして〜〜(涙)。








「あんたたち今日はもうよるおそくてアブナイねー。ワタシのかいしゃシンヨウできるホテルいっぱいしってるねー。だからコンヤはここで……」


「ノーストップ! ゴー!」


「オー、でもこのじかんはアブナイから……」


「うるさいんだよ! ゴートゥーメインバザール!!」



「……ォゥ」




 あら。

 ……。

 どうやら、シホさんが話をつけてくれたようでございます(涙)。

 気分を損ねないよう配慮を計りながら話を聞いてみると、なんとシホさんはオレとは違い旅行経験過去十数回を誇る大ベテラン、山下清と松尾芭蕉を足して2を掛けたような旅の猛者だということだった。たしかに猛者だけあって、かなりの勢いで猛っている。た、頼もしい……。そして運転手は猛者に睨まれタジタジしている。
 シホさんの睨みに負けてしぶしぶ車を出した運転手はその後もずっとボヤいていたのだが、今度は素直にニューデリー駅へ向かい、駅前のメインバザールに到着。時間は十二時近いが、さあ、今から今夜の宿探しである。










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