〜ジャイプル1〜





 デリーにはいろいろ最悪なことがあるが、滞在5、6日もすると心だけでなく
体まで毒されるようになってくる。付き合って3ヶ月目の脳内女子高生とは全く逆で、心も体もデリーを拒否するようになるのだ(脳内女子高生は全てを受け入れてくれる)。これは別にオレだけではなく、旅行者誰もが同じだと思う。そう、旅人は誰もが脳内で女子高生と交際しているのである。……いや、そっちじゃなくて、誰もがデリーの排気ガスにやられて喉が壊れ出すのだ。
 症状はカゼと同じで、ある朝起きてみるとどうも喉がイガイガする。最初は大抵「あれ? なんだこのイガイガは? 春風のいたずらかしら?」とたいして気にせず1日を過ごすのだが、翌朝になってみると心なしかイガイガが悪化しているような気がする。「うーん、ちょっとこのところ精力的に活動しすぎだな。イガイガを討伐するためにも今日は1日休養だ!」とその日はどこへも行かないようにしてオレンジジュースなどを積極的に飲み、しかしさらに次の日になってみると、イガイガはますます増長しているのだ。そして、「なぜだ……昨日1日休んだのに、なぜこんなにイガイガが成長しているんだ!! ビタミンCの豊富なオレンジジュースも飲んだのに! ……もしかして、
イガ栗の呪い?」と恐ろしくなってその日は寝て過ごすのだが、またまた翌日はイガイガイガイガイガと喉がさらなる悲鳴を上げるのだ。
 そうなってくるともう対応は完全に2つに分かれる。片方の人々は「イガ栗さんすみませんでした。栗拾いの時にイガを放り投げて遊んだことは心から反省しています。もう二度としませんから、どうか許してください」と過去の行いを償い
イガ栗供養をしようとする。そしてもう一方は、「もしかして、これはデリーの空気が悪いせいじゃないかしら?? そうだ、喉以外に不調は無いし、これは単なるカゼじゃない。公害だ!! もうこれ以上デリーにいてはいかん!! 明日にでもさよならだ!!」と原因に気付き行動を起こすのである。
 もちろん、イガ栗の供養をする方はそれで喉が回復することはなく、栗の呪いの恐ろしさを心に刻み込ませながらそのままデリーで死んでいくのだ。このことからも、
いかに呪術信仰や霊感商法というものが害悪かということがわかるだろう。
 ただ、じゃあ栗の呪いが恐ろしいということは、全くのウソかというと実はそうでもなかったりする。実際に栗に呪われてしまった人というのは確かに存在するのだ。例えば、アラレちゃんに出てきた
栗頭先生っていたでしょう。彼はやはり子供の頃栗をぞんざいに扱ったために、栗の呪いであのような無残な頭の大きさになってしまったのである。怖いですねえ。恐ろしいですねえ。

 オレの場合は「金田一少年の事件簿」のコミックスを最新の「雪霊伝説殺人事件」まで全巻持っていることもあり、
はじめちゃん譲りの推理力を発揮して見事このイガイガの真犯人を突き止めた。たとえ引き始めのカゼに姿を変えようとも、下品さだけは隠せなかったようだな……。イガ栗をスケープゴートに使うという犯罪史上まれに見る悪辣な手口を行った真犯人、それはデリーだったのだ! そういえば、金田一少年の事件簿の中にも犯人がデリーだった章が1回くらいはあったような気がする。はっきり覚えてはいないが、デリーはこれだけ悪いんだから一度くらい犯人になっているはずだ。
 しかし残念ながら真犯人がわかっても近頃の警察というのは本当に弱腰で、なんと
誰もデリーを逮捕してくれないのだ。こうなったら、愛する喉と女子高生を守るためにもこんなところにいられるかっ!! この、首都の名を語った妖怪がっ!!! とオレはデリーに三行半を突きつけ、ジャイプルに脱出することにした。
 ちなみにデリーからジャイプルに脱出というのは、「乗っていたフェリーが沈没しそうになったので通りかかった船に乗せてもらったら
海賊船だった」というような一難去ってまた一難な状況ではあるが、もういいんだよ! 好きなだけ難が来ればいいだろうっ!! インドといえば難だろうが!!!

 オレは翌早朝さよならも告げずに阿波踊りを踊りながら乗り合いバスでデリーを出発し、午後にはあっさりとジャイプル郊外のアンベール城に到着した。

 さて、到着後オレ以外のインド人乗客は家族の迎えの車に乗ったり歩いて散ったりそれぞれ消えて行き、オレは
たまに人数合わせに呼ばれた合コンでのいつもの展開のように、一人で完全に孤立した。いつも、気がつくとなぜかオレを除いた全員で盛り上がってるのだから、どう考えてもオレで人数調節する必要なかっただろうがと心の中でボヤくのだ。でも、それでも次も呼ばれたら行っちゃうの……。
 じゃ、とりあえず宿を探さないと。この、新しい町に着いた瞬間の
毎回毎回みなしごな感じというのが、すごく寂しくて切なくていやだ。テレビで「アイドル評論家」という職業の人を見かけた時くらい切なくていやだ。
 ホームレスの人たちは毎日家が無くても普通なのに、どうしてオレは宿が必要なのだろう。生まれ変わったら、
カタツムリになりたい(もしくはヤドカリ)。
 しかし乗客はいなくなったが、デリー発のツアー会社のバス運転手だけはまだ残っており、オレに構ってくれた。



「おいおまえ! おまえは外国人ということで、特別にここから先も送迎のタクシーがついているから」


「うおっ! すごく嬉しいサービス!! 送迎タクシーということは、無料ですか? 無料なのですかそれは!?」


「もちろんだ。紹介しよう。彼が無料タクシーの運転手、ミスター無料だ!」



 バス運転手の紹介の挨拶を受けて、ジャイプル出身のタクシードライバー、ムリョウ・インチキーニさんがにこやかに現れた。



「ハロー! ここからはオレがおまえの担当だ。送迎ならオレにまかせろ!」


「ナマステ。どうぞ送迎よろしくお願いいたします」


「オーケー。じゃあ早速乗ってくれよ」



 何も疑わずにミスター無料について行くと、なかなかインドで貧困人は乗る機会が無い、サイクルでもオートでもないまともなタクシーがあった。いやー、これが無料だなんて……。
やっぱり時代は無料ですよね。通話料0円とか、敷金礼金0とか流行ってますし。やっぱり、インドは「0」を発明した国だということを誇りに思っているのですね。
 でもよく考えたら、別にオレはホテルに予約も取っていないしどこに行くかも決めていないのに、
なんの送迎なんだろう。



「あのー運転手さん。この送迎タクシーで今から僕をどこに送迎してくれるんですか??」


「そうだな。じゃあオレがいいホテルを知ってるから、真っ先にそこに連れてってやるよ」


「いいホテルというか、
提携してるとこでしょ? あなたがたの場合、いいホテルというのは客にとってじゃなくてあなた自身にとっていいホテルですからね」


「憎たらしい奴だなあ。無料送迎にいちいちケチをつけるのが、
それがおまえのやり方か!!


「もし気に入らなかったら他のところにも行ってくれるんですか?」


「もちろんだ。別にそこに泊まれとは言っていないし。見るだけでいいんだ。
ジャストルッキング。そしてもし気に入ったら、そこにすればいいんだ。気に食わなかったら、他の宿、どこでもおまえの言うとおり行ってやるから」


「そうですか? じゃああちこち行ってもらうのも申し訳ないので、最初からチャンドポール門近くのシカールホテルに直行してもらえませんか? 前に泊まってまあまあいい感じだったので……」


「それはダメ。まずオレがお勧めする宿に行くんだ!! 他のところはそれからだ」


「やっぱり……」



 という流れでミスター無料タクシーに乗り込みジャイプル市街を走り宿に向かうのだが、しかし……、
相変わらずこの町は動物王国だな……。おそらく地球温暖化対策のためだろうが、以前と変わらず象やラクダが自動車と一緒に道路を走っている。車検もないくせに。
 以前の、最初のインド旅行記で、オレは象を見て「驚いたゾウ!」と書き、ラクダを見て「あれに乗ればさぞかしラクダろう!」と書いた。
 そして今……、
そんな自分を恥じる(涙)。
 
死ぬほどつまらねえんだよっっ!!! 小学生かおまえはっ!! 興奮して調子に乗ってクソ寒いギャグを書きやがって!!! そのまま出版されてしまっただろうがっっ!!! まだサイトだけなら消せるからいいよ、でも、50歳60歳になってから息子に本を見られてみろ? 家族が離散するだろうがっっ!!! 誰が「驚いたゾウ!」と書いている人間を父親だと認めるんだよ!!!!

 ……よーし、もう、
子供を作るのはやめよう。こんなくだらない旅行記を書いている人間が家族を持てると思うのがそもそもの間違いだ。くだらない旅行記と家族、両方を得られるとは思うなっ(号泣)!!






 わー象だ! 
もう、驚いたゾウ!!






 わーラクダだ! あれに乗ったら
ラクダろうな〜!
















 
一生一人で生きていきます。














 無料タクシーが送り届けてくれた宿は、たしかに設備は良さそうだが、こうしてコミッションをばら撒いてタクシーやリキシャにでも頼まなければ誰も来ないような、市街から離れた
僻地にあった。静岡県でいうなら湖西市だな。というか、この、デリーから来てアンベール城で降ろされてタクシーに乗り換えてまさに今いるこの宿に連れて来られるというのは、3年前と全く同じルートじゃねえか……。めちゃめちゃ見覚えがあるぞここ……。



「あのねえミスター無料さん。前回ジャイプルに来た時も全く、120%同じ流れだったんですけど……」


「おお、おまえ、すごい体験をしているな。そういうのを超心理学ではデジャヴと呼ぶんだ」


「呼ばねーんだよっっ!!! リアル体験!! めっきり本物の記憶に植えつけられてる思い出!!!!」


「なんだよ、こんないい旅夢気分な宿なのに気に入らなかったのか?」


「はい。立地がよくありません。わたくしは歩きがメインの徒歩旅行者(かちりょこうしゃ)なので」


「……」


「あの〜、ここを見た後ならどこでも好きなところに行ってくれるんですよね??」


「……ああ、いくよ」


「じゃあシカールホテルに行ってください」


「あそこはよくない。部屋が汚いから」


「じゃあ、アルヤニルスホテルに行ってください」


「そこはやめた方がいい。高いから」


「てめーこのやろっ!!!! 『もしかしてここを拒んだら他のところには行ってくれないんじゃないかなあ?』と少し思ったけど、予想通りかよっっ!!!! たまには疑う旅行者の裏をかけっ!!!」


「ここに決めろよ〜。あちこち行くのは面倒くさいだろうさ〜」


「……。アホー。バカー」



 所詮、インドで「無料」なんてありえないのさ。
インドに純粋な無料を期待するのは、結婚相手にいつまでも変わらないあなたでいてくれることを期待するようなものなのさ。
 オレは仕方なくホテルの前でたむろっていたオートリキシャと交渉し、別の宿へ行ってもらうようにした。ちなみに、このドライバーとの料金交渉は妥当に行われたのだが、なぜかこの人は料金前払いが条件だという。なんでも、以前日本人を乗せた時に無賃乗車をされたことがあるらしい。……
そんなことあるかあ? 日本人がインド人を騙すって、どう考えても逆だろう。駄菓子屋がIT企業に敵対的買収を仕掛けるようなもんじゃないか。どうも信用できねーな……。
 まあ疑ってばっかりでも悪いし、その話が本当だったら日本人としてお詫びしたいので、オレは先に運賃の30ルピーを支払った。

 オートに乗り大通りに出て最初の信号でつかまり、先頭で信号待ちをしていると
目の前の横断歩道をノラ牛の親子がゆっくりと横切って行った。
 うーん、
牛が信号を守っている……。よく人間社会に馴染んでるねえあんたら。ま、信号を守れない牛はどんどん跳ねられて死んでいくんだろうから、交通ルールを守れる奴だけが生き残るんだろうけど……。しかしよくわからん光景だ。
 歩行者用の信号がチカチカと点滅を始めると、まだ渡り終えていない子牛の方が
小走りになった。……急いでいる!! 急いで渡っている!!!
 さすが、自主自立で生きている牛だけあって、よく社会に馴染んでるなあ……。


 牛やラクダを追い回しつつ大通りを走ると、今度は信号待ちでもないのに、他にも2,3台のリキシャがたむろっている交差点で停止した。なんだ?



「悪いな、ちょっとここで降りてくれるか?」


「なんでっ!! まだ安宿街はずっと先だろ!!」


「それが、ちょっとエンジンがおかしいんだ。でも大丈夫。お決まりの
ノープロブレム。代わりにここからはそこの彼が連れてってやるから」



 運転手は別のドライバーに声をかけて、なにやら話し出した。どうやら事情を説明しているようだ。すると、話を聞いたその別のリキシャが、納得顔になってエンジンをかけた。そう? そっちに乗せてくれるの?



「そうだよ。カモン! こっちに乗れよ!」


「はーい。ではどうぞシカールホテルまでよろしくお願い〜」


「ラジャー。じゃあ行くぞ」


「…………。はっ(何かに気付いた)!! ねえ、運転手さん、
ちょっと待てよコラ。ひとつ言っておくことがあるけど、あんたにはもう料金は払わないけどいいよな?


「……」


「……」


「ファ〜イ?」


「ファ〜イじゃねーんだよっ!!! やっぱりその手かっ!!! オレは、そこのそいつに既に前払いで全額渡してるんだよっ!!! おいオッサン! エンジンを直すフリしてトボケてんじゃねーぞっ!!!」



 オレがオッサン2人に向かってざけんなよと言うと、アホどもは揃って「チッ……」という顔をしやがった。
くおの〜極悪人の短足どもが〜〜。
 短足ズ(タンソクズ)はまたオレにわからない言葉(短足語)で少し話していたが、ようやく観念したようで「わかったよ。タダで行けばいいんだろ」という結果に落ち着いた。
あたりまえじゃボケっ!! オレは激しい怒りがそのまま独り言として出てきて、「ディス イズ ジャイプルズ オートリキシャッ(これがジャイプルのリキシャどものやり方だぜ……みたいなつもりで言った)」と小声で吐き捨てたところすぐ後ろにいた最初の運転手に聞かれ、「おいどういう意味だそりゃ!!」「相変わらずジャイプルのリキシャはろくでもねえって意味だよ!!」「なんだとおまえっっ!!!」という風にののしり合いになった。
 そこは交代した方のドライバーはわずかながら良識があったようで、「おまえらやめとけやめとけ。ホテルまで行ってやるからよ。ほら、いいか」と場を収集させ、今度はなんとかシカールホテルに着いた。

 やっぱり、駄菓子屋がIT企業を買収することがあり得ないように、この街でもリキシャドライバーを信用できるということは決してあり得ないのだ。明日からも、人を信じずがんばるぞ!!





↓城→ホテルへのタクシー乗車中










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