THE FIGHT ROUND25

〜さよならバラナシ〜



 さて、そろそろ駅へ向かう時間である。といってもまだ発車までは2時間ほどあるのだが、ここはインドだけにリクシャで駅へ向かう途中に何が起こるかわからない。到着してから料金で揉めるくらいならまだかわいいもんで、途中で降ろされたり旅行会社に連れて行かれたり占いをされたり、UFOに吸い上げられて眠らされ、寝ている間に脳に金属片を埋め込まれ、レントゲンでは発見できるがきわどい場所のため危険すぎて手術では取り出せないなどという不可解なミステリーに巻き込まれないとも言い切れない。
 なのでとりあえず2時間ほど見ておけば、まあ最悪宇宙人に人体実験をされたとしても電車には間に合うだろう。

 昼前、宿をチェックアウトしていると、でかいバックパックを背負った2人組のチェジウに声をかけられた。彼女たちは到着したばかりで、宿を探しているようだ。


「アノー、にほんじんですか?」


「そうですけど。イルボンインイムニダ」


「わたしたちは韓国人です。あの、チャンドンゴンさん、ちょっとお話いいですか?」


「フッ、もちろんいいですよ。まだ僕時間大丈夫なんで、別にどこか落ち着いた所に行っても構わないですよ。サ・ラ・ン・ヘ・ヨ」


「あっ、いや、そういうのじゃなくて、ちょっとこの宿について聞きたいんですけど……」


「あっそ」


「あの、私たちここに泊まろうかどうか悩んでるんですけど、どうでした? 宿的に言って、満足し得るものでしたでしょうか?」


「そうですねー、屋上からの景色は最高だし、安いし、安いし、なかなか安い宿でしたよ」


安いだけかよ!!! そうですか……」


「まあ安さにはとても満足なんですけどねー、夜中に幽霊が出るのが欠点で……」


「ハァッ? それ本当ですか??」


「なーんて、そんなわけないじゃないですか。はははっ!」


「……あ、そうですか。ありがとうございました」


「……」


「それじゃあ」


「あ、さ、さよなら……」



  社交辞令ってもんを知らないのか? 駄々っ子のような隣国政府と緊張が高まっているこの時期、自ら気の利いたユーモアで日韓の掛け橋になったつもりでしたが、ジョークへの大人のリアクションではなく普通に冷たい視線をいただきました。別に韓国が4強に進んだのは誤審のせいだなんて言ってるわけじゃないのに。ぴどい。ぴどいわっ!!

 あ、念のために言っておきますが、僕はアジアの国々全てが手を取り合って、平和と経済の発展のために仲良くやっていけることを心から願っています!! 韓国も中国もインドもベトナムもみんなが譲り合って助け合って、争いのないアジアになることを!!

 ……絶対無理だな。

 ということで国際交流に失敗しながらもチェックアウトを済ませたオレ。早めにリクシャをつかまえ駅へ向かったこともあり、UFOに収容されたり幽体離脱したり臨死体験を味わったりしながらも、30分前にバラナシの駅に着くことができた。


 駅には体重量りやのおっさんがいた。デリーでもバラナシでもこうして体重計を地面に置いてぼーっとしているおっさんや子供がいるのだが、これは体重計の販売ではなく、体重を量ってくれる量り屋さんなのである。
 なんとなく今まで前を通り過ぎるだけで、なかなかお願いする踏ん切りがつかなかったのだが、やはりせっかくインドに来たのだから一度は体験しておきたい。体重計に乗るだけなら家でも出来るが、彼らはプロの量り屋なのである!! ただ体重計に乗るだけより、プラスアルファの体験をさせてくれるに違いない!!!

 ということでオレはおっさんに1ルピーを渡し、体重計に乗った。いったいどんなサービスがあるのだろうか?? キスもOKなのだろうか???
 おっさんは目盛りを覗き込んで叫んだ。



「ユーアー、シックスティースリー!!」



「きゃーーーっ!! やめてよっ!! みんな聞いてるじゃない!! なんでそんな大きい声で言うのよ!! 失礼しちゃうわね(涙)!!!!」



 体重量り屋さんのサービスは、体重計に乗った後に測定結果を思いっきり叫んで教えてくれるというものであった。これはサービスなのだろうか? 普通に女性を相手にした場合、セクハラで訴えられて営業停止になるということも考えられる。いや、もしかしたら女性相手の場合は5キロほどサバを読んでくれるという特別サービスがあるのかもしれないな……。10キロサバを読ませる場合は割り増し料金だったりして……。
 しかし日がな1日体重計の前に座ってぼーっと客を待っているというのもなかなか辛い商売である。客の入りもたいして良くないし。一応通行人に
「ねえキミ、量ってかない?」と軽く声をかけて呼び込んではいるが、なかなか彼らの足は止まらない。もっと頭を使って、1回ごとにスタンプを押して10個たまったら1回タダにするとか、利用者にはスクラッチカードを配って「あたり」が出たらサルナート旅行プレゼントとか、企画の力で勝負するべきである。
※サルナート……バラナシから車で30分の観光地、釈迦が解脱後始めて弟子に説法を行ったと言われる場所

 さて、まだ少しだけ時間があったため、オレは遅い昼食にと露天でバナナを買ってウキキと食い始めた。
 インド料理に飽きたからといって高い日本料理など食いに行けるわけがないオレにとって、バナナは日本と変わらぬ味でとても懐かしい。


「×※〇××□〇△※※×〜〜(泣)」←赤ん坊を抱えたみすぼらしい母親


 日本でもバナナといえばかなりの安値で売られているのだが、ここでは更にけた違いに安い。貧乏旅行者にとっては助かる値段だ。


「△〇××□〇△※※×〜〜〜(涙)」←オレの目の前で泣きながら恵んでくれと言っている


 消化も良く、抜群の栄養価を誇るバナナは、スポーツ選手なども好んで食べるとても便利な食べ物で、昔はオレも部活の打ち上げ練習の朝などにバナナを食べてエネルギーを補充したものだった。


「○※〇××□〇△※×〜〜!(号泣)」←今日食べれなかったら子供が死ぬと言っている


 ……。



  落ち着いて食えるか!!

 フンにたかった後の蝿が何十匹とたかる食事も嫌だったが、赤子を連れて泣きじゃくる母親がたかる食事もかなり食べづらいものがある。こんなことを言っていると非人道的に聞こえるかもしれないが、金を渡した(ちゃんとあげた)瞬間に泣き止んで次の旅行者の前でまた泣き始める姿を見るとそんなことも言いたくなる。プロだな。

 電車の時間が迫り、今度は自力で自分の座席を探す。勿論また2等車。今度の席は前回と違って上中下3段のうちの一番下。
 何故か窓に押し寄せる何百人ものインド人を無視して電車は走り出す。
 生と死の街、ガンガーの街、祈りの街、そして占いの街バラナシ。またいつか来たい。










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